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花の都

キリョウナ

作者: ナガツキ

短編集、花の都の "ユウビナ"と"ツキビナ"にでてきたアトラのお話しです。前の話しを読んだことがない方は、前二つを先に読んでからこの話しを読むと、話しがわかりやすいかと思います。あまりうまくまとめることができませんでしたが、温かい目でどうぞご覧ください。

かすかに見える景色の中には、見覚えのある黄色い花が風に揺れていた。

そうか‥‥俺、帰ってきたのか。

「 誰か‼ 医者を‼‼ 」

朦朧とする意識の中で、焦り気味の大きな声がぼんやりと聞こえる。

こいつ‥‥でかい声だせんじゃねえか‥。

ロネルの声をどこか遠くで聞きながら、重たい瞼をゆっくりと閉じた。

一面に広がる闇。俺はこれからこんなかに独りでいくのか。そう思ったとき、あるものがふと浮かんできた。

そう。俺をいままでずっと支えてきてくれたあの笑顔がーー

もう痛さも感じない脇腹の傷から、止まる事なく流れ出す血がロネルの背中を赤黒く染めていく。

「ありがとな‥‥ロネル‥‥約束‥たの‥‥だ‥‥」

瞬間、ふっと力が抜けた。




ーーいってらっしゃい‼

あぁ‥ただいまって、笑顔で言ってやりたかったな。

ーーうん、約束。

できる事なら‥俺が迎えにいきたかった。

ーーアトラ‼

‥笑ってくれよ、ナビ。お前の笑顔のお陰で俺は‥‥

救われたんだからなーーー




‥‥‥

‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥‥


「あなたがいけないんでしょ⁉」

「俺はお前らのために朝から晩まで仕事してんだぞ⁉ なにが悪いんだ‼」

「だからってなんでこんな時間まで飲み歩いてんのよ」

「仕事で疲れてるんだ。息抜きくらいしたっていいじゃないか」

「そのせいでお金がどんどん消えてくのよ」

「その金を稼いでんのは誰だと思っているんだ⁉」


ーーまただ。


俺は聞こえてくる怒鳴り声から耳を塞ぎ、ひとり部屋の隅で耐えていた。

嫌だ。そんな怒鳴り声、聞きたくない。

声にならない叫びをのみこみ、俺は昨日からずっと考えていたあることを実行することに決めた。

すくっと立ち上がり、一目散に部屋から飛び出して自分の部屋へといくと、布団の横に置いておいた大きな荷物を掴む。そして再び父さんたちがいる部屋へと戻ってきた。ばん、と大きな音をたてて扉を開くと、まだ大きな声をだしていた父さんと母さんの視線が一斉に俺へと向けられた。

「 俺、父さんと母さんが仲良くなるまでこの家には戻らない‼ 」

出せる限りの声を張り上げてからもう一度大きく息を吸い込んで、昨日決意したことを言い放つ。

「 俺、旅にでる‼‼ 」

なにを言っているんだ、アトラ‼

アトラ‼ 戻ってきなさい‼‼

後ろから聞こえてくる父さんと母さんの声に耳を持たず、俺は家を飛び出した。



ごめん、父さん。母さん。



何度も心の中で謝りながら、俺は村唯一の出入り口である小さな門へと走った。

後ろを振り向くと、必死の形相の父さんが追いかけてくる。

やばいな。父さんは足がめちゃくちゃ速いって、母さんが昔自慢してたっけ。

いまとなっては懐かしいことを思い出しながら、俺は父から逃げ切れる方法はないかと辺りを見回した。

あんなこと言って出てきたのにすぐ連れ戻されるなんて、絶対に嫌だ。俺は、父さんと母さんが昔みたいに戻るまで、あの家には帰らないって決めたんだ。

強く噛みしめながら、俺はただ全力で門へと走る。するとーー






ーー俺が目を覚ましたときにはもう朝になっていた。一定のリズムを刻むようにゆれていた荷台は止まっている。どうやら目的の場所についたらしい。

昨日俺は門まで走る途中にいまにも出発しようとしている荷台に飛び込み、なんとか父から逃げることに成功した。道の途中で荷台が止まり、運転手が積んである荷物を確認しようと後ろに来たときは終わったと思ったが

