転校生現る
主人公:狐木 修輔(こぎ しゅうすけ)
「それでは、入ってきなさい……」
ふわふわと視線を彷徨わせるのも居心地が悪いので、視線を窓の向こうに戻す。
いい雲が見つかった。美しい曲線の卵型の雲だ。徐々に形状を変えながら流れていく様はまさに孵化の途中であり、やがて自らの力で殻を破ってあの大空へと飛び立つのだろう。
居心地のいい場所から飛び出していくのはかなり勇気が必要になるはずだ。
しかし、世の中に出てくるというのはそれだけの対価を支払わなければならない。
勇気を出した一歩こそが、世界に踏み出す一歩となるのだ。
「がんばれぇ~、がんばれぇ~」
姿を変えようとする卵型の雲を見つめて、心の中で応援する。
これは俺の中だけの物語。他の誰が雲を見つめて応援するというのだろうか。
雲がもこもこと姿を変え始める。いよいよ事は大詰めだ。
「いいよいいよー。あとちょっと」
心の中の俺はチア服を着てボンボンを振って応援をしている。
それが鳥になるのかカエルになるのか形容し辛い何物かになるかはわからないけど、だからこそ面白いともいえる。
だからこそ、じっと見つめてしまう。
「っあ!」
今にも何物かになりそうなその瞬間、後ろから大型の雲の集団に飲み込まれてしまい、そのまま太陽をも隠してしまった。
こういうこともある。こんな事態は何度も経験してきた。なのになんで、俺はこんな素っ頓狂な声を出してしまったのだろうか。
いや、おかしい。そもそも『俺は声を出していない』。あくまでも心の中で応援していただけだ。
それでは、いったい誰があんな応援の声を出したというのだろうか?
数刻の曇り空。光の屈折により、窓に後方の景色が映し出され、同時にその犯人までもが映し出された。
俺は、ぽっかりと空いていた隣の席に視線を移す。
「あーあ、雲で隠れちゃった。残念だったね」
そこには、肩を落としながらも、どこか楽しげな様子で佇む女の子がいた。