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彷徨う香炉  作者: 髙津 央


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29/61

29.愚痴

 「そんなもん、全部こじつけだ」

 「私が魔法を知らないからって、でたらめ言って! こんなに不幸が続くのに、呪いじゃない訳ないでしょう!」

 女は尚も金切り声を上げる。


 「違うって、あれには呪いなんて掛かっちゃいない。そんなに言うってこたぁ、あんた、何か人から恨まれて、呪われる心当たりでもあんのかい?」

 それまで怒り狂っていた女が、途端に口ごもった。

 「い……いや、ウチは別に、誰かの恨みを買うような真似、しちゃいませんよ。でも、でもね、人間、なんで逆恨みされるか、わかんないでしょ? ウチの亭主が亡くなっても、暮しに困ってないこととか、お店が上手くいってることとか、立派な子供がいることとか、(ねた)まれることなら、色々ありますし……」


 「じゃあ、その妬んでる心当たりの奴に言えよ。俺は呪いを解く術は知らないし、関係ないだろ」

 再び、女の頭に血が昇った。顔を真っ赤にして食ってかかる。

 「どこの誰に妬まれてるか、わからないから困ってるのに! 魔法使いの癖に人助けしないなんて、やっぱりお前さんたちは化け物の親類じゃないのさ! 人間が不幸になるのが嬉しいんだろ!」

 双魚は閉口した。


 店主は、困っている部分だけを訳したが、口角泡を飛ばし、血走った目で双魚を睨みつける様子を見れば、言葉はわからずとも、罵られたことは察しがつく。

 そもそも、「人間」は、ほぼ初対面で、無茶な要求をゴリ押しし、自分を口汚く罵る者を手助けするだろうか。


 「なぁ、あんただったら、どうする?」

 「私だって、そんなのお断りしますよ」

 求められ、宍粟は蕎麦を手繰る手を止め、即答した。


 「どこの誰かもわからないお人で、何で恨まれてるのか知らないなら、どんなとばっちりがあるかもわかりませんし……」

 「な? そうだろ? 魔力があろうがなかろうが、厄介事はご免蒙(めんこうむ)るだろ?」

 双魚は余程、誰か言葉のわかる者に聞いて欲しかったのか、愚痴を(こぼ)し続ける。


 「お前さんが困ってんのはわかったし、子供は気の毒だと思うよ。他人の不幸は俺もなるべく見たくない。でも、人にはできることと、出来ないことがあるんだ。気の毒だが、俺はあんたの力にゃなれん」

 妙見の店主は、訳す前に聞いた。

 「できないもんなのかね?」


 「魔法ってのは、色々と分野があるんだよ。あんたらだって、そうだろう。機織(はたお)りの職人と大工を入れ替えて、仕事が上手く行くと思うか?」

 「いや、無理だろうな」

 「そう言うことだ。呪いの専門は【舞い降りる白鳥】って学派の奴だ。俺は【霊性の鳩】。皿洗いやらなんやら、日常の用をする術くらいしか使わえねぇって、言ってやってくれよ」


 女は、店主が丁寧に訳した説明にも、食ってかかった。


 ケチ、嘘吐き、ズルい、人でなし、化け物……


 人を「化け物」と罵ったその口から、雑妖が飛び出す。およそ、人に物を頼む態度ではない。


 店主もうんざりし、提案した。

 「その香炉、よくないものだってのは、間違いないんですから、お寺さんに預けちゃどうです? きっと中の妖怪をお祓いしてくれますよ」


 だが、女はきっぱり拒んだ。

 「寺になんて預けたって、どうにもなりゃしません! あいつら、金儲けしか考えてない生臭で、法力なんてカケラもないんですよ! 金だけ巻き上げられて、『お祓いできないくらい強い妖怪だから、ウチで預かり、厳重に封じます』とか何とか、(もっと)もらしいこと言って、香炉も取り上げられて、泣き寝入りさせられるのがオチです!」


 どうしても、双魚に無料で対処させたいらしい。


 店主が小声で聞いた。

 「双魚さん、お祓いの真似事なんかも、勿論(もちろん)、専門外だよねぇ?」

 「あの程度の雑魚なら、俺でも倒せるが、香炉も壊れるぞ。まぁ、俺をボロクソに罵ってるみたいだし、助けてやる気にゃなれんがね」


 店主はやや思案し、女に向き直って説明した。

 「この人は、お祓いやらなんやらは、専門外なんだそうです。手を尽くせば、どうにか妖怪をやっつけることは、できるかも知れんが、香炉も壊れるそうです。お寺さんに預けても、ウチでお引き受けしても、大して変わりゃしませんよ」

 「なんだ、やっぱりできるんじゃありませんか! 嘘吐き!」


 どうやら、自分にとって都合のいい部分しか聞こえない耳らしい。


 「私がこんなに困ってんのに、助けてくれないなんて、人でなしの化け物の癖に、ケチ臭いコト言って!」

 女は激昂(げっこう)し、空になった湯呑を投げつけた。


 双魚が、軽く体を傾けて(かわ)す。後ろの柱に当たって砕けた。


 甲高い音の後、水を打ったように座が静まり返った。女がハッとして、畳に目を落とす。

 店主が抑えた声で退去を促すと、女は大人しく従い、香炉を包み直して持ち帰った。

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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