「兄ちゃんもまだ若いなぁ‼」

と豪快に笑い、

「そんなとこにいちゃあ身体痛めっぞ。おら、前にこい」

と俺の話しを聞き、逃亡の手助けをしてやると怪しげな笑みをみせたこの運転手のおかげで俺の旅はいまもこうして続いている。

「おぅ、兄ちゃん。起きたのか」

「いまさっき‼ それよりありがとな、おっさん」

寝る前に色々と話したせいか、はたまた男という性別のせいか、昨日の今日でこんなにも気兼ねなく話せるような仲になっていた。

そうかそうかと豪快に笑ったあと、おっさんは俺の背中の向こうを指差して嬉しそうに告げる。

「兄ちゃん、ザグダに着いたぞ」

俺は指された方向へと振り返り、立派な門を見上げた。



ーーここが。


ザグダの話しは色んな人から聞いていた。花の都とも呼ばれているらしく、花が好きな母さんと、いつかいってみたいねと話していた。まさか、こんな形でくることになるなんて‥‥。


昔のことを思い出すと、いつからか決まって心が暗くなる。すると、そんなものふっとばしてやるとばかりに、おっさんは大きな音をたてて俺の背中を叩いた。

「俺が手助けできんのはここまでだ。こっからは自分で稼いで生きてけよ‼これは俺からの贈りもんだ。兄ちゃんの旅が無事終わるようにってな」

わしゃわしゃと髪を撫でられた後、両手だしな、とたくさんの銅貨を渡された。銅貨はそのまんまポケットに入れられてたのか、ほんのりと熱を帯びている。

「おっさん‥‥」

銅貨をしっかりと握りしめると

「いいってことよ」

と言って、また力強く頭を撫でられた。



暗い顔してなんかいられねぇ。俺は明るい家に戻りたくてでてきたんだ。旅先だって、俺が暗くなってちゃなんも変われねぇ。

よし、と気合をいれて歩き出した俺は、都へ入るための書類みたいなのを門で書いてからやっとのことで都へと入った。

まずはどうやって過ごしていくかだな‥‥。とりあえず働き場所を探さないと。

道を歩く人に市場の場所を聞き、働かせてください、と片っ端から頭を下げ続けた。そうは言ってもねぇ‥‥となかなか働き先が見つからず、これはまずいと思った頃。

「おい、ボウズ」

と、なにやら怖そうな顔のお兄さんが働かせてやるよと俺を引き取ってくれた。

仕事は、色々な花に合わせて土と肥料を混ぜて調節する「土作り屋」という仕事らしい。聞いたときは簡単じゃね、とたかをくくっていたが、これが結構面倒で、素人の俺にはたくさんある土の見分けさえもさっぱりつかなかった。

俺を拾ってくれた一見怖そうな店長さんは、話せば普通に。‥‥‥いや、すげぇいい人で、恥ずかしくて異性と3秒以上目を合わせていられない、なんてお茶目な部分もあった。

後で、恐る恐るなんで俺を拾ってくれたのかとたずねたら

「困ってる奴みて放っとく奴は、男なんて呼ばせねぇ‼」

と、俺の人生最大に痺れた名言を叫んでくれた。




始めて村の外にでて、慣れない仕事に励んでいた俺が、ナビに始めて会ったのはこの都にきて4日目のことだった。





その日は、店長から大広場の花壇に使う土を届けるようにと指示されて、俺は一人で土の入った大きな袋を担いで大広場へと向かっていた。

店長が、ここの花壇みると俺らの仕事に誇りが持てるもんよ、と言っていたほどだ。どんだけすげぇ花壇だろうか?

