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彼女は嘘と共に  作者: 市ノ川梓
第三章 嘘は契りの始まり
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第十二話 そして彼は罰を受ける

僕の予想した通りの質問だった。これだから女はたやすい。

「もちろん、僕は可奈子を世界で一番愛しているよ」

 そんなセリフを口にして反吐が出そうになった。しかし未来のためなら自分を偽る事もいとわない。

「その言葉、本当?」

「いまだかつて僕が可奈子に嘘を付いたことがあるかい?」

 嘘しかついたことが無い。時に真実とは残酷である。

「私のためだったら雄大くんは命を懸ける?」

「愚問だよ、可奈子。僕の命は君のためにある」

 さすがにキザすぎたか? そっと隣に立つ花咲を見ると彼女は夜空に浮かぶ月を見つめたまま、こちらに見向きもしない。

「その言葉に嘘、偽りはない?」

 僕はその言葉を耳にしてやっと、彼女が泣いている事に気付いた。声はしわがれて、鼻水をすする音や涙を袖で拭く音が聞こえた。なんでいままで僕は気が付かなかったのだろう?

「どうした、可奈子? なぜ泣いている?」

 僕が近寄ろうとすると花咲は急に大きな声を上げた。

「近づかないでッ!」

 いまだかつて彼女からこんな声を聞いたことが無い。僕の身体はまた震え始めた。

「答えてよ……雄大くん。……答えて!」

 大粒の涙を流しながら必死に声を上げているという感じだった。すでに花咲は自分を忘れている。

「嘘……偽りなんて……ない」

 僕は一瞬、嘘つくことに躊躇した。まだどこかに花咲への同情心があったのかもしれない。しかし僕はそれでも彼女に嘘をついた。

「う、そ……でしょう……?」

 ふと彼女の方を見ると僕の方を向いていた。俯いて一向に顔を上げようとしない。

「どうしたんだ、可奈子? なんかおかしいぞ、お前」

「おかしいのは貴方よ、雄大くん。ねぇ? そんなに嘘ばっかりついて……」

 僕はその声にまた恐怖心を覚えた。この声にはエリと同じとげが見えた。

 彼女から視線を下すとその手にはギラリと鈍く光る包丁が握られていた。その手は震えている。

「おい、可奈子。その包丁……」

「貴方が私を愛してくれないのがいけないのよ? お父さんの財産目当てで私に近づいて。そんな男は嫌と言う程見てきた。……でも貴方は違った」

 花咲は依然として包丁を握ったままどんどん僕との距離を縮めてきた。僕も恐怖で後ろに下がるのが精一杯だった。

「私を見ていた。私を愛してくれた……そう信じていた。でも違った。あのキスに私への気持ちは一切なかった。求めるのは財力だけ……」

 すると他の部屋から、ぞろぞろと黒服の男たちが同じように包丁を両手に握って姿を現した。もちろん標的はこの僕……。

「なら殺すわ。そして私もここで死ぬ。そうすればあっちで永遠に私たちは愛し合えるのだから……」

 僕がなんとか彼女を鎮めようと口を開いた瞬間、後ろから強い力で身体を抑えつけられた。腕を締め付けられ、全く身動きがとれない。刃物のような花咲がどんどん近づいてくる。

「さぁ……一緒に死にましょう? 雄大くん……」

 花咲は包丁を腰の辺りに構えて一気に僕目がけて走り出した。

 死ぬ……今回は確実に……! 嫌だ! 死にたくない! 助けて……誰か! エリ、助けて……助けて!!

