もう出る!帰ってこないから!
○
へ~ぇ。パシリか。姐さん、勉強で手一杯なの分かるけど、僕にあれこれお使いさすって、どういう事なんざんしょね。渡されたメモ書きには…
お紅茶
おアイス
おケーキ
お麦茶
お菓子パン
あのなぁ、何でも「お」が付きゃ丁寧語になるなんて思ったら大間違いだぞ。お紅茶は聞き慣れてるから違和感無いけど。
自宅から鶴ヶ峰駅近くのスーパーまで、長い坂を通らなきゃならんから、さすがの僕だって息が切れる。行きはいいよ、下ってるから楽だし。帰りがなぁ、とにかく上るから、10月に入って暑さも一通り和らいだ頃なのに、汗がまた出るわ出るわ。あー、早く車の免許取りたい。バイクでもいいし。チャリは修理中で使えないし。
やっと家に着いた。ドライアイス入れといて良かったー。じゃなきゃアイスとか溶けちゃって、美味しくなくなるしなぁ。
玄関開けた。んっ?何で、女物の靴がもう1足あるんだ?客入ったかな?姐さんの友達か?靴のサイズやデザインからして、僕らと同年ぐらいなんだろうなぁ。
「姐さん、ただいまー。」
「あら、おかえり。」
「トモくん、お邪魔してるね。」
えーーーーーっ!!!!
ちょちょちょ…待って!なっ、えっ、嘘だろ!?なっなっなっ…何でこの子が家にいるの?しかも、後ろにはボストンバッグやらキャリーバッグやら、ランドセルも(!?)あるし!何、何がどうして…
「ねぇ、トモくん。暫くあきらちゃんが家に泊まる事になったから、宜しく!」
あきらちゃんが家に泊まる!?
「えっ、何で?何があったの?」
とにかく頭の中が混乱しそうだ。まだ状況が把握出来ない。
「まだ混乱してるみたいね。あきらちゃん、私からトモくんにこうなった事情話していい?」
「あっ、はい。」
「その間に、あきらちゃんはさっきトモくんが買ってきたもの、何か食べてていいからね。」
「分かりました。としましたら、アイスをいただきます。」
何だろ?あきらちゃんの口から到底言えない事情で家に来たなんて。
あきらちゃんを1人置いて、隣の部屋でこうなった事情を姐さんから聞いた。
「あきらちゃん、ご家族と、特にお父さんとは仲が非常にギクシャクしてて、今回の件は親子喧嘩になって、家から出て行ったの。」
「そのケンカって何が原因なの?」
「先日の文化体育祭で好成績をあげた事。」
「何で?親だったら喜ばしい筈だよね?」
「あきらちゃんのお父さんには、理想の娘像があって、そこから1歩外そうものならきつく叱られるんだって。で、そのお父さんが言うには「運動音痴の方が可愛気があるのに、なに体育祭で好成績収めてやがるんだ!」と言われたそうよ。」
「その言葉聞いた時点で僕も家飛び出すね。てか、人によってはその人を殺してたかもしれないし。」
「本当よ。あきらちゃん、可哀想。それで、あきらちゃんは逆上して「何よ!体育祭で好成績挙げたのに怒鳴られるなんて!もうやだ!私、こんな家出る!帰ってこないから!」と言って、衣服や学校で使う教科書などをボストンバッグやキャリーバッグ、ランドセルまで使ってまとめたのよ。それで家を出る時はもう自分の父親と認めない為にも「じゃあね、浩一さん」と言って出たのよ。」
「母親はどうしたの?止めなかったの?」
「うん。家にいる時は、いつもお母さんと話すようにして、お父さんに関しては、まず相手にしてないんだって。多分、これは私の推測だけど、あきらちゃんのお母さん、夫を反省させる為にも、辛かったけど家出を認めたんじゃないかな?」
「あり得ない事は無いけど、大丈夫かな?あきらちゃんのお母さん、隣の部屋にあきらちゃんがいる時に言いたくないけど、軟弱だし。」
「あきらちゃんも言ってたから大丈夫よ。いつも、夫に歯向かえなくて、「よく病気がちになる」って言ってたわ。」
「そういう事なんだ。でも、何で我が家に泊まる事になったの?」
「それがね、最初は江藤麻耶さんの豪邸で過ごす予定だったのよ。でも、運が悪い事に、江藤さんの家族ぐるみの交友がある親戚や友人が大挙来る事になったから、泊まれるところが無くなっちゃったのよ。」
「あれだけ広い土地なのに?」
「うん。とにかく大人数だった。あの有名な戦場カメラマン和田総一さんも、摩耶さんが幼少の頃から顔見知りだけど、よく遊んでたのよ。」
「えっ?あのしゃべりが遅いカメラマン?」
「そうよ。だからやむなくもと来た道を戻ったのよ。その途中でこの家を見つけたの。」
「僕が買い物行ってる時だよね?」
「うん。それでね「泊まらせて下さい。」って言うもんだから、私も困惑しちゃって。」
「おじいちゃんに聞いたんだ。」
「そう。私じゃ判断つけようがない事態だから、おじいちゃんに任せたのよ。おじいちゃん、何の事情も聞かずに二つ返事であきらちゃんを家に泊めてくれたの。お母さんも了承してくれたわ。」
「すげー寛容だなぁ。うちの家族。」
「それにおじいちゃん、「智彦が喜ぶぞい。」と言って温かくあきらちゃんを迎えてくれたし。それで私が、あきらちゃんが家出した事情を聞いて、今に至るの。」
「なるほどねぇ。ところで、何泊する予定なの?あきらちゃんは。」
「決まってない。もしかすると、本気でここに移り住むかもしれないわ。」
「えっ、マジでか。」
「マジでよ。嫌なの?あのあきらちゃんが我が家に泊まりに来たのよぉ~。いいじゃない、もう1世帯増えて。増築した方がいいかな?」
「そのネタ何度使った?僕は11才で、あきらちゃんは10才。来月の16日に誕生日迎えて11才になるけどね。まだ結婚できる年齢じゃないから!」
「同棲よ。それなら問題ないじゃない。」
「まだあれこれサポートしてもらわなきゃ何も出来ない僕らなのに?」
正直、これまでになく戸惑ってる。どこの部屋で寝泊まるのかもまだはっきり分からないし。
「どこの部屋で寝泊まりするの?」
「部屋なら確保してあるわよ。亡くなった枝子おばあちゃんの部屋があるから、そこ使っても問題無いでしょ?おじいちゃんが許可したわ。」
そうなのか。もう、あきらちゃんが家に上がった以上「出てくれ。」と言うわけにはいかないし、慣れるまで大変だろうけど、あきらちゃんを泊めてあげよう。
「わ、分かった。大体の事情は把握した。泊めてあげよっか。姐さんがやけに嬉しそうって事は、家にあきらちゃんを泊める事許したって訳だし、その時点で過半数になったからね。」
「おっ!流石ね!あきらちゃんのダンナさま!」
「だからその呼び方やめんかぁ!」
♡
ここがトモくん家かぁ。どうしよう、無理言って泊めてもらう事になったけど、迷惑かけてないかな?特にトモくんはどうかな?
