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彼女は嘘と共に  作者: 市ノ川梓
第一章 出会いは痛みと共に
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第四話 彼女は苦みと共に

ピッピッピッ……と遠くで聞きなれた電子音がする。

「うーん……もう朝か」

 僕は目覚ましを切って、広い部屋にポツンと一つだけ置かれたベッドから起き上がって辺り見まわした。無論、あの殺し屋を探しての行いだ。しかし彼女の姿はなかった。さきに朝食でも取っているのだろうか。

「今日の朝食はっと……」

 ベッドから動こうとすると、何かがつっかえて僕の進路を邪魔した。

「なんだこれ……ったく……」

 早朝の不機嫌さを露呈しながらその布団に隠れた物の正体を確認した。

「え……なんでここに?」

 そこにはあの性格からは想像もできないほど、可愛らしい寝巻を着た少女が眠っていた。その無垢な寝顔からは昨日の殺気が微塵も感じられない。

 少し青み掛った髪に日本人離れした透き通った肌。その可憐さは言うまでもなかった。

 僕は内心焦りながらも、このままにはしておけず、彼女の身体を揺すった。

「おい、起きろ。朝だ」

 僕が声をかけると薄目を開けて、彼女は僕と目を合わせた。そのとろんとした目尻に一瞬心臓が高鳴る。

「ああ……朝。おはよ……」

 と同時に大きな欠伸をして起き上がった。この場だけを見た人はまさに事が行われた次の朝の様な印象を受けるかもしれない。しかし僕は断言しよう。何もなかったと!

「朝食はなんです……?」

 なんだが大分図々しくなってきたなぁ。

僕たちは一緒に優雅な朝食をとって、互いの業務に戻ることになった。

「さすがに学校にはこない……よな?」

「行きます」

「それは無理だな」

「行きます」

「どうやって?」

「行きます」

「お前、そもそも高校すら行ってないんだろ?」

「行きます」

「…………」

 と言う不毛な会話がなんやかんやあって、僕はいつも通り執事の運転する車で学校に向かった。……もちろん、彼女は置いてきた。

 やがて車のドアが開いて外に出る。目の前には無駄に豪勢な校門と『学校法人 天縫学院』の文字。また僕の平凡な一日が始まる。

「行ってらっしゃいませ」

いつもと同じ厳格なイメージを持たせる黒のタキシードを着て執事は僕に向かって礼をして車のドアを閉めた。

「今日の放課後は迎えに来てくれ」

「承知しました」

 と厳かに言って車の中に消えていった。僕も校門をくぐる。

「また君か。全く、いつになったら君は自分の足で学校に来てくれるんだい?」

 校門を通るのと同時に後ろから誰かに話しかけられた。僕は無視してそのまま、校舎へと向かう。

「そもそもね、君はいくら大企業の社長さんだからといって……」

 僕は溜息をついて、振り返った。そこには長身の男子高校生が立っていた。

「校則に学校には徒歩で来なさいなどと言う記述は存在しない。よって貴方の行いはただの言いがかりにしか過ぎません」

僕は少し高い位置にある彼の目を見て言った。

「それは……そうだが。高校生として……」

「貴方が世間の高校生に何を思い描いているのか知りませんが、貴方の常識を僕に押し付けないでください。迷惑です」

 僕は足早に校舎に向かった。

 この天縫学院には必要最低限の校則しか用意されていない。それはこの学校に来る人間にはそんなものが必要ないからに他ならない。必要以上のルールは集団社会にとって害にしかならないのだ。自由とは人々の間の自主性によって生まれるものであり、我々はそれを知っている。しかし逆に自由な環境にある者こそ、自分を縛るルールを欲しがる・何かに所属したがると言う傾向があるのは面白い事実でもある……とかなんとか。

僕は心の中でそんな誰に向けるスピーチでもない、自分の意見をまとめて昇降口を抜けた。そして目の前にあるのは吹き抜けの大きな空間に天高くそびえたつ、エレベーターが五本ほど。こんなにエレベーターホールが大きい意味があるのかと毎回不思議に思うが、これはこれで嫌いじゃない。ちらほらと生徒たちがエレベーターに向かって歩いている。

僕は一番端のエレベーターに乗ってドア横のボタンを押した。このエレベーターは本来、二十人用にできているがこのエレベーターには僕以外の人間はいなかった。

全面ガラス張りのエレベーターからはやっぱりきれいなスカイブルーの海が見渡せる。僕は既にこの景色に飽きていたが。

僕がエレベーターの階数表示を見つめていると、二十八階で表示が止まった。この階で止まるという事が意味するのは奴が入ってくるという事を指す。

案の定、豪華な造りのドアが開くと見覚えのある低身長な女が一人入ってきた。彼女は入って来るなり、僕と目を合わせて笑った。

「あら、奇遇ね」

自動でドアが閉まってまた、上に向かって浮上しだした。

「…………」

 僕は何も答えない。

「最近、調子はどうしら? 会社の方も上手くいってる?」

 これは確実に嫌味だ。僕はこの人が苦手でならない。

「……勉強の方はもう少しで貴方に追いつきそうですよ」

 横目で彼女の顔を見るとやっぱりニヤニヤと笑っている。

「あらそう。頑張っているのね、比企君?」

 ここまで、人に屈辱的な思いをさせられたのはこの人だけだ。

「私も最近、忙しくて勉強に手が回らなかったからね……定期テスト、五点も落としちゃったよ」

「……学年主席に言われても嫌味なだけなんですが」

「あら、ごめんあそばせ。学年次席さん」

 彼女の言葉と同時にエレベーターのドアが開いて、僕らは全く同じテンポで歩き出した。

「……次の株主総会が楽しみだわ」

 本当にエリにこいつの暗殺を頼んでしまおうかと一瞬本気で考えてしまった。

「……そうですね」

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