かすかな期待を持ちながら、俺は早まる気持ちを抑えつつ大広場へと急いだ。




ーー正直、驚いた。




大広場に着いて、なにより一番最初に花壇が目についた。俺が想像してたものなんかより、よっぽどすごかった。



「‥‥‥‥」

言葉も、でてこない。



俺の村にも花壇がある。村のやつらみんなで育てているもので、よく、村にしか咲かないキリョウナという花が一斉に咲く時期にはみんなで宴会をひらいた。俺はあそこの花壇が自慢で、こんな綺麗な花壇他にねぇよ‼ そんなことをいいながら、毎日あの花壇の水やりを手伝っていた。




‥‥だけど。


「こんな綺麗な花壇‥‥他にねぇや」




「こんにちは」



不意に声がかけられた。すっかり花壇に見入ってた俺は、とっさに挨拶を返すことができず相手の声がした方へ振り返った。振り向いた先には親子らしき二人が立っている。

こんにちは、と挨拶を返すよりも早く母親らしき人物が俺に声をかける。

「その袋‥‥もしかして新しく入った土作り屋さんかしら?」

「はっはい‼」

慌てて返事をすると声が裏返ってしまった。

やべ、恥ずかし‥‥。そう思いとっさに口元へ手をやると、

「あははっ お兄ちゃんおかしっ」

そう言って小さい女の子が笑った。ふっと口元が緩む。

「そうだなっ お兄ちゃんおかしいなっ」

それから俺は一緒になって大きな声で笑った。笑い死ぬー、なんて言いながら思いっきり笑う。母親の方もくすくすと笑いながら、おかしなくらいに笑っている俺らのことを温かく見つめていた。

なにがおかしいのか自分でもわかんないけど‥‥やべぇ。久しぶりだ。こんなに思いっきり笑ったのーー



それから俺らは気が済むまで笑ったあと、お互いに自己紹介した。

「俺はアトラ。こないだ村を出てきて、いまは土作り屋の店長に拾ってもらって働いてる」

「私はユウ。お母さんがここの花壇の世話をしてるから、そのお手伝い。いつか私もここの花壇の世話をするんだ‼」

ユウの笑顔はこの花壇の花に負けないくらいに眩しくて、無邪気だった。

「すっかり仲良くなったわね。アトラくん、これからよろしくね」

「はい‼」



それから俺は土の入った袋を渡したあと、またねとユウに手を降り、その場を後にした。

この都はいい人ばっかだなー。

そんなのんきなことを考えながら、俺は店へと歩いて行った。




あの子たちはいい子だ。本当にいい子だ。

店長は俺がユウと仲良くなったと話すと、そんなことを何度も繰り返した。店長はその家族と長い付き合いのため、ユウが小さい頃から知っているらしく、孫のようなもんだと笑った。

あの子たちと言っていたから、ユウには姉妹がいるのか。‥‥どんな子だろう。

ユウの笑顔を思い出し、俺はなんとなくそんなことを考えながら、帰り際にもう一度あの大広場へと向かっていた。



そう、このときが俺とナビの最初の出会いだった。‥‥いや、俺とナビとというよりも、俺が始めてナビに出会ったという方が正しい。なんせ俺はこのとき、とっさに身を隠したからだ。



あの子が‥‥ユウの姉妹?



花壇には、俺が昼間持って行った土を花壇の土と入れ替えている女の子の姿があった。

かがんでてよくわからないが、ユウよりも年が上であることはわかる。

後ろ姿がじゃよくわかんないな‥‥。

少し場所を移動しようかな。

顔をみたいがために、俺は姿勢を低くしたまま、見つからないように地味に地味に回り込んだ。

あ‥‥ちょっと顔が見え‥‥‥。




その時だった。




「お姉ちゃん!」

聞き覚えのある声が花壇の前にいる人物に話しかけた。

とっさに自分が呼ばれたわけでもないくせに振り返ると、嬉しそうに駆け寄ってくるユウの姿がある。

なにかユウに声をかけながら、お姉ちゃん、と呼ばれた女は立ち上がった。




ーーーー

ーーーーーー

ーーーーーーーー





「アトラ、お前さんどうしたよ。そんな珍しい面して」

どうしたって‥‥

「‥‥‥‥っなんでもありませんよ‼ いやぁちょっと寝すぎちゃってぼけっとしちゃいまして」

とっさにいつも通りの笑顔を向けると、店長はそうか、と気づかないくらいの笑顔を浮かべた。

‥‥駄目だ。俺を拾って世話まで焼いてくれてる店長を心配させちゃあ。

ましてや‥‥



「店長!ちょっと俺、買い出しいってきます」

「あぁ。じゃあ休憩用の飲みもん好きなの4つ買ってこい」

「承知っ」



ましてや‥‥

店長が孫のように思っている人があまりいい奴とは思えません!