「あきらちゃん、話し終わったわよ。良かったわね、トモくんも喜んでるわよ。」
「あのー、この家に昔住んでて、今は亡くなったおばあちゃんの部屋があるから、そこ使ってもいいよ。」
「ありがと、それに、ごめんね、急に。」
「正直びっくりしたけど、いいよ。あきらちゃんを守らなきゃ…って姐さん、冷やかす気満々の顔やめてくれ。」
「あっ、ごめんごめん。何かさ、恋愛ドラマでも名作のやつ見てる様な気になって。」
明来子さん、初めて会った時から思ったんだけど、年下の人を弄るの好きそうね。私もあっさりと巻き添え食っちゃったんだけどね。
トモくんの案内で2階に上がった。聞いた話によると、トモくんが生まれるちょうど1年前に、トモくんのおばあちゃんが亡くなられたみたい。性格的なとこから、トモくんのおじいちゃんが「婆様そっくり!」と大層喜んでたみたいね。
「ここがおばあちゃんの部屋だよ。タンスも当時のままで、結構埃かぶってるから気を付けて、マスク取ってこようか?」
「お願い。鼻やられちゃうから。」
1分後。
「マスクと、いざという時に掃除機も持って来たよ。」
「ありがと。」
マスクを装着していよいよ今日から泊まる、あるいは住む事になる部屋に入ったわ。
「うわぁー!埃っぽい!マスクしなきゃ苦しくなるわ!」
「掃除機かけようか?」
「私がかけていい?私がこの部屋使うから。」
「いいよ。」
と言って、部屋に掃除機かけたけど、まぁ、埃が次々と吸われて、どんだけ手入れされてなかったんだろう?
約3時間かけて、やっとの事で部屋掃除が終わった。バケツの水は8回汲み変え、雑巾は真っ黒、私の手も荒れちゃった。
あとでトモくんがハンドクリーム塗ってくれて…、とっても良かったわ。トモくんも私と一緒に部屋掃除手伝ってくれて、多分私よりも動いてたのに、私の手のケアまでしてくれたんだもん。初めてトモくんの手に触った時もドキドキしちゃったけど、何だか心地良かった。その時の感触にそっくりね。今度は、私がトモくんに手をマッサージされてる側だけど、トモくんって、本当にマッサージが上手よね。
「トモくん、ありがとね。何だか、何から何まで私にサービスしてくれて。」
「うん?えへへ…。照れるなぁ。僕は、ただやるべきことをやっただけだよ。」
「もぉ、謙遜しちゃって。カッコ良かったわよ。」
「そ、そお?ぼ、ぼ、ぼ、僕はいっ、意識してなが、なかったけど…。」
あっ、ちょっと弄りすぎだったかな?段々とトモくんの顔が真っ赤になってきちゃったし。可愛いんだけど、何だか可哀想になってきたわね。
「そんなに、あきらちゃんに褒められたら、何か…姐さん!あっ、お父さん!2人揃ってニヤニヤしないの!」
お、お父さん?トモくんのお父さんって、どんな人?1回顔は見たことあるけど、声は聞いたこと無いなぁ。
「んっ?智彦、そこのぺっぴんさんは誰なんだい?まさか、彼女連れて来たのかい?」
いやいや…、トモくんの彼女って、会って早速そう言われるなんて。
「お父さん、トモくんの友人の、阪本あきらさんよ。今日からここに泊まる事になったから。」
「えっ!?なーにぃ!!」
きゃっ、どうしよう。怒らせちゃったかな?
「やるじゃないか智彦。」
「いや、あのー、僕の功労じゃなくてね。」
「私から申し出たんです。トモくんのお父さん、初めまして。」
「初めまして、阪本さん。」
あら、お父さん礼儀正しいわね。
「智彦、絶対この美人さんを離すなよ!」
そして、何だかテンションが高い。会社勤めから帰って来たのに。
「「「「「「いただきます。」」」」」」
「さぁ、あきらちゃん、たーんと召し上がれ。」(明来子さん)
今日はご飯、味噌汁、ポテトサラダ、唐揚げもどき(おから使ってた)など、わりとヘルシーなものが多かったわね。
でも、私は少食なのでそんなに多くは食べれなかったわ。明来子さんやトモくんのお母さんもあまり食べなかった。
逆によく食べたのはトモくんとおじいちゃんだった。初めてトモくんの家族と一緒に食事したせいか、おじいちゃんの食欲には空いた口がふさがらなかった。本当に63歳なの?
