動き出す聖騎士
聖騎士ーーではあるが、自分はどちらかといえば衛士に近い、とその男は思っている。
スラム街で生まれ育ったからだろうか。
王や貴族などどうでもいい。
魔術の才さえ無ければ、男は衛士になっただろう。
だが、幸か不幸かーーー
男には魔術が使えた。
暮らしは確かに楽になった。
だが、男はもう生家には帰れない。聖騎士など、スラムの人間と相入れるものではないのだ。
「ロロク様、急いで下さい。」
衛士の使いの者ーーコロだったかーーが、急かしてくる。
「住所はどこだ?」
「レーミング通りを東に入ったマゴール邸です」
「ああ、あそこか」
下級貴族がらみの事件であるなら、確かに聖騎士が受け持つべきだろう。
「俺は先に行ってるぞ」
「え?あの、ロロク様?」
ロロクは風の魔術を使う。
住所さえ分かれば空を飛んで行けるのだ。
あっという間に視界から消えていったロロクを少年は見送る。
「あれ、あの人魔方陣使ってたっけ‥‥」
わずかに首をかしげながら。
「ふうん‥‥」
「覗きは趣味悪いぞ」
男の声に、千里眼を使って街を見ていた女は振り返らずに手だけを振る。
「結構面白いんだよ、コレ。カザハヤにも昨日言ったでしょ‥‥」
男はわずかに顔をしかめ、そしてうなずく。
「聖騎士の誰でもない魔力ーーだったか」
「そ。はは‥ロロクのあの様子だと誰かが殺されでもしたかな?いや、あの魔力の高まり具合はむしろ暴走‥‥」
「どうだか。お前の予想はよく外れる」
物憂げに去ろうとする男のコートの裾を、後ろ手に女がつかむ。
「どこいくの?」
「見回りだ」
女は窓からはなれ、くるっと男へ向き直った。
ウェーブのかかった金髪が翻る。
「散歩ならワタシも連れてってよ」
「‥‥見回りだと言ってるだろ‥‥」
男はため息をついた。
街へ出た2人は、マゴール邸の方へと歩き出す。
元より見回りでも散歩でもない。
ロロクが向かった以上、何か貴族、あるいは魔術がらみの事件が起きた事は確実。
このあたりは2人が主に担当する地域。
現場に回される可能性は高い。
であれば初動捜査は早目に済ませた方が良いだろうとの考えだ。
街の人々は、2人を畏敬と恐怖の目で遠巻きながら見送る。
「あ、あれおいしそう。カザハヤ、買って!」
「揚げリンゴくらい自分で買え」
「お金持ってないんだよ」
2人はこの調子だが。
女はまるで少女の様に無邪気な笑顔を見せる。カザハヤはため息をついた。
「おい店主、揚げリンゴ1つ」
「チーズ味で~」
店主は手先をブルブル震わせながら揚げリンゴチーズ味を串に刺す。
顔面蒼白な店主の顔を見て女は楽しそうだ。
「ねえ、オジさん。今日このあたりで何か事件おきなかった?」
「事件‥‥いや、知らねぇですね」
「ふうん‥‥ま、いっか」
女は揚げリンゴを頬張りながら歩き出す。
どうやら事件はまだ明るみに出ていないらしい。
ぶらぶらと歩いているうちに2人はマゴール邸につく。下級とはいえ貴族の邸宅、家は広く、庭も広い。
外側からは何の異常も見受けられない。
「おいセレナ、見えるか」
「ん‥‥うん、やっぱり事件が起きたのはココだね。まだ魔力の残滓が残ってる。けど‥‥」
セレナは肩をすくめる。
「属性が風ってことくらいしか言えない」
「形は見えないのか?」
セレナは庭を囲む昨柵にもたれ、カザハヤの顔を見上げる。
「現場は間違いなくあの部屋。でも形はぐちゃぐちゃでさ。形に意味は求められなさそうだよ」
そうか、とだけカザハヤは言った。




