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屍王子は、安楽椅子に座る。秘密を握られた探偵助手のワタシ〜泥だらけの罪と、学園のささやかな事件簿〜  作者: cross-kei
第02部:反転する世界

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第04話:ホラーな彼氏にもいい所があるかもよ?

「……もうダメだ。僕の生きる希望が、完全に失われてしまった」


 放課後の特別生徒会室。


 学園の絶対王者たる一条蓮は、豪華なアンティークソファにうつ伏せに突っ伏し、この世の終わりのような特大のため息を吐き出していた。


 普段の整った美貌は見る影もなく、その背中からは、周囲の植物を枯らしそうなほどのどす黒い負のオーラが立ち昇っている。


「白石さんが、今日1日学校を休んだ……。きっと昨日のひったくり事件で、僕の不死身の肉体を見てショックを受けたんだ……嫌われたんだ……」


 蓮は、ソファのクッションに顔を押し付けたまま、うわ言のようにブツブツと呟き続ける。


「ああ、心が痛い。こんなに苦しいなら、いっそ旧校舎裏の花壇の土の中に潜って、永遠に腐葉土に癒されていたい……」

「……やれやれ。たった1日休んだだけでこれかよ」


 窓際でジュースを飲んでいた吸血鬼の如月は、呆れ果てたように肩をすくめた。


 書記の犬飼(人狼)も、副会長の神宮寺サキュバスも、「会長がめんどくさいモードに入った」と察して、そそくさと生徒会室から逃げ出している。

 残された如月は、微かに眉間を揉みほぐした。


(このまま放っておいたら、明日には本当に学園中の花壇を掘り返して引きこもりかねないな。……仕方ない)


 手のかかる暴君の世話焼きは、いつだって彼の役目だった。

 如月は黒いマントを翻し、大きく開かれた窓の縁に音もなく降り立つ。

 見上げた夜空には、雲一つない完璧な円を描く満月が、冷たく澄んだ光を放っていた。


   * * *


(……やっぱり、行けなかった)


 暗い自室のベッドの上で、私はパジャマ姿のまま膝を抱えていた。


 ナイフで刺されても一滴の血も出ず、傷が一瞬で塞がる肉体。

 一条先輩たちは、痛い中二病ごっこをしている人間などではなく、正真正銘の『化け物』だったのだ。


 その事実をようやく脳が理解し、どうしても足が学校へと向かなかった。

 親には「少し熱がある」と誤魔化して、1日中部屋に引きこもっていたが、目を閉じればあの血の出ない傷口がフラッシュバックして息が苦しくなる。


 部屋の明かりはつけていない。

 ただ、窓の外に浮かぶ満月の光だけが、あまりにも白く、鮮明に部屋の中を照らし出していた。

 月の表面の海すらもはっきりと見えるほどの、吸い込まれそうなほど澄み切った夜空だ。


 コツ、コツ。


「……え?」


 不意に、窓ガラスを叩く音がした。

 心臓がドクンと跳ねる。

 私の部屋は、2階だ。庭の木が風で揺れてぶつかった音だろうか。


 恐る恐るベッドから降り、カーテンの隙間からそっと外を覗き込む。


「……っ!?」


 悲鳴を上げそうになり、両手で口を塞いだ。

 窓の向こう。2階の宙空に、人が浮いていたのだ。


 月光を背に受けて音もなく宙に浮かんでいたのは、透き通るような白い肌を持つ、見慣れた切れ長の瞳の青年。


「やあ。夜分遅くにすまないな」


 生徒会副会長の、如月先輩だった。

 彼はガラス越しに、ひんやりとした静かな笑みを浮かべている。


(浮いてる……! 吸血鬼だから……!?)


