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ただ哀の物語  作者: てぃらば
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三、 曖昧な有限性

 木野は話し出した。

「じゃ、元の話に戻すよ。さっき自分の長瀬さんに対する好意は一時的なものでしかないのかもしれないと言った」

「ああ、確かにそう言ったな。だが俺はそれはおかしいと思っている」

「なぜさ」

「君の長瀬さんへの恋は、去年から続いていた。この時点で一時的とは言い難い」

木野は反応に困ったようだった。一時的という言葉を巡って、俺は言語的に木野の痛い所を突いたのかもしれない。

「一時的という表現には語弊があったかもしれないね」

少しの間を空けて、木野は再び話し出した。

「僕のいう一時的とは、何も短期間を意味しているわけではない。ただ短期間だろうがその逆だろうが、長瀬さんへの好意が永遠には続かないことを指していたんだ」

「つまり、永遠の反対語として一時的という言葉を用いたと?」

「まあ、要約すればそうなるかな。もっと言うなら、僕の長瀬さんへの好意は有限性を持っていたというわけだ」

「なるほどね」

俺はつい納得の顔を見せてしまった。彼の言っていることには何も間違いが無いからだ。

「で、好意の有限性に気づいたのが今日だったと?」

「そういうわけさ。まさかお前に打ち明けた翌日に恋が冷めるとは思ってもみなかったよ」

少し冗談を交えた口調で木野はそう言った。木野の打ち明け話の翌日に彼が好意を喪失したのは、単なる偶然ではないと俺は考えていた。俺に赤裸々に自分の抱えているものを話したことで自分の精神を外化でき、自己を客観的に見つめ直せたのかもしれない。

「でも俺は、君が長瀬さんを完全に諦めたとは思えないな」

「どうしてさ」

「君、授業中にちょくちょく彼女の机を見つめていたからな」

からかうように俺が言うと木野は頬を赤らめ、むきになったような話し方で俺の言葉を否定した。

「違う、僕が見ていたのは彼女の机の延長線上にある、予定黒板で・・・」

こういう言い方は些か気持ち悪いが、俺はこんな態度を示す木野を可愛らしく思えた。彼の主張を認めたように振舞うと、木野はようやく平常心を取り戻した。

「だが冗談抜きで、君は長瀬さんを諦めきれてない可能性がある。今彼女は欠席中だからな。好きな人の顔をしばらく見ないと、好意が無いと錯覚を起こすことがしばしばある」

「そんなことがあるのかねえ」

「ああ、遠距離恋愛で失敗する理由は、それにあると俺は考えている」

「確かに、一理あるかもね」

 ふと前を見ると、自分たちのいる公園の入り口に何者かの影が見える。強く地面を照らす夕日の光によって容姿は曖昧だが、彼(体格からして男であるように思えた)は犬の散歩に来たらしい。リードのようなものを持ち、その先に中くらいの大きさの犬が繋がれているように思われたのだ。その男は立ち止まって夕日を眺めているようだった。しばらくして彼が歩き出すと、そのはずみに黒っぽい長方形のものが彼のズボンから落ちたように見えた。それに気付かずどんどん公園から離れていく。

「俺、あの男の人に落し物を届けてくるからここで別れよう」

「ああ、任せた」

こうして俺と木野は別れ、それぞれ別の方向に歩いて行った。俺はさっき男の人が立っていた場所へと向かう。そこに着くと、落ちていたのは財布だった。これがなければたいそう惑うことだろう。気の毒に思い、俺は今にも視界から消えそうな男の人の後を追った。相変わらず夕日の逆光で男の人の詳しい容姿は分からないが、俺はただただ彼に追いつこうと必死だった。その間、友人からの明らかに不要な電話や悪意すら感じるほどタイミングの良い赤信号に邪魔されつつも、俺はようやく男の人に追いついた。だが追いついた場所は既に彼の家の前のようだった。

「はあ、はあ、すみません!」

荒い呼吸を押し除けながら、俺は懸命に男の人を呼び止めた。

「はいはい何でしょうかねえ」

俺の声に気付いた彼はこちらを振り向く。

「あ、あの、これ・・・」

息を切らしながら俺は財布を男の人に差し出した。

「ああ、わしの財布だねえ、ありがとうねえ」

男の人はありがたそうな声で礼を言うと、おもむろに俺の手に握られていた財布を受け取った。話し方や声でその男の人は老人であることを察した。その予想を抱きながら男の人の顔に目をやると・・・やはり老人だった。とうに還暦を過ぎている老爺のようであった。

「なかなか大した若者だ、是非お上がりなさい」

そういうと半ば強制的に俺を家の中に招き入れた。俺を居間まで案内すると、老爺は座って待ってろと言って、ちゃぶ台の横に座布団を敷いてくれた。素直にそこに座ってしばらく待っていると、老爺はほうじ茶と鈴カステラをもてなしてくれた。落ち着きのある香りを放つほうじ茶と、どこか懐かしい甘さを持った鈴カステラは、何とも名状し難い老爺の雰囲気というか存在そのものを形容しているように思えた。

「美味しいかな?」

俺は素直に美味しいですと答えると、老爺は満足そうな優しい顔を見せた。

「去年婆さんを亡くしてから、この家には私とチャメしかいなくてな」

チャメとは老爺の飼っている中型犬の名前のようだった。沈むような話に、俺は返す言葉を見つけられなかった。

「良かったら君、たまに家に遊びに来てくれないか?」

「え、あ、まあ、たまになら」

取りあえず俺はその場しのぎの返答をしておいた。どうも老爺の頼みには断りにくいものが含まれていた。きっと俺は彼の境遇に同情していたのだろう。

「若者よ、勉強や人付き合いに関してならわしはそれなりの助言をくれてやれるはずだ。気兼ねなく尋ねたまえ」

なぜか根拠のない心強さを感じた。非論理的な説得力のようなものに近い。

「分かりました。それでは今日はこの辺でお暇させていただきます」

俺はできるだけ愛想良く、別れの言葉を告げた。老爺は俺を玄関まで見送ってくれた。よほど客が珍しかったのだろう。

 今日も色々と疲れた。アパートの自分の部屋に帰った時に一番安心感を覚える。老爺を追いかけることでそれなりの汗を吸い込んだYシャツを脱ぎ、洗濯機に投げ込んだ。制服のズボンに上は裸という粗末な恰好のまま、俺はテレビを点けた。その内容は、一昨日感じていた不快感を再び俺の心中に呼び戻すようなものだった。そう、例の超能力者である。超時観照という特別な能力を持つ、超能力者。だが今日の番組が包まれている空気はいつもと少し違っていた。普段は聴衆のいかにも凄いものを見たような眼差しが驚きの声と共にスタジオに注がれるのだが、今日スタジオに注がれていたものは、こう、恐ろしいものをみたような、究極的な意外性に満ちたような眼差しであった。何事かと思い、状況を把握するために番組を真剣に見ていると、なんと、その超能力者は今夜、途中でエンジンが馬鹿になった韓国の航空会社の旅客機が羽田空港に緊急着陸し、その後機体から漏れ出した燃料にエンジンから吹いていた炎が引火、死者・負傷者が二百人を超す惨事が起きると言う。テレビが映す恐れ戦く聴衆とは対照的に、俺はいよいよ超能力者に、いや、世間に対して痺れを切らしたような心持になった。

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