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屍王子は、安楽椅子に座る。秘密を握られた探偵助手のワタシ〜泥だらけの罪と、学園のささやかな事件簿〜  作者: cross-kei
第01部:最悪の出会い

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8/13

【最終夜】ワタシが埋めたもの

 夜の旧校舎裏。


 生ぬるい風が木々を揺らし、不気味なざわめきを立てている。

 あの日と同じ、薄暗い月明かりの中。


「さあ、ここだよね。ゆっくりでいいから、中身を確認しよう」


 数メートル離れた場所から、蓮が私を見守っていた。

 彼の顔は月明かりに照らされ、青白く、異常なほど美しかった。


 私は震える手で、用具置き場から持ってきたスコップを地面に突き立てる。

 ザクッ、ザクッと、湿った土を掘り返す音が、静かな夜の闇に吸い込まれていく。

 胃の奥が冷たく重い。

 額から流れる汗が目に入り、視界が滲む。


 どれくらい掘り進めただろうか。


 ガツン、とスコップの刃が「何か」にぶつかった。


 息を呑む。

 土の中から、見覚えのある黒いビニールシートの一部が顔を出した。


「開けてみてごらん。僕の推理では、中身は■□だ」


 蓮の優しい声に背中を押され、私はスコップを投げ捨てた。

 泥だらけの手でビニールシートの結び目を解きにかかる。

 苛立ちと恐怖で、爪が割れるのも構わずに力任せにシートを引き裂いた。


 ぷつん、と何かが切れる音がした。


 同時に、むせ返るような鉄の匂いと、甘ったるい腐敗臭が鼻腔を殴りつける。


「……え?」


 私は、自分の足元にあるものを見て、完全に凍りついた。


 そこにあったのは、血のついた凶器でも、汚れた服でもなかった。

 土と泥にまみれ、頭部が赤黒く陥没した、一条蓮の死体だった。


 理解できない。

 頭の奥で、何かが激しく軋む音がした。


 死体?

 一条先輩の?

 じゃあ、今私の後ろで優しく笑っているのは、誰?


 震える首をゆっくりと後ろに向ける。


 そこには、変わらず美しい微笑みを浮かべた一条蓮が立っていた。


(視線が、彼の足元に吸い寄せられた。)


 彼の足元は、月明かりの下だというのに、全く影を落としていない。


『ピロリロリ、ピロリロリ』


 突然、足元の死体の奥底から、軽快な電子音が鳴り響いた。

 私が一緒に埋めてしまった、彼のスマートフォンの着信音だ。


 その間抜けな音が引き金となり、私の脳内に強固に施されていた「記憶の蓋」が、音を立てて弾け飛んだ。


 ――封印していたはずの、あの日の記憶が蘇る


 泣き崩れる親友のミカ。

 彼女を弄び、ボロ雑巾のように捨てた一条蓮の、醜く歪んだ笑顔。


『ああ、あの子か。脆くてつまらなかったよ。君も、僕に壊されたいの?』


 あの瞬間の、煮えたぎるような殺意。

 私は凶器を持っていたわけじゃない。

 怒りに任せて彼を突き飛ばし、彼が倒れた先には、剥き出しになったコンクリートの角があった。


 グシャリという嫌な音。


 痙攣する彼の体を前に、私は確かに、彼が「死んだ」ことを確認したのだ。


 そして、用具置き場からスコップと園芸用の分厚い黒シートを引きずり出し、彼を埋めたんだ。


(隠さなきゃ。深く、もっと深く……誰にも見つからないように)


