羽山って呼ばないで
主人公:狐木 修輔(こぎ しゅうすけ)
はぁ~やまさまぁ~ん:羽山 水月(はやま みづき)
さすがに皆騒ぎ疲れてしまったのか、大波乱の音楽の授業の後は比較的静かなものだった。
とはいえ羽山(みー様呼びはやめた)がイケメンの彼(名を田辺というらしい)を転校初日にしてものにしたという噂は稲妻よりも早く人の耳に入り、どんな美少女がやってきたんだと休み時間の度に他のクラスから代わる代わる見物人がやってきた。
見物人の感想はというと、
「やっべ、マジやっべ! すっげー綺麗やっべ!」
というのが総意であった。
授業中であってもひそひそ話は止まず、いつもの空鑑賞がうまくいかずに俺は苛立っていた。
「ご主人様ー、ねぇ、ご主人様ー」
授業中、他人に聞こえない絶妙な音量で羽山は俺に話しかけてきた。
「彼氏持ちからご主人様なんて呼ばれても全く嬉しさがこみ上げてこない。狐木でいい」
「……じゃあ狐木君、なんか面白いことしてよ」
「俺が面白いことをしても、あいにく皆面白くなんてないそうだ。それよりも羽山が何かボケた方が何倍もウケるだろ」
実際音楽室では皆が笑顔だった。
皆が笑顔で暮らせるのなら、俺はなんだってよかったのだ。
「……呼ばないで」
「あん?」
「羽山って、呼ばないで。フランクに水月様って、呼んでよ」
急に顔に影が差し、呟くように懇願する羽山。
なんだこいつ急にしおらしくなりやがって。あいにくと俺は天邪鬼な性格なので、やるなと言われたことはやりたくなる性質なのだ。
「はぁ~やまさまぁ~ん」
フランクに羽山様と呼んでやった。
俺は空鑑賞ができなくて苛立っているのだ。触れたものは何人であろうと切り刻む!
今の俺はまさしく切り裂きジャ……ック……。
「ふぅ~ん……面白いじゃん」
目の前で赤黒い炎がメラメラと燃え盛るのがはっきり見える。
これほど人は自身の怒りを視認化させることができるのだろうか。今俺は人類の神秘に片足を突っ込んでいる。
「はい、ぷんすかポイントがただ今十ポイントアップいたしましたー」
今朝方も話していたよくわからない羽山の怒りのバロメーターが上がったらしい。
聞きたくはないけれど、身の危険をビンビンに感じ取っているため聞かなくてはならないだろう。
「おい、ぷんすかポイントって……なんだ? 溜まると何か景品と交換してくれるのか?」
「ふふふ……知りたぁい?」
羽山は自作の人型ストラップであるピーター君を取り出すと、親指で右肩を抑えた。
そのままぐりぐりと力を入れ始める。羽山の親指には血管が浮き出し、真白な肌が赤く染まり、ピーター君の関節が軋んで悲鳴をあげる。
やがて、ピーター君の右肩は無残に外れ、肩の関節を留めていた縫合糸がしゅるしゅると机の上に落ちた。
……………って、怖!
「これが……一ポイント」
え、一ポイントでこれなの!? じゃあ十ポイントってどうなんの!
やばい、変な奴だとは思っていたけど、絶対この子サイコ入ってるよ!
「次が二ポイント……」
今やピーター君の生殺与奪を握る羽山の親指が、次はどこを破壊してやろうかと体を探る。しばらくして、親指はピーター君のお尻に伸び、そのまま……。
「やめてえええ! もう、みー様でも水月様でも呼んであげるから、それ以上はやめてあげてえええ!」