お年玉にしては、これは高いぞ…
○
「今年も、宜しくお願いします!」
おじいちゃんが大勢の前で挨拶をしてる。年が明けて、今年(1993年)で64歳になる人とはとても思えないぐらい張りのある声をしてるなぁ。
大体の家庭では、年が明けると初詣に出掛けるのだが、うちはそもそも神社には行かないんだ。じゃあ、正月は何してるのかというと、大きな会館のようなとこに行く。おじいちゃんおばあちゃんばかりかと思ったら、家族で向かってる世帯もあって、小さい子も多かった。
僕が小さい頃、神社に行ってお参りしようと思ったら、無口な母が僕を
「やめなさい!」
と一喝したことがあった。理由は、宗教的事情だったみたいだけど、イマイチ理解出来なかった。けど、あのお母さんがそこまで怒る事だったみたいだから、もう神社に行くまいと心に決めてた。けども…
「僕ね、友達とこれから遊びに行く用事があるんだけど…」
「初詣に行くんだろ?紗子さん(母の名前)は言い過ぎだ。行っても良いが、参拝だけはするなよ。」
えっ?行っても良かったの?おじいちゃん。
「紗子さん勉強不足だなぁ。俺が教えなかったのも悪かったが、参拝さえしなきゃ、うちらのような家族でも神社に行っても良いんだぞ。」
「そうなんだ。と言うより、おじいちゃん、なんで僕が神社に行くって分かったの?僕一言も言ってないよ。」
「元旦に外に出てやる事と言ったら、初詣ぐらいとたかがしれてるんだ。デパートは三箇日明けから営業を始めるから、開いてないんだよ。だから、紗子さんには内緒にするから、楽しんで行きなさい。」
「分かった。おじいちゃん。」
「それと、お年玉なんだが、智彦が家に帰って来たらあげよう。きっととびっきり大きくて腰を抜かすぞ。」
おじいちゃん、その不敵な笑みは何?腰を抜かすって言ってたけど、どんだけ額があるお年玉なんだろう?
「たけしー、田山、和也くん、健太、あけましておめでとー。」
「おめでとー」
「おめでとー」
「「あけましてオ×××」」
「こらー!新年早々下ネタかよー!ひでぇ。」
仲の良い男友達4人と初詣に行ったんだが、剛史と田山がいきなり下ネタを言いやがった。本当にバカだなぁ、こいつら。女子の間じゃ「乙女の天敵」と陰口叩かれてるのも気にもせずに。
賽銭箱前の隊列に並んでる時…
「智彦、御参りしないの?」(剛史)
「僕は見てるだけにするよ。」
「智彦、願い事ある?」(和也)
「まぁ、健康かな。」
「えー、それだけかよー。恋愛も願おうぜー。」(田山)
「何が?」
「阪本と結ばれるようにしたいとか。」
「あはは…、それもあり得るかもな。だったら、剛史とかなちゃんにしたら?」
「と、智彦、やめろって!あんなのと俺、別に一緒になんてなりたかねぇし!」
お決まりの返しが見事に決まったと思ったその時、ふと後ろにいる振袖を着た女子の陣列に目が行った。剛史、そんな事言って良いのかな?その女子に紛れて、あの子がいるぞ。
「私も、剛史となんて願い下げよ。」
ほーれ、始まるぞ。仲良しな方のケンカが。いかん、ニヤニヤが止まんない。皆もそうだけど。
「わあっ!加奈子!いつからいたんだよ!」
「ずーっと聞いてたわよ、あんたらの会話。剛史と田山くん、元旦からお下品な挨拶するんだねぇ。」
「アレは、友人間のチョットしたジョークに決まってんだろ!」
「周りの目もあるのに、何とデリカシーの無い発言でしょうね。」
「お前だって人の事言えねぇだろ。阪本を人目の中で弄って。」
「既成事実よ。誰が見たってあきらちゃんは可愛いもん。女子なら弄らずにはいられないぐらい。」
「はたから見りゃ、レズと間違われるだろ!」
「そんな事無いもーん!」
「いや、あるよ!」
はいはい、言い合いしてるこいつらはさて置いて。
「あけましておめでとう。」
「せーの。」
「「「「「「「あけまして、おめでとうございます!」」」」」」」
うっへー、声でっけー!何人いるんだ?
「トモくん、新年になりましたね。抱負はございますか?」
最初に話しかけて来たのは、黄緑色の振袖を着た麻耶ちゃんだった。
「抱負?まぁ、そうだねぇ。水泳大会で去年よりいい結果を出すことかな?」
「先輩、他にもあるんじゃないですか?」
仲野も振袖着てたんだ。水色って、普段からよく見てる色じゃんか。
「何が?」
「抱負ですよ。」
「まぁ、レースにもっと詳しくなるとか?」
「他にもありますよね?」
何を言わせたいんだ?仲野。
「なぁに、その勿体ぶった感は。僕に何を言わせたいんだ?」
「はぁ…。残念ですね「恋愛成就」と言ってもらえなくて。阪本さん。」
んなっ!あきらちゃん、いるの?どこどこ?
