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僕たちの二千年問題  作者: 夢色ほたる
1/1

ある春のこと

 幼い頃の思い出と言われると何を思い出すだろうか。

友達とかくれんぼをしていた頃。みんなで集まってゲームをしていた頃。100円の小銭が秘宝か何かに思えた頃。家に帰れば100円の秘宝よりもよほど価値のある手料理があった頃。温かい家庭があった頃。それが当たり前だと思っていた頃。人によって温かい思い出もあれば冷たい思い出、ぬるま湯のごとく温度変化によって消えていった思い出、様々だろう。唐突だが僕は、僕の手を握っていた少女を思い出す。思い出す。そう、過去の出来事である。

 

 小学2年の春、桜が満開を迎えていた頃。と言えば聞こえはいいかもしれないけれど、当時の僕はそんな物には目もくれず、次に買ってもらうゲームソフトの事で頭がいっぱいだった。学校という集団生活を共にする組織に入学して1年が経過し、親しい友人や初恋の相手など人並みの学校生活を送っていたはずだ。というのも、正直なところどれが小学2年の春の思い出なのか、これは小学3年の春で、これが小学1年の春だったはずだなどというはっきりとした記憶はなく、ほとんどが曖昧だからだ。幼少期の何気ない日常の思い出というのはきっとそういう物なのだろう。

 だが、記憶とは不思議なもので例外があったりもする。小学2年の春、二時間目の授業中、図工の時間。彼女は僕の手をそっと握っていた。自慢じゃないが、いや、きっと自慢だろう。小学校低学年の僕は現在とは違い、そこそこ異性にモテていた。今でこそ日本ではほぼお目にかかれないであろうラブレターをもらったことも何度もあったし、バレンタインとなればもらったチョコの数が2桁に達することもあった。本命チョコか義理チョコかなどという下世話な話はこの際置いておき、遠い思い出なのを良い事にこの際ほとんどが本命だったという事にしておいてほしい。しておきたい。それほどまでに自称やり手の小学2年生だった僕の事なので、異性に手を組まれたり、唐突に抱きつかれたりという事は珍しくなかった。大人の世界では異性に突然そんな事をしたら法に関わる話だろうが、なにせ幼少期。可愛げがある話だ。

 そんなハーレム状態な僕の生活の中で、クラスメイトのみんなが折り紙をしていた図工の授業中、隣の席の女の子からいきなり手を繋がれた。繋がれたというよりも、机の上にあった私の手を覆うようにして手をかぶせて来た。前述した通り女の子に手を繋がれたりするのは日常茶飯事な事であって、友人を誘ってそのまま飲みに行きたくなるようなハッピーイベントではない。なんとも羨ましい限りの憎たらしい限りの子供である。そんな僕の手を彼女はやさしく、ほぼ無表情で繋いできた。

「なんだよお前。」

女の子にスキンシップをされる事はめずらしい事ではなかった僕も、異性に手を繋がれるという事はやはり少なからず嬉しかったし、照れくさかった。周囲の目を気にして恥ずかしい事でもあった。そんな僕から飛び出てきた言葉がこれだった。

「・・・・・。」

少し微笑みながらも無言の彼女の名前は志帆。

「離してよ・・・。」

会話終了である。

 本当にやり手の男ならば、このチャンスを逃すまいとして、その場で仲良くなり、連絡先の交換なんかは朝飯前で一緒に家に帰ったりもするだろう。だがこれは内気な人見知り男の少年時代の話である。女性からいかに大胆なコンタクトがあろうとも、そのアドバンテージを活かして自分のメリットに繋げるなんて事は、レベル1でラスボスを倒すよりもずっとずっと難しかった。

 志帆との思い出は以上で終了である。そのまま仲良くなってからの話や、二人で大人になる過程を模索しつつ青春時代を過ごす恋物語や青春ラブロマンスを語りたいところなのだが、たった一言会話しただけの、会話になったのかすらも定かではない彼女との思い出は何ともあっけなく、期待はずれの閉幕。

 というのも、それから小学校卒業までの生活は友人とゲームをしたりかくれんぼに夢中で、とても恋愛をするような精神年齢にも達していなかったし、その後に志帆からコンタクトがあったのかもしれないが、僕の記憶に残っていないということは僕にとって「その後」とは大した出来事ではなかったのかもしれない。何よりも中学校に上がってからというもの、僕は他の女の子への片思いに夢中だったし、志帆は志帆で他に彼氏が出来たりもしていた。幼少期の淡い恋物語、というよりも陳腐でオーソドックスな普通すぎる体験談という事だった。なんと理不尽な話だろうか。手前勝手に、手を握っていた少女との思い出話を語らせてほしいなどと偉そうに前述しておきながらたったこれだけの話である。

