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第2話「悪魔と毒舌少女と私」

 翌朝、小春は今までになく爽やかな気分で目を覚ました。


 昨夜の出来事が夢だったのかと思いかけたが、パソコン台の近くにある椅子に座って読書をしている男の姿を見て、全てが現実だったのだと理解した小春。


「おはよう、こはるちゃん」


 ドラペンサーは本を閉じて振り返った。

 朝の光に照らされた横顔はまるで絵画のように美しく、その言葉は悪魔の囁きよりも甘く聞こえた小春は顔が赤くなる。


「お、おはようございます……」


 小春はどもりつつも挨拶を返した。


「その……着替えたいので……後ろ向いてもらえますか?」


 小春はもじもじとして、ドラペンサーへ伝える。


「ふふーん。出ていってって言わないんだー?」


 貴族のような見た目なのに、中身は悪戯っ子なドラペンサーはニヤニヤしながら小春へ言う。


「ドラちゃんが他の人に見られたら……私が困るし……だから!」


 小春が精一杯の反撃をする。


「わかったよ、後ろ向いてるから。終わったら呼んで」


 ドラペンサーは後ろを向いて、また本を読む。

 私が買って来た本を読まれるのは着替えを見られるくらい恥ずかしかった小春は急いでタンスから着替えを取る。


「もう……すごい、恥ずかしい……」


 パジャマを脱いで、丸裸になった小春はチラチラとドラペンサーが見ていないか監視しながら着替えを済ます。


「終わったよ、ドラちゃん」


 ドラペンサーは椅子を回して小春に向き直る。


「今日もかわいいね!こはるちゃん」


 その一言で顔がまた赤くなる小春。

 熟れたりんごもビックリするに違いない。


「じゃあ、私……学校行ってくるから、大人しく待っててよね」


 ドラペンサーは微笑んだ。


「やだなぁ。僕も一緒に行くよ?」


 まるで、当然じゃないかと言わんばかりの言葉に早口で小春が答える。


「だーめ!ドラちゃんが学校に来たら、色々とややこしくなるし!先生も黙ってないよ」


 悪魔は不敵に笑う。


「心配しないで。悪魔の力を舐めてもらってはいけないよ?」


 ドラペンサーは自信に満ちた笑みを浮かべた。


「なにするつもりですか?」


 小春は心配になって、色々と考える。

 透明魔法とか?認識阻害の魔法とかあるのかな?


「それに、こはるちゃんの側に居たいんだ」


 ドラペンサーは小春の質問に答えないで、はぐらかした。

 小春は気付かずにポッと頬が染まる。


「その前に能力制限を解除する言葉を言って欲しいんだよね。こはるちゃん『トゥール』って言ってみて」


「トゥール?」


「そうそう。その発音で、僕を想像しながら言ってみて」


 小春は首をかしげながらも、言われた通りにした。


「トゥール」


 その瞬間──


 ドラペンサーの体に光が包まれた。そして光が消えると、そこにいたのは──


 小春と同じくらいの身長の、少年だった。


「え?えええっ〜!?」


 小春は目を丸くした。


 確かにドラペンサーの面影はあるが、体格が完全に中学三年生になっている。そして着ている服も──


「制服……?」


 小春と同じ学校の男子制服を着ていた。

 しかも、まるで最初からそのサイズに合わせて作られたかのようにぴったりと合っている。


「すごい……魔法なんですか……?」


「うーん、似たようなものかな?でもこれで、一緒に行けるね――」


 ドラペンサーは身体を屈めて小春に言う。


「お姉ちゃん!」


 ズッキュ〜〜〜ン!!!

 小春のハートにクリティカルヒット!!

 鼻血がちょびっと出てしまう小春は背中を向ける。

 満更でもない顔……いや、頬が緩みっぱなしの小春は息を整えて言う。


「しょうがないわね!じゃあ、一緒に行こう!」


「こはるちゃん……ちょろすぎ……」


 ドラペンサーは苦笑いしていても、同行の許可をもらったことに胸を撫で下ろす。


 小春が後悔したのは、学校が見えたあたり。


「どうしよう……記憶が曖昧でいつのまにかドラちゃんと学校まで来ちゃった……」

 

