【最終夜】ワタシが埋めたもの
夜の旧校舎裏。
生ぬるい風が木々を揺らし、不気味なざわめきを立てている。
あの日と同じ、薄暗い月明かりの中。
「さあ、ここだよね。ゆっくりでいいから、中身を確認しよう」
数メートル離れた場所から、蓮が私を見守っていた。
彼の顔は月明かりに照らされ、青白く、異常なほど美しかった。
私は震える手で、用具置き場から持ってきたスコップを地面に突き立てる。
ザクッ、ザクッと、湿った土を掘り返す音が、静かな夜の闇に吸い込まれていく。
胃の奥が冷たく重い。
額から流れる汗が目に入り、視界が滲む。
どれくらい掘り進めただろうか。
ガツン、とスコップの刃が「何か」にぶつかった。
息を呑む。
土の中から、見覚えのある黒いビニールシートの一部が顔を出した。
「開けてみてごらん。僕の推理では、中身は■□だ」
蓮の優しい声に背中を押され、私はスコップを投げ捨てた。
泥だらけの手でビニールシートの結び目を解きにかかる。
苛立ちと恐怖で、爪が割れるのも構わずに力任せにシートを引き裂いた。
ぷつん、と何かが切れる音がした。
同時に、むせ返るような鉄の匂いと、甘ったるい腐敗臭が鼻腔を殴りつける。
「……え?」
私は、自分の足元にあるものを見て、完全に凍りついた。
そこにあったのは、血のついた凶器でも、汚れた服でもなかった。
土と泥にまみれ、頭部が赤黒く陥没した、一条蓮の死体だった。
理解できない。
頭の奥で、何かが激しく軋む音がした。
死体?
一条先輩の?
じゃあ、今私の後ろで優しく笑っているのは、誰?
震える首をゆっくりと後ろに向ける。
そこには、変わらず美しい微笑みを浮かべた一条蓮が立っていた。
(視線が、彼の足元に吸い寄せられた。)
彼の足元は、月明かりの下だというのに、全く影を落としていない。
『ピロリロリ、ピロリロリ』
突然、足元の死体の奥底から、軽快な電子音が鳴り響いた。
私が一緒に埋めてしまった、彼のスマートフォンの着信音だ。
その間抜けな音が引き金となり、私の脳内に強固に施されていた「記憶の蓋」が、音を立てて弾け飛んだ。
――封印していたはずの、あの日の記憶が蘇る
泣き崩れる親友のミカ。
彼女を弄び、ボロ雑巾のように捨てた一条蓮の、醜く歪んだ笑顔。
『ああ、あの子か。脆くてつまらなかったよ。君も、僕に壊されたいの?』
あの瞬間の、煮えたぎるような殺意。
私は凶器を持っていたわけじゃない。
怒りに任せて彼を突き飛ばし、彼が倒れた先には、剥き出しになったコンクリートの角があった。
グシャリという嫌な音。
痙攣する彼の体を前に、私は確かに、彼が「死んだ」ことを確認したのだ。
そして、用具置き場からスコップと園芸用の分厚い黒シートを引きずり出し、彼を埋めたんだ。
(隠さなきゃ。深く、もっと深く……誰にも見つからないように)
歯の根が合わず、ガチガチと鳴る。
私は痙攣を止めた彼の制服を探り、1台のスマートフォンを引きずり出した。
私のものではない。あの黒い袋と一緒に埋めるべき、持ち主のスマートフォンだ。
画面にはべっとりと黒ずんだ汚れが付着していたが、ロックはかかっていなかった。
私は乱れた呼吸を整える間も惜しんで、連絡先アプリを開く。
宛先は『父』。この学園の絶対的な権力者である、学園長だ。
タップする指が滑る。
何度も打ち間違いをしながら、私はたった数行のメッセージを作成した。
『しばらく探さないでください。一人になりたい』
送信ボタンを押す。
画面に「既読」の文字はつかない。
それでよかった。学園長は、息子の不祥事やスキャンダルを極端に恐れる人間だ。
息子が突然いなくなったとしても、家出という形をとれば、世間体を気にして内々に処理しようとするはずだ。
警察を入れるような真似は、絶対にするはずがない。
私は震える指でスマートフォンの画面を暗くさせると、完全に電源を落とす確認すら怠ったまま、黒いシートの結び目の隙間へと力任せに押し込んだ。
そして、再びスコップを振り上げる。
バサリ、バサリ。
湿った土が、黒い塊を覆い隠していく。
無機質な作業音だけが、深夜の林に響き渡っていた。
手のひらの水ぶくれが破れ、柄に血が滲んでも、私は土を被せるのをやめなかった。
◆ ◆ ◆
「あ……ああ……ああああああっ!」
喉から、ヒューという悲鳴が漏れる。
私は確かに殺した。
完全に、彼を殺害していたのだ。
じゃあ、この7日間、私と一緒にいたのは。
私を気遣い、優しく微笑み、並んで歩いていたのは。
「思い出したかい、白石さん」
蓮が、音もなく私の背後に寄り添った。
首筋に、氷のような冷たい気配が触れる。
「ほら、僕の推理通りだ。君が埋めたのは……『ボク』だったね」
「いや……いやあああああああああっ!!」
私は頭を抱え、絶叫した。
泥だらけの地面を這いずり、彼から逃れようとする。
しかし、蓮は私を追うことはせず、ただその場に立ち尽くし、どこまでも優しい瞳で私を見下ろしていた。
「怖がらせてごめんね。でも、どうしても君にわかってほしかったんだ」
蓮の声が、私の耳膜を直接震わせる。
「生きていた頃の僕は、最低の人間だった。他人を傷つけても何も感じない、空っぽの人間だったんだ」
彼はゆっくりと、両手を胸の前で合わせた。
まるで、祈るかのように。
「でも、あの夜。君が僕を殺した時。君のその瞳の中に、本気の怒りと、悲しみと……僕に対する強烈な『執着』を見たんだ」
蓮が、狂おしいほど甘く、優しい声で囁く。
「その瞬間、僕は初めて知ったんだよ。誰かにあそこまで強い感情を向けられることが、こんなにも心が満たされることなんだって。これが……本当の『愛』なんだってね」
「違う! 私は、あなたを憎んで……っ!」
「同じことだよ。君の心の中は、今、恐怖と絶望で、僕のことでいっぱいだろう?」
蓮は、心底幸せそうに微笑んだ。
物理的な拘束力はないはずなのに、私の体は金縛りに遭ったようにピクリとも動かない。
「君の罪は、君の心は、永遠に僕のものだ。誰にも渡さない。君が死ぬまで、いや、死んだ後もずっと、僕が君のそばで、優しく愛してあげるからね」
闇の中で、優しい屍の王子が笑う。
鳴り止まないスマートフォンの電子音と、鼻を突く腐敗臭。
そして、耳元で繰り返される永遠の愛の囁き。
私の世界は、彼という狂気の中に永遠に閉じ込められ、完全に幕を閉じた。
(完)
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
一条蓮の歪んだ愛と、彼女が迎えた結末を見届けていただけたこと、
心より感謝申し上げます。
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