‥‥だなんて、言えない‼‼

そりゃ、俺が勝手に、めちゃくちゃいい子なんだろうな。とか、ユウみたいに笑顔が素敵な子なんだろうか。とか思っただけなんだけど‥‥。

でも、無愛想すぎやしないか‼⁉

わざわざ迎えにきた可愛い妹にも真顔で声をかけ、道中声をかけてきた人にも真顔で応え‥‥なんて、俺からしたらあり得ん‼

あんなに綺麗な花壇を毎日みれて、家では‥‥お父さんは知らないが‥‥あんなに素敵な家族がいるっていうのに‼

もっと笑ってやれよ‼

もっと楽しそうにしてやれよ‼

‥‥俺と比べるのもおかしい話しだけど、俺は毎日目一杯笑っている。父さんと母さんが仲が悪かったって、貧乏だって友達からからかわれたって、泣きたくったって、辛くったって、どんなときだって笑っていた。

笑っていれば、少しでも周りが色づく気がして‥‥笑顔でいれば周りも笑顔を向けてくれる気がして。

なのに、周りが笑顔で溢れてる中表情ひとつみせないなんて‥‥‥悲しすぎないか?

都が花々で綺麗に色づき、この都が笑顔で溢れてるっていうのに‥‥なんでだよ。

なんでそんな顔してんだよ‼‼



「あぁ、もう‼」



やめだやめ。よく考えれば俺は関係ないし。

昨日はたまたま機嫌悪い日だったのかもしんないし。それに勝手に人のこと悪くいって、しかも女の子相手に悪口いうなんて‥‥。

やめよう。ユウはいい子だった。あの子もいい子なんだろう。それでいいじゃないか‼



「のわっ⁉」



考え事しながら道を歩いていると、どんと思い切り誰かとぶつかってしまった。

バラバラと果物が袋からこぼれ落ちる。

「ご、ごめん‼ 俺ぼけっとしてて‼‼」

慌てて地面に転がる果物を拾おうと腰を屈めると、

「結構です」

すっ、と目の前に手がかざされた。

いや、でも。と目線をあげると、

「自分で拾います」

そう、無表情で言い放ったユウのお姉様がいた。







そ、そりゃ俺が悪かったけど‥‥。

あんな言い方しなくったって‥‥‥。

ちらっと前を歩くユウの姉さんをみる。

ユウの姉さんは、綺麗な姿勢のまままっすぐに前を向いて足早に歩いている。

って‥‥

なんで俺は後つけてんだ⁉

関係ないってさっき割り切ったはずなのに。

なんで気にしてんだ⁉

はっと我に返りその場に立ち止まると、視界の先にいるユウの姉さんも立ち止まった。

ってあれ、ここって‥‥



ユウの姉さんが向かっていた場所は、広場の花壇だった。

そうか、こんなに綺麗なんだもんな。手入れも大変だろうな‥‥。なるほど、となにか納得をしながら木の後ろへとまわった。

って、なに隠れてんだ。

そういや、なんも買わずに後つけてここまできちゃったじゃんか!