「あーあ。泣かせちゃいましたね。そこで小刻みに震えてますよ。」
泣かせた?僕が…?
あっ、あの子かな?橙色の振袖着て、赤いメガネかけてる子。あぁ、この子だ。よく見りゃ、必死に笑を堪えてるようにも見える。
「あきらちゃん、おめでとう。」
「ありがt…じゃなくて、おめでとう。」
「どうしたの?今にも笑いそうな顔して。」
「だって、かなちゃんと剛史くんのフーフーゲンカ的な言い合いが面白いんだもん。だめだ、笑いそう…、あはは…。」
まだやってたのかよ。剛史とかなちゃんの口論。なんか、この子らの会話になっちゃうと、普通の時でもどこかでケンカ口調になっちゃわないか心配になるんだよなぁ。そいで、あきらちゃんにつられて、絵美裡ちゃん、ナナちゃん、麻耶ちゃん、仲野、あっ森嶋さんが珍しく笑ってる。こんな事ってあるんだね。男子だって和也くんが笑ってるし、いや、ほぼ全員が笑いそうになってる。いやー、いつ見ても面白いなぁ。剛史とかなちゃんの口論は。
♡
パンパン
ずっと、皆と楽しくいれますように。
今年の4月で6年生になるんだもの。小学生でいられるのも、次の年までかぁ。そう思うと寂しい気がするわ。本当にずっと皆と居たいなぁ。神様、御願いします!
「あきらちゃん、何お願いしたの?」
今だ口論が続いてるかなちゃんの代わりに絵美裡ちゃんが聞いてきた。赤の振袖、よく似合ってるわね。
「私は、皆とずっと楽しく居たい…」
「んっ?トモくんとはどうしたい?」
「なっ、何でトモくんが出てくるのよ!」
今の話に関係なく無い?私もまだ話し途中なのに!
「だってー。この半年間に、トモくんとあきらちゃん、随分と仲良くなって、キッ…」
「あーー!!だーめぇーー!!」
「何も言ってないわよ。「キッ」しか言ってないって。」
「聞いてたわよ。でも…、予想ついちゃうんだもん。」
「何がかなぁ?このあとに何が続くとでも?」
「…、「ス」でしょ…。」
「全部言ってごらん。」
「言うと思った!こうなったら、ヤケよ!キ・ス!絵美裡ちゃん、きっとこう言うつもりだったんでしょ!」
「当たりよ。Aまで行った仲なんだもんね、あきらちゃんとトモくんは。今年はその先に
踏み込んでみたり…。」
「し・ま・せ・ん!まだ小学生なんだから、早過ぎよ。」
かぁ~!今年も私って、こうして女子から弄られてばかりの子に変わりないのかなぁ。「皆のマスコット」ってかなちゃんが言ってたように。
「でもさ、あきらちゃんってトモくんと仲良くなってから、人が変わったわよね。」
「変わったかな?」
「変わったわよ。去年までは、ここに男子が居たら「やだー!あきら、もう帰るー!」って言ってたのが、今年は、結構苦手な男子もいるのに、嫌な顔せずに留まってるし。」
「「帰るー!」までは言ってなかったわよ。でもそう言われると、確かに。」
「トモくんのお陰かもね、ふふふ…。」
「何となくだけど、そうなのかも。」
あれっ?絵美裡ちゃんの言ってる事、あながち間違ってないかも。男子もいるにはいるけど、去年みたいに毛嫌いしてないわ。確かに。
「あれっ?トモくん、さっきからずっとしゃべってないんだけど、どうしたの?」
絵美裡ちゃん、私の隣にいるトモくんへ声をかけたわ。何でか初詣の帰りになったら、一言も発さなかったのよね。
「いやぁ、家出る前に、おじいちゃんからデカいお年玉をあげるって聞いたんだけど、何か悪い予感しかしなくて。」
「何で?お年玉なんだから、めでたい物でも貰えるんじゃない?」
「と思うんだけど、多分うちの家計に大きく響くようなものだと思うんだ。何か気にし過ぎかな?」
「そうだよ。そんな気にしなくったっていいわよ。」
何かなぁ?トモくんがあんなに心配そうな顔するなんて珍しいわね。
8日後の始業式が始まった時、私、気付いちゃった。トモくんの変化に。
「ねぇ、トモくんの様子、何かおかしくない?」
かなちゃんにさり気なく話してみた。
「そうかなぁ?なんでそう思うの?」
「だって、トモくんが読んでる雑誌が…。」
「わっ!ついにトモくんも、お宝ぼ…いや、カート?レースの雑誌ならいつだって読んでるじゃない。」
「でも、カートのなんて今まで熱心に読んでなかったわよ。あの感じだと、もしかして、新しい習い事として始めたような気がするわ。」
「おぉ、そう見たか。さすが、トモくんのカレシさんね。」
「ま、まぁねっ!友達になってからそんなに時間経ってないし、かなちゃんと剛史くんのとこと比べたら、まだまだよ。」
「やめんかー!剛史とは関係無いでしょ!」
あんなに勉強熱心なトモくん、初めて見たかも。なんであんなにカートの雑誌を読んでるのかしら?
