じゅうさん
バッチイマンに語った本心のほとんどが嘘です。
彼に本当の自分などありません。ただバッチイマンの気を他に逸らす為だけに本音を騙りました。
どうしてそこまでするのかと聞かれたら、オニギリマンはこう答えるしかありません。
――彼が、ぼくにとって唯一の家族だから。
オニギリマンの本当の両親だとて、特別ひどいところはありませんでした。
ごくごく一般的で、一人っ子だったオニギリマンを殊更かわいがったこと以外は普通の家庭でした。
しかし、オニギリマンは普通ではありませんでした。
彼は他人より遥かに特殊で強靭な力を持ち、そしていとも簡単に家族を捨てられる人間でした。ヒーローや悪役になるための養成学校にスカウトされる者は、人並み外れた能力を持っていることが大前提ですが、彼の強さを後押しするものはその執着心のなさです。オニギリマンは周囲に流れ流されるままになることを良しとする人間でした。
オニギリマンは空っぽです。ともすれば自分の命すらどうでもいいのです。
その彼が初めて執心したものに歪んだ愛情表現を持って接してしまうのは至極当然の流れでした。
「どうしてそこまでバッチイマンに拘るの? 彼、結構不器用よ。会社でだってうまくいってないし」
それは知りませんでした。思い返してみれば、バッチイマンは教員だった頃から要領が悪かった気がします。それを子どもに悟らせてしまうのも彼の不器用加減が覗えるというものです。
「ぼくは学生時代、問題児として全校に知れ渡っていたんだけど」言いづらそうに説明を始めます。
「まあ協調性なさそうだしね、あなた。想像できるわ」
むしろ協調性がありすぎて問題児だったわけですが。余計なことは言いませんでした。
「他の先生がみんなぼくを見捨てたとき、バッチイマンだけは真っ向から反論してきたんだ。ぼくは正直うざったかったから先生の顔を殴って逃げちゃったんだけど」
「……オニギリパンチ」
彼女が何かつぶやいた気がしましたが無視しました。
「そんなこんなで先生はぼくを更生させるために奮闘し、それに感化されたぼくはまともにしてくれたバッチイマンをすごく尊敬して今に至ってるわけだけど。問題児問題児って呼ばれてたからてっきり悪役になるもんだと思ってた。ヒーローになることに決まった時もまさかバッチイマンが辞職してまで悪役になるなんて思わなかったし」
「そういう人なの。責任感も面倒見の良さもちょっと異常だわ」
それこそ、不器用すぎるバッチイマンの性格をよく現わしていました。心配性もここまでくるといっそ清々しく感じられます。
「今回の件は、バッチイマンも悪いわ。命令書がこんなに長期に渡って送られてこないなんて有り得ないもの。1番悪いのはオニギリマン、あなただけどね」
「反省してます」
まるで意に介していないオニギリマンでしたが、ここは同調しておきました。本当に自分の意思がない男です。これを日常生活が送れる程度にまで成長させたバッチイマンの労力はいかほどのものだったでしょう。オニギリマンでなくとも足を向けて寝られないこと間違いなしです。
満足のいく回答が得られた彼女は「帰りましょうか」と言って牢屋から出ます。オニギリマンはそれに反論などあるはずもなく、諾々と従いました。
つづく