王様の国
あるところにお姫様がいました。
お姫様は大変わがままで、家来のみんなは困っていました。
「ヒーロー、ヒーローはどこじゃ」
「姫様、ヒーローなどおりませぬ」
「じぃやはいつもそんなことを言う。きらいじゃ」
「ぬぅわあああああああああああああ」
じぃやはいつもお姫様に泣かされていました。
ある日、お姫様は言いました。
「なぜヒーローはおらぬのじゃ?」
「それはお話の中だけだからでございます」
「なぜお話だけなのじゃ?」
「お話で作られた存在だからでございます」
「むぅ、じいやは夢がないおいぼれじゃ」
「ぬぅわあああああああああああああ」
じぃやはいつもお姫様に泣かされていました。
ある日、お城でお姫様の誕生日パーティーがありました。
国中の貴族たちが祝福の言葉を言うためにたくさん集まりました。
「おめでとうございます姫様。大変可愛らしくお育ちになりまして」「おめでとうございます姫様。お元気そうで何よりです」「おめでとうございます姫様。もう立派なレディーですね」「おめでとうございます姫様」「おめでとうございます姫様」「おめでとうございます姫様」
「ありがとう」
たくさんの貴族たちから言葉を貰い、お姫様は何度も同じ言葉を繰り返しました。
ありがとう、ありがとう。
でもお姫様は全然うれしくもありがとうとも思いませんでした。
貴族の大人たちは一言だけ告げるとすぐにお父様のところへ行ってしまい、それはまるで朝を知らせるニワトリと同じくらい何も残らない言葉だったからです。
お姫様はお礼を言うのも聞くのも面倒になり、部屋に戻ってしまいました。
するとじぃやが言いました。
「どうされたのですか姫様。まだパーティーは終わっていませんぞ」
「もういやじゃ。何も聞きとうない」
「それはダメです姫様。あなたはこの国の姫なのですよ」
「じゃあじぃやにやる」
「本当でございますか!?」
じぃやは小躍りして喜びました。
さっそくお姫様になるためにきれいなドレスを着てみましたが、小さすぎて入りませんでした。
「姫様、私ではお洋服が入らないようです」
「じぃやはバカじゃ」
「ぬぅわあああああああああああああ」
じぃやはいつもお姫様に泣かされていました。
ある日、お姫様のところにすてきな騎士様が現れました。
「わたくしはこの国で一番の騎士です。王様から立派な剣も頂きました」
「そうか、そうかお主はひーろーか?」
「はっ、そうでございます」
「ひーろーなのか。そうかそうか」
「姫様、どうかわたくしめと結婚してください!」
「打ち首にせえ」
騎士はずるずる外に連れられて行ってしまいました。
国一番の騎士だったので罰は免れましたが、金輪際お姫様に近づくことは許されませんでした。
「まったく不埒者が、姫様はじぃやのモノと決まっておるのに。ねぇ姫様」
「じぃやも打ち首じゃ」
「ぬぅわあああああああああああああ」
じぃやはいつもお姫様に泣かされていました。
ある日、姫様の国と隣の国で戦争が起こりました。
たくさんたくさん人が死にました。
国一番の騎士も死んでしまいました。
パーティーに来た貴族たちはたくさん逃げてしまいました。
こうして、姫様の国は亡び、なくなってしまいました。
でも家来たちは喜びました。
これでやっとお姫様のわがままから解放される。お城に仕えていたたくさんの使用人は隣の国へ行き、国民の多くも隣の裕福な国に行ってしまいました。
ぼろぼろの国ではなくなった荒地に残ったのは、どこにも行けない身体の弱い者と、お姫様とじぃやだけになってしまいました。
「みんな行ってしもうた。隣の国に行けばいじめられるというのに」
「姫様、姫様はどうされるのですか?」
「わしは残る。ここはわしの国じゃ」
「もう国はございませんよ、姫様」
「ないなら創ればよい。それが国というものじゃ」
「そうでございますか。ならば私は隣の国でちょっと」
「ダメじゃ、じぃやも一緒にやるのじゃ」
「ぬぅわあああああああああああああ」
じぃやはいつもお姫様に泣かされていました。
それからたくさんのある日が来ました。