 その瞬間、押さえつけられていた力が急になくなって僕はその場に倒れた。その瞬間に彼女の包丁を避ける。

「ぎゃぁああ!!」

 代わりに僕を後ろから押さえつけていた黒服の男に花咲の包丁が刺さって、小さな悲鳴と共に真っ赤な鮮血を噴出した。返り血が花咲にかかる。

「なんで……逃げるの?」

「うぁああああ!」

 返り血を浴びて真っ赤になった花咲に恐怖し、僕はまた悲鳴を上げてその場から走って逃げだした。しかしすぐに黒服たちに道を塞がれてしまう。

「ねぇ、逃げないで。私の言う事を聞いて……!」

 後ろからあの声がする。振り返るとそこにはどこかで見た電動ノコギリを両手で構えた花咲の姿があった。

「やめろ花咲! やめてくれ!」

「なんで? 貴方はたくさんの嘘を私に付いた。その罰を付けるべきよ……」

「嘘をついていたのは謝るから! 謝るからまずそんな物騒なものおいて、こいつらをなんとかしてくれ!」

「物騒な物……? 変なこと言うわね、雄大くん。これは貴方のボディーガードさんから頂いた物なんだけどな?」

 僕のボディーガード……エリからもらったって……。

「エリになにをした!?」

 僕の必死の叫び空しく、彼女はノコギリのエンジンを入れた。静かだった空間に悲痛な叫びの様な轟音が響く。

「とにかく……死んで詫びろ?」

 また彼女は僕に向かって凶器を握り走り出した。既に逃げ道は絶たれた……どうすれば……。

 彼女の表情が確認できるまでの距離まで近づいて今度こそ、死を覚悟したとき、花咲が急に目の前からいなくなった。そして次に聴こえたのは何かが水の中に落ちた音。

 何が起こったのかと辺りを見渡すと、さっきまで周りに居た黒服の男たちはおらず、代わりに中庭の池に二人の女子が立っていた。

 次の瞬間、目の前に一瞬で花咲が現れ、手に握った包丁を僕の首目掛けて突き刺してきた。

 しかしその攻撃はあと数センチのところで届かず、花咲の頭が僕の視界でワインのコルクの様に血をまき散らしながら何処かへ飛んで行った。

「あぁああ……」

 あまりのショッキングな光景に腰が抜けてしまう。ばたりと花咲の身体が倒れてその先に見えたのはあのノコギリを右手に握っているエリだった。返り血を浴びて、すっかりまっかな制服。そして彼女の左肩には本来つながっているべき物がなかった。そこからも絶え間なく血がこぼれている。

「大丈夫か?」

 と何事もなかったかのように話し出すエリ。

「お前……その腕……」

「心配するな。この世界は幻。本来の形を成していない」

「今の花咲は……?」

僕は無残な姿になった花咲に目を落とした。本当に死んでいる。

「これは傀儡。人型の」

 すでにこの死体は花咲かどうか判断することは出来ず、ただの血を流すたんぱく質の塊だとエリは言う。

「心配するな。本物のコイツは今も現世でピンピンしているだろう」

「さっきから言っている意味が――」

「よくあそこから出てこられたな、流石は冷徹なる殺し屋だ」

 聞きなれない声が廊下の闇から聞こえてきた。

「あの程度の幻覚で私が怯むとでも?」

 エリはその声に平然と言葉を返す。

「しかし、少なくとも腕の一本くらいはなくせると見込んでいたのだが……。予想どおりであったな」

 フフッ……と薄気味の悪い声が廊下中に響き渡り、全身に鳥肌がたつ。声の主は未だに姿を現さない。

「お前ら、誰に雇われている?」

「さぁ、誰だろう? お前だってそう聞かれて素直に答えたりはしないだろう? ……さてお遊びはここまでだ」

 その声が途切れると廊下の奥の闇から足音が聞こえてきた。

「懐かしいかな、ナンバーゼロ」

 その足音と共に大人びた声が聴こえる。同時に月が厚い雲にかかって辺りが真っ暗になった。

「フォース、やはり貴様が傀儡を」

「愚問だな。人型の傀儡を使いこなせるのは貴様の知る限り、私しかいないと思っていたのだが?」

 すると辺りが突然明るくなった。周囲を見渡すと辺りの蝋燭に一斉に炎が灯り、それに照らされていくつもの人影が現れた。

「まだ私と殺ると言うのか? これ以上この世界に居るのはフォースに取っても良い状況ではないと思うが」

「知れたことを。私は貴様に用があってここまで来た。愚かにも我々を裏切った、ゼロ、貴様に」

 人影たちが距離を縮めて

「ご主人、私が傀儡を惹きつけているうちにこの屋敷を抜けろ」

 僕を庇うように背を向けて、小さくエリは言った。

「抜けるって、どうやって?」

「この世界は実際に存在する空間ではない。どこかに現世と繋がっている穴があるはずだ」

 闇から現れる傀儡の数はどんどん増えていく。

「どこに?」

「私がこの世界に来た時に使った穴が」

 その言葉を遮るように、傀儡がエリを襲った。

 しかしそれは、エリの振り払いで一瞬にして粉々になった。辺りに血しぶきが飛ぶ。それから後に続いて何百もの傀儡がエリに向かって襲いかかっていく。エリは僕をかばいながらそれらをなぎ倒していく。

「行け、ご主人をかばいながらじゃこの数はきつい」

「でもエリ、その身体で」

「大丈夫。私は死なない」

 いくらエリが傀儡を倒しても数は一向に減る気配がない。

「行け、早く」

 エリは僕にそう伝えると傀儡の大群の中に消えていった。僕は何もできない不甲斐なさと自分の命への執着に拳を震わせて、その場を立ち去った。

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