第03話:ホラーすぎて、嫌いになった?
あの一件で、私は先輩の謝罪の見届け人となり、先輩も懸命に謝ってくれた。それ以来、なぜか一条先輩と一緒に下校する日々が続いている。
夕日に染まる通学路。
私の隣には、涼しい顔で歩幅を合わせてくる学園の絶対王者がいた。
「生徒会長がこんなところで油を売っていていいんですか? 仕事、山積みでしたよね」
私がジト目で睨みつけると、一条先輩はふわりと花が咲くような笑顔を向けた。
「僕の最優先任務は、愛しき花嫁のボディガードだからね。雑務なんて、如月たちに任せておけばいいんだよ」
さらりとトンデモ発言を口にする彼に、私は深いため息をついた。
真面目に反省して謝りに行ってくれたあのしおらしさはどこへ消えたのか。
結局のところ、彼は「自分の命を奪った私」に対する異常な執着(彼の中では愛情らしい)をさらに拗らせ、こうして毎日ストーカーのように張り付くようになってしまった。
(……まあ、実害はないからいいけど)
中二病の痛い設定を引きずっているとはいえ、顔だけは国宝級に整っている。そんな彼が「君を守る」と隣を歩いている状況は、正直に言えば、少しだけ悪い気はしなかったが、すれ違う男性全てに殺気を向けるのは大至急やめていただきたい。
「キャアアアアアッ!!」
不意に、前方から女性の甲高い悲鳴が響き渡った。
ビクッと肩を震わせて顔を上げる。
数十メートル先で、若い女性が地面に倒れ込んでいた。
そして、その女性から黒いハンドバッグを奪い取った男が、猛スピードでこちらへ向かって走ってくるのが見えた。
「どけッ! 邪魔だ!!」
ひったくり犯だ。
男の右手には、女性のバッグの紐を切り裂いたであろう、ギラギラと光るサバイバルナイフが握られていた。
逃げ道はない。
男の進行方向には、私しかいなかった。
ナイフの切っ先が、私の顔面に向かって真っ直ぐに迫ってくる。
(あ、殺される)
恐怖で足がすくみ、声すら出ない。
私は反射的に、きつく両目を閉じた。
ドスッ、という鈍い音が耳元で響く。
しかし、いつまで経っても私に痛みは訪れなかった。
「……え?」
恐る恐る目を開ける。
私の目の前には、広い背中があった。
一条先輩が、私を庇うように立ちはだかっていたのだ。
ひったくり犯が振り下ろしたナイフは、一条先輩の左腕、制服のブレザーを貫通し、深く肉に突き刺さっていた。
「せ、先輩ッ……!」
血の気が引いた。
心臓が早鐘のように打ち鳴り、呼吸がうまくできない。
私のために。私を庇って、彼が刺されたのだ。
「い……いきなり飛び出すからだぞ。俺は悪くねぇぞ!」
ひったくり犯は焦ったようにナイフを引き抜こうとする。
だが、一条先輩はナイフが刺さったままの左腕をピクリとも動かさず、ただ静かに、犯人を見下ろした。
「……君さ。僕の気高い花嫁の前で、ずいぶんと野蛮な真似をするね。消滅する?」
その声は、地を這うように低く、絶対零度の冷たさを帯びていた。
学園で一般役員たちを震え上がらせていた、あの絶対王者の濃密な殺気だ。
ひったくり犯の顔が引き攣り、怯えの色が浮かぶ。
「ヒッ……! は、離せッ!」
男がパニックになり、力任せにナイフを引き抜いた。
ズプッという生々しい音とともに、凶刃が先輩の腕から抜け落ちる。
(血が……!)
私は悲鳴を上げそうになり、咄嗟に口を覆った。
だが、次の瞬間、私の目は信じられないものを見た。
制服の生地は無残に引き裂かれているというのに。
ぱっくりと開いたはずの傷口からは、赤い血が一滴も流れていなかったのだ。
それどころか、傷口の奥にある黒々とした肉がウネウネと蠢き、瞬きをする間に、傷跡ひとつ残さずに完全に塞がってしまったではないか。
「な、なんだお前……血が……傷が……ッ!?」
ひったくり犯は、尻餅をつきながら後ずさった。
ガチガチと歯の根を鳴らし、まるでこの世の終わりでも見たかのような絶望顔になる。
「ヒ、ヒィィィィィッ! バケモノォォォォォッ!!」
男は奪ったバッグもナイフもその場に放り出し、腰を抜かしたまま、這うようにして路地裏へと逃げ去っていった。
残されたのは、静寂と、ナイフの転がる冷たいアスファルトだけ。
私は、ガクガクと震える膝を必死に堪えながら、目の前の男の背中を見つめていた。
(血が、出ない。傷が、一瞬で塞がった)
ミカが言っていたトラウマの言葉が、脳内でリフレインする。
『血が一滴も出ないの。一瞬で傷が塞がって……人間じゃないバケモノだと思って、逃げ出したわ』
「ああ、驚かせてごめんね、白石さん」
一条先輩が、ゆっくりと振り返った。
破れた制服の袖口から見えるのは、傷ひとつない滑らかな白い肌だ。
彼は、つい先ほどナイフで刺されたことなど微塵も気にする様子もなく、とろけるような甘い笑顔を私に向けた。
「怪我はないかい? 少しヒヤッとしたけど、僕の頑丈な肉体が役に立ってよかったよ」
血の通っていない、冷たくて美しい、グール(屍)の微笑み。
中二病? 手品ナイフ?
そんな現実逃避の言い訳は、もはや一切通用しない。
(……ウソでしょ)
私の正常性バイアスが、音を立てて粉々に砕け散る。
目の前で首を傾げるこの超絶美形は、痛い設定の人間なんかじゃない。
本物の、正真正銘の、化け物だったのだ。
【作者あとがき】
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
ボディガードとしての役目を完璧に果たした一条先輩。しかし、
その圧倒的な雄っぷり(?)と引き換えに、白石さんの「中二病のごっこ遊び」という
現実逃避の言い訳が完全に粉砕されてしまいました。
化け物だと確信してしまった彼女は、果たして明日からどうなってしまうのでしょうか……!?
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