「智彦、今日はどうやらおじいちゃんの方が食ったようだな。どうした?去年はもっと食っとっただろ?」
「恐れ入りやした、と言うしかないよ。次々と取るんだもん。」
うん。おじいちゃん、全然年取ってるようにも見えないもん。どう見積もっても、40代ちょっとぐらいの人にしか見えないもん。
食事後、一旦部屋に戻って、まだ残ってた宿題をやろうとした時だった。
「トモくん、トモくんの部屋に入っていいかな?」
「えっ?僕の部屋?いいけど、引くよ。姐さんも言ってたけど。」
どんな部屋!?きっとトモくんの趣味に合った部屋だから、車でいっぱいだったりして。
「開けるよ、扉。逃げ出すなら今のうちだよ。」
「大丈夫よ、私は。」
いや、本当はそんなに大丈夫じゃないけど、好奇心と言うか、怖いもの見たさと言うか、後者が強いんだけどね。
「開けるよ。」
ガラガラガラッ
あ"っ、これは…
○
「…ねっ。ドン引いちゃうでしょ?」
「麻耶ちゃんの部屋も凄い贅沢な感じなんだけど、トモくんのは、とことん好きな物が詰まった部屋ね…。」
何だか、自分の部屋見られるのって、恥ずかしいもんだなぁ。今まで全然気にしてなかったのに。
「は、入る?」
「う、うん。」
あらっ、何でかな?僕が今部屋に連れ込んだ相手は、学校でも良く会うあきらちゃんだぞ。そういや高崎が
「俺の部屋に女子連れ込むと、緊張しちゃうなぁ。」
と言ってたけど、本当だな。大丈夫か?僕は。
「見たところ、何もかもがF1などのレースカーでいっぱいね。宙吊りになってたり、壁を這う様に飾ってあるのもあるし。」
「うん、あんましきれいな部屋じゃないけどさ。」
「あの赤と白のF1マシン、デカイね!」
「マクレレーン・ホルティ、1991日本GP仕様の1/12スケールのプラモデルだね。あれを12倍の大きさにさせたら、大体原型通りになる計算で作られたんだ。」
「そうなの…。私、F1とかあまり詳しくないんだけど、大丈夫かな?」
「うん。大丈夫だよ。1度見て、興味を持てば、すぐに話が通じるようになるから。」
何か、不思議だなぁ。女の子にレースの話をするって。しかも相手はあきらちゃんで、場所は僕の部屋。マニアックな話にならないように気を付けてはいるけど、それでも、ちゃんと言葉が通じるか気になっちゃうなぁ。
今度はベッドの上に座った。シーツにもF1カーのプリントがある。しかもちょっと前にシューバッヘン(F1ドライバー)が初優勝を決めたチームのロゴもある。その上に僕と…あきらちゃんが座ってる。
「んー、ねぇ。凄い部屋でしょ?」
「正直、どこから触れたらいいか、分からなくなっちゃうね。」
そうだよなぁ。多分だけど、その気持ち分からなくもないなぁ。たまに和也くんの宇宙マニアぶりに腰を抜かす時があるんだよなぁ。きっと和也くんだって僕のカーレースマニアぶりに腰を抜かす時もあるだろう。
あらっ。しばし沈黙が続いちゃった。どうしよう。何話せばいいかな?
「トモくん、ちょっと目を瞑ってもらっていいかな?」
「えっ何?またアレするの?」
「違うわよぉ。そんなにドキドキする事…じゃないと思うけど…。目瞑ったかな?」
「う、うん。瞑ったよ。」
「じゃあ、そのままの体勢でいてね。」
なっ、何をするんだろう?同様のシチュって、夏にやった水泳の全国大会の時にもあったな。あの時は、そう、僕の頬にあきらちゃんの唇が触れてたんだよなぁ。でも、何でそれとは別の事するんだろう?
ちょこん
わっ!ちょちょ…ちょっと!あきらちゃん、僕の上に乗っかってるの?何か、いい匂いもするし、あっ、乗っかってるな。
「あきらちゃん、目を開けていいかな?」
「いいわよ。」
わぁー!僕の目先数㎝ぐらいのとこに、あきらちゃんのうなじが…。この匂いは、嗅いだ事があったりしちゃったりして。
…って、どしたの?あきらちゃん。今度は僕の手首掴んで。
「トーモくん。両手借りるよ。」
なっなっ…ナニをするの?何故か、両手の自由が効かないんだが。
ぎゅっ
あっ、僕の腕が、あきらちゃんの腹を包み込んでる!?あららら…、これはどういう…。
「トモくん、もっと、こう、ギュッてして。」
「こ、こう?」
どうやってギュッて抱こうかな?強く抱き過ぎると、あきらちゃん、息苦しくなっちゃうからなぁ。
「んっ…、いい感じ。何だか、私とトモくんが、一緒になったみたい。」
「…強くない?」
「ちょっと強いけど、大丈夫よ。」
や、やばいな。僕とあきらちゃんが、互いに密着しあって、あきらちゃんからいい匂いがするし、何と言うか、合体してる(?)ような感じがする。あきらちゃんのふくらはぎ、太ももの裏側、お尻、背中、お腹が触れ合って、何か気持ち良くなってきたな。
できる事ならずっとやりたかったけど、そういうわけにはいかず、1時間その姿勢でいた後、あきらちゃんの部屋(元は、亡きおばあちゃんの部屋)に戻って、宿題を仕上げにかかった。僕は確か、全部終わって…ない!歴史の宿題するの忘れてた!配布されたプリントに、教科書から調べて記入するやつだ!アレ、テストにも出るから、やらなきゃいい点取れないんだよなぁ。
♡
ドキドキしちゃった。トモくんに、あんなに強く抱きしめられたら、何だか息がしにくかったなぁ。でも、あの息苦しさは、トモくんに抱きしめられた事より、私の鼓動が激しく脈打ってたから…。
もーぉ、鎮まってよ!私の鼓動!でも、なかなか収まらないなぁ。まだ私の背中、太もも、あとお尻のあたりに、トモくんの感触が残ってるから。あと、ギュッてされたお腹のとこも…。
んあーっ、どーしよー!宿題ができない!