○
「トモくん、今チョットいいかな?」
「どうしたの?」
丁度一通りカートの勉強が済んだ時、あきらちゃんに話しかけられた。
「いやー、トモくんがこんなに勉強熱心になってるのって珍しいなぁと思ったから。どうしてカートの本を読んでるの?」
「…それがね、僕、新しい習い事始める事になって。」
「その新しい習い事って…。」
「…カート。週1回、土曜日に平塚まで通うんだ。距離あるよ。あきらちゃん、僕の話、聞いてもらってもいいかな?」
「いいわよ。」
「こうなったのは、元日の夕方に遡るんだけど…。」
おじいちゃんが突如家族をリビングに呼び寄せて…
「智彦に新しい習い事を始めたい。それは、レーシングカートでレースをする事だ。丁度、ここに平塚のカートチームの契約書がある。智彦にレースをやらせるか家族で決めたい。智彦、これがおじいちゃんからのお年玉だ。やるか?」
「う、うん。でも、ちょっと考えさせて。」
「分かった。裕一郎、紗子さん、明来子、智彦、そして私、宗三郎の投票により、15分後、ここに集まって開票する。」
外出前に、僕が腰を抜かすようなお年玉を用意するって言ってたから、もしかしてこの事を言ってたんだと気付いたんだ。でも、受け取るべきか迷ったよ。活躍が見込めなければこの1年でキャリアが終わっちゃうし、確かにレーサーになりたいなと思ってたけど、僕の家庭で大丈夫か心配だったんだよね。
それで、いよいよ15分が経とうとしてたから、差し迫った時、僕は投票する事にしたんだ。単純に僕の願望に従って。その結果が…
「賛成4。反対1。よって、智彦のレース参戦を許可します。智彦、しっかりやるんだぞ。」
とまぁ、賛成過半数で決まったんだけど…
「私、絶っ対に認めないわよ!応援もしないから!」
僕の趣味に真っ向から否定する姐さんが激怒して、家飛び出しちゃったんだ。何も持ってないのに、まっすぐ友達の家に行っちゃって、今も帰ってないんだ。
でも、僕、あと2ヶ月後にはレースに出るんだわ。当然その前にはカートコースで何度も走り込むけどね。楽しみな反面、心配もしててね。
「トモくん、今大変な時期に差し掛かってるんだ。」
「そう、だね…。」
「ねぇ、私、トモくんのサポート、できる限りしかできないけど、してもいいかな?」
「ほえっ?あぁ、ありがとう。あきらちゃん。あの、できる限りで本当にいいよ。」
「うん。なんだか、私の…」
「ふふふ…。お話は聞きましたわ。」
何だ!?あきらちゃんの後ろから誰か来たぞ。って、麻耶ちゃんだ…。あっ!!もしかして…。
「トモくん、もしよろしければで良いのですが、スポンサー、やらせていただけませんか?」
やっぱり!そう言うと思ったわ!
「それ、本来は僕のセリフなんだけど、お願いしたいな。いいよね?あきらちゃん。」
「もちろん!だって、レースをするのに、相当な費用がかかるんでしよ?」
「本当に高いよ。一部の費用はチームが賄ってくれるけど、あとの自己負担分は…これぐらい。」
「えー!!これほどかかるのですか!!」
麻耶ちゃん、声デカかったな。多分、僕が聞いた中で1番の音量だぞ。
「あぁ。遠征費やメンテナンス代、クラッシュした時の保険代などを込みで見込んでも、1番安くてもこれぐらいはかかるよ。」
「これはひょっとすると、私1人では手に負えないかも。」
えっ?何でも手に入る麻耶ちゃんが、初めて言うセリフじゃないかな?麻耶ちゃんだけでどうにかなる話じゃないのか…。
「トモくん、私の父に相談してみます。」
「えっ、麻耶ちゃんのお父さんって…。」
「エトーグループのCEOです。多分、トモくんが初めて持つスポンサーにもなり得るかも分かりません。」
あらまぁ、これは大変な事になるな。僕、どこからの支援も受けてないから、1年目から結果出さなきゃいけないんだが、こう言うと変なんだけど、ツイてるかも。
それから2ヶ月後、やっとの事で開幕戦を迎えた。この話の続きは、また今度ね。僕、一生懸命走りました!