 

 小学校のモテモテ生活から20年。そろそろ30代にさしかかろうという時、僕は仕事を辞め、少しずつ貯めていた金で無職時代を謳歌していた。青春時代を謳歌と言うと輝いている映像が浮かぶものだけれど、無職時代を謳歌というのは何とも聞こえが悪いものだ。もちろん彼女もなく、異性にモテモテなんていうステータスは、年収0円、向上心もなく目標も目的もない堕落した僕には夢のまた夢だった。夢。文字にすると同じ漢字なのだが寝て見る夢。現在や未来の環境を向上させようと、人々が思い描く夢ではない方の夢。向上心が有ろうと無かろうと、誰もに平等に与えられたどんな不条理も通用する無意識の産物。その寝て見る夢に志帆が居た。

 億万長者や超人になって人生を謳歌する夢や、身近な女性や、有名人との如何わしい夢を見て一喜一憂する事は成人男性なら一度はあるだろう。幼少期の頃の懐かしい夢を見て感傷に浸る事も珍しくないだろう。僕が見た夢だってなんら例外ではない。幼い頃の懐かしい人物と懐かしい手をつなぎ合って微笑み合っている夢。何とも向上心の無い無職らしい、過去の栄光にすがる自分勝手な内容だ。志帆は昔から大人しいタイプで、そこそこ容姿が良く、顔にも性格の温厚さが現れていて中学校でも比較的モテていた女性だった。思春期という事もあったが幼少期の事もあり、お互い顔を合わせても何となく気まずかったのだろうか、中学に入学してからは話した記憶があまりない。それどころか、中学卒業以降は連絡一つ取らない程の疎遠になってしまった。だが、あのまま順調に成長していれば、一般の女性が夢見るような、容姿がよくて社会的ステータスの高い男性との結婚なんて簡単に出来てしまうだろう。人生そうは甘くないと言われても、無職で無気力な僕から見れば就職して平凡以上の生活をおくっている人達は全て社会的ステータスは高い。屁理屈である。

 ところが夢の中では、志帆はあの時と何ら変わらず、小学生の容姿のままで小学生の私と手を繋いでいた。あの時と違っていたのはお互いが微笑んでいたという事だ。30歳近いアラサーが何年も昔の少女の事をいつまでも覚えていて、自分の都合のいいように記憶を改ざんし夢に出現させるなんて大っぴらに公言すれば事案に発展しそうな話だが、僕はこれまで見た夢の中で一番心地よかった。一番最近に見た夢が一番印象に残るからそう感じるというような話もあるが、それを含めても僕にとっては気持ちのいい夢だった。2、3日が過ぎてもその夢が、当時の彼女が、クラスメイトが、机の配置が、折り紙の形が、先生の立ち位置が鮮明に思い出せた。脳裏に焼き付いて離れないという言葉をよく耳にするが、そこまででは無いにしろそれに近い。

 僕は彼女の事もあり、急に昔の友人に会いたくなって今でも唯一たまに交流のある小学校からの友人に電話をしてみた。と言っても、唯一交流のある友人ですら4年ぶりなくらい小学校の友人とは疎遠になっていた。

「もしもし。龍二か?久しぶり」

「おうショウちゃんか!久しぶりだな元気か?」

昌ちゃん。小学校の時に初めて呼ばれた時は女の子みたいだからやめてくれと頼んだが、やめてくれる気配はなく、結局定着してしまった。

「まあまあだな。仕事やめちゃったわ」

今は無職だとは言いにくい僕は、やめたという表現でなんとなくやんわりとかつストレートに伝える。

「マジで?無職かー。大丈夫なのか?」

と龍二。ごもっとも。

「あんまり。お前の方は上手くいってるのか?」

と半笑いで返す僕。

「最近やっと慣れてきたところだ。忙しくてよー。何より最近は多いだろ?モンスターペアレントとかいう厄介な人種。上手く付き合うにはどうしたら良いのかいろいろと考えてたんだよ。」

今では龍二は小学校の職員。先生だ。

「ところで急に電話かけてきてどうしたんだ?」

「いや、ちょっとな。話したい事があってさ。今週の日曜あたりに時間あったら晩飯でも食いに行かないか?」

「おおいいぞ!日曜は暇してるから5時位に駅前でどうだ?」

「了解。じゃあ5時に駅前で」


 日曜日当日。僕はいつも通り昼の11時頃に目が覚めた。

メール8件。着信4件。

交友関係の少ない僕にとって1日でこれだけの連絡が来るというのは何かただならぬ気配を感じ、着信履歴を見てみる。(龍二 龍二 龍二 龍二)

次にメールを開いてみる。(龍二 龍二 龍二 龍二 龍二 龍二 龍二 龍二)

