私をぷんスカさせないで
主人公:狐木 修輔(こぎ しゅうすけ)
ぷんスカ系女子:羽山 水月(はやま みづき)
イケメン先輩:田辺(たなべ)
「……さー、ここにおいしいパスタ屋があるわけ!」
「ほんとですかー? いかにも怪しげな通りなんですけどー」
路地裏で一人、悲観に暮れていた時、唐突に、生気溢れる声がした。
感傷に耽っていた姿を第三者に見られるのも嫌だったので、近くにあったゴミ箱に姿を隠す。
非常に臭かった。いくら常識のない人間といわれた俺でも限度というものがある。
こりゃたまらんと出て行こうとしたが、現れた人物を見て体を硬直させてしまった。
「隠れ家的な奴って今ハヤってるでしょ。そういうのがこういう路地裏にあるんだなー」
「さっすがイケメン先輩、物知りですね」
現れたのは羽山と田辺先輩だった。
人気の無いこんな場所で、恋人二人。誰が見ても何かが起こりそうな予感に、俺はゴミ箱から出れなくなってしまう。
「で、どこにパスタ屋さんがあるんですか?」
ひっそりと様子を伺うと、通学鞄を後ろ手に持った羽山がきょろきょろと辺りを見回している。
田辺先輩はこのおいしい状況に笑みが抑えきれないのか、口角をぐんにゃりと持ち上げながら羽山の背後に回った。
「きゃっ!」
片手で壁に羽山を押し付ける田辺先輩。本場の壁ドンを俺は目撃した。
「……羽山ぁ。本当は、こんなところにパスタ屋なんてないって、わかってんだろ?」
「ふぇ、どういうことですかぁ?」
「こういう……こと、だよ!」
片手で壁に押し付けながら、もう片方の手は羽山の豊満な胸に伸びた。
さすがに見ていられない。知らない仲ではないし、助けてやろうと思った。ゴミ箱の蓋をずらし、勢いよく登場するために膝のバネに力を入れる。
今から登場しても一回ぐらいは胸を揉まれるだろうがしょうがない。許せ羽山。
「はやまああああ! 安心しろ! 助けたったるぞおおおお!」
俺は膝のバネを全力で反発させて、ゴミ箱から弾けるように抜け出そうとした。
が、うまい具合に体がゴミ箱とフィットしていたので、膝の力は縦ではなく横に力がそれ、ゴミ箱ごと横倒しになり、したたかに頭を打ち付けた。
「ぐあああああああ!」
星とひよことぐるぐるマークが頭上を衛生のように回り始めるのがわかる。
ゴミ箱の中に入っていた形容しがたい物たちも辺りに散乱し、臭いやら痛いやら悲しいやらで、もう早く帰って今日という日を昨日というメモリーにしたかった。
……許せ羽山。俺は頑張ったよ。
せめて羽山の心がくじけぬよう、ゴミ箱の中でエビみたいにピチピチと体を動かして体の方角を羽山の方に向けた。
「はやまー! 俺を見ろ! そして、世の中にはお前よりも悲しい目にあっている人間がここにいるんだぞ! という気休めにもならないような安らぎを一時でも味わえこの野郎!」
自分で叫んでおいてなんだが、俺はゴミ箱から顔だけ出して何を言っているのだろうか。
とにかく今気にするべきは俺じゃない。羽山だ。
二人の状況を、よくよく観察する。
彼氏は仰向けに倒れていて、そのままの体制で右腕だけを本来曲げるべきではない天の方角へ反らされながら、羽山の左足に後頭部を踏みつけられて苦悶の表情を浮かべていた。
「うーん……」
途中何があったのか全く見ていなかったため、状況を把握するまでに少しの時間を要した。
なぜ羽山は胸を揉まれていないのだろう。ここは颯爽と俺がかっこよく羽山をイケメンの魔の手から救うっていうシナリオが常道じゃないか。っていうかべつに俺は羽山のことなんとも思っていないわけだし、なんなら胸を揉まれて悲鳴をあげる羽山の顔を少し見たかった。大体、男一人をあんなに軽く扱えるぐらい羽山が強いんだったら、俺がこんなゴミ箱で突っかかりながら叫ぶ必要性って一つもなかったのでは?
