第05話:仲直り出来て、ご機嫌な暴君
「おい、そこのクッション! もっとパステルカラーの可愛らしいものに変えろ! アンティーク調の家具ばかりでは、彼女がリラックスできないだろう!」
「は、はいっ! 直ちにピンクのフリル付きと、ウサギのぬいぐるみを配置します!」
放課後の特別生徒会室。
学園の絶対王者たる一条蓮の号令により、一般の役員たちは、重厚なマホガニー調の部屋を必死に『ファンシーでかわいいレイアウト』へと模様替えさせられていた。
事の発端は、今朝のことだ。
登校してきた白石さんから、「今日の4時に生徒会室にお伺いします。会長とお話したいので」と直接告げられたのだ。
スマホという便利な通信機器を持たない僕にとって、彼女からの直接のアポイントメントは、雷に打たれたような衝撃と歓喜だった。
「ああっ……! 申し訳ありません、会長! 来月の予算案の書類、一部に計算ミスが……!」
ファンシーな空間作りでパニックに陥った役員男子が、顔面を蒼白にして床に這いつくばった。
いつもなら「その無能な脳髄ごと書類をシュレッダーにかけてやろうか」と冷酷に言い放つところだ。
しかし、今日の僕は違う。
「……構わないよ。誰にでもミスはあるさ。気づいたなら、ゆっくり直しておいておくれ」
「えっ……」
這いつくばっていた役員が、ポカンと間抜けな声を漏らす。
僕は、背中に花畑の幻覚が見えるほどの満面の笑みで、優しくそう告げた。
「それよりも、皆に伝達事項だ」
僕は、機嫌良さそうに真新しいウサギのクッションを撫でた。
「今日の午後4時、僕の大切な『彼女』がここに来る。だから、午後4時以降はこの生徒会室を完全に立ち入り禁止とする。誰一人として、僕たちの甘い時間を邪魔しないように」
その言葉を聞いた瞬間、役員たちの間にピリッとした緊張が走った。
彼らは怯えたように、視線だけで互いに会話を交わしている。
(……前にも似たようなこと言って立ち入り禁止にして、そういえば『謎解きを楽しんで欲しいから予備の鍵を埋めておけ』って、意味不明な命令出されたよな?)
(あったあった。命が惜しければ、4時前に撤収しよう!)
そんな部下たちの切実な心の声など知る由もなく、僕はただひたすらに、午後4時が来るのを時計を見つめて待ち焦がれていた。
* * *
カチリ、と時計の針が午後4時を指した。
コンコン、と控えめなノックの音が響き、重厚な扉がゆっくりと開く。
「……失礼します」
顔を出したのは、白石さんだった。
ひったくり事件で僕の肉体の秘密を知り、学校を休んでしまった彼女。
嫌われたかもしれないという絶望の淵にいた僕の前に、彼女は少しだけ緊張した面持ちで部屋に入ってくると、僕の目の前で立ち止まった。
(……うん? なんか、部屋がやけにファンシーになってない?)
彼女の視線が一瞬だけウサギのぬいぐるみを彷徨った気がしたが、彼女はすぐにコホンと咳払いをし、真っ直ぐに僕の目を見つめてきた。
「一条先輩。……先日は、助けていただいてありがとうございました」
「いいんだよ。僕の気高い花嫁を守るのは、当然の義務だからね」
「……それです」
白石さんが、少しだけ眉を下げる。
「先輩たちの正体が、本当に人間じゃないってことは分かりました。でも、如月先輩から聞きました。先輩は、不器用だけど根っからの悪い人じゃないって」
(如月の奴、余計なことを……いや、ファインプレーだ。後で最高級のトマトジュースでも奢ってやろう)
「だから……その、花嫁とか、そういう重すぎるのは、やっぱり絶対無理なんですけど」
彼女は少しだけ頬を赤く染め、もじもじとスカートの裾を握りしめた。
「先輩さえ良ければ……探偵の助手とか、まずはお友達からなら……いいですよ」
ドクン、と。
僕の心臓(すでに死んでいるはずの臓器)が、かつてないほどの激しい音を立てて跳ね上がった。
(お、お友達……!?)
僕の命を奪い、スコップで丁寧に埋葬してくれた、美しき破壊神。
彼女のほうから、歩み寄ってきてくれた。
僕の異常な愛情を、完全には拒絶せず、まずは『友達』という関係性からなら受け入れてくれるというのだ。
頭の中が、真っ白に沸騰していく。
喜びという感情の器が限界を突破し、言葉がうまく紡げない。
「ほ、本当かい……!? ああ、破壊神よ。君のその慈悲深さに、僕は今すぐこの身を捧げたい……っ!」
「だから、そういう重いのはやめてって言ってるんです」
ジト目で睨んでくる彼女の顔すらも、愛おしくてたまらない。
友達。友達から始めるのだ。
人間の男女が『友達』になった場合、次に取るべき行動はなんだ?
そうだ、連絡先の交換。そして、デートだ。
僕は高鳴る鼓動を必死に抑え込み、かつてないほどに緊張しながら、彼女に向かって口を開いた。
「そ、それなら……しゅ、週末……!」
「週末?」
不思議そうに小首を傾げる彼女に向けて、僕は最高にクールでスマートな笑顔を作った。
「しゅ、週末、予定が空いていたら、君と連絡を取るための新しいスマホを買いに行くので……い、一緒に行こう、しゅらいしさん」
……やってしまった。
静寂。
生徒会室に、痛いほどの沈黙が降り下りた。
よりにもよって、愛しき彼女の名前を、人生で一番大事なこのタイミングで、盛大に甘噛みしてしまったのだ。
「……『しゅらいしさん』?」
白石さんが、ポカンとした顔で僕の言葉をオウム返しにする。
「あ、いや……違うんだ、これはその、魔界の訛りというか、発声練習の途中で……」
「ぷっ……ふふっ、あははははっ!」
僕が必死に取り繕おうとした瞬間、白石さんが堪えきれないというように吹き出した。
そして、お腹を抱えて、涙が出るほど笑い始めたのだ。
「しゅ、しゅらいしさんって……あはははっ! 絶対王者とか言ってたくせに、噛んでるし……っ!」
彼女のその無邪気な笑顔を見た瞬間、僕の顔は、自分でもわかるほど一気に真っ赤に茹で上がった。
(……ああ、もう。本当に敵わないな)
笑い転げる『しゅらいしさん』を前に、僕は顔を覆いながら、情けなくも幸せなため息をつくことしかできなかった。
「……あははっ、もう、しょうがないですね。スマホの買い出し、付き合いますよ。週末、空けておきますからね」
目元に滲んだ涙を拭いながら、彼女は呆れたように、けれど今日一番の柔らかな笑顔でそう言ってくれた。
こうして、美しき破壊神とのお友達関係と、初めての週末デートの約束を手に入れた僕。
最悪のすれ違いから始まった二人の物語は、ここから極上の甘い日常へと続いていくのだった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
ついにお友達から関係をリスタートさせた二人。
スマホを持っていない王子の精一杯のデートの誘いは、
盛大な「しゅらいしさん(甘噛み)」によって威厳ゼロの結果となりました(笑)。
これにて、第二部『反転する世界』は完結となります!
二人の初めての週末デートや、まだまだ続くモンスター学園でのドタバタな日常は、
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続きを執筆したいと考えております。
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