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Chapter 9: Rainfall and Regret

 放課後。

 ホームルームを終え、鞄を手にして席を立つ。

 ちらりと安西の席へ目を向けたが、すでにその姿はなかった。

 きっと、花壇のところへ行ったのだろう。

 ……いつもながら、行動が早い。


「……俺も、行くか」


 今朝、約束してしまったからな。

 花たちにも――礼を言わないと。


 教室を出て、階段を降り、昇降口でスニーカーに履きかえる。

 どうせ居場所はわかっているのだから、急ぐ必要はない。

 

 傘を差し、のんびりと歩き出す。

 そのとき、数人の女子たちが――傘も差さず、なにかから逃げるように、ばたばたと俺の横を駆け抜けていった。


 思わず振り返る。

 どうやら同じクラスの連中だったようだ。

 その慌てた様子に、首をかしげる。

 ……一体、なにがあったんだ?


 再び前を向くと、遠くに安西の後ろ姿が見えた。

 ……なんだ、あいつも傘を差していないじゃないか。

 さっきの連中といい、どうして誰も傘を差さないんだ。

 風邪をひいても知らんぞ。


 俺は手を上げ、雨の音にかき消されないように声を張る。


「おーい、安西」


 雨に濡れた細い肩が、ぴくりと跳ねる。

 

 ……でも、それだけだった。

 返事はない。

 聞こえているはずなのに、安西はこちらを振り向こうともしない。


 訝しさを覚えながら、目をすがめて近づいていく。

 肩越しに声をかけた。


「おい安西、おまえ傘も差さずになにを――」


 そこで、言葉が喉に詰まった。


 目に映った光景に、息が止まりかける。

 雨に濡れた花壇が、まるで別の場所のように変わり果てていた。


 ――めちゃくちゃだ。


 引き抜かれた茎。

 千切れた花びら。

 ぐちゃぐちゃに掘り返された泥。

 色とりどりだったはずの花壇は――今や、ただの泥の海に沈んでいた。


 泥が跳ね、濡れた土の匂いが鼻をつく。

 雨音の中、その荒れ果てた景色がじわじわと視界に染み込んでくる。


 今朝見たあの光景は、跡形もなくなっていた。

 あのとき雨に揺れて微笑んでいた花たちは、まるで嘘か悪い夢みたいに消えていた。


 安西に目をやる。

 体の横で、小さくこぶしを握りしめている。

 視線は地面に落ち、噛みしめたくちびるがわずかに震えていた。


「……なんだよ、これ」


 声がかすれる。

 こくりと唾を飲み下す。

 安西の声は返ってこない。

 ――当然だ。

 けれど、それでも俺は、問いを投げ続けた。


「……あいつらか」

「…………」

「あいつらがやったのか」


 俺の横を騒がしく走り過ぎていった、あのクラスメイトの女子たち。

 花壇へと向かってくる俺の姿を見て、慌ててその場を離れたのだろう。

 

 ……きっと、安西は見てしまった。

 目の前で、自分の大切な“友達”が――花たちが、乱暴に傷つけられていく、その瞬間を。


 俺はこぶしを、力任せに握りしめた。

 爪が手のひらに深く食い込んで、ひりつくほど痛む。

 でも、それ以上に、胸の奥を誰かにぐっと掴まれたみたいに、息が詰まるほど……痛かった。


 悔しかった。

 悲しかった。

 それ以上に、情けなかった。


 俺がもっと早く来ていれば――安西は、こんな顔をしなくて済んだかもしれないのに。

 たった数分、ほんのわずかでも早く向かっていたら……。


 どうして、俺は。

 どうして、間に合えなかったんだ。


 冷たい雨が、傘の上を強く叩く。

 それが、俺のせいだと責める声のように聞こえた。

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