ある日は荒地をきれいにしようと、瓦礫を片付けていると元国民の者達からたくさんの石を投げつけられました。
ある日は家を建てようと、崩れていない家を補強していたら元国民の者達からたくさんの水をかけられました。
ある日は作物を育てようと、畑を耕していると元国民の者達からたくさんの泥をかけられました。
ある日は、ある日は、ある日は。
そんなたくさんのある日が続いて、荒地は村になりました。
「姫様、村になったので村長を決めなくてはいけません」
「そうか、ならわしがなろう」
「村にいる元国民達は反対しております」
「そうか、なら黙らせよう」
お姫様は昔のようにわがままを言い、作物を分け与えないなど脅迫をしました。
食べれなくては生きていけず、大半の田畑を耕したのはお姫様だったので、村人は渋々従いました。
「これでよし、じゃ」
「姫様、私も村長をやってみてもいいですか?」
「お前は絶対にダメじゃ」
「ぬぅわあああああああああああああ」
じぃやはいつもお姫様に泣かされていました。
ある日がまた続いて、今度は街になりました。
「姫様、街になったので政治が必要になりました」
「そうか、わしがやろう」
「みなが反対しております」
「そうか、なら黙らそう」
お姫様は以前と同じように町民を脅迫して黙らせました。
お姫様は嫌われ者のまま、何の支持も得ずわがままに一番偉いところにいます。
「姫様、みなが働けと文句を言っております」
お姫様は最初こそ自分で動いていましたが、村になってからほとんど何もせず、指示だけだして他の者にやらせていました。
「いやじゃ。じぃやがやれ」
「ぬぅわあああああああああああああ」
じぃやはいつもお姫様に泣かされていました。
ある日、とうとう街は国になりました。
きれいな石の道に石の家。
たくさんの店が連なる大通りなど、昔の国よりも栄え豊かな国となりました。
そして当然、お姫様はその国の女王となっていました。
家来もたくさんおり、わがままが変わらないお姫様をみんな嫌っていました。
「姫様、じぃやはもっとお金がほしいのです」
「ダメじゃ。おまえはもっと節約を覚えるのじゃ」
「ぬぅわあああああああああああああ」
じぃやはいつもお姫様に泣かされていました。
ある日、また隣の国が攻めてきました。
国民達は震えます。隣の国は強くて怖いと有名でした。
わがままなお姫様がみんなで戦えと言うのが怖かったのです。
だからお姫様は隣の国の王様に言いました。
「戦争はしない。わしは戦争はこりごりじゃ」
「ほぅ、ならば国を捨てるというのか?」
「ダメじゃ、国は捨てん」
「ほぅ、ならばそちの民を我が国の奴隷にするというのか?」
「ダメじゃ、民はやれん」
「むぅ、そんなわがままが通るとお思いか」
隣の国の王様は怒りました。
あれもダメ、これもダメとまたお姫様のわがままが始まったのです。一緒にいた家来たちはもう終わりだと泣き出してしまい、命乞いを始めました。
「うるさいっ、黙るのじゃ!」
お姫様がそう言うと、みんな泣くのをやめて黙りました。隣の国の王様も怖いですが、お姫様もわがままだけじゃなく怖いのです。
隣の国の王様は言いました。
「ダメじゃダメじゃ、やはり戦争じゃ。あれもやれん、これもやれんなどダメじゃ」
「わかっておる。だからやろう」
「むぅ、お主はいったい何を寄越すというのだ?」
家来たちは何を言うのか不安でしたが、お姫様はあっさりと言いました。
「わしの命をやる」
その言葉に、隣の国の王様は驚きました。家来たちも驚きました。
「お前の命を寄越すというのか?」
「そうじゃ」
「我が国では敵の王は打ち首だとしてもか?」
「そうじゃ」
「他の家来の命で構わぬと言ってもか?」
「そうじゃ」
「国民一人を差し出せば許すと言ってもか?」
「そうじゃ」
王様はたいへん不思議に思いました。
どうしてこんなことを言うのか解らなかったのです。
「どうしてだ。お主はどうしてそんなことをするのだ」
お姫様は先ほどと同じように、すぐ言いました。
「わしが王だからじゃ」