一旦宿題は置いといて、シャワーを使わせてもらった後、再び歴史の宿題に取り掛かった。今度はスムーズに終えられた。よかった。さっきまで、宿題をしようにも手が進まなかったから、不思議よねぇ。
「さて、寝ようかな。」
寝具を取り出そうとしたんだけど、何だかこの布団、かなり埃かぶってるような気がする。元はと言えば、トモくんのおばあちゃんのだったみたいね。悪いけど、これじゃ寝れないなぁ。
…と、トモくんと、同じベッドで寝ようかな。
意を決して、トモくんの部屋に向かった。
トントン
「トモくーん。入るわよ。」
「んー。いいよー。」
私がトモくんの部屋に入ると…
「どーしたの、姐s…あ、あきらちゃん!?」
一瞬「姐さん」と言いかけそうになったわね。モノマネしようかと思ったけど、あとで明来子さんに弄られそうなのでやめておこう。
「ねぇ、あきらからのお願いなんだけど、一緒に寝ていい?」
今そう言った時、私二つの意味で恥ずかしくなっちゃった。
いつもは自分の事を「私」と呼ぶのに、たまに気が緩むと、下の名前で呼んじゃうのよね。幼稚園の頃からの癖、まだ直ってないなぁ。
あとは、やっぱり、トモくんと一緒に寝る事。了承してくれるかな?そうでなくったって、私の寝顔が、トモくんに見られちゃうから。そうと考えただけでも恥ずかしいなぁ。
「い、いいけど、どしたの?」
「こ、こんな事言うの恥ずかしいんだけど、何だか1人で寝るのって、怖いなぁ。」
「わ、わかった。このベット、シングルだけど、もう1人入れるはずだから、いいよ。」
「わぁ、ありがと!」
よかったー。トモくんのベッドの半分もーらいっ。
トモくんのベッド、何だかいい匂いがする。柔軟剤とかじゃなくて、あの…、トモくんの香りと言ったら変かな?でも、この匂いは、間違い無く トモくんの匂いね。不思議なもので、癒される。
ベッドの中でふと思ったんだけど、今日トモくん家に初めて泊まったのよね。トモくんは、迷惑してないかな?もし迷惑だったら、明日にでもまた出なきゃ。
「と、トモくん。私が急に泊まりに来て、迷惑かけてないかな?」
「んえっ!?あ、あ、あのー…」
「正直に答えてもいいからね。」
「えっと、うん。正直、最初はビックリしたし、参っちゃったよ。」
「そ、そうなんだ…」
「でもね、時間が経つと、あきらちゃんが本当の家族に思えてきたんだ。その、僕から言うのも変だけど…」
「な、何?急に黙り込まないでよ。」
「もしかすると10年後は、今の関係より大きく踏み込んで、周りから「夫婦」と揶揄されてたけど、本当にそうなってるような気がして…、そう、今だって。」
ふ、夫婦って、トモくん!?あれっ?何でだろう?何か、腑に落ちてる私もいるわ。何と言うか、トモくんと、やっぱりそういう関係になりたい自分もいたのかなぁ。自然と受け入れちゃったわ。
「…、ふふふっ。トモくん、面白い事言うわね。でも、そう言われて、嫌じゃないわよ。」
「えっ、何?」
「何でもないわ。それじゃ、お休み。ア・ナ・タ。」
あなただってぇ!ふふふ…もう、笑が止まらなくなりそう、あまりにも恥ずかしすぎて。
○
ぁぁ、ねむぃ。僕が昨夜に「夫婦みたい」だとか言い出さなきゃ良かったかな。あまり寝れなかった。最後に時計見た時は、もう1時半とか回ってたかな?それまでずっと興奮しっぱなしだったよ。
そんな僕に比べりゃ、あきらちゃんは超元気だし。あーあ、攻めて僕にもう2時間半の睡眠時間くれないかな?朝だというのにもう夜みたいな感覚だ。
「ともひこー!おはよー!」
「ぉはょー剛史。わりぃ。僕はグロッキーでさぁ、ちょっと寝させて。」
「んっ?何だ?珍しいな、智彦にしちゃあ。いつもそこ(智彦の机)でレーシングカーのスケッチするのに。」
んぁーっ。眠すぎる。変てこな夢でも見れそうだね。今なら…
zzz…
「あれっ?何で僕、スーツ着込んでるんだ?それに、何で式場にいるんだ?姐さん、結婚するのか…いや、参列者側だ!姐さん、何故にそっち?」
「トモくん、結婚するんでしょ?」
「僕ぅ!?そういや、皆と比べりゃ、スーツの後ろの方が、やけに長いな。」
「まさか、まだ20歳に満たない智彦を、こんな若くして1つの家庭に送り出すなんて…うっ…」
「もし、智彦のとこに子供が生まれりゃ、俺はこれで、悔いなく死んだばあ様のとこに行けるぞ。」
「お父さん、おじいちゃん、喋らなかったけどお母さんもいる!僕、本当に結婚しちゃったんだ。ところで、相手誰?夢にしちゃあ、何か出来過ぎな気がするんだが…」
「トモくん、いや、旦那様、お待たせ!」
「あーっ!!あきらちゃんだ!ウェディングドレス着てるし!」
「あら、和装の方が良かった?」
