おおおおおおおお
主人公:狐木 修輔(こぎ しゅうすけ)
パイセン:愛唯(めい)
「はぁ、ようやく洗い終わった」
時計を見ると、授業の時間まで後一分。
水で洗ったためにしわくちゃになってしまったワイシャツを急いで着る。全体的にじめっとしていて実に不快な感じだ。
今日の授業は三年生と合同の音楽の授業だったため、早足で教室へと向かう。
教室の扉を開けると、遅刻ギリギリの時間帯にやってきた俺を皆が注目し……なんてことはなく、三年生達がある生徒一人を囲んでいた。
「なになになに! めっちゃこの子かわいいんですけどー!」
「君と比べたら、そんじょそこらの奴らなんかゴミだよゴミ! あー、今俺は天使と遭遇したね!」
「ひゃー、これは……嫉妬するのも失礼になっちゃうかしら」
俺の存在には誰も気づかなかったようなので、自分の席に着いて音楽の教科書を開く。
みー様の声の一つ一つに、周りは大げさなほどのリアクションをし、笑い声が広がっていく。
皆みー様の周りに寄って行ったためか、俺の周りには誰もいない。
教室内は騒々しかったが、気持ちは実に静かだった。
さて、今日はどんな偉人の歴史だったか……。教科書に目を通そうとする、その時だった。
「コーギー」
静寂を破る透き通った声に顔を上げると、俺の一個上の先輩である、愛唯パイセンがいた。
きらりと光るメガネをくいっとあげて、デコが目立つショートヘアーを掻き上げている。
俺のことをコーギー(狐木だからコーギーなのだそうだ)と呼ぶこの先輩とは、何故か俺と波長が合うごく少数派の人だ。
愛唯パイセンは俺が顔を上げたのを確認すると、うむりと一つうなずいた。
「コーギー、今日はえらく寂しそうじゃないか」
「愛唯パイセンこそ、どうしたんですか。楽しそうな輪の中に入らなくていいんですか」
「ふふふ、実に浅はかだね、コーギーは」
一歩下がって俺との間を開けると、そこに手で線引きしながら、
「楽しそうな輪は、ここまで伸びているのだよ。残念だがね」
苦しい言い訳だった。実際に先輩に声をかける人は俺ぐらいのものだし、誰が見たって端っこで会話している俺たちのところまで輪は届いていない。
だけど、楽しそうに喋る先輩を見て、いてもたってもいられず俺は立上った。
「俺も楽しそうな輪に入る!」
大股で愛唯パイセンに近づく。
「おおおおおおおお」
先輩は適当な気持ちで名前を入れてしまったロールプレイングの勇者のような声をあげながら後ずさった。
身体的接触に慣れていないのが一瞬にして丸わかりの反応だ。
「駄目だよ、コーギー。君が入る余地はない。この輪の中は満員なんだ。残念だがね」
見えない輪に満員もクソもあるか。