Chapter 5: Just Like Me
「うれしい?」
思わず聞き返すと、安西はこくりと小さくうなずいた。
俺は首をかしげる。
「どういう意味だ」
「だって、佐々野くんも花が好きなんだって、初めて知ったから。なんだかうれしくて」
……どうしてそうなる。
メランポジウムなんて、ただ学校に植えられてるのを見たことがあっただけだ。
たまたま名前を知っていただけで、べつに花が好きなわけじゃない。
そう言おうとして、口を開く。
「いや、俺は――」
だけど、続く言葉は喉の奥で止まった。
安西が、俺の言葉を待っている。
その顔は、どこまでもまっすぐで。
まるで、咲きたての向日葵みたいにうれしそうで。
……そんな顔を曇らせるのは、ためらわれた。
「……まあ、な」
それだけを返すと、安西の顔がふわりとほころぶ。
晴れた空のように、まっすぐで柔らかな笑顔だった。
「そっか。よかった。佐々野くんも花が好きなんだ。えへへ、わたしと一緒だね」
安西は何度も笑顔を見せる。
つくづく変なやつだ。
俺が花の名前を知っているだけで、どうしてそこまで――そう思わなくもないが、あまりにうれしそうだから、水を差す気にはなれなかった。
……まあ、俺じゃなくてもよかったんだろうが。
安西にとって大事なのは、きっと『誰かと気持ちが通じ合う』ことなんだろう。
ずっと一人で花を眺めていた彼女にとって、同じものを見て、同じように名を呼ぶ相手が現れたこと。
それがただ、うれしかったんだと思う。
たぶん――それだけのことだ。
「……あ、もうそろそろ時間だね」
言われて腕時計に目を落とす。
確かに、そろそろホームルームが始まる頃だった。
思っていた以上に、ずいぶんと長く話してしまっていたらしい。
「それじゃあ、わたしは先に行くね」
同じ教室でまたすぐ会うというのに、安西は律儀に手を振って、きっちりと別れのあいさつをする。
くるりと踵を返し、俺に背を向けた。
ああ――と返事をした直後、ふと、気がついた。
「安西、ちょっと待ってくれ」
「うん? なにかな」
肩越しに振り返る彼女の手には、あの泥で汚れたハンカチが握られていた。
「悪い、それ、汚したな。クリーニング代渡すよ」
「え? ああ、いいよ。魚の刺繍はかわいいけれど、じつはこれ、安物なんだ」
「いや、そういうわけにもいかないだろう」
「気にしなくていいよ。本当に大丈夫だから」
あっさりと受け流される。
これ以上押しつけても、たぶん、本当に受け取らないだろう。
困って頬を掻くと、安西が「そうだ」と声を上げた。
「だったら、また一緒に花の話をしてくれないかな」
目を瞬く。
花の話?
「……それは、まあ、かまわないが」
「そう。よかった。約束だよ。じゃあまた今度ね」
うれしそうに笑って、安西は再び背を向けた。
傘を差しながら、そのまま軽やかな足取りで昇降口へ向かっていく。
まるでスキップでもしているように、どこか浮き立つような歩き方だった。
もう、呼び止めるタイミングはなかった。
「……本当に、変なやつ」
ため息をひとつ落とす。
ふと視線を戻すと、花壇の花たちが、さっきより少しだけ――楽しそうに揺れている気がした。