そして、少しの時間が経った俺の見解はこうだ。
――早く帰りたい。
俺は状況把握を放棄した。
今は家に帰ってただただ暖かいスープが飲みたかった。
「ねぇ、修君」
羽山は彼氏の頭をぐりぐりと踏みにじりながら俺に話しかけてきた。
「……なんだよ」
「私のこと、今『羽山』って、呼んだでしょ」
ほらー、もー、絶対この後めんどくさいことになるやん。と、心の中で思うも、この状況で無視するわけにもいくまい。
「いや、呼んだけどさ。ほら、時と場合っていうのが、あるじゃん? なんつーか、俺も、お前を助けなきゃーっていう思いが先行してたのであって、別に、羽山のことを」
「また羽山って言った!」
激昂した羽山は左足を振り上げると、思いっきり彼氏の頭上にスタンプした。
「がっばぁ! がはっ、ごふ!」
日本語をうまく喋れないぐらいに彼氏を追い詰める羽山の容赦のなさに、さすがに常人ならざる者の狂気を感じて口を結んだ。
「おめでとう、修君。ただ今、私のぷんすかポイントが百ポイント上昇しました。景品はこちら」
羽山は、持ち上げていた彼氏の右腕を、背面越しにゆっくりと左肩の方へと倒していく。
「おい、やめろよ……」
「あがああ! おごっおごっ!」
本来ありえぬ腕の曲がり、骨がぎしぎしと軋む音が聞こえてくる。
俺は昼間に見た羽山自作の人形、ピーター君を思い出した。
ピーター君は、羽山のぷんすかポイントを貯めてしまったがために、右肩から縫合糸を垂れ流す事態に陥ってしまったのだ。
このままだと、イケメン先輩の右肩も……。
いてもたってもいられず、ありったけの空気を吸い込んで、羽山に叫んだ。
「やめろよ、みーちゃん!」
ぴたり、と羽山は動きを止めた。
音楽室で見た、冷たい笑みを顔に張り付けながら、俺を見下ろして口を開く。
「なぁに? 修君」
「お前、何でこんなことできんだよ! 多少、強引だったのかもしれないけど、そいつは彼氏じゃなかったのかよ!」
「あぁ、これね。……そうそう、私って、合気道が趣味なんだけど、彼がパスタ屋に行く前に準備運動をしたいっていうから、だったら私の天地投げ……天地投げっていうのは、相手の両腕を天地、つまり上下に広げて側面に回りながら倒す技なんだけど、それでもどうかしら? っていう流れになって。じゃあ私、彼女なんだし頑張らなきゃって思って、つい気合が入りすぎちゃったのかな。やっぱり合気道だけに気合だけは十分だから、私」
「んなことは聞いてない!」
誰が聞いても嘘とわかるようなことをつらつらと並べる羽山に嫌気が差して激昂する。
むせ返るような臭気も、頭を打った衝撃でふらつく視界も、もう関係ない。
「そんなクソどうでもいいことなんて、聞いてねぇんだよ……」
ふつふつとミストサウナのように湧き上がる怒りを抑えつけながら、羽山を見据える。
「お前は、なんでこんなに惨いことができるのかって、聞いているんだ」
「なんで? なんでって、そりゃあ……」
しばし逡巡した後、彼の右腕を掴む手に力を入れて、
「興味がないから、かな」
一息に折りたたんだ。
※作者からのコメント
春ですね。出会いと別れの季節。興奮いたします。
桜ですね。散る瞬間が一番美しい。興奮いたします。
春一番。舞い上がる女子高生のスカート。興奮いたします。
お花見の季節。飲んだくれる女子大生。さほど興奮いたしません。
以上の価値観を持つ私ですが、何とか第一話を書き上げられました。
今まで毎日更新しておりましたが、プロットや面白いネタを考えるのに時間がいるため、第二話の投稿は来週になりそうです。
水月と修輔のどこかありそうで無かったラブコメ話を、今後とも暖かい目で見ていただけると幸いです。
お気に入り登録や小説の評価、また感想ご指摘ご意見等々ございましたら気軽に書いていただけると、執筆の励みになり、そしてそれはこの作品の更新頻度のアップの手助けにもなりますので、どうかよろしくお願いいたします。
ここまで読んでくれた皆様に心よりの感謝を。