アミメ・カサカサ・ジトジトはメリアである。
アミメ・カサカサ・ジトジトはメリアである。
アミガサタケのファンギーメリアとして生まれたアミメは、他のファンギーメリア同様、森の奥深くの村落で暮らしていた。
アミメの日々は、実に調和のとれたものだった。
春にキノコに囲まれ、夏をキノコと過ごし、秋のキノコを眺め、冬をキノコと耐える。
長い長い変わらぬ日々を、キノコのメリアとして生きていた。
アミメはその日々に幸福を感じ、何一つ不足を覚えることは無かった。
ある日アミメは、村落にたまたま行き着いた、遍歴の僧侶と出会った。
フォークとナイフが皿の上で交差する印を抱いた僧侶により、アミメは神の教えと、いくつかの科学的な知識を得た。
僧侶の村落への滞在は長いものではなく、交わした交流もアミメの長い人生からすれば些細な時間でしか無かったが、僧侶の残したいくつかの書物は、アミメに多大な衝撃を与えた。
その中でも特にアミメの心を動かしたのは、食物連鎖という概念と、その中での分解者としてのキノコだった。
生物が生まれ、成長し、死し、土に還るという流れ。森中に溢れるキノコ達。
これまで幾度となく見てきたその景色が、食物連鎖という円環に当てはまった時、アミメの心中に溢れたのは震えるような歓喜であった。
この世界は、なんて美しいのだろう。
なんて完璧なんだろう。
優しくも厳しく、何よりも愛に満ちた生物の環に、アミメは感謝と感激の涙を流した。
生きること、食べること、それら環にある全てに振り注ぐ愛。アミメはそれらに敬意と感謝の祈りを捧げ続けた。
どれほどの時が流れただろうか。
いつしかアミメは、神の存在を心のすぐ近くに感じていた。それはいつか僧侶に聞かされた、食を寿ぐ神であった。
アミメはさらなる喜びに滂沱した。
それからしばらくの年月、アミメはやはり、深い森の奥で暮らしていた。
だがそれは、これまでの漫然とした惰性の毎日ではなく、日毎に行われる食べる・食べられるの連鎖への祈りの日々であった。
アミメは満ち足りていた。アミメの目に映るこの世界は、完璧に思えた。
ある日、いつもの様に食事を行っていたアミメは、ふと、自身の手元に目が止まる。
それは森の恵みを凝縮させたスープを掬う、1本のスプーンだった。
この村落は確かに深い森の奥にある。だからといって外との交流が全くないわけではない。
また、メリアという種族故に、村内に鍛冶を行うものは居ない。
だからこの時、アミメの手元には、外との交易によってもたらされた金属でできたスプーンがあった。
アミメはこれまで何の気なしに使っていたスプーンの、その素材に意識を向けた。
金属製のスプーン。金属。鉄。
村落の暮らしは朴訥そのもので、鉄製の道具など数えるほどしかなかった。森での狩猟だって、木製の鏃を使っていたほどだ。
だが、確かにある。そしてふと思った。
「鉄は、金属は、はたしてこの円環に含まれているのか」と。
アミメは鉄を観察した。
村中のあちこちにある釘や、道具に使われている鉄を調べ続けた。
調べられる生き物全てを調べた。もちろん、己が出自にも連なるキノコについては、より多くの時間をかけて調べた。
……だが、そのいずれにも、鉄を食べるモノは存在しなかった。
錆を見た時には、一抹の安堵を覚えた。腐食している様に見えたからだ。
だがそれも、ヒトの手によって精錬された鉄が、自然の姿へ戻ろうとしているだけの変化に過ぎないと判るまでの僅かな時間であった。
アミメは気づいた。
金属を消化し分解する存在は、ここには居ないのだと。
アミメは悲しかった。自分の知る世界が、決して完璧な環によって完結していない事が。
そしてそれ以上に、この美しくも愛すべき環に属する事を赦されない、全ての金属が憐れだった。
蛮族の悪意によって作られたものでも、悪神のイタズラで生み出されたものでもない。この世界を構成する大切な要素でありながら、世界を包む連鎖の環に弾かれた金属・鉱石類。
それらの有り様が、堪らなく憐れに思えたのだった。
そしてアミメは決意した。
食物連鎖の分解者を担うキノコ。そのキノコに出自をもつファンギーメリアとして、全ての金属を円環の中に招き入れることを。
この広い世界には、きっとまだ自分の知らないキノコがある。金属に宿り金属を分解するキノコが、この世界の何処かにはきっとある。
たとえ今はまだ居なかったとしても、鉄鋸すら弾く硬い樫の古木をも分解し円環に戻すことのできるキノコの様に、金属を分解するキノコはいずれ何処かに生まれるはず。
神の愛は世界に満ちている。ならば、環に混ざれぬ金属を、憐れと思わぬはずがない。
だからこそ、金属キノコはきっと生まれるに違いないのだ。
金属を喰らうキノコを探すこと。もしも未だ何処にも居ないのであれば、キノコ達が生まれる手伝いを担う事。
それこそが、ファンギーメリアとして生を受けた己に、神が託した使命であると確信した。
そしてアミメは、生まれ育った村落から旅に出た。
まずは、蒸気機械で名高いあの街を目指すとしよう。
鉄を知る事は、きっと鉄を喰らうキノコに繋がるだろうから。
薄暗い森を抜けたアミメの視界は、光と熱で溢れていた。
だがそれでもアミメの信じる神の愛と祝福は、アミメの世界に満ちていた。
その身と足跡を覆う、数多の胞子と共に。