「いや、そうじゃないけど。でも、似合ってるよ。ウェディングドレス姿。」
「ありがと。それに、私をお嫁さんに選んでくれて…、感謝に堪えないわ…うっ…。わ、私、今日から「松本あきら」になるのね…。好きな人と、いっしょに暮らせるなんて…ぐすん…こんなに幸せな事は無いわ…。」
「(そっか、きっと夢だな。でも、目覚める迄正夢のつもりでやり通すか。)そうだね。いろんな事があるだろうけど、宜しくね。僕達力合わせて、乗り越えようね!」
「…うん。私、トモくんの妻として、頑張るわ。」
ガラッ
「松本?松本!?」
「(んっ?何で良い時に小山先生が来るんだ?)」
「松本?おい、目を覚まさんか!」
「あっ、ちょっと小山先せ…」
「わあっ!あっ、あれっ?」
「何寝ぼけてるかね?何度呼んだって起きねぇから、机に俯したまま死んだかと思ったぜ。あらま、すげぇよだれだ。机にべっとりと。」
「汚っ!」
「自分の机だろ。汚ぇことあるかよ。それに、居眠りしてたんで、この後の1時間目の歴史、宿題の答え合わせ、お前が全部答えろ。」
「はい。言い訳しません、済みませんでした。」
夢かよ〜。これからっつー時に覚めちゃったよー。何か、悔しい。
と言うわけで、なんとかペナルティを消化することができた。よかったー、寝る前に明日使う教材の用意しておいて。宿題も忘れてたらシャレにならんわ。
「そこはしっかりしてるんだな、松本。」
「そうですね。寝る前に教材は揃えておいてますので。」
「おい、聞いたか?男子共。松本はミスったってどこかでリカバリーする力があるんだ。君らだって出来ない事はない、可能な限り見習えよ。」
「女子には言わないんですか?」(田山)
「女子にはもういるでしょうよ。勉強なら森嶋さんに江藤様。スポーツなら相坂さんがいい見本です。」
そう言われて、森嶋さんは無表情で一礼、麻耶ちゃんは謙遜、ナナちゃんは元気よく
「ありがとうございます!」
と一礼した。なんと立派な女子たちでございましょうかね。
そんな調子で学校での1日が終わると、下校するのだが…またかなちゃん達と帰る途中で…
「ねぇ、今日のトモくん、様子おかしかったわね。どうしたのよ?」
「んっ?あぁ、どうしたんだろうな?何かね寝不足みたいで。」
「レースのことばかり考えてるトモくんらしいけど、今日はレースの雑誌1回も開かなかったじゃない。」
「あっ、本当だ。(ランドセルから雑誌を取り出す)持ってきたのにな、隔週刊の『Racing Sport』10/8号 「JIAGP早くも復活?」「1996年 全日本F3000が変わる!?」とか、興味津々な内容が多いのになぁ。」
「トモくんだって、そういう時もあるわよ。」
あきらちゃんのこの一言に、かなちゃんが反応した。
「んー?あらあら、あきらちゃん。あなたのせいでトモくんが眠れなかったんでしょ?」
「な、何で私なのよ!」
「剛史から聞いたんだけど、あきらちゃん、トモくんの家で寝泊まりしてるの?」
「えっ!ちょちょ…待って!剛史からなんて聞いた?」
「剛史は「夜中に智彦ん家から阪本の声が聞こえた」って言ってたわよ。そいで、本当のとこはどうなのよ。」
「うん…。本当よ。私、家出したんだ。」
「家出…」
かなちゃんが何か言おうとしてる途中、ナナちゃんかなちゃんに耳打ちしてきた。
♡
「あきらちゃんのお父さんが原因だと思うんだ、ボクは。授業参観で親のこと触れなかったのあきらちゃんだけだったし。」
「なるほど、確かに、お父さんとは1回も顔を見なかったわね。可哀想。」
あのー、ひそひそ話が聞こえてるんだけど。近くにいるから、聞きたくなくったって声が漏れてるのよね。
「それはそうと、トモくん はどうだった?あきらちゃんが自分の家に泊まりにきて。」
「あー…良かったよ。あのね…へへっ…そのー…」
「んっ?何々その照れ笑いは。もしかして、もうすでに一線越えたとか。」
「なんでそーなるの!」
やっ、やだあ、かなちゃんったらぁ。まぁ、一緒に寝るところまでは行ったけどね。
「んあーっ。恥ずかしさのあまり、僕、爆発しそう。」
「爆発する?破裂するじゃなくて?」
「まぁ、比喩で言っただけだ。ひどく真っ赤になってない?僕の顔。」
「もう、異常よ。危ないわねぇ。」
「あっ…もう、あきらちゃんの家過ぎて、もうすぐトモくんの家に着く…。」
あっ、本当ね。でも、こうして人目もある中で、私とトモくんが一緒の家に入るなんて、なんか恥ずかしいわ。でも、入らなきゃ帰れないもん。
それで入ろうとしたら…
「「「ばいばい!」」」
「「またね!」」
ここ迄は普通の挨拶だったんだけど…かなちゃんとナナちゃんが揃って…
「「10ヶ月後、楽しみにしてるよ!」」
それ聞いてすぐに分かっちゃう私めー!
