はち
果たしてそこにオニギリマンはいました。
おせんべいを食べて、テレビを見ていました。
「ああ、おかえり。玄関開いてたから入っちゃった」
テレビのリモコンを片手に振り向きます。
バッチイマンはずんずんと彼のほうへと歩み寄り、そしてオニギリマンの顔を力いっぱい殴りました。
オニギリマンは簡単に吹っ飛びます。
それはそうでしょう。バッチイマンは強いのです。オニギリマンよりも遥かに。
「お前は自分が何をしたのか分かっているのか!」
「……ったいなぁ。何もしてないよ」
そうです。何もしていません。
何もしていないからバッチイマンは怒っているのです。
しかし、なぜ彼が怒っているのかオニギリマンには分かりません。悪者の味方は、悪者ではないのでしょうか。
「どうして怒ってるの?」と、素直に聞きます。
それがバッチイマンの怒りを更に大きくさせます。
「お前はここのヒーローだろうが!」
「そうだよ」
「この町を守るのが仕事だろう!」
「そうだよ」
「ならどうして皆を守らない! いったい何人の人が死んだと思ってるんだ! 死なないようにするのがお前の、ヒーローに課せられた使命だろう! それなのになぜお前は俺の家でのんきにくつろいでやがる!」
「んー、今回のことはさぁ」
ぽりぽりと頬を掻きます。「どこに規則違反があったのかな?」
よいしょっと服を軽く払って立ち上がります。オニギリマンは堂々としていました。
「ぼくらはこの世界の規則と、ヒーローと悪役それぞれのお偉いさんたちが結んだ協定に基づいて行動しなきゃいけない。普通の人より何倍も力が強いからね。他の町の悪者がこの町に悪さすることは禁止されていないし、その逆もまた然り。そして、基本的にヒーローは『自分の担当する所』の『自分の担当する悪者』が悪事を働かなければ無理に鎮圧しなくていいって、ぼくは他でもない貴方に習ったんだけど」
「たしかにおれはお前にそう教えたさ。教え子が正義感のみで立ち向かっていって勝ち目のない戦いで命を落とすことほど悔しいことはない。だがな、オニギリマン。お前は強い。あんな雑魚を倒せないほど弱くない。ルールにないから何もしなくていいと本気で思っているのか」
(うーん。だから嫌だったんだよなぁ、ヒーローになるの。だってほら、バッチイマンのほうが――先生のほうが断然『正義の味方』らしいじゃないか)
オニギリマンはあろうことか不貞腐れていました。先生に理不尽に怒られたと、頬を膨らませる子供のようです。
「おれは心配だった。養成学校を卒業したお前がちゃんと仕事が出来るかどうか。だからお前の担当地区の悪役に志願したんだ。今まではそれらしくできてたが……やはり問題児のままだったな。おれの指導不足だ」
「じゃあさ、交換しようよ。手続きとかめんどくさいけど、今のこの状態よりずっとしっくりくる。ねぇ、先生」
彼はヒーローでいるときに浮かべている薄い笑顔を浮かべて言いました。
「ぼくはもう、限界なんだ」
つづく