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彼女は嘘と共に  作者: 市ノ川梓
第三章 嘘は契りの始まり
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第十三話 契約の代償

 蝋燭の明かりを頼りに館の廊下を全速力で走り抜けた。なぜか不思議と傀儡達は僕を追ってこなかった。とにかく、この館を抜けようと出口を探す。

館は不気味なほど静かで誰もいない。理解できないこの状況に自分を見失いそうになる心を奮い立たせて、玄関を探した。

 花咲家の寝室棟はまるで迷宮だった。和室の寝室だけでなく、洋室の寝室で構成された別棟もあった。しかし、どこにも玄関らしき場所はない。一度は窓を割って出ようともしたが、僕の力では何を使っても窓が割れる気配はしなかった。

「いい加減逃げ回るのはやめたらどうだ、少年?」

 そうしていくら経っただろうか。目にした時計は全て壊されていて時刻を確認できなかった。

 時間だけが過ぎていき、僕の心は崩壊寸前だった。どれだけ歩いても出口は見当たらない。これだけ深夜にバタバタと歩き回っていれば従業員の一人や二人、出会うだろうと踏んでいたが人の気配すら一瞬たりとも感じることができなかった。

 その声と共に背中に人の気配を感じた。随分と長い間、独りだったせいかその気配に一切、警戒する事無く僕は後ろを振り向いた。

 一本道の廊下の向こうに見えるのは棒立ちの長髪の女。

「この館から抜け出そうなんて考えているんじゃあるまいな?」

 暗くて彼女の顔を確認する事は出来ない。しかしそこ声には聞き覚えがあった。

「お前、さっきの――」

「ナンバーフォース、君の知っての通り、私は傀儡使いだ」

 その冷淡な口調に感情を感じることはできない。どこかエリに似ていた。

「私とゼロは幼き頃から共に育った。似ているのも頷けるな」

 僕はそのピンと張りつめた空気に息を呑んだ。

「私は少年、本来であればゼロに殺されていた君を私は殺す気はない。私に下された今回の使命はあくまで裏切り者ゼロの始末」

 女は徐々に僕との距離を縮めてくる。

「しかし君がゼロの雇い主であると言う状況であれば、話は別だ。私はここで即刻、君を殺しあの女も始末する」

 彼女の口から放たれる凶悪な単語の数々に僕は恐々としていた。

「どうだい、少年? 私と取引しないか?」

 やがて女は顔の表情は確認できる程まで僕に近づいた。肌は真っ白で瞳はそれに反して真っ黒。しかし顔にははっきりと表情が描かれていた。

「とりひき」

「そうだ、少年。君お得意の取引。比企グループの若き社長。大会社の社長であった父の財産を半ば強引に盗み取り、その金で小会社を設立。これが実に十四歳の頃、君は取引の申し子じゃないか?」

 彼女はにやりと笑ってべらべらと言葉をまくし立てていく。彼女の言葉は僕にとって聞かずにはいられないものだった。

「なぜそんな事を?」

「もちろん私の任務のためさ。この取引は私だけに利益の発生するような物ではない。きっと君にとっても十分、得のある話のはずだよ」

 僕は彼女が凶器らしきものを所有していないか確認して彼女と目を合わせた。これが僕の取引を始める相手にする最初の行いだった。僕は父親と同じ過ちを犯すほど馬鹿ではないのだ。

