マンドラゴラごっこ
主人公:狐木 修輔(こぎ しゅうすけ)
「マンドラゴラごっこやろうぜ! 一緒にやるやつは挙手!」
爽やかな朝、まばらに人がいる教室の中で、手を挙げる人は誰もいなかった。
「おいおい、誰かいないの? しょうがないから、マンドラゴラ役は譲ってやるよ。んで、俺がマンドラゴラ畑の農家のおっさん役な!」
静寂。後に数刻経ってから、何事もなかったかのように周囲では会話が再開された。
最近の流行やテレビの話題、友達の近況から彼氏の愚痴まで内容は多種多様だ。
だけど、その中にマンドラゴラごっこについて語る者は誰もいなかった。
それもそのはずだ。まだルール説明をしていない。最近の若者は取扱説明書をよく読んでからゲームをするという。
ここのクラスメート達もその例にもれず、といったところなのだろう。
シンプルかつ奥深い。一度やったら抜け出せない。そんなルールを単純かつ明確に伝えるプレゼンテーション能力が試されている。
俺は教室中の大気を吸い込むつもりで鳩胸を突出し、教壇に躍り出た。
「ルールは簡単。マンマンドラドラマンドラゴラのリズムで、ゴラになった奴は『ピギャーーーーー!!』っていう、そんだけ!」
サムズアップでウインクを忘れない。海外通販のワセリンてかてか外国人並にむさ苦しい演出。
これがテレビの中だったら、今頃プロテインの注文電話が殺到していることだろう。
しかしここは教室の中であり、プロテインではなくマンドラゴラだったためかこの宣伝方法は向かなかったらしい。
教室の中はすでに俺のことをいないものだと認識し始め、ビタ一文視線を合わせようとはしない。
なるほど、いつもの展開だ。いつも俺はこうやって集団からハブかれる。でも、俺は皆に合わせることができないんだ。
俺は、俺の道を行くことしかできないんだ。
「おいおい君達! いろいろと質問があるだろう! そんなルールで、マンドラゴラ役と農家のおっさん役をわざわざ分ける必要があるのかだとか、マンマンドラドラってどんなリズムなんだよとかさぁ! 何々? 恥ずかしいのかい? いいだろうさ、ここでやってやりますよ! そしたら皆ハッピーだ!」
教壇の上で一つ深呼吸。人間としての尊厳だとか、超えてはならない一線だとか、そういった諸々のしがらみを一切排除することで、この遊びは成立する。
――今、俺はマンドラゴラになる!
「マンマンドラドラマンドラゴラ! ピギャーーーーー!! マンマンドラドラマンドラゴラ! ピギャーーーーー!!」
マンドラゴラの気持ちになると、一つ一つが命がけの咆哮なのだということに気付く。
夏に鳴くセミ達のように、寿命を犠牲にしてまで鳴き続けなくてはならないのだ。
今の俺はマンドラゴラ。命尽きるまで俺はなりきってやる!
「まんまん……どら……どら……まんどら……ごら……ピギャーーーーー!! ……ぜぇ、はぁ」
さすがマンドラゴラ。古くから魔術や錬金術に使われていただけあって、只者じゃない。でも負けない、負けてなるものかぁ!
俺の体力は限界を迎え、マンドラゴラごっこも遂には十五回目を迎えようという時に、誰かがそっとやってきた。