やっべ、早く店に戻らないと。

木の後ろから慌てて身を出して、市場へ行こうと走り出したときだった。





ーーーーーーーーあ。







ーーーー

ーーーーーー

ーーーーーーーー




「アトラ、お前さんどうしたよ。そんな珍しい面して」

どうしたって‥‥

「‥‥‥‥っなんでもありませんよ‼ いやぁちょっと今日は天気がいいもんで、ね?」

そう言って、またいつも通りの笑顔を向けると、店長はそうか、と気づかないくらいの笑顔を浮かべた。






ーーーーーーーーあ。




昨日、市場へ行こうと走り出したときに視界の端で見えたもの。

それは、ひっそりと。しかし、綺麗な花のような笑顔を浮かべた、ユウの姉さんの横顔だった。





次の日、久々に会ったユウとの話の中で姉の名前を知った。

そして、何度か広場でナビを見かけたときには、やっぱり彼女は無表情だった。




焼き付いて離れないあの笑顔がもう一度みたいと思うと同時に、ナビと話してみたいと日に日に強く思うようになっていた。

話しかけたらどんな顔をするんだろうか。

驚いた顔をするのかな。

それとも、無表情に応えてくれるんだろうか。

俺の頭の中は、いつしかそればっかりになっていた。








「おじょーさんっ」




それから、俺がナビに話しかける日はそう遠くはなかった。

花壇の前でずっと泣いていたナビをみた俺は、とっさに声をかけてしまったのだ。

噴き出すように笑ったナビの笑顔がみれたときには、ホッとしてなんだか俺が泣いてしまいそうだった。





それから長いような短いようなときを、一緒に過ごしてきた。相変わらずあまりナビが表情をだすことはなかったが、ナビはただ不器用なだけなんだと知ってからは違う表情がすこしみれただけで満足だった。

花壇の花が満開になったとある日の夕方。その日、俺は長い間育ててきた想いを伝えた。ナビはすこし驚いた顔をした後に、ゆっくりと俺の手にその手を重ねてくれた。その瞬間、言い表し様のないほどの嬉しさがこみ上げてきて、俺はこれ以上の幸せなんてないなと思った。

その後、ナビはわんわんと普段からは信じられないほど顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくりながら、ありがとうと笑ってくれた。






ずっと、ずっと笑っていればいい。

どんなときでも笑わなければ。

そう思っていた俺は、ナビのおかげでそれは違っているんだと気づいた。

俺は、笑顔だったんじゃない。

俺は、笑顔という名の表情をつくってたんだ。

俺は、そうやって笑顔をつくって逃げてきたんだ。

まわりの悪口から逃げて、自分の辛いことから逃げて、挙句家からも逃げてきた。




でも、もうそんなん終わりだ。

あれから俺はちょっとずつ成長してきたんだ。守りたいものもできた。

もう、逃げない。





ナビと想いが通じ合った日からしばらくして、俺は店長にしばらく休ませてくださいと頼んだ。店長はなにも聞かず、待ってるよ、とだけいって肩を叩いた。

店長はもう俺の覚悟は気づいてるんだろう。

俺が一人で村をでた理由は言っていないが、きっとそんなこともお見通しなんだ。

そう、俺はやっと決めた。




村に‥‥‥家に帰ろう、と。




そんで、ただいまって言うんだ。

今度は心からの笑顔で。作り物なんかじゃなく、表情でもちゃんと気持ちを伝えられるように。

それから、勝手に出てってごめんってちゃんと謝ろう。

許してもらえるかなんてわからない。でも、俺はやっと向き合うって決めたんだ。もう逃げるなんてことはしない。

それでもし‥‥もし、父さんと母さんが笑って出迎えてくれたら、俺は家をでてから今までのことを全部全部話そう。

背中を押してくれた、あのおっさんからはじまり、不器用な店長に拾われ、無邪気な笑顔に救われて、たくさんの花に囲まれて過ごしてきた時間を‥‥。

そして、なによりも大事な人ができたんだってことを。

そんで全部全部話したら、俺はまたこの都に戻ってこよう。村にしか咲かないキリョウナと、でっかいでっかいツキビナの花束を持ってナビを迎えにいくんだ。胸をはって、これからは俺の両手で大事なもんを守れるようにーー