そしてついでにと言いました。
「わしの命で足りんのなら、じぃやをやろう。よく働くぞ」
「ぬぅわあああああああああああああ」
じぃやはいつもお姫様に泣かされていました。
お姫様の打ち首の日、牢屋にじぃやが来ました。
「姫様、じぃやでございます」
「おお、じぃや。久しぶりじゃの」
お姫様はいつも通りの態度です。
じぃやは聞きました。
「姫様はひーろーになりたかったのですか?」
いつかの質問を思い出し、じぃやは聞きました。
お伽噺のひーろー。
お姫様はひーろーになりたいのかと思ったのです。
お姫様は言いました。
「いやじゃそんなもの。ひーろーなぞバカらしい」
お姫様はあっさりと否定しました。
「では、姫様は何になりたかったのですか?」
「わしは王になりたかった」
お姫様は言いました。いつも通りにわがままを。
「ひーろーはダメじゃった。ひーろーの騎士は死んでしもうた」
お姫様は言いました。
「貴族はダメじゃ。みな逃げてしもうた」
お姫様は言いました。
「国民はダメじゃ。どいつも何かしようと動かなかった」
お姫様は言いました。
あれもダメ、これもダメ。
だからお姫様は、言いました。
「ならばわしは、王になるしかないのじゃ。王だからこそ、みなが助かるのじゃ」
お姫様は笑いながら言いました。
「じぃや、わしはじぃやが大好きじゃ。嫌われ者のわしとずっと一緒にいたのはじぃやじゃった。だからじぃやはずっとわしを見ててくれ。わしが死んだあともずっと傍に置いてくれ」
お姫様はわがままを言いました。
最初で最後の、自分のためのわがままを言いました。
「姫様、それはダメです」
そして初めて、じぃやはダメだと言いました。
お姫様はとても悲しくなりました。
やっぱりじぃやも自分のことが嫌いだったのだと思いました。
じぃやは言いました。
「私は忙しいのです。ずっと姫様のところにいるわけにはいきません」
「そうか……」
「私は姫様のじぃやです。姫様がいなくなってはじぃやでなくなってしまいます」
「そうか……」
「だから私はもうじぃやではないのです」
「そうか……」
お姫様は泣きそうになりました。でも泣くのはダメです。お姫様は泣かせる側の人間なのです。だからお姫様はわがままを言い、じぃやをたくさん泣かせてきたのです。
いろんなことが出来るように。
一人で生きてもらえるように。
「だから姫様も、もう姫様ではないのです」
じぃやは不思議なことを言いました。
すると固く閉じられていた牢屋の扉が開きました。じぃやが開けたのです。
「じぃや……?」
「姫様の国はなくなりました。国がなくては姫様ではないのです」
じぃやはお姫様を立たせます。冷たくなった姫様の手を、優しく握ります。
じぃやは言いました。
「今なら逃げられます。国はなくなりました。もう姫様は姫様じゃなくて良いのです」
じぃやはお姫様を助けようと連れ出しに来たのです。
お姫様はとてもうれしく思いました。
じぃやはお姫様のことを嫌いではなかったのです。唯一、お姫様のことを嫌いではなかったのです。
お姫様は言いました。
「ありがとう、じぃや」
お姫様は言いました。
「でもダメじゃ」
お姫様の、最後のわがままを。
「わしが逃げれば、戦争じゃ」
「姫様!」
「ありがとう、じぃや」
お姫様はじぃやを牢屋から押し出し、自分で牢屋の扉を閉めました。
「大好きじゃ」
「姫様……」
お別れの言葉を聞きいて、じぃやはいつも通りお姫様に泣かされました。
最後もいつも通り、泣かされました。
「私も……大好きですぞ」
最後に、じぃやはそう言いました。
それを聞いて、お姫様は笑顔を浮かべて――
初めて、じぃやに泣かされました。
豊かな国がありました。
けれどもそこに王様はいません。
一人の王様が守った国です。
多くの国民は忘れてしまいました。
国を見渡せる丘の上。
そこにある小さなお墓と小さな家。
たった一人だけ、その一人だけが、いつまでも覚えていました。
ひーろーではなく、貴族ではなく、国民ではなく。
たった一人の、王様を。
END