「あっ、アホー!誰が子供作るって言ったー!」
んー。本当に赤面しちゃうわ。
「って、トモくん笑い過ぎよ!」
「いや…あきらちゃん、面白かったけど、まだ、早いって。その年にすら達してないよ。」
真に受けすぎじゃない?でも、何だか、そうと返したトモくんが面白かった。
こんな調子でトモくんの家に住まわせてもらって2週間。もう2週間なんだ。私のパパ、いや浩一さんが住んでる家とは大違いね。楽しい時って、時間の経過が早く感じるから、不思議よね。私としては、特に大きな変化は無く、相変わらずトモくん以外の男の人は毛嫌いしちゃうし、女子の面々には言葉責めやら、くすぐられるやら、色んな悪戯をされたりしたわ。
でも、トモくんはというとね、私がトモくんの上に乗るようになってから、ちょっとした、いや、結構大きいと思う変化が…
「よいしょっと。」
「わあっ!あきらちゃん、また僕の上に座ってぇ。」
「えっへへ…だって、トモくんの上って、居心地が良いんだもん。私、もっとトモくんとひっつきたいもん。いいでしょ?」
「ま、まぁいいけどさ、今、あきらちゃんが着てる服、夏休みに買った、服の中が透けて見えるブラウスでしょ。何かさ、肌がそのまま触れてる様な感触がして、すっごくドキドキするんだけど。そ、それに、僕から見ると、あきらちゃんの、その、ぶ…ブラひもがよく見えるし…」
「見せてるの。セクシーでしょ?」
「う、うん。背中のホックのとこが、丁度僕の胸のとこに当たってるし。」
「そんなにブラの事言わないの。えっち。」
と、こんな感じで、トモくんを弄ってたのは良いんだけど…何かトモくんが良からぬ事考えちゃったみたい。だって、トモくんの手が…
○
いつもあきらちゃんにやられっぱなしは、さすがの僕だってもう我慢ならない。
あと、もう一言加えておくと、僕は物心が付いてから1度も女子のスカートをめくった事ないよ。男子とそういう会話になった時、僕堂々と
「何でスカートめくらなきゃならない?」
と、田山に疑問を投げかけた事がある。田山は
「女子のスカートの中には、俺たちのロマンが詰まってる!それを分からないと言う智彦は、人生を大損してる!」
と言われた。何でだよ。意味が分からん上に、爆笑しちまった。
そんな僕が、僕の上に乗っかってるあきらちゃんのスカートの裾にに手をかけちゃった。
「いつもなすがままにされてる僕の仕返しだよ。」
「やっ、やめてよ、トモくん!スカートめくらないでよ!」
ふっふっふ、今日の僕はちょっと違うよ。さすがに下着が見えるまではめくらないよ。あきらちゃんを動揺させたくってね、やってるんだ。
「やーめーてー!あきらのスカートの中見たって面白くも何ともないよ!」
「だーいじょーぶだって。寸止めしておくから。」
「そ、そうなの?」
「うん。僕の理性が保てたらね。」
「いやー!やっぱりめくらないでー!」
スカートをめくる僕の手を、両手で止めにかかるあきらちゃん。でもね、僕の悪戯はまだこれで終わらんのよ。まだ左手があるからね。
コチョコチョ…
「んあーっははは!やめてー!トモくん、くすぐったいよー!脇も弱いのよぉ!」
あー見てみたいな。どんな表情なんだろう?今のあきらちゃん。
とかいってる間に、スカートを押さえる手が右手だけになって、押さえつける力が無くなっちゃって、さっきよりもあきらちゃんの太ももが露わになっちゃった。おー、あきらちゃんの脚、超きれいね。あきらちゃんって、本当に女子から好かれてるよなぁ、どこを見たって。
くすぐってまだ1分も経たないうちに、あきらちゃんが
「あんっ、もう、らめぇ…」
天を仰ぐように上向いちゃったし、ここで一旦くすぐるのやめたんだけど、あきらちゃんの意識が飛んだみたい。そっと降ろしてみたら、あっ、この顔、以前見た事ある。
「あ…う…いじわるしないで…」
虚ろになってるこの目は、2人3脚の練習中に女子に体を弄られた時と一緒だ。それでもって、何故か顔は笑ってるし。初めてじゃないね、こういう顔を見るの。
「だ、大丈夫か?あきらちゃん?」
「うん…。うふふ…トモくんったら、そんなにあきらの体触るの好きなの?えっち。」
あれっ?「あきらの」?いつも一人称「私」って呼んでるのに、これはこれで、幼げがあって可愛いなぁ。
「ねぇ、一人称変わってるけど。」
あっ、言うんじゃなかった。あきらちゃんの顔が、だんだん変わってきて、恥じらい顏になってきたし。
「もぉ!そんなに私に悪戯しないでよ!」
「いやぁ、何か可愛かったよ。」
あっ、やべぇ。デレ顏になっちゃった。あの、悦に浸ってるような笑み、今日だけと言わずにまた見たいなぁ。
「トモくん、変わっちゃったわね。」
えっ?そうなの?僕は全く変わってないつもりなんだけど。
「えっ、何が?」
「トモくん、以前は私と二人っきりになったら、私がトモくんを弄ってばかりだったのよ。」
「確かに、そう言われたら…そうだなぁ。」
よく思い起こせば、他の女子にはあまり見せない表情、照れたりする仕草をあきらちゃんには見せる。今だってそうさ。
「それが今だと、くすぐったり、スカートめくったり。」
「驚いた?」
「驚くわよぉ。トモくん相手でも油断ならないなぁ、って思ったわよ。ずっと胸がドキドキ言ってて。」
まぁ、さっきのは悪戯にしたら、何か不快な感じはするかもなぁ。
「やりすぎだったかな?」
「いや、全然許容の範囲に入ってたわよ。何と言うか、女子みたいな触り方で、不思議と嫌じゃなかったわ。」
「女子みたいな触り方?僕が?」
「うん。あの、2人3脚の練習の時に麻耶ちゃんとナナちゃんが私の体弄った時、あったでしょ?」
「あったな。もしかして、日常的に起きてたり?」
「1週間あれば2〜3回はあるよ。体育の時間が終わって着替える時とか、1人が触り始めると全員寄ってたかって触ってきたりするんだもん。」
「うちのクラスの子、おっかない人ばかりだな。」
「そうね。ふふふ…」
今の僕が言う台詞じゃなかったな。いやー、おっかないし、どんだけうちのクラスの女子はあきらちゃん大好きなんだろう?