内容を開いてみると、「おい!」「起きろ」「まだか?」で全て構成されていた。

もしや...と思い、受信履歴を見てみると全て午前5時から6時。

あろう事かあの男は、5時というのを午前5時と認識していたらしい。

「午前5時に晩飯を食いに行く約束をする奴がいてたまるか」

龍二に電話をかける。

「おい!!遅いんだよコラ!!」

晩飯を食いに行こうと誘ったはずなのに、昼前に電話をして遅いとはどういう事なのか。

「晩飯が午前5時なわけがあるか」

「晩飯!!?なんだよそう言ってくれよ!」

「言った」

「なんだよもーーじゃあ罰として昼飯にしようぜ」

なぜ罰を受けなければならないのか理解するのは難しい。だが、昔から龍二はこんな感じで勉強はすこぶる出来たが、天然なのか適当なのかは分からない。

それに僕はそれが居心地が良かった。

「わかった。今から行くわ」

駅まで徒歩5分の私は二つ返事で昼飯を食べに行くことに。

準備を終えて駅につくと、ツーブロックで茶髪、胸元の金ネックレスをちらつかせた、白いシャツの男が声をかけてきた。

「よう!!ショウちゃん!!久しぶり過ぎない?」

「お・・・久しぶり。ていうか、その身なりで教職員ってのはマジなわけ?」

「ハハハ!!!まぁな。一応規則はゆるい方でよ。じゃあさっそく食いに行こうぜ!こっちは5時から待ってたから腹ペコだぜ?近くに上手いラーメン屋があるんだよ」

と、高笑いしながら歩き出す龍二。

この男、約7時間も僕と飯を食うために待っていたというのか。良く言えば堅実でいい男だが、悪く言えば気持ち悪いの一言。だが、そう思うとなんだか急に悪いことをしたような気になってきた。

「なんか悪いな。そんなに待たせちゃって。飯は俺が奢るよ」

金のない無職とは言え、友人1人に昼食を奢るくらいは訳ないくらいの貯金は持っているはずだ。はずだった。

「まじで!?金があまり無かったからすげー助かるぜ!」

そんなやり取りをしつつ昔話に花を咲かせ歩いていたら、龍二が立ち止まった。

「ついたぜ!」

どこにもラーメン屋など見当たらない。ラーメン屋は見当たらないが飲食店はある。

高級焼肉店。

「てめえ・・・ラーメン屋じゃないのか?」

「いやーやっぱ、奢ってくれるっていうからよ。ここ美味いんだよ!アハハハ」

美味いかどうかは聞いていない。7時間も待ってくれていた友人にラーメンを奢るくらい訳ないが高級焼肉となると前言撤回をしたい気分になったが、多忙の中わざわざ会って話をしてくれる友人に感謝もしているので僕は承諾した。

「まあいい。7時間分のお前の時間、時給で買った事にしてやる。今回だけだぞ!」

「おっ!!マジか!!!!最高だねーショウちゃん!!」

等と調子の良いことを言いながら僕達は焼肉店に入った。

高級肉には申し訳ないが、肉には全く詳しくない僕は適当な肉とウーロン茶、龍二は生ビールをそれぞれ注文し、メニューを置いた。

「ところでよ、ショウちゃん」

龍二が切り出した。

「話したい事ってのはなんだ?何かあったのか」

すっかり肉だけで頭がいっぱいだと思っていたが、どうやら本題を覚えていてくれたようである。

そういえばこの男、勉強が出来ただけでは無く、昔からとても記憶力がいい。

みんなが覚えていないような、あのゲームは誰が一番強かっただとか、あの運動会では○○が遅刻して来ただとか、ろくに話したことの無い別学年の生徒の名前ですらもほぼ全て覚えている。さすがは教職につくだけの事はある。

「唐突なんだけどさ。中学校の頃にいた志帆って子、覚えてる?」

当時の仲良しグループの中で記憶力が一番良かったこの男に、いただろう?ではなく、覚えてる?と、あえて聞いたのは、最近僕が志帆を頻繁に意識してしまっているのを、何となく悟られたくなかったからだ。

「シホ?・・・井ノ上詩穂先生か?」

「井ノ上詩穂?あぁ、そんな先生居たな。」

「おう!俺らが3年の頃に入ってきた超美人の新人教員!それがどうした?」

「いや、先生じゃなくて。坂入志帆って子。僕達が小学校から一緒のあのおっとりした雰囲気の」

「坂入志帆・・・」

ちょうど注文していたウーロン茶と生ビールを店員が持ってきて、僕がそれらを受け取りテーブルに置く。

店員に軽く会釈をし、一呼吸置いて彼はこう言った。難しい顔をしながら龍二はこう語った。

「知らねえぞ?そんな子」



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