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Chapter 4: It’s Just the Rain

 ……なんだって?


 言葉の意味は理解できた。

 だけど、あまりに突飛すぎて、すぐには反応できなかった。


 どんな顔をすればいいのかも、どう返せばいいのかもわからない。

 冗談なら笑えるのに、今の安西は――真剣そのものだった。


 ふと思う。

 ここまでちゃんと会話をしたことがなかったから、知らなかったが――もしかして安西は、いわゆる“電波系”なのか?

 

 呆然としていると、安西はこちらに顔を向けた。

 それから口もとだけで笑ってみせる。

 

「驚いたかな?」

「驚いたというか……」

 

 頬を掻く。

 言葉を探すうち、少しの沈黙が落ちた。

 

「……すまん。ちゃんと考えてみたんだが、俺にはてんでわからない。おまえがなにを言っているのか、うまく理解できない」

 

 正面からそう言うしかなかった。

 安西は肩を揺らして笑う。

 

「そうだね。うん、そう言うと思ってた。大丈夫、わからなくて正解だよ。だから謝らないで」

 

 優しく、軽やかにそう言いながら、視線をそっと花壇に戻す。

 安西の目が、そこに咲く花を見つめる。

 

 ――まるで、愛おしむように。

 そのまなざしは、母が幼子に注ぐような、どこか包み込むような柔らかさを帯びていた。 

 

「わたしには、花の気持ちがわかるんだよ。声が聞こえる、って言えばいいのかな」

 

 俺は目をすがめた。

 

「気持ち……声、だって?」


 思わず聞き返すと、安西はあっさりとうなずいた。


「雨が降ると花たちが喜ぶんだ。ほら」

 

 そう言って、安西は花を指差した。

 

 雨粒が花びらに当たり、雫が光を弾いてきらりと揺れる。

 葉を伝った水が茎を伝い、ゆっくり土へと落ちていく。

 それを何度も、何度も、繰り返す。

 雨が止むまで、飽きもせずに――静かに、ずっと。

 

「ね。きらきらしてるでしょう」

 

 聞かれ、俺は少しだけ首をかたむけた。

 

「……そうか?」

「そうだよ。すごく喜んでる。花たちは雨が好きなんだ」

 

 言葉の温度に、嘘はなかった。


 花をじっと見つめていた安西は、ふっと笑みを浮かべて、ぽつりとこぼす。

 

「花は太陽と雨に生かされているの」


 その一言が、胸の奥をひそかに打った。


 ――あたりまえのことだ。

 花が陽の光と雨を糧に育つことなんて、誰だって知っている。

 けれど、その当たり前が、今の俺にはどこか鋭く響いた。


 さっき、自分が言った「雨が嫌い」という言葉が、心の中でじわりと染みてくる。

 花を好きだという彼女の前でそれを言うのは、まるで無神経だったように思えて……なんとも言えない居心地の悪さが残っていた。


 安西に責める意図はなかっただろう。

 ただ、自分の気持ちを素直に口にしただけ。

 だからこそ……余計に刺さる。

 なぜか、とてもひどいことをしてしまった気がした。


 気まずさと、わずかな申し訳なさ。

 それらを隠すように、俺はふらふらと視線をさまよわせる。


「……難しいことはわからんが、まあ。安西の言うとおり、なんだろうな」


 自分でもよくわからないまま、ぽつりとつぶやく。

 返事は、なかった。

 安西はただ――目の前の花を、夢中で見つめていた。

 

 俺も、その花に目をやった。

 雨に揺られながら、黄色い花弁が雫を弾いている。


「……メランポジウムか」


 思わず、口に出していた。


 すぐに安西の視線がこちらを向く。

 もともと大きな瞳がさらに見開かれて、まるで眼球ごと落ちそうなほどだった。

 

 じっと見つめられるのは、どうにも苦手だ。

 目をそらしながら、つぶやく。


「……なんだ、その目は」

「……あ、ああ。ううん、ごめんね。ちょっと驚いただけ」


 安西が首を振り、やっと俺から視線を外す。

 スカートのしわを整えながら、ゆっくり立ち上がると、ぽつりと言った。


「佐々野くんの口から、花の名前が出てくるなんて思わなかったな」

「俺が花の名前を知ってるのは変か」

「ううん。変じゃないよ、全然」


 安西はふるふると首を振る。

 そして――なぜか、少しだけはにかんだ。


「……うれしいな」

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