♡
あー、おっかなかったぁー。トモくん、私が女子にされる事と同じような事してくるから、ドキドキしちゃった。女子のあの集団の中にトモくんがいてもおかしくないわね。
また2週間経って、トモくんの家に1ヶ月も滞在しちゃった。気が付いたら11月になったんだ。本当に私って、トモくんといるこの時間が大好きなんだなぁ。
でも今日はトモくんがいない。今日はスイミングスクールに通ってて、私と明来子さんとで一緒に帰った、丁度その時だった。
電話が鳴った。その電話をトモくんのパパが取った。
「はい、もしもし?松本です。阪本さん?はい、おたくの娘さんは私が只今預かっておりますが。」
この電話からして、電話の向こうはパp…浩一さんね。
「娘を返せって、私は自分の娘からおたくの娘さんが事情を聞いたんですよ!一体、娘さんにどういう教育してるんですか!」
トモくんのパパ、裕一郎さん、相当語気を強めて、浩一さんに当たってるわね。
「警察を呼ぶ?誰のせいで娘さんが家出したと思ってるんですか?あなたのような人、社会じゃどう呼ぶかご存知ですか?「モンスターペアレント」と言うんですよ!あなたの娘さんを前にしてこんな事言いたくありませんが、1人の親としてでなく、人間としても失格ですよ!!」
「お前に娘の何が分かると言うんだ!」
浩一さんも、声を荒げて刃向かってるわ。受話器から声が漏れてる。
「あなたこそ、あきらさんの事分かってるんですか?自分の欲求を娘に押し付けて、よくそんな事言えますね!」
「黙れ!お前とお前の家族を社会から抹殺してやる!俺はな、近所の大金持ちの江藤さんと、手を組んでるんだよ!」
「生憎ですね。ウチも息子が江藤さんと仲良しなんですよ。俺も江藤さんに会った事ありますけど、人柄が良い人ばかりですよ。」
「騙されんぞ!そうやって表では良い顔してるがな、裏じゃ誰かを妬んでるのはな、俺知ってるんだ!」
「あんた何も分かっちゃいないね。それは江藤さんと面会してない証ですね。江藤さんの家訓、俺は見た事あるんですよ。その中に
「人には常に謙虚であれ」
「妬みは何も生み出さない」
「妬みは人生の歯車を狂わせる」
とあるんですよ。こんな素晴らしいルール守らなきゃ、あんな素晴らしい一家になりしませんよ。」
「何を言ってるんだ!この大ウソつき!」
「証明出来るんですか?ここ迄暴言吐いておいて「ホラ吹いてました。」なんて言っちゃあしゃれになりませんよ?」
「…。」
浩一さん、何も返せなくなっちゃった。そりゃそうよ。だって浩一さん、麻耶ちゃんの家族と会った事なんて無いもん。
あらっ?今の私なら、浩一さんに何だって言い返せる気がする。
「裕一郎さん、私に電話代わってくれませんか?」
「えっ、いいの?今ならおじさんが殴りに行ってあげるけど。」
「いいんです。元はといえば、私がしでかした事ですから、私が後始末します。」
意を決して、私は自分の父親に勝負を挑んだ。
「浩一さん。」
「あきらなのか?さぁ、パパのお家に帰ろう。」
「じゃあ、私の言う事聞いて!」
「何だってするさ。何だい?」
さっきと口調が違う。いつもならもっと、強く言ってるはずなのに。
「浩一さん、もう私が帰ってきても、もう構わないで。」
「何言ってるんだ。パパの大好きなあきらを…」
「私はもう大嫌いなの!だからもう、「パパ」なんて呼ばない。もう「浩一さん」って呼ぶわ。」
「…。なぁ…パパは、何もかも間違ってたのか…?」
「間違い過ぎよ。だから私が家出したんじゃない。」
「わ…わかったよ…。ぱ…パパが、悪かった…うっ…パパは、あきらの親に相応しく無い、ダメな男だ…。わかった。もう俺、あきらの父親…辞めるわ。無視してくれても、いい…。」
電話の向こうの私の父親は、もう、涙声だった。
「私はもう、浩一さんは私の父親なんかじゃないと思ってるわよ。」
「わ…悪かった…。俺、何でも言う事聞くから…あきらの相手はもうしないから…家に帰ってくれ…うっ…。家に帰って来て下さい…!」
「本当ね?」
「あぁ、嘘はつかない…。好きなように生きてくれ…!」
「わかった。私、浩一さんのとこに帰る。けど、浩一さんは絶対に私に口出ししないでね。」
「あぁ…」
「それじゃ、切るね。」
あらっ?この清々しい気分は何だろう?まるで、周りがパアッと明るくなったような、そんな気持ちがする。(※1)
「スッキリした?思いの丈、思い切りぶつけると、以外と清々しいものでしょ?」
「そうですね。ちょっと待ってくださいね。」
何故が、私はメガネを外してた。
「あっ!メガネ無くても、周りがよく見える!」
「あらぁ、メガネがなくても、あきらちゃん、べっぴんさんだねぇ。」(明来子)
「いやぁ、そんな事ないですって。」
「鏡の前に立ってみる?」(裕一郎)
「いいですか?」
鏡の前で見る私って、いつもメガネかけたままなのよね。外したら、どんな顔してるんだろう?
「えっ、あらっ、これが、私?」
あっ、以外と顔立ちが良いんだ。私なのに、私でないような、何か不思議な感覚。確かに、裕一郎さんがおっしゃってた通り、べっぴんさんかも。
…でも。
「あっ、私だ。」
こうして、赤い縁のメガネをかけた方が、私らしくていいかも。でも、レンズのせいでよく見えないなぁ。
「あの、裕一郎さん。新しいメガネ、私に買ってくれませんか?」
「えっ?せっかくメガネ外せるのに?」
「やっぱり、私はこの赤縁のメガネがしっくり来るんです。あの、伊達メガネで構いません。」
「まぁ、そうだな。母さんに話してみるよ。」
裕一郎さんとトモくんのママが話し合った結果、私の伊達メガネを買ってもらえる事になった。今のデザインと同じなのに、何だか以前よりも見やすくなったのは気のせいかな?
