きゅう
「この町の平和なんてどうでもいいんだ。誰がどうなったって構わない。誰が死んでも生きてても。ただ、この町に対する執着心ならあるんだよ。ここがなくなっちゃったら、ぼくもうどうしていいか分からない。どうやって生きていけばいいのか分からないんだ、バッチイマン。ヒーローとしての生き方は知ってるのに、ぼく自身の生き方がまるで想像できない。ねぇ、ぼくはいつまで『ヒーロー』をやってればいいの? いつになったら、ぼくはぼくだけのものになるんだろう。オニギリマンになったときからそれが疑問で不思議でしょうがないんだ。他のヒーローはどうやって平然とヒーローとヒーローじゃない自分を使い分けてるんだろうね」
「オニギリマン……」
「他のヒーローだけじゃないよ。バッチイマンだってそうだ。きみは悪者でありお父さんであり、ぼくの先生だ。どうやってるの、それ。ぼくにもちょうだいよ。先生なんだったらちゃんと教えてよ。怖いんだよ。ぼくがいつかヒーローじゃないぼくを知って、認識して、もしそのぼくが今までのヒーローであるぼくを全否定する存在だったら? 現にぼくは今、とっても苦しい。町の人たちや建物を壊したくてたまらない。全部全部なかったことにしたい。でも、ヒーローはそんなことしちゃいけないんだ。そんなひどいことをするやつらから守らなきゃいけないんだ。規則で決まってなくても、悪いやつがみんなを攻撃してたらぼくはみんなを助けなきゃいけないのに。ぼくは 動けなかった。彼らと同じようにみんなを殴ったり蹴ったりしたかった。その衝動を抑えるだけで精一杯だった。おかしいよね。駄目だよね。だからぼく、ヒーローには向いてないと思うんだ」
バッチイマンは困ってしまいました。オニギリマンがこんなにも自分の内面をさらけ出したのは初めてのことです。飄々と、何にも惑わされずどこかに信念を持ってヒーローをしていると思っていました。
しかしそれは間違いだったのです。オニギリマンは思っていることを常に飲み込んで、自分のあるべき姿に縛られて生きていたのです。それに気付けなかったことをバッチイマンはひどく恥じました。オニギリマンは壊れる寸前なのです。
「オニギリマン、それ以上言うな」
バッチイマンは知っていました。彼がヒーローでいたいならば、それ以上言ってはいけないのです。
なぜなら、彼らヒーローに自由などないのですから。
ヒーローに相応しくない者は、処分されてしまいます。
「仕事に戻れ。今回の事件の収拾にあたり、今まで通りに振舞うんだ」
オニギリマンのことを思うのならば、このまま彼の悩みを聞き、解決しなくてはいけません。少なくとも、現状維持を勧めるべきではないのです。
しかし彼らは自由ではありません。自分たちの所属する組織の一員として生きなくてはいけません。
ヒーローと悪役は、ただ争っているわけではありません。善と悪を世界の均衡のため、計画的に行使しているのです。両者はお互いを監視し、規則と協定に反した者を情け容赦なく罰します。オニギリマンは今、ヒーロー失格と言って過言ではありません。
バッチイマン一人が知っているだけならばまだ隠し通せますが、このままではいずれオニギリマンは大きなミスを犯してしまうでしょう。その前に、オニギリマンには分かってもらうしかないのです。仕事は仕事。心を殺すのです。公私混同はいけませんよ、と。
なんて非情なことなのでしょう。
「でもバッチイマン……ぼくは……」
「行け、オニギリマン。自分の破壊衝動を抑えられないやつが悪役になんかなれるわけないだろう。自分の心を律するすべを覚えなさい。さもなければお前はヒーローの資格どころか、この町にいることすらできなくなる」
ぐっとこらえて言います。「また全てを失う気か、ヒーロー」
オニギリマンは目に涙をためて、しばらくまだ何か言いたそうにしていましたが、やがてその目を閉じました。
「わかったよ、バッチイマン」
そう言って玄関から出ていきます。
あとに残されたバッチイマンはやるせない気持ちの行き場がなく、ただただ立ち尽くしました。
つづく