じゅうし
「ナムルアムルニコが養成学校に行きたいんだって」
一つ山向こうの変な格好をしたやつらを成敗した次の日。オニギリマンは今日も朝早くにバッチイマンの家に行き、バッチイマンの作った朝ごはんを食べながらそう言いました。
バッチイマンはオニギリマンが言ったことを反芻するようにしばらく考えた後、「ニコ!!」と大声で娘を呼びつけました。
2階から駆け下りてきた彼女はオニギリマンと一瞬、視線を合わせました。「なぁに?」
「養成学校に行きたいってどういうことなんだい」
「そのままの意味よ。今通ってる学校を辞めて、養成学校に入学し直すの」
娘の言葉にバッチイマンはわなわなと震えます。「駄目だ!」
しかしナムルアムルニコは引きません。
「私、ヒーローになりたいの」
おやおや、よくもまぁそんな簡単に嘘をつけるもんだ、とオニギリマンは感心します。演技がお上手。「許してあげなよ」と、援護に回ります。
「きっと彼女は良いヒーローになるよ。素質がある。ぼくが保証する」
「そんな危ないことさせられない。生きるか死ぬかなんだぞ。もしニコに何かあったらおれは亡くなった妻に申し訳が立たないよ」
さめざめと顔を覆って泣くバッチイマンの見えない所で、ヒーローと娘は「お前がなんとかしろ」とジェスチャーを交わします。
負けたのはオニギリマンでした。
「なにも泣くことないじゃないか。ニコは強いよ。ぼくがヒーローをやれてるんだ。ニコが出来ないはずがない。きっと素敵な正義の味方になると思うよ」
ナムルアムルニコは笑顔で力強く頷きます。
「あっ、そうだ! いいこと思いついたぞ!」
次は何て言うんだっけ。「バッチイマン、きみも学校に戻ればいいじゃないか!」
「……養成学校に?」
バッチイマンは顔を上げました。「また先生になれっていうのか?」
「そのとおり!」
バッチイマンにしては飲み込みがはやいじゃないか。オニギリマンは恩師のみっともなく丸まった背中を叩きます。
「それならニコが危険な目に合ってもすぐに対処できるし、今の職場ともオサラバさ!」
どうだ素敵だろうと言って、共犯の二人は固唾を飲んでバッチイマンの反応を見ます。
「うーん……いいかも」
首尾は上々です。
オニギリマンは残りの朝ごはんをかき込むと、「じゃあ、あとは家族で話し合ってね」と足早に去りました。
飛び立った空は快晴です。日光を浴びて元気100倍。
全て、バッチイマンの娘との打ち合わせ通りに進みました。彼女の養成学校入学の後押しをすることが、バッチイマンへ事の真相を明かさないことの条件でした。このままうまくいけば、ナムルアムルニコは養成学校へ、バッチイマンは教職に復帰するでしょう。みんなが幸せになれます。
みんなの幸せはぼくの幸せ。
町を上空から見下ろして、オニギリマンは「今日も平和だ」と呟きます。
悪役がいなくなるので、これからもっと平和で退屈な日々になるでしょう。
それはとっても素晴らしいことです。
オニギリマンは今日も元気。
町の平和を守るため。
自分の心の平和を守るため。
ヒーローは常に正しいのです。
間違いなど有り得ませんよ。
みんなのために。
みんなのために。
我が道を行きます。
第1部 完
第1部完です。お読みいただきありがとうございました。