銅メダル、どこ行った?
○
2学期が始まった。始業式は、定時までに学校に来て、9時から式が始まる。と言ったって、10分ちょっと校長先生が出てお話しするだけで、あとは特にやる事が無いのだが。
式の終わりには、夏休み中に活躍した児童の表彰式となった。
「続きまして、この夏休み中に、本学校で活躍されました、児童の表彰といたします。対象の学童は、朝礼台前に集合してください。」
僕はその「対象の学童」なので、朝礼台に駆け寄った。朝礼台前に並んだのは、7人。えっ?確か終業式には4人で並んだような、そんな気がするんだが。人数増えてるぞ。
と思ったら、英検や漢検の相当上の級に合格した子を顕彰をするためだった。僕の横にいる仲野と同い年の子が「漢検2級」に合格したり、そういう子が登場した。きっと僕ら上級生よりも、もっと頭の良い子なんだろうなぁ。
スポーツ部門は僕らの出番。
僕と仲野の水泳
6年生の金子くん(年上だから「金子さん」かな?)の柔道
4年生宮本くんの卓球
から各自表彰された。
宮本くんは全国3位、金子くんは無差別級 日本一を顕彰された。金子くん、学校一体格がデカイんだけど、金の証書を貰った時、号泣してたな。なんだか、姐さんが金子くんを指して言ってた「愛されるキャラ」の意味がやっと分かった気がするよ。
そして、僕らの水泳の表彰。まず3位に入った僕から。続いて、日本一になった仲野の順に表彰された。
もう額に収まった表彰状を頭上に掲げた時、仲野、胸元に隠してあった金メダルを取り出した!
「先輩、今日持って来てないんですか?」
「えっ?いやー……忘れた。」
「きっと嘘ですよね。あとで先輩のクラスに行きますからね。」
やっべー、嘘ついてるの顔に出たかな?あるいはちょっと変な間があったからかな?
何にしたって、今僕の手元に銅メダルを持ってない理由、絶対明かせないよ。言っちゃったら、あきらちゃんに恥をかかせるんだもの。意地でも黙っておこう。
教室に戻って、小山先生が教室に来るのを待ってた時、麻耶ちゃんが僕にこう呼びかけた。
「トモくん、可愛い後輩さんがいらっしゃいましたわよ。」
あっ、来やがった。仲野。
「せーんぱーい!来ましたよー!教室入りますー!」
「えっ、智彦、あの女の子誰だ?」
剛史が聞いてきた。
「僕が通ってるスイミングスクールの後輩。ああやっていつも僕を「先輩」って呼ぶんだ。」
「ねぇ、今度お茶行かない?」
何で下級生ナンパしてんだ、田山。
「あなたに用は無いので、失礼します。」
そしてきっぱりと断り、僕に近づく仲野。田山、泣くなよ。心なしか背中が寂しそうだぞ。
「先輩、お忘れじゃないでしょうね。どうして先輩、銅メダル持ってこなかったんですか?」
「だから、本当に忘れたんだって。」
「本当ですか?」
「上級生の銅メダルなんかより、下級生の金メダルの方が何となく価値が高いし、仲野に花を持たせてあげたんだぜ?」
「うーん…」
納得してくれ!何となくで良いんだ!
「でも本当怪しいですね。忘れ物が少ない先輩には珍しいですよ。」
「俺もそう思うぜ。智彦、あの銅メダルどこ行ったんだ?悪い事言わねぇから、正直に話してみろって。」
剛史まで乗っかってきたぞ!ええい、しつこい奴らだ!
「仲野、世の中な、知らない方が得する事もあるんだぞ。知ってしまったら、取り返しつかない事になるぞ。」
「先輩のメダルの件もそうなんですか?」
「うん。ぶっちゃけて言うと。」
「そうですか。がっかりです。嘘をつき通そうとするなんて。」
捨て台詞を吐きながら教室を後にする仲野。でも、絶対言わんぞ!あきらちゃんの為にも、絶対事実を隠すぞ!