○
へ~ぇ。仲野に負けたわ、背泳ぎで。言い訳なんだけど、長い事背泳ぎの練習した仲野に、やり始めの僕が戦うんだもんなぁ。そりゃ経験に優ってる上に、日本一になった仲野に勝てるわけなかったよなぁ。
てな事で仲野にAQUA WATERおごる事になっちった。
「先輩、こんなんじゃ阪本さんがっかりさせちゃいますよ。」
なんて仲野が言うんもだから、スイミングスクールで挨拶や号令以外じゃ初めて大声出しちゃったよ。参ったなぁ。
あー、ちょっと足取り重かった。緩やかな下り坂が、上り坂に感じるぐらいだ。やっとの事で家に着いたな。
「ただいまー。」
「「おかえりー。」」
んっ?あきらちゃんどしたの?荷物まとめて。1ヶ月前に家に来た時みたいな格好もして。
「トモくん、残念だったね。今日、あきらちゃんが元の家に帰る事になったから。」
えー、姐さん。それマジっすか。住み着くもんだと思ってたから、なんだかショック隠せないなぁ。
「さて、我々家族は各自の持ち場に戻ろう。智彦、あきらさんを頼んだよ。」
お父さん?てか皆よ、なぜにリビングルームから去る?
「私も残念ねぇ。折角、義妹ができたと思ったのに。」
「ぎまい」って、だから姐さんね、あなたもまだ結婚する歳じゃないんですって。
あーらま。リビングには僕とあきらちゃんだけになっちゃった。僕、何て言おうかな?
「トモくん、本当はご家族の皆さんの前で言うはずだったんだけど、ずっと私のわがままに付き合っちゃって、ごめんね。」
「いや、大丈夫よ。あきらちゃん、何だか困ってた様子だったから。」
「あと、1ヶ月間、面倒見てくれて、ありがとう。もう、トモくんのご家族には、頭が上がらないよ。」
「まぁ、いいって。また近いうちに遊びに来てよ。」
「ありがとう。…あとね、私、今2人っきりの状態だから言うんだけど。」
「ん?どしたの?」
「といったって、大した事じゃないけど。」
「うん。」
「あのね、あと2週間経ったら、私の誕生日なの。」
「おっ!そうなんだ!これは、何かプレゼント持って行かなきゃ。」
「プレゼント用意してくれるんだ。ありがとう。嬉しいなぁ。それで、麻耶ちゃんがね、わざわざ自宅を用意してくれて、「その日一日は友達の誕生会に使うから、予定空けておいて」って、麻耶ちゃんのパパに頼み込んでくれたの。」
「あきらちゃんの誕生会、11月16日か。場所は麻耶ちゃん家。分かった?絶対に行くよ!」
「うん、トモくん…。私のために、何から何まで…ありがとう!」
だきっ
「ちょちょちょ…ちょっと!あきらちゃん!?」
「トモくん、もう一回お礼を言わせて!あきらの為に、いろんな事してくれて、本当にありがとう!」
また一人称変わってるよ。今回は突っ込まないでおくけど。
あと抱きついた時さ、胸の感触が伝わっちゃったんだが。そんなに抱きつかれちゃったら、「ムニュッ」て感じで、僕の肋にその柔らかいのが来ちゃうんだけど。
まぁ、抱きついてきたこの拍子に、なんて言うの変だけど、まぁ、あきらちゃんなりに辛かっただろう。よしよししてあげるか。
なでなで
「わぁ。うふふ…。私、トモくんに頭撫でてもらうのも好きだなぁ。」
「あきらちゃん、また家に遊びに来てよ。僕は、あきらちゃんもウチの家族のように大事にするから。」
「うん、ありがとう。またいつの日か、お邪魔するからね。あと、コレあげる。トモくんには必要無いし、銅メダルの代わりにもならないけと…」
そう言って、あきらちゃんが取り出したのは、メガネケースとその中に、あきらちゃんが使ってたであろうメガネ!?なんで僕に?てか僕がいない間に何時の間にかメガネ買い替えてたの?
「えっ、メガネどうしたの?今かけてるのって、伊達メガネ?」
「そうよ。何かね、さっき私の父親と電話で口論になって、私が勝った時、妙に清々しい気持ちになって、気が付いたらメガネが無くても周りがよく見えたの。(※1)」
そんな事もあるんだ。
「当然外しても良かったんだけど、こういう、赤い縁のメガネかけてた方が、私っぽくていいかな、と思えたから、伊達メガネかける事にしたの。」
あぁ、確かに、メガネかけてる方があきらちゃんっぽいね。僕、以前にもメガネ外してるあきらちゃんを見た事あるけど、印象が違ってたなぁ。何だか、全体的にシャープで、大げさな話、宝塚に出て来そうな顔立ちだったなぁ。でも、あきらちゃんのキャラには、メガネかけてる方がピッタリ来るよ。
僕は視力両目とも2.0だし、確かにあきらちゃんが言ってたように、僕には必要無いな。でもこのメガネは、あきらちゃんが我が家で泊まってた証としても、取っておこう。
後日、そのメガネをこっそりとベッドの上で仰向けになってかけてみたけど、ボヤけるなぁ。きっと、あきらちゃんがメガネ外してたら、こんなに悪い視界になっちゃうんだろうなぁ。あー、頭痛い。
※1.あきらちゃんが父親との口論に勝った後、視界が良くなった話のくだりは、徳永貴久さんの著書『視力回復アイマスクで眼がグングンよくなる』の中に書かれたエピソードを参考に書きました。まぁ、参考文献ってやつですかね。