おっぱいよー!
主人公:狐木 修輔(こぎ しゅうすけ)
おっぱい:羽山 水月(はやま みづき)
「今日こそはマンドラゴラごっこやろうぜ! 一緒にやるやつは挙手!」
爽やかな朝、まばらに人がいる教室の中で、手を挙げる人は誰もいなかった。
「おいおい君たち! ちゃんと朝ご飯は食べたのかい? ぜんっぜん元気がないじゃないか! そんな君たちに、まずはマンドラゴラ体操から始めることをオススメしよう! 両手を合わせて頭上に掲げ、マンドラゴラの気持ちになったら、いちっ、にっ、さんっ、ピギャーーーーー!」
体をうねうねさせてスポーン! しばらくじっとしてスポーン!
「フォーーーー! テンションみなぎってきたー!」
マンドラゴラが引っこ抜かれる瞬間、そのインパクトをどれだけ再現できるかがこの体操の鍵だ。
「さぁ、今こそ始めよう! 最初の一歩を踏み出そう! いつだって、手をあげて、前を見ながら歩けば怖くない!」
俺の声さえ除けば、教室は静かそのものだった。
何を言ったところで、何をやったところで、反応なんてもらえなかった。
最近は視線すら感じない。先日の剛結君の反応ですら珍しいもんだ。
――まさに、今の俺は道端の石ころなのだ。
「みんなー、おはよー!」
身体の芯を刺激するような、ハキハキとした挨拶が教室中に響いた。
クラス……もとい、学園中のアイドル、羽山水月の登場である。
「「「「「おはよー!」」」」」
特殊な訓練でもされているのかと錯覚してしまうほどに、元気のよい統率のとれた挨拶。
羽山が転校してきてから早一週間、学校は羽山の存在によって、笑顔の絶えない理想的な環境になりつつあった。
教室からはいじめが消え、熱心に勉学に臨むクラスメイト達に先生のやる気も上がっている。
登校しないで駅で暴れていた不良達も素直に登校して真面目に勉強しているし、誰かが困っていたら必ず皆が寄り添って助け合う。
非の打ちどころがないお手本のような学校になったが、俺はどこか虚しさを感じていた。
「ねぇねぇ聞いてよ! この前、羽山さんに教えてもらったシャンプーを買って使ってみたの。そしたらもう効果覿面! 彼氏もいい匂いだねーって喜んでくれてさー」
「うんうん、それはよかったよー。スイカの匂いがするシャンプーって、私は絶対に使わないけど効き目だけ興味あったんだよね」
「何それひどっ! でも羽山さんだから許しちゃう! 昨日も『目隠しして君のスイカを丸かじりしたい』なんて言われちゃって! きゃー! やだーもー!」
「なにそれさっぱり意味わかんないけどよかったじゃん。後、スイカ臭いから少しだけ離れてちょーだい」
「羽山さーん! 僕、羽山さんの言うとおり、海パン一丁で海岸のテトラポットの上に立ちながらナイフを握りしめて『お母さーん!』て叫んだら、ちゃんと死んだ母親が透けて出てきたよ! もう会えないと思っていたのに、本当にありがとう!」
「へー、コンビニで立ち読みした雑誌に載ってたのを大幅にアレンジして話しただけなんだけど、本当に出てくるもんなんだねー」
「うん! たった一言、『生まなきゃ良かった』って言われたけど、そこは一人っ子の僕に残す最後の言葉を恥ずかしがったってことなんだよね!」
「正真正銘の本心だと思うけど、別に私はその場面を見たわけじゃないし、捉え方は人それぞれだと思うよ」
「羽山さん! 何か可愛いこと言ってー!」
「しゅいか、まぢくちゃい」
「きゃー! 今日の羽山さん超可愛いー!」
この通り、羽山が何かを喋れば教室の温度は一気に湧き上がる。
どこか納得のいかない気持ちが胸の中に渦巻くも、教室内で笑顔が絶えないのは事実だ。
俺は教壇でマンドラゴラごっこをするのをやめ、ゆっくりと席に着く。
しばらくして、様々な挨拶を交わし終えた羽山が隣の席に座ってにこやかに語りかける。
「おはよー、修君」
俺は羽山に背を向ける形で窓越しに空を見ている。
今日は、青ひとつない鈍色の曇り空が広がっていた。
「もー、元気ないぞー。……よーし、ここは私が修君に元気になれる挨拶を教えてあげる」
窓ガラスに反射して映る羽山は、両手をしなやかに伸ばしてぶるんぶるんと双房を揺して、
「おっぱいよー!」
元気よく恥ずかしい言葉を口にした。
朝からこの女、テンションマックスである。
「『おはよう』と『おっぱい』をかけた、男子高校生の夢のような挨拶。ふっふっふ、これにはさすがの修君も反応しちゃうでしょう!」
俺は何も答えず、空を見続けた。
「ねぇ……何か言ってよ、修君」
張り付けた笑顔はそのままに、背筋が凍るほどの冷ややかな声音が背後で聞こえる。
「じゃないと、また、ぷんすかポイントが上がっちゃうよ」
雲は厚みを増していく一方で、どこを探しても物語を作れそうな雲を見つけられない。
俺は、結局羽山とは一言も言葉を交わさなかった。
※作者からのコメント
スカートのスリットが魅力的なことに遅ればせながら気付いてしまった時、私が高校生であった時になぜもっと堪能しておかなかったのかと後悔しきりです。
冷静に自身の作品を見返すと、そういった鬱憤を晴らそうとしているのかもしれません。
ではでは。
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