フランクに水月様って呼んで
主人公:狐木 修輔
ちょいウザ転校生:羽山 水月
「え……」
「え、じゃないよー。卵型の雲、あなたも眺めてたんでしょ?」
あまりの衝撃にびっくりして硬直する。
それは、クラスの視線の全てをかき集めてしまう美貌だとか、ブレザーがはちきれんばかりのわがままボディの持ち主だとか、単純に俺に声をかけてくる女の子の希少性だとかに驚き思考が停止したのではない。
こいつは、俺が雲を見て物語を作り、あまつさえ応援までしていたことを感じ取ったのだ。
「お前、名前は?」
「おいおい、さっき転校生の自己紹介で喋ったでしょ! ……って、その様子だと聞いてなかったんだろうなー」
ブレザー越しでもわかる凶悪なボディを惜しげもなく晒し、うっふんと流し目でこちらを見つめながら言う。
「私の名前ー、何だと、お・も・う?」
とどめとばかりにバチリとウインクを決め、やりきった感のあるイラつく表情で俺の反応をうかがう目の前の女。
行為自体が慣れていないのかぎこちない彼女の所作に、形容しがたい気持ち悪さがこみ上げてきた俺は自身の二の腕に変なぶつぶつができてはいないか確認するため腕をまくった。
「うわっ、ひど! これでもあなたと仲良くなりたくて誘惑したつもりなんだけどなー」
「あいにく俺は自然体が好きだ。無理して自分を作るやつは嫌いなんだ」
「……そう。んじゃ改めて」
つい先ほどまでぽっかりと開いていた席から、しなやかな手が差し出される。
「羽山水月。私を呼ぶときはフランクに水月様でいいから」
俺とまともに会話しようだなんて珍しい人だと思いながらも、俺は差し出された手を握る。
「よろしく、みぃ~づきさまぁ~ん」
「『フランクに水月様ってどういうことやねん!』ってツッコムのではなく、フランクな口調で水月様と呼ぶことで私のぷんすかポイントを上げるとは……あなた、中々やるわね」
「俺の名は狐木。お前への好感度はさほど高くない為、ぷんすかポイントとは何か尋ねることはないし、下の名前も割愛する。そのかわりといってはなんだが溢れんばかりの愛情を持ってご主人様と呼ぶことを許可しよう」
「下の名前は割愛されちゃうんだ……ふぅん、まぁいいや。ところでご主人様」
水月様は握手した方の掌を俺に向けていう。
「私の手、真っ白なんだけど」
「あたりまえだ。俺の体は先ほどチョークの粉によって白銀の衣と化した。どこを触っても穢れた魂を浄化して真っ白にしてしまうだろう」
「どうしてくれるの? ご主人様」
「この世の行いに懺悔しなさい。神の祝福を受けなさい。体の一つや二つ白くなったところで、慈愛の心をもって神は許しましょう」
「神に許されなくてもいいから、捻り潰してもいいかしらご主人様」
「みー様は意外と武闘派なんですね」
「さらにフランクな呼び方きた!」
と、ここで朝礼終了のチャイムが鳴った。
一時限目の準備の時間帯になるわけだが、チャイムと同時にみー様の周りには人だかりができた。
「ねー、どこから来たのー? オーラ出てるし、絶対都会からでしょー」
「このストラップ、チョーかわいいんだけどー!」
「ぶひっぶひっ!」
「何食べたらこんなにスタイルよくなんだよー」
「僕の家、肉屋なんだけど……イノシシと鹿だったらどっちが好きかな?」
次々に押し寄せる質問に対して、みー様はそのどれもを丁寧に対応していく。
「全然田舎の方だよー」
「このストラップは自分で作ったんだよ。ピーター君って言うの。かわいいって言ってくれて凄い嬉しいー」
「ふごっふごっ!」
「毎日三食を心掛けて自炊してるからかな、こんなスタイルになっちゃいました」
「ふふふ……私は肉だったらなんでもイケるよ。なんてったって肉食系ですから(怪しい笑み)」
わいわいきゃあきゃあとした声を背後に聞きながら、俺はチョークの粉を落とすために、ひっそりと教室を出て行った。