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ヒーロー  作者: 穏田
第2部
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 ハイハイ、と先生が手を叩きます。



 初々しくあどけない生徒たちは先生のほうを向いて座り直しました。



 昼休みはあと15分あるというのにどうしたのでしょう。



 休み時間が中断されたことに不満そうにしていましたが、生徒たちは誰も抗議しようとはしませんでした。



 先生の言うことは大抵正しいのです。入学して数日ですが、彼らは先生をそういうものだと認識していました。



「みなさんご存知のかたもいらっしゃると思いますが、今日から私たちのクラスでも役決めをしたいと思います」



 丁寧な口調で、バッチイマン先生は言いました。



 ざわざわとする教室内は、再びバッチイマン先生の声で静かになります。



「他のクラスではもう行われているので、お友だちがいる人は知っていますね。今から先生が詳しくお話しします。黒板が遠くて見えないよという人はイスを持って、前のほうに集まってください」



 慌てて給食の片づけをする生徒たちを待つ間、先生は黒板に板書していきます。



 『ごう問中の決まりごと』という文字を見て、首を傾げる者もいれば緊張した面持ちで見つめる者もいました。



 拷問ってなに?とイスを引きずってきて隣に座ったクラスメイトが訊くので、彼は「あえて危害を加えること?」と曖昧に答えました。



「そうですね、モコくん。大正解です」



 耳聡い先生は彼を名指しで褒めました。



「じゃあ、具体的にどんなことをするのか知っている人は?」



「はい! 死なないようしながら、心身ともに傷つけます! おれは夕飯のおかずを盗み食いしたときに『振り子』で脅されました!」



 元気に1人が答えると、「私は折檻くらいしか」や「一週間ごはん抜きなら」等々が飛び出します。



 モコが両手で耳をふさぐ前に、先生が「なるほど」と頷きました。



「両親がヒーローや悪役の人は実際に経験したことがあるかもしれません。もちろん初めての人も多いでしょう。みなさんはまだ入学してあまり経っていないので、難しい拷問の授業は追々やっていくとして、今からやってもらうのは基礎中の基礎。人を傷つけることに慣れてもらうところから始めていきます」



 聞きたくないと思っているのはモコだけのようでした。



 皆、わくわくとした様子で落ち着きがありません。



 置いてきぼりになっているモコには気づかず、まずはお友だちの悪い所を思い浮かべてみましょうとバッチイマン先生は言います。



「ここが嫌いだな、こんなことを言ったら相手はショックを受けるだろうなぁということを考えてみてください。事実に基づかない単なる悪口でもいいですよ。くさい、気持ち悪い、死ね、生まれてこなきゃよかったねキミも効果的です」



 優しい声音で優しくないことを連ねていきます。



 そんな酷いことは言えない。



 涙目で辺りを見回すと、隣のクラスメイトと目が合いました。



 この子も頭の中でひどいことを考えているのではないかと思ってしまうと、モコは視線を逸らせません。



 彼はしばらく不思議そうにモコと見つめ合っていました。



「先生。すみません、先生」



 彼がすっと手を挙げる様子をぼんやりと見ていました。



 バッチイマン先生は、見ただけですぐに察したようです。



「すみませんが、タロウくん。保健室まで付き添いで行ってくれますか」



「わかりました」



 真面目そうに頷くと、モコの腕を引っ張ります。



「立てる?」



 気遣うように問いかけられますが、その心中に悪意があるのではないかとびくびくしてしまいます。



 しかしタロウくんは面倒くさそうにはしていましたがモコに意地悪なことは言いませんでした。



 のろのろと動くのをじっと見守り、一歩下がってついてきます。



 教室を出ると、特に気負った風もなく「モコくんさぁ」と話しかけてきます。



「な、なに」



「ぼく見てて思ったんだけど、モコくんてイイヤツっぽいね。悪口とか絶対言えなさそう」



 振り返ると柔らかく微笑むタロウくんがいました。彼の表情はこの学校において不釣合いでした。



「ちょーっと攻撃的な言葉聞いただけで、嫌な気分になっちゃうんでしょ? 美徳だと思うよ。モコくんの良いところ」



 モコは安心しました。



 これまでの授業で先生たちは情を捨てなさいと口々に何度も言ってきました。しかし彼はその正反対のことを言います。彼なら信用できそうだと思いました。



 だって、この学校はおかしいのです。本当にここが、誰もが憧れ夢見る英雄になるための学校なのでしょうか。そう銘打つ割にいささか暴力的な授業が多すぎる。



 僕には合わないとモコは思っていました。



 タロウくんは頭の後ろで手を組んでモコに並びます。



 にかっと笑うのにつられて、ぎこちなく笑い返しました。



「でもさー、先生も言ってたけど慣れたほうがいいと思うよ。ここはそういう学校なんだから」



 表情が笑い顔のまま固まります。途端に頭が真っ白になりました。



 彼は味方ではなかった。同じ立場の人間ではなかった。



 先生に告げ口されたらどうしよう。劣等生の烙印を押されて落第になったら――



「きみの長所はここでは何の役にも立たない」



 モコの足は止まります。



 タロウくんに視線が釘付けされます。動けませんでした。



 立ちすくんだモコを見て、うはは、とタロウくんは笑いました。



「傷ついた? 嘘だよ、モコくん」



「うそ……?」



「うそうそ。純粋すぎるよ。ぼくまで悪いことをした気になっちゃう。まあ、悪いこと言ったんだけど」



「勘弁してよ……」



 脱力するとごめんってばぁ、とタロウくんは屈託なく言います。



「嫌だよね、悪役の練習までしなくちゃいけないなんて。ぼくたちヒーローになりたくて来たやつばっかりなのに」



「うん」



 力なくうなだれると、タロウくんは肩を優しく叩きました。



「やっぱりモコくんイイヤツだ。ぼくさー、友達いないんだよね。この学校のやつらってどっかイジョウじゃん? こえーんだよな」



 モコがずっと心に秘めてきたことを当たり前のようにタロウくんは指摘していきます。



 わかるよと言えば彼もどこか嬉しそうにしました。



「友だちになろうぜ。はじめてマトモなやつに会えたわ」



 一も二もなく頷くと、彼は照れ臭そうに頭を掻きました。



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