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ただ哀の物語  作者: てぃらば
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一、 狂いの始まり

 三〇七号室のドアを開け、誰もいない真っ暗な部屋に入った。部屋を明るくし、テレビの電源をつけた。台所に行き、湯を沸かす。自分の部屋は一つのカウンターテーブルがテレビのあるリビングと台所とを隔てているだけの簡単な造りであったため、台所からでもテレビが映し出しているものを見るのは容易かった。俺は現在高校生でありながら一人暮らしの状態に置かれている。俺の通う高校は進学校として全国的にも有名であるため、わざわざ田舎を離れてアパートまで借りて、ここで生活をしていると言うわけだ。

 近頃のテレビが映しているものは決まっていた。バラエティー番組とか言っておきながら、流す話題は一様性に富んでいた。その話題は、ある超能力者についてのものだった。俺は「またかよ」と思わず口に出してしまう。これで三日連続であるため、そのような呆れの言葉が漏れてしまうのは仕方がないことだった。極めて自然であった。

 先ほど沸かした湯を茶葉に通し、できた茶を湯呑に注いでそれを少し口に含んだ。自分の通っている高校より出された課題に手を着けなければならないのだが、どうもやる気が起きない。先延ばしは嫌いだが、今日はもう体を休めることにした。

 翌日、高校に向かう。陽春の風が心地いい。通学路は少し高台になっていて、遠くに海が望める。最近テレビによく出ている超能力者への嫌悪により、咲き乱れる満開の桜に飲み込まれた通学路を歩くのにはおよそ不釣り合いな心持であった。超能力者とか、本当にくだらない。根も葉もない迷信や非科学的、非論理的、非現実的なことを何よりも嫌がる俺であったため、たった一人の超能力者の妄言に翻弄されている世間に酷く失望していた。

「おはようさん」

突如声をかけてきたのは隣の席の木野。去年から同じクラスで、比較的よく話す生徒であった。

「新学期だってのに、何で君はそう沈んでいるのさ」

俺たちは高校二年生、そして今現在、高校生になって二度目の四月を迎えている。

「なぜ沈んでいるかと問われれば、それは超能力者に苛立ってるからだ」

俺は懇切丁寧に、過不足なく自分の心情を説明したつもりだ。

「ああ、超時観照のことか。あれは実に興味深い」

俺の苛立ちと失望が混ぜ合わさった心情には目もくれず、木野は俺と真逆のことを口にした。まったく、木野はこういう、場の雰囲気を感じ取れない人間だ。俺が絶対王政の国で皇帝の命令にほいほい従う市民の一人だとするならば、彼は多くいる市民の中では数少ない、革命を起こすタイプであると言えるだろう。それだけ木野は、付和雷同という言葉を理解することは永遠にないような男である。一見このようなタイプの人間は私の苦手とするところのように思えるが、なぜかかえって一緒にいて面白い人間なのであった。この自己矛盾は自分でもよく分からないのだが、このような自分と相いれない人間と知り合いになっておくことは、多面的な考え方の取得に繋がらんでもないのだから、粗末に扱うことはやめておく。ひょっとしたらこれが友達なのかもしれない。

 教室についても話題は例の超能力者一色であった。「超時観照ってすごいよね」「私も体験してみたい」と言ったような会話が飛び交うばかり。俺はちっとも会話に入れない。無論、入る気も起きないが。

 超時観照、それは未来や過去の事象を見ることができる能力。テレビに出ていた例の超能力者はその能力を利用して、空のバケツに、過去になにがあったのかを当てて見せた。その一連の流れが偽りや工作によるものでないならば確かに目をみはるものがあると言えるが、そもそも俺はそうと信じていない。彼の能力は、あまりに非現実的なものだったからである。

 俺の文体や考え方から判断して、俺を友達が少なくひねくれている人間だと思う人も少なからずいるだろう。だが、決してそういうわけではないことをここに断言しておく。先ほどのように、顔を見るなり挨拶をして来る者もいるし、休み時間に率先して話しかけてくる者だっている。その者たちに対して面倒だという気持ちは滅多に抱かないし、むしろ話に花が咲いてしまうこともしばしばある。

 授業が終わり、俺は教室を出た。俺たちの教室から階段までやたらと長い廊下を歩いていると、後ろから何者かにぽんと肩を叩かれた。木野である。肩を叩くなり、彼は質問をふっかけてきた。

「お前は、自分が抱えている問題を人に話すと楽になれると思うかい?」

「ああ」

俺は即答した。話せば楽になるという言葉をよく聞くが、実際、俺はそうだと思っている。

「是非話を聞いてもらいたいんだ」

木野は続けてそう言った。それを頼まれた俺はそこまで驚かなかった。一つ目の質問が俺に悩みを打ち明けたいという彼の気持ちを暗示していたように思えたからである。

 俺はその後、木野と一緒に学校付近の小さな公園へ行き、そこの隅にあった長椅子に腰かけた。

「君の抱えている問題とやらは何だい?」

「単刀直入に言うと、恋だ」

「ほほう」

あまりに唐突だったので、俺は瞬時に返す言葉を見つけられなかった。

「去年の夏ぐらいから、段々好きになってきたんだ。因みに相手は長瀬さん」

「ああ、学級委員の」

木野にはお似合いの相手に思えた。長瀬さんは普段冷静で慎重な性格であるわりには、流行や趣味などあらゆるものに熱心だったり、既に持っている博識な知識をさらに該博なものにしようと言わんばかりに、様々な事柄や事象に好奇心を露わにする。日頃から物事を楽観的に見る性格である彼には、彼女の慎重さが丁度いいと考えたのだ。おまけに彼も好奇心旺盛な人間である。自分の知識の域を超えた不思議で目新しいものを見るとすぐに「実に興味深い」などと言って研究のようなことをしだす。ここまで性合の良い二人をくっつけるのは簡単であり、面白いと思ったので、彼の恋を応援することに決めた。

「恋愛におけるアドバイスを聞く前に、まずお前が俺の恋に対して前向きかどうかを尋ねたい」

そう訊いてきた木野に、俺はすぐさま返事をしてやった。

「至って前向きだ。君は高校において最も友と言える存在であるから、快く協力する」

この私の言葉を聞いた木野は、さっきまでどこか曇っていた表情を、一気に晴れやかなものに変えた。

「とは言っても、俺は恋愛たるものをしたことがないから、参考にすべき助言は与えられないかもしれん」

一応こう断っておいた。木野の恋の応援は、友情によるものというよりは、どちらかと言えば単に俺のいたずら心に近い好奇心から来たものであった。

 しばらく他愛無いことを話した後、俺たちは別れ、それぞれの住まいに散った。

「長瀬さん・・・ねえ」

俺は木野が好意を持っているその生徒の名を訳もなく口に出した。別にこれは俺が熟考すべきことではない。俺はただ気楽な立場から、木野の猛進や奮闘を眺めるだけである。そう考えると、木野は俺の友であるかもしれないという常に抱いている考えを捨てるべきだろう。俺は冷酷な人間だ。木野はその被害者と言えなくもなかろう。

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