「つまり命の取引、と言うわけか」

「おお、さすが日本の未来を担う若社長。話が分かるね。その通りだ。いくら取引の申し子とはいえ命の取引は難しいかい?」

「いや」

 僕は彼女の変わらぬ表情を一瞥して汗まみれの拳を握った。

「僕は僕のためならなんだってするよ」

 その言葉を聞いてふん、と鼻で笑った。

「随分と立派なお考えだな、反吐が出る。……しかし嫌いじゃない」

 そう言って僕に軽蔑の視線を送る。

「では始めよう、契約トレードを」

 彼女がそういうと辺りの暗い景色が一変して、真っ白で何もない世界が視界を支配した。

 そこに突然現れたのは、これまた真っ白なテーブルとイス、とその上に可愛らしい指人形がいくつか。フォースは僕をテーブルの前に案内した。

「さきに言っておくが私は現実世界において、物の流通に使用される通貨と呼ばれる物に興味がない。今の私が必要としているのはゼロの命、それだけだ」

「……そうか」

 ゆっくりと冷たく冷え切ったイスに腰掛けて彼女の様子を窺った。周りに傀儡の姿もなく、僕の身に危険が及ぶことは無さそうだ。

「安心しろよ、少年。この空間では何人たりとも傀儡は愚か、幻覚すら作り出す事はできない。私が保障しよう」

 そういって僕とテーブルを挟んで正面に座った殺し屋は机の上の指人形を指にはめた。

「信用していいのか、その言葉?」

「さぁ? それは君が判断する事だ。信用できぬというなら机に着く必要はないさ。私も殺し屋だ。血の味は嫌いじゃない」

 その言葉は言わずもがなこの交渉に応じなければ僕を殺す事を意味している。迷っている余裕はない。

「いいだろう。はじめろ」

「では」

 フォースはおもむろに指人形を机の上に一列に並べて置いた。

「さっきも言ったが私はゼロを始末したい。これは私個人の目的ではなく、ゼロを雇っていたクライアントからの命令だ。何人たりともこれを覆す事はできない」

「それはだれだ?」

「ではそれを教えるのも条件の一つに加えよう」

 この女は殺しのためなら機密を漏えいする事も厭わないらしい。口調や言動はエリと似ているとはいえ、根本的な考えはまるっきり違う。

「そして今のゼロのクライアントを消すのも私の目的である」

 その言葉に僕は一瞬怯んでしまう。なんで僕はあんな凶悪な女を雇ってしまったのだろか。

「しかし今の私にゼロを殺す事はほぼ不可能だ。彼女は強い。幼き頃から暗殺の世界に身を投じてきた彼女とでは次元が違う。いくら私と言っても彼女に深手を負わせるのが精一杯だ」

 フォースは悔しそうに唇を噛んだ。

「だから君の力を借りたい。どうやらゼロはクライアントには絶対遵守と言うスタンスを未だに突き通しているらしい。だからこれは君にしかできない事だ」

「僕に彼女を殺せと?」

僕の先走りに、フフ……と不敵な笑いを漏らした。

「そんな自殺行為をする必要はない。第一、私自らの手でゼロの息の根を止めなければ、この気が収まらない」

そのどすの効いた言葉たちからはエリの裏切りが、目の前の彼女にとってとても許しがたい事であることを十分に感じさせた。

「あの神経質な殺し屋の事だ、いくらでも逃れられるようにと、その道は用意されているだろう。彼女の息の根を止めるのは神を殺すに等しい」

 フォースは並べられた指人形の中から一つの人形を僕の方に差し出した。

「こいつがキーパーソンだ」

 その人形は真っ白な服を着ていた。まるで病人の様に姿勢も悪い。顔をよく見ると赤い字でy.sisterと書かれている。

「妹?」

「そうだ。ゼロには妹がいる」

 フォースはまたにやりと笑う。

「彼女は両親を殺している。だから彼女と血のつながりを持つ人間は妹、エミリしかいない」

「祖父母は?」

「絶縁関係らしく、彼女は会った事すらない」

 またフォースは二体の指人形を僕の方に差し出し、それらを人差し指でゆっくりと倒した。ごろりと仰向けになった指人形の顔には赤くdeadと書かれている。

「彼女にとって妹は唯一の生きがい。しかしその妹は三年程前から難病を患い、ある病院に入院している。世界最先端の医療機器でなんとか命を現世に留めているそうだ。そのために金を集めている様だな、ゼロは」

「それがどうした?」

 僕には既に彼女の条件が読めていた。しかし相手の口から聞くことに意味がある。

「妹はゼロに生かされ、またゼロも妹と言う唯一無二の存在に生かされている、持ちつ持たれつの関係だ。あとは……言わなくてもわかるな?」

 最後に彼女が僕に渡したのは真っ黒な服を着せられた指人形。

「妹を殺す。それだけでゼロの心は完全に壊れる。それがゼロの最期だ」

 顔に赤くzeroと削られた指人形をフォースは、右手で握りつぶした。指の間から赤い液体が滲み出てくる。

 それを見て不気味な笑みを零した。

「さて、君はこの妹を殺す。方法は問わない。ゼロから妹の居場所を聞き出すのは至難の業だろう。半年あげよう、その間に少なくとも妹の場所だけは必ず聞き出せ、いいな?」

 フォースが真っ赤になった拳を開くとそこには真っ赤な拳程度の物体があった。小さく鼓動している。

「約束さえ果たしてくれれば、君の命は奪わない。今後、君の命を狙うのもやめよう。しかし失敗に終われば、我々は君を地獄の果てまで追いかけ必ずや君の首を喰らうだろう。ついでに達成した証には私はゼロを雇っていたクライアントの正体を明かそうではないか」

 彼女の掌の上の物体が握られると、僕は息苦しくなるのを感じた。

「それでどうだ? 君にとって最低でも半年の命は保障され、成功すれば君は今まで通り平和に生きて行ける。我々は裏切り者を始末できる、誰にも損はない。君に断る理由はないと思うが」

 彼女の握る手に力が入る。あまりに息苦しくなって僕は思わず咳き込んでしまった。

「ああ、少し力んじゃった。ごめん、ごめん」

 フォースは真っ赤な物体を真っ白な机の上において、にっこりと笑った。心臓の圧迫感がなくなったのを感じて深呼吸した。

「こんなに一方的な取引があるか」

「でも君には結ぶ以外の道はない、だろう?」

「僕からも一つ条件だ」

 僕はテーブルの上に置かれた小さく鼓動する物体に目をやりながら言った。

僕の話したい事を聞くと彼女が目の前から居なくなった。いつの間にか辺りの景色も元に戻ってあの廊下に僕は立っていた。

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