 歯の根が合わず、ガチガチと鳴る。

 私は痙攣を止めた彼の制服を探り、1台のスマートフォンを引きずり出した。

 私のものではない。あの黒い袋と一緒に埋めるべき、持ち主のスマートフォンだ。


 画面にはべっとりと黒ずんだ汚れが付着していたが、ロックはかかっていなかった。

 私は乱れた呼吸を整える間も惜しんで、連絡先アプリを開く。

 宛先は『父』。この学園の絶対的な権力者である、学園長だ。


 タップする指が滑る。

 何度も打ち間違いをしながら、私はたった数行のメッセージを作成した。


『しばらく探さないでください。一人になりたい』


 送信ボタンを押す。

 画面に「既読」の文字はつかない。

 それでよかった。学園長は、息子の不祥事やスキャンダルを極端に恐れる人間だ。

 息子が突然いなくなったとしても、家出という形をとれば、世間体を気にして内々に処理しようとするはずだ。

 警察を入れるような真似は、絶対にするはずがない。


 私は震える指でスマートフォンの画面を暗くさせると、完全に電源を落とす確認すら怠ったまま、黒いシートの結び目の隙間へと力任せに押し込んだ。

 そして、再びスコップを振り上げる。


 バサリ、バサリ。

 湿った土が、黒い塊を覆い隠していく。

 無機質な作業音だけが、深夜の林に響き渡っていた。

 手のひらの水ぶくれが破れ、柄に血が滲んでも、私は土を被せるのをやめなかった。


   ◆ ◆ ◆


「あ……ああ……ああああああっ!」


 喉から、ヒューという悲鳴が漏れる。


 私は確かに殺した。

 完全に、彼を殺害していたのだ。


 じゃあ、この7日間、私と一緒にいたのは。

 私を気遣い、優しく微笑み、並んで歩いていたのは。


「思い出したかい、白石さん」


 蓮が、音もなく私の背後に寄り添った。

 首筋に、氷のような冷たい気配が触れる。


「ほら、僕の推理通りだ。君が埋めたのは……『ボク』だったね」

「いや……いやあああああああああっ!!」


 私は頭を抱え、絶叫した。


 泥だらけの地面を這いずり、彼から逃れようとする。

 しかし、蓮は私を追うことはせず、ただその場に立ち尽くし、どこまでも優しい瞳で私を見下ろしていた。


「怖がらせてごめんね。でも、どうしても君にわかってほしかったんだ」


 蓮の声が、私の耳膜を直接震わせる。


「生きていた頃の僕は、最低の人間だった。他人を傷つけても何も感じない、空っぽの人間だったんだ」


 彼はゆっくりと、両手を胸の前で合わせた。

 まるで、祈るかのように。


「でも、あの夜。君が僕を殺した時。君のその瞳の中に、本気の怒りと、悲しみと……僕に対する強烈な『執着』を見たんだ」


 蓮が、狂おしいほど甘く、優しい声で囁く。


「その瞬間、僕は初めて知ったんだよ。誰かにあそこまで強い感情を向けられることが、こんなにも心が満たされることなんだって。これが……本当の『愛』なんだってね」

「違う! 私は、あなたを憎んで……っ!」

「同じことだよ。君の心の中は、今、恐怖と絶望で、僕のことでいっぱいだろう?」


 蓮は、心底幸せそうに微笑んだ。

 物理的な拘束力はないはずなのに、私の体は金縛りに遭ったようにピクリとも動かない。


「君の罪は、君の心は、永遠に僕のものだ。誰にも渡さない。君が死ぬまで、いや、死んだ後もずっと、僕が君のそばで、優しく愛してあげるからね」


 闇の中で、優しい屍の王子が笑う。

 鳴り止まないスマートフォンの電子音と、鼻を突く腐敗臭。

 そして、耳元で繰り返される永遠の愛の囁き。


 私の世界は、彼という狂気の中に永遠に閉じ込められ、完全に幕を閉じた。







(完)

最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

一条蓮の歪んだ愛と、彼女が迎えた結末を見届けていただけたこと、

心より感謝申し上げます。


もし本作を通して、少しでも背筋が凍るような体験を

お届けできたのであれば、作者としてこれ以上の喜びはありません。


よろしければ、画面下部より【ブックマーク追加】や、

【評価(☆☆☆☆☆を★★★★★に)】をしていただけますと幸いです。

皆様からの温かい評価やご感想が、また次の暗闇を描き出すための

大きな原動力となります!

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