「いいのか?いたいけな後輩だまして。」
「僕は事実言っただけだから問題無いぞ。」
「いや、俺には何か隠し事してる様に見えたぞ。お前いつの間に、そんな悪い奴になったんだ?」
まぁ、確かに嘘と言ったらそうだな。でも、何がなんでも本当の事言うわけにいかないんだよなぁ。正直辛いけどね、今みたいな事になるから。
僕と剛史が話してる間に、あきらちゃん席立ってどっか行っちゃったし。あとちょっとで小山先生来るのにね。
♡
ここ最近調子が悪いわね。さっきお花を摘みに行ったのに(トイレに行くの隠語)何かまだ頭が痛いわ。軽度だからまだいいけど、何かストレス溜まってるのかなぁ。
あらっ?智美ちゃんじゃない?どうしたんだろう?
「もうっ!何で銅メダルの在り処教えてくれないんだろう。ここまで来たのに無駄足だったわ。もう松本先輩を「先輩」と呼ぶのやめようかな。今度から「トモくん」って呼ぼうかしら。」
きっと、トモくんは智美ちゃんに銅メダルを私に渡したって伝えなかったみたいね。気持ちは分からなくも無いけど、智美ちゃんが可哀想だなぁ。そうだ!張本人である私が教えよう!でも、今ここじゃ大騒ぎになるから…。
「智美ちゃん!」
「あっ、阪本さん!こんにちは!」
「こんにちは。どうしたの?何だかぐちぐち言ってたけど。」
「松本先輩が頑張って獲った銅メダル、なぜか私に教えてくれないんですよ。先輩の事、尊敬してるのに、何で隠すのかなぁ。そんなに銅メダルの在り処聞かれたく無いんですかね?」
「うーん。あっ、ちょっと待ってね。麻耶ちゃん呼んで来るから。」
この時とっさに思い浮かんだプランは次の通り。
まず、麻耶ちゃんを呼んで、麻耶ちゃん、智美ちゃん、私の3人で昼食を食べる。その時の場所提供に麻耶ちゃん家を使いたいので、その許可を取る。
そして昼食食べ終わったあと、実は私がトモくんの銅メダルを持ってた、と事実を話す。詳しく聞かれたら、ありのままを話す。
こんな感じ。そしてプランを実行した。
「麻耶ちゃん、今日は麻耶ちゃん家で昼ごはん食べたいなぁ。」
「いいですとも!智美ちゃん、私の家にいらっしゃいな。」
「大丈夫ですよ。スイミングスクール、今月(9月)10日まで休みですから。」
「決まりですね!美味しい料理、ご馳走いたしますわ!」
麻耶ちゃん、何かやる気満々ね。たまに、すごいやる気な麻耶ちゃんが恐ろしく見えるわ。
「それじゃ、今日は流れ解散だ。各自勝手に帰宅してくれても構いません。」
帰り支度が整い、小山先生の号令がかかったあと、そそくさと帰宅するトモくん。
「家帰って、ベントンのシューバッヘンのマシン描くから、またね!」
と言い残して去って行った。そうした方が、ちょっとは好都合なんだけどね。
麻耶ちゃん家に集合するのは12時。まだ時間が余ってるわ。一旦家帰って、
「今日は友達の家でお昼ご飯食べるからいい。」
とママに言って、それから例の銅メダルを持って行くのに十分時間はあるわ。今日は流れ解散なので、各自勝手に帰宅しても大丈夫。と言うわけで、かなちゃん達と普通に下校して、家に帰ってからその時を待った。
ゴーンゴーン
また麻耶ちゃん家の呼び鈴変わったのね。たまに
「御主人様、御嬢様をお呼び致します。暫くお待ち下さいませ。」
と鳴ったりするのよね。ビックリするわ。
丁度同じタイミングで智美ちゃんも来たわ。そして、麻耶ちゃんもいいタイミングで現れたわ。
「こんにちは、智美ちゃん。麻耶ちゃん。」
「麻耶お姉ちゃん、阪本さん、ごきげんよう!」
「御機嫌よう。あきらちゃん、智美ちゃん。お昼ご飯間もなく用意出来ますわ。」
挨拶もそこそこに、麻耶ちゃん家の門をくぐった。麻耶ちゃん家行くたび思うんだけど、本当に大きいわよね。敷地面積も広いし。
お昼ご飯は、麻耶ちゃんのママとメイドさんが作ったオムライス。卵ふわふわで、中にあるチキンライスも程良いパラパラ加減。こんなに美味しいオムライス、今まで食べたことなかったわ。思わず
「おいくらですか?」