 学校に到着すると、案の定、ドラペンサーは多くの視線を集めた。


 しかし不思議なことに、誰も彼のことを「新しい転校生」だとは思わなかった。

 まるで最初からクラスにいたかのように、自然に受け入れられている。


「あれぇ〜?……なんで誰も不思議に思わないの……?」


 小春は驚きを隠せなかった。

 ドラペンサーを見ると、指でVサインを出していた。


「ね!大丈夫だったでしょ?」


「う、うん。……またなんか魔法使ったのかな?」


 どうにも釈然としないが、気にしすぎるのも馬鹿馬鹿しくなった小春は自分のクラスへ向かった。


「なんで同じ席に座るの〜!?」


 席に座った小春と同じ席に座るドラペンサー。

 いくら小柄な女の子とは言え、椅子の面積の半分近くを取られては座りずらい。


「えぇ〜?良いじゃん」


 悪びれもせずに小春と密着するドラペンサー。


「ぐぬぬ…………もう!知らない!!」


 心拍数が上がる小春は本当に嫌と言うわけじゃないようで、少し悩むも諦めた。


 朝のホームルームが始まるも、担任の先生はドラペンサーの存在を当然のものとして扱った。出席簿にも、最初から彼の名前があるようだった。


 しかも、同じ席に2人座っていても誰も何も言わない辺り。

 ドラペンサーが何かしているのは明白だった。


「こんにちは、小春さん」


 授業の合間の休み時間、小春のもとに一人の少女が近づいてきた。


 ひそか 時雨しぐれ。小春のクラスメイトで、文芸部に所属している十七歳の少女だった。学年は上だが、飛び級で小春と同じクラスにいる。


 長い黒髪を後ろで束ねて、クールで大人びた雰囲気を醸し出している。成績優秀で、特に国語の成績は学年トップ。しかし、その分、他人に対する評価も厳しかった。


「あ、密さん……」


 小春は緊張した。密とは普段、あまり話をしない。

 というより、密の毒舌が怖くて、できるだけ関わらないようにしていた。

 小春が苦手とするタイプだ。


「最近、小説投稿サイトをよく見るのだけれど」


 密は冷たい口調で言った。


 「あなたも投稿してるのよね?」


 小春の顔が青ざめた。バレている?


「え、えーっと……」


「『妖精の焼き立てパン』。ペンネームは『雨音』」


 密はずばりと言い当てた。


「どうして分かったんですか……?」


 個人情報を晒した覚えなんてない。


「文体よ。普段の作文と癖が同じ。それに、登場人物の特徴が、あなたの周りの人物と妙に一致してる」


 密の観察力に、小春は戦慄した。


「それに、簡単に引っかかるんだもの。シラを切られたら終わりだったのに」


 あ、悪魔だ……ここにも悪魔がいる……そう思った小春。

 密は容赦なく続けた。


 「それで、感想だけど。正直に言うと、かなり稚拙ね」


 小春の心臓がドキッとした。


「設定は悪くないけれど、文章が単調。キャラクターの描写も浅い。それに、展開が予想できすぎる」


 密の言葉は、まるで刃物のように小春の心を切り裂いた。


 ぐはっ!と、擬音が聞こえそうなほどにダメージを受ける小春。


「特に主人公の心理描写。もっと深く掘り下げるべきよ。表面的すぎて、読者が感情移入できない」


 淡々と批評される小春。

 減るSAN値。


「そ、そんな……」


 小春の目に涙がにじんできた。

 せっかく創作意欲が回復したのに、また心が折れそうになる。


「それに、妖精たちの設定も甘い。私だったら──」


「言い方に気を付けなよ」


 突然、ドラペンサーが立ち上がった。


「あなたの想いが、彼女を傷付けることもあるんですよ」


 密は驚いて振り返った。


「あなたは……」


「ドラペンサーだよ。こはるちゃんだけには、ドラちゃんって呼ばれているけどね」


「それで、言い方でしたっけ?本当のことを言って何が悪いのですか?」


 密は自信満々に自分が思う正論をドラペンサーに突きつける。


「本当のことをそのまま言うのは、君こそ幼稚じゃないかな?」


 ドラペンサーは穏やかに言った。

 でも、瞳は笑っていない。


 「馬鹿馬鹿しい……本当のことを言わなければ、彼女はいつまでも成長しない!」


「僕はそう思わない。相手のことを想って伝えるなら、相手の気持ちを想い、言葉も考えて伝えなきゃ意味がない。どんなに正論だろうとね」


 ドラペンサーは毅然として答える。

 密の表情が険しくなった。


「批判することこと自体は大切だよ。でも、相手の心を傷つけることと、作品を良くすることは全くの別物なんだから。君の情熱でしっかりと言葉を選んで調理しなよ」


 ドラペンサーは流れで小春の肩に手を置いた。


「こはるちゃんは今まで自分だけの力でやってきた。その努力を認めることから始めよう?」


 密は言葉に詰まった。


 ドラペンサーは小春を優しく抱きしめた。


「もーう、こはるちゃんってばダメージ受けすぎ!戻ってこーい」


 頭をよしよしと撫でられて、小春の緊張が少しずつほぐれていく。

 SAN値が全快した。


 周りにいたクラスメイトたちが、一斉に注目した。特に女子生徒たちは、羨望の眼差しでその光景を見つめている。


「あの子、誰と抱き合ってるの?」


「すっごいイケメン!」


「付き合ってるのかな?」


 ひそひそと噂が飛び交う中、小春の顔は真っ赤になった。


「ど、ドラちゃん……みんな見てます……」


「気にしないの!」


 ドラペンサーは微笑んだ。


 「君の笑顔を守ることの方が大切だもの」


 密は複雑な表情でその様子を見ていた。

 自分の言葉が小春を傷つけたことはドラペンサーとのやり取りで理解できた。

 でも、素直に謝ることができない密。


「私は……くっ!」


 密はそう言い残すと、その場から立ち去った。


 小春はまだドラペンサーに抱きしめられたまま綺麗な目を見て伝える。


「ありがとう、ドラちゃん……」


「どういたしまして」


 ドラペンサーは優しく答えた。

 密が教室を出る際に、ドラペンサーに視線を向けた。

 その意味を分かっていたドラペンサーは誰にも聞こえない声で。


「本当に綺麗な原石がいっぱいいるなぁ。この世界は」


 その後、ドラペンサーは小春が手を払うまで撫で撫でしていた。


「もう!わたし猫ちゃんじゃないの〜!!」


「かわいいなぁ〜こはるちゃん。ほーれ」


 今度は頭ではなく、顎あたりを撫でるドラペンサーに手懐けられる小春。

 クラス全員の女子から、妬みの視線が降り注ぐ。


「もー!!勝手にすれば!!」


 ドラペンサーは心の中で言う。

 こはるちゃん、ちょろすぎると。

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