旅の用意をし始めた頃、俺はこの都の恒例の行事で旅をする班のひとりに選ばれた。

よそもんの俺なのにどうやらこの都の中心にある、城の王子が名を挙げてくれたらしい。この都の王族は大変優しく住民想いなんだと、店長から教えてもらったことがある。

少し予定が崩れたが、正直めちゃくちゃ嬉しかった。俺の村の近くも通るらしく、これはいかないわけがない、とこっちの旅を先にすることに決めた。



もうあの頃の俺と違い、後悔や悲しんでる暇なんていまの俺には全くなかった。

ただ明日には希望が広がっていて、常に感謝と幸福の連続で繋がれていたんだ。










ーー音も、なにも聞こえない。




いまだ浮かんでいるのは、俺の人生の光だったたったひとつの笑顔。

他は闇に包まれていて、もうなにも感じなかった。




あの日、俺を拾ってからずっとを面倒みてくれた店長。別れの言葉も感謝の言葉も伝えらんないし、こんな俺に待ってる、なんていってくれたのに帰ってこれないなんて情けない話だけど、俺はやっぱ後悔してないよ。きっと店長なら、大事なもん指加えて突っ立ってるなんて男なんて呼ばせねぇ、って笑っていってくれるよな。

" おい、ボウズ "

もしあんとき店長に拾ってもらえなかったら、俺はあの都でひとりで生きていけなかった。本当に‥‥本当に、ありがとうございました。


父さん、母さん。こんな形で村に帰ってくるなんて、最後まで親不孝な息子でごめん。喧嘩してる父さんと母さんが嫌で出てったけど、本当は俺に構ってくんなくてちょっと寂しかっただけだったんだ。こんな息子でごめん。ちゃんと帰ってこれなくてごめん。親孝行できなくってごめん。でも俺は、父さんと母さんの息子として生まれてきて本当によかった。


ロネル。お前とはこの旅ですげぇ近くなれた気がするよ。お前がいいやつだってことも、本気でナビに惚れてるってことも、この旅でめちゃくちゃ伝わってきた。ナビは強がりのくせに、すげぇ繊細だからな。多分、すげぇ自分のこと責めて、泣いて、ボロボロになって。でもそれでも必死に笑ってくれんだと思う。だから、ロネルがナビを支えてやってくれよ。俺が言えた口でもないけど、お前なら大丈夫だ。いつか。‥‥‥いつかまた、憎まれ口たたいてくれよな。お前との旅のことはずっと忘れねぇよ。


最後に‥‥‥‥ナビ。お前がいてくれたおかげで、俺はちょっとずつ前に進めた。ちゃんと正面から向き合えた。本当の笑顔ってやつがわかった。俺がいなくなって、悲しんでくれるかもしんねぇ。泣くな、なんて言わねぇし、無理に笑えとも言わねぇ。だけど、お前を支えてくれるやつが周りにはたくさんたくさん溢れてる。だからな、いつかでいいから思いっきり笑ってくれよ。そしたら俺も、思いっきり笑って、お前のことずっとずっと見守ってるから。もしナビが俺のこと忘れないでいてくれて、昔に一度だけ話した俺の村の名前を覚えててくれてるなら、一度でいいからいってみてくれ。キリョウナの花言葉は、笑顔。俺がお前に一番見せたかった花、お前にぴったりだろ。それ持って帰って、あの花壇に植えてくれよ。俺の、大好きな花壇に大好きな花。それがひとつになってくれたら、きっと最高なんだろうな。







いままで、いっぱいいっぱい迷惑をかけてごめん。

それから、いっぱいいっぱい尽くせないくらいの感謝をありがとう。

後悔から始まった旅で、俺はたくさん大事なもんを手に入れることができた。

そのどれもにお前の笑顔とたくさんの花が焼き付いてて、毎日が本当に幸せだった。

俺は、俺の知る中で一番の幸せもんだった。

いっぱいもらってばっかで、結局なにひとつ返せなかったけど、もうそろそろ時間だな。




父さん、母さん。

店長。

ロネル。

それから、ナビ。


悪いけど、先寝かしてもらうわ。


俺にたくさんの感謝をくれた全員に、都中に咲き誇る花のような幸せが訪れますように。







ありがとう。





それから、








ーーーーーまたな。








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― 新着の感想 ―
[一言] 遅くなりましたが、シリーズ全部拝見しました。 花をモチーフにシリーズ作品を作るのも楽しそうですね。 ユウ、ナビ、それぞれの出会いと別れ、 少し切ないですが、楽しませていただきました。 また…
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