じゅうに
オニギリマンの狙いは捕虜の奪還にありました。
捕虜は生きていてこそ意味があります。それに、悪役には1日に殺せる人間の数に制限があるのです。むやみやたらと殺してしまっては始末書を書かなくてはいけないので、少なくとも今日のうちは殺されやしないだろうと、町の人々が何人死んだのか上空からしっかり数えていたオニギリマンは確信していました。
「遅いよ、オニギリマン」
「……なにしてんの?」
しかし、バッチイマンの子どもが捕虜になっていることは予想外でした。
彼女は頬を膨らませ、ぶーたれます。
「あともうちょっと遅かったらこの牢屋壊して勝手に帰ろうと思ってたとこだよ」
手足をバタバタさせて暴れます。他の捕虜は隅のほうで固まって、少女を得体の知れない怪物を見る目で見ています。
オニギリマンが助けに来るまでに彼らに何をしたのでしょう。
彼が鍵を開けると村の人々は一斉に逃げ出しました。
「登校したあと忘れ物したの思い出して家に戻ろうとしたら変な格好をした人たちに攫われちゃうし、散々だよ」
「きみと同じ牢獄に入った人たちのほうが散々だと思う」
あの怯えようは尋常ではありません。
しかしオニギリマンはそのことには触れず、ただ「バッチイマンよりきみのほうがあの町の悪役に向いてる」とだけ言いました。
「そうでしょう」と、彼女は頷きます。「お父さんたらオニギリマンに喧嘩売られた時以外何もしないんだもの。私が悪役になったら八面六臂の大活躍よ」
ふーん、と気のない返事をします。
オニギリマンは疲れていました。このところ特に忙しかったのです。
牢屋の中に風船人形の玉を何個か投げ入れます。
ぐにょぐにょと変形するそれらを眺めながら「ねえ、」と彼女は話しかけてきました。
町の人々の気配は感じません。オニギリマンたちの声が届かない所まで逃げたことでしょう。
「山向こうの悪役が私たちの町に攻撃してくるなんて、初めてのことだよね」
「………」
オニギリマンは答えませんでした。
彼女が真相に気付いていることを知りました。
沈黙は肯定です。
「今回のことはお父さんの――バッチイマンのせいなんでしょう?」
そうだよ、きみのお父さんが悪役の仕事をしないから上が痺れを切らして臨時に他の悪役を派遣したんだよ。とは、さすがのオニギリマンも言いませんでした。だからバッチイマンはヒーローに向いていると常々主張し続けていたのです。いずれ、こういうことになることを彼は知っていました。
「私、養成学校に行くわ。悪役になって、この町に帰ってくる。お父さんの代わりに悪者の役割を果たすの」
「バッチイマンが悲しむよ」
「親の不始末は子どもが何とかするものよ」
「普通逆なんだけどね」
溜息をつきます。誰にも気づかれずにこの件を終わらせたいと思っていました。
当のバッチイマンには気づかれませんでしたが、その娘が勘付いてしまうとは。
オニギリマンは、バッチイマンに悪いことをさせたくありませんでした。人殺しも窃盗も破壊も、何もかも。バッチイマンには善悪の区別がつくのですから。きっと先生は苦しんでしまうと思いました。
『本日○○時○○分に○○人を殺傷されたし』『善と悪の均衡のため、早急に悪を行使すべし』という上からの命令書は全て彼が毎朝はやくに来て、バッチイマンの家のポストから抜き取っていました。
「そんなの、恩返しでも何でもないわ」
彼女は吐き捨てます。
そんなことはオニギリマンだって分かっているのです。しかしそうせざるを得ない理由が彼にはありました。
つづく