って言っちゃった。
「お代なんていいわよ。気持ちだけ有難くお受け取り致しますわ。」
と返したのが、麻耶ちゃんと麻耶ちゃんのママとメイドさん。3人揃って、息合わせた様に言ってたわ。
ほんわかしたムードで昼食を取り、そろそろ智美ちゃんが帰ろうとした時、私の最後の計画を実行に移した。
「あっ待って、智美ちゃん。今日ね、ここに智美ちゃん呼んだのは、私からあることを知らせたかったからなの。トモくんが頑張って獲った銅メダル、何処にあるか知りたい?」
「そりゃ、知りたいですよ。でも、松本先輩が忘れたとか、持ってないとか言うもんですから、私の予測じゃ、捨てたと思うんですよ。」
「そうなんだ。実はね…」
そう言うと、私はカバンの中から小さな箱を取り出した。そして、智美ちゃんの目の前でその箱を開けた。
「えっ!?これって…」
○
「なるほど、スリックタイヤに履き替えるタイミング、ドンピシャだなぁ。ただ、レコードライン外すと、まだ濡れた路面に足元すくわれるんだよなぁ。しかし、シューバッヘン、まだ22歳なのに完璧なドライビングができるってことは、あとはマシンのポテンシャルが上がってくれれば、近いうちにチャンピオン獲れるね。一方のゼーナは、天候読み違えたのかなぁ。あんなに路面濡れたら、もうスリックじゃ走れないのに、まだ行こうとするんだもんなぁ。これじゃ、ピーターやロッソ(2人共ドクターウィリアムF1チームのドライバー)に抜かれるわなぁ。どのみち、表彰台乗れなかっただろうけど。」
部屋の中、シューバッヘンが乗るBF1.92をスケッチ。ノーズとウィングが別になってるマシンなんてまだ見慣れてないから、どうやって描くのか、コツも掴めてないんだよなぁ。
ジリリリリン…
「姐さん、僕手が離せないから、電話取ってもらえる?」
「はいよ。可愛い弟くんの頼みだから、お姉ちゃん喜んで行って来るわ。」
一言余計だよ!僕は小5だから、年相応の扱いしてよ。
「トモくん、仲野さんて人から電話よ!どうしてもトモくんと話したいって!」
何だなんだ?仲野から電話って、同じクラスでも無いのに、何で電話かけて来たんだ?不審に思いながらも、姐さんから受話器を取り上げた。
「仲野、どうした?」
「どうしたじゃないですよ。先輩の銅メダルの件で電話したんですよ。」
「だから、忘れたんだって。そんなに追求したって、もう出ないぞ。」
「先輩、もう嘘ついてるってバレバレですよ。」
「何で?」
「私の目の前に、先輩が獲った銅メダルがあるんですよ。」
「えっ!!どういう事!?」
「阪本さんか今手元に持ってるんですよ。それに、たった今阪本さんから銅メダルにまつわるエピソード、聞きましたよ。落ち込んでる阪本さんに、銅メダルをあげたんですよね?」
「えっ!?んー…そう、だよ。」
「先輩、何でそんなかっこいい話しなかったんですか?」
「いやぁ、恥ずかしいじゃない。それに、「あきらちゃんにあげたよ」って言っちゃうと、あきらちゃん恥ずかしがるだろうし…」
「その、あきら…さんから私話聞いたんですよ。」
「えっ!て事は、今そこにあきらちゃんいるの!?」
「居ます。代わりましょうか?」
「うん。」
あきらちゃんが僕から銅メダルをもらった話をしゃべった!?にわかに信じられんのだが、よく話せたよなぁ。
「もしもし、トモくん、代わった、あきらだよ。」
「あぁ、もしもし。本当にしゃべったの?」
「だって、トモくんが話さないから、何か焦れったくなって。」
「あきらちゃんは恥ずかしくないの?」
「クラス全員を目の前にしちゃ言えないわよ。だから、わざわざ麻耶ちゃん家で数人集まって、ご飯食べて、その後銅メダルの話したんだ。」
「そうなんだ。どんな話したの?」
「ありのままを話したわ。その時私が思った事、トモくんの真心、事細かく話したわよ。」
「仲野は何て返したの?」
「智美ちゃん、ちょっと泣きながら「先輩、カッコいい!絶対多くの人に話すべきですよ!私だったら、間違い無く惚れてますね。」って言ってたわよ。」