 恐怖で足がすくむ。

 だが、彼から放たれる気配には、昨日ひったくり犯から感じたような暴力的な殺気も、一条先輩のような重すぎる執着もない。

 ただ、夜の静寂しじまに溶け込むような、不思議な穏やかさがあった。


 私は震える手で窓の鍵を開け、少しだけ隙間を作った。


「……な、なんですか。私、化け物に食べられるくらいなら、舌を噛んで……」

「食べないさ。君の血は、ウチの暴君の専用らしいからな。手を出したら俺が殺される」


 如月先輩は、冗談なのか本気なのかわからないトーンで肩をすくめた。


「白石さん。体調が悪くないのなら、少し夜の空を散歩しないか?」

「……え?」

「探偵の助手がいなくなって、ウチの馬鹿な会長が土の中に引きこもろうとしていてね。少しは気が紛れるかと思って、迎えに来た」


 彼はそう言って、窓枠越しに、私に向かってスッと白い手を差し伸べた。


「さあ。俺を信じて、少しだけ目を閉じて」


 本来なら、絶対に手を取ってはいけない相手だ。

 けれど、彼のミステリアスな瞳と、その背後に広がる圧倒的に美しい満月の引力に吸い寄せられるように、私は無意識のうちにその冷たい手を取ってしまっていた。


 ふわりと、体が宙に浮く感覚。


 如月先輩の腕が私の腰を抱き寄せる。氷のように冷たい体温と、微かに甘い独特な香りが鼻先を掠めた。


「目を開けていいよ」


 耳元で囁かれ、恐る恐る目を開く。

 そこには、息を呑むような絶景が広がっていた。


「うそ……」


 私たちは、街を見下ろすはるか上空にいた。

 眼下に広がるのは、オレンジ色に煌めく無数の街の灯り。

 そして頭上には、手を伸ばせば届きそうなほど大きく、圧倒的な存在感を放つ満月が、冷たい光で私たちを照らしている。


 恐怖など、一瞬で吹き飛んでしまった。

 風を切る音すらない静寂の夜空で、私はただただ、人外の者がもたらす魔法のような景色に見惚れていた。


「……綺麗だろ。俺たち吸血鬼の特権だ」


 如月先輩が、自嘲するように小さく笑った。


「あの馬鹿(蓮)は、君が昨日の一件で自分を恐れてしまったと、ひどく落ち込んでいる」

「……当たり前です。あんなの、普通の人間ならパニックになります」

「そうだな。だが、あいつは……いや、俺たち魔界の連中にとって、人間の『普通』を理解するのは途方もなく難しいんだ」


 如月先輩は、夜空の彼方を見つめながら静かに言葉を紡ぐ。


「不器用で、極端で、どうしようもなくイカれてる。……だけど、あいつは根っからの悪い奴じゃない。君を守るために動いたことだけは、嘘じゃないんだ」

「如月先輩……」


 彼は私に向かって、悪戯っぽく、けれどどこか優しげなウインクをした。


「まあ、騙されたと思ってさ。あの『ホラーな彼氏』にも、いい所があるかもよ?」


 最後はいつも通りの呆れ顔に戻り、彼は小さくため息をついた。


 化け物たちのトップに君臨する彼らが、不器用に仲間を庇い、思い悩んでいる。

 その事実が、昨日までの得体の知れない恐怖を、少しだけ柔らかなものへと溶かしていくような気がした。


 満月の冷たい光の下。

 私は如月先輩の腕の中で、自分の胸の奥に、ほんの少しだけ温かい感情が芽生えるのを自覚していた。

【作者あとがき】

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

恐怖で学校を休んでしまった白石さんを迎えに来たのは、空飛ぶ吸血鬼の如月先輩でした。

「ホラーな彼氏にもいい所がある」という彼の粋なアシストにより、

少しだけ人外への恐怖が薄らいだ夜の散歩。

ここから二人の関係(と苦労人の胃痛)はどう変化していくのでしょうか?


皆様の応援が力の源です。もしよろしければ、評価やフォローで応援していただけると嬉しいです!

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