剛結君の口臭はフレンチトースト
主人公:狐木 修輔(こぎ しゅうすけ)
力持ち:剛結君(ごうけつくん)
「おい、狐木」
肩を揺らしながら体力の回復を待っていた俺は、声がする方向に顔を向ける。
そこには、クラスで一番力持ちの剛結君が腕を組んで立っていた。
「なんだい剛結君。俺と一緒にマンドラゴラごっこをやる気になったのかい?」
「ちげーよ狐木」
唐突に俺は黒ドン(黒板を片手でドン! ってやられることね)され、剛結君の強面が一センチぐらいの距離まで急速に縮まった。
嘘、なにこれ。唐突に始まる恋の予感(ボーイズ)に俺の背中に冷や汗が一筋垂れる。
「おめぇ、ウゼェんだよ!」
怒気を含んだ剛結君の口からフレンチトーストの香りが漂う。おいおい剛結君、意外と君はおしゃれな朝食を摂っているんだね。
「おめぇは頭おかしいの! だから皆相手にしねぇんだよ! いい加減わかれよ!」
剛結君は俺のワイシャツの首元をつかむと横に薙ぎ払った。
日頃トレーニング等をしていない俺の体は鼻をかんだティッシュのようにあっさりと吹き飛び、チョークの粉がまぶされた教壇の上に無様に転がった。
面倒臭がって掃除をしないとこうなるんだよの見本となれるような純白の姿に自分で神か天使かと見紛うも、ケホケホと咳き込むことでそれがチョークの粉という現実に連れ戻された。
剛結君は俺の惨めな姿を見て懺悔することもなく、鼻息を荒く鳴して自分の席に戻っていった。
俺としてはもう少しマンドラゴラごっこをやりたかったんだけど、さすがに朝礼が始まる時間だったので体の粉を落とす時間も惜しんで自分の席へと戻った。
一番窓際の列の最後方が俺の机だ。ちなみに右隣の席に人はいない。
ぽっかりと空いた隣の席を見てちょっとした寂しさを覚えるが、しょうがない。なぜかくじ引きでこの席に当たった人が空いている席と交換してしまったのだ。
仕方ないので反対側の窓から見える、快晴とも呼べる空を眺める。
「今日も空が綺麗だ……」
空を眺めることは好きだった。一瞬たりとも空は同じ景色を見せないということに気づいてからはもっと好きになった。
妹のゆうみと一緒に空を眺め、流れる雲に物語を作るのが楽しかった。
昔の人々が点々と光る星々を見て星座の物語を妄想していたように、自分たちだけの雲を見つけて物語を作るのだ。
……もう、ゆうみとは何年も一緒に空を眺めていないな。
自由気ままに流れる雲を見つめながら思う。
ふと、教室の中に視線を戻すと、クラスの中がざわめいていた。
「えー……そんなわけでして、転校生を紹介します」
その一言で、教室内が更に騒々しくなる。
今朝方俺がいくら叫んでも盛り上がらなかったというのに、転校生一人でこんなにも盛り上がってしまう。
こういう場面で俺も一緒に周囲の人とテンションを合わせれば、もっと学園生活が過ごしやすくなると思うんだけど、あいにくこういう場面で周囲に合わせることができないのが俺なのだった。