「そうなんだ。何か、悪い事しちゃったなぁ、あきらちゃんと仲野に。正直に話すべきだったかも。」
「いや、私は自分から正直に打ち明けたかったのよ。丁度、智美ちゃんが通りかかった時に「打ち明ける時来たわ!」って思ったから、今日にしたの。それに、男子相手じゃ、トモくんに絶対嫉妬の目を向けられるから、こうして少人数、女子だけに話したのよ。」
「そうなんだ。」
ふと目線を変えると、姐さんが僕の方に向かって、ニヤリと笑みを浮かべてた。
「ちょっと待って」
受話器の口の部分を手で押さえた。
「何だい?微笑ましそうにこっち見て。」
「トモくんの銅メダルが無いなぁと思ったら、女の子にあげたんだぁ。かっこいいじゃない。何時の間にそんなに良い男になったのよ。」
「いいって、そんな冷やかさなくったって!」
「褒めてるのよ。いつも「僕はもっと年上だよ!」って文句言ってるから、たまには年相応に対応したのよ。やるじゃない。」
「まぁ、そりゃどうも。実際に褒められると、照れるね。」
「贅沢言ってぇ。でも気持ちはわかるわ。いい男になって、私を泣かせなさいよ。お姉ちゃんトモくんがそういう男になる日を心待ちにしてるからね。」
どゆこと?イマイチ姐さんの言う事が理解出来ないんだが。
「もしもし?お待たせ。」
「今の声、トモくんのお姉さん?」
「うん。姐さん。「いい男になったんだ」って言われた。」
「そうよ。隠す事なんてないわよ。私が許可するから、男の子に銅メダルの話してね。」
「と言うことは、あきらちゃんの名前バンバン言うけど?」
「もちろんいいわよ。私が望んでやってる事だから。私もトモくんから貰ったって話すから。」
「あはは…、照れ臭いけど、いいよ。」
「ありがとう。また明日、学校で会おうね。」
「うん。元気でな。」
何だか、今までのあきらちゃんとは思えなくなってきたなぁ。もう、気兼ね無く話したっていいのかも。あきらちゃん、成長したな。
次の日以降、僕は銅メダルの在り処を聞く子に
「僕が獲った銅メダル、今あきらちゃんが持ってるよ。と言うかあげた。」
と答え、あきらちゃんも
「トモくんが獲った銅メダル、本人から貰ったんだぁ。」
と互いに答えて、噂の真相を話した。
すると、僕とあきらちゃんの仲の良さが広まり、田山が
「智彦と阪本、やっぱり夫婦だ!」と騒ぎ立てる羽目に。ったく、日本の法律度外視しやがって!
その田山が僕に近づいて言うには
「智彦、今のうちに阪本との計画立てた方がいいぜ。住まいはどこか、子供は何人作ろうか、どのみちお前は阪本と10年後に結婚するんだろ?」
「何でその話になるんだよ!先過ぎる話で想像しにきーわ。」
田山って、そういう恋話になるとしょっちゅう騒ぐよなぁ。仕返そう。
そういや、下級生が
「またスカートめくられた。」
「5ねんせいのたやまくんでしょ?わたしもやられたわよ。」
と話してたの聞いたな。あっ、これだ!
「じゃあさ、ロリコンの田山は何歳下と結婚する予定なの?」
「俺はロリコンじゃねぇ!年上でも問題ねぇし!」
とか言いながら、顔真っ赤だ。もしかして、1、2年生に好きな子いるのか?そうだとしても見逃してやるけど。あと、年上でも良いって言ったな。
じゃあ…
「じゃあ、うちの姐さんでも大丈夫?」
「明来子さんは勘弁だ。俺、智彦を前にして言うの恥ずかしいんだが、明来子さんのスカートめくったらさ、明来子さんが俺のズボン下げたんだわ。もう、明来子さんにはスカートめくらないと心の中で誓ったね。明来子さんには頭上がらんわ。」
この野郎、人ん家の姉のスカートめくりやがって!てか、姐さんも姐さんだよ!年下のズボン下ろしよって!
まぁ何にしたって、銅メダルの騒ぎが沈静化してよかったわ。大変な事になったけど、今も僕の意思は変わらないよ。あの銅メダル、あきらちゃんが持っててこそ、本当の価値があるんだ。一生懸命サポートしてくれたんだもの。そう、あの元気が出るキス。今だって覚えてるよ。