ゴブリン 3
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目を覚ますと、私はマユの背に背負われていた。
それを瞬時に理解した私はすぐに寝たふりを始めた。
マユの背に背負われる。それは、マユが私を救ってくれた日以来……。
マユの大きな背に背負われると私はどうしょうもなく幸せになる。寝息を立てるふりをしながら私はマユの背の温かさを目一杯楽しんだ。
「……」
……多分、マユは私の寝たふりに気付いているだろう。
少し恥ずかしい気持ちもあるが、それで構わない。寧ろ、マユには私の気持ちに気付いて欲しいのだから。
マユが私を救ってくれた日から、私にはマユしかいないことを。
「お二人はどのようなご関係で?」
マユの隣を歩く女性が言った。女性はゴブリンに服を破かれたのか、マユの赤い外套を体に羽織っていた。
「……あなたと同じようなものです」
「……そうなの。その子も辛い目に遭ったのね」
女性は私を見て──視線がカチリと合わさった。私は急いで人差し指を口の前に立てた。女性は私に微笑みを返した。
「そうだ。あなた様はすさまじい強さでしたけれど、聖剣はどんな聖剣なの?」
この質問は、マユには辛いだろう。
聖剣の能力は、この世界において何よりも重要視される。もし、旅の途中でとても便利な能力をもつ聖剣を拾った人がいたとして。その人はきっと今後の人生に困らないだろう。
治癒の聖剣が良い例だ。
治癒の聖剣にも色々あるが、万能なものであれば千万を超える価値になるし、売りつけず自分で治癒師を名乗ればどこに行っても重宝される。
故に、初めて会った相手には、名前の次に聖剣の能力を尋ねる。
そんな質問に対し、聖剣を使えないマユの答え方は──
「話せば種が割れてしまうような弱い聖剣なので、教えられません」
これだ。
「……ふ」
あ、しまった。つい笑ってしまった。
「アカ。ごめんなさい。起きたから、自分で歩くね」
私はマユの背から下ろしてもらった。
「アカ? それがあなたの名前?」
「……はい。そうです」
もちろん偽名だ。マユは本名がバレると大変なことになるので、そう名乗ることにしているのだ。
「あなたは?」
女性が私にも名前を聞いてきた。
「私はアオです」
「あら、アカとアオなのね?」
「私には名前がなかったので、赤に合わせて青にしました」
「……そう。いい名前ね」
女性はそう言って私の名前を撫でた。
「お姉さんのお名前は何ですか?」
「私はリデチ・ロングロンよ」
「……ロングロン? もしかして、貴族様ですか?」
「あら、物知りね。そう、私はロングロン伯爵夫人よ」
「……すごい」
「すごくないわ。貴族に生まれただけ」
と、そこまで話して私はマユの横顔を見た。マユの表情は変わらない。しかし、私にはマユの内心が読めていた。
……マユは良く思っていないだろうな。
マユは貴族とのつながりを持ちたがらない。これまでにも何度か貴族を助けたことがある。しかし、マユは徹底して貴族から遠ざかろうとした。
理由は想像に難くない。
『Miserable Mayu』
貴族がそれを知らないはずがないからだ。
聖剣を使えない。それはつまり、その男がマユであるという証拠。故に、バレるわけにはいかない。
もし、貴族に気に入られて仕事に呼ばれでもしたら、聖剣についてバレる可能性が増えてしまう。
「アカ様。ぜひ、お礼をさせてくれませんか? あなたは、私がゴブリンに殺される寸前を救ってくださった命の恩人ですから」
やはりこうきてしまった。当然だ。命の恩人にお礼をしないなんて、そんな無礼者はいない。
そのロングロン夫人の言葉に、マユは答えた。
「たまたま条件が揃っていただけです。あなたが助かったのは、あなたの運が良かったから。私の功績ではありません」
マユは貴族相手でなくても、誰にでもこの答え方をする。
聖剣が使えないせいで、人の命を助けたお礼すら受け取れないなんて。
「もし、アカ様の言う通りに、私の運が良かったからなのだとしても、私がお礼をしたいのです」
「いえ、私は木っ端の冒険者。私などに助けられたことを知られては、あなたの名に傷がついてしまいます」
「あなたにお礼をしないほうが私の名を傷つけてしまいます」
あ、この言葉。
「では、その傷を抱えていただく。それをお礼とさせていただけませんか。私には事情があり、どうしてもお礼をいただくわけにはいかないのです」
ロングロン夫人は、マユのトラップにかかってしまった。
「……事情があるのですね?」
「はい」
「……分かりました。では」
ロングロン夫人は指から指輪を外した。
「この指輪を受け取ってください。私には聞かざる趣味がありませんので、あまり高価なものではないのですが、多少のお金にはなりますから」
「……いただけません」
「この指輪を受け取ってくださらないと、私はあなたに救われたことを口外してしまうかも?」
「……」
これは……。ロングロン夫人はなかなかのやり手だ。マユの誘導にかかりながらも、上手く立ち回った。
「……ありがたく頂戴致します」
マユは指輪を受け取った。
「アオちゃん」
ロングロン夫人はしゃがんで私に話しかけた、。
「アオちゃんの指には合わないかもしれないけれど……」
そう言って指から外したのは、綺麗な装飾が施された銀の指輪だった。
「いいのですか?」
「ええ。アオちゃんも私の為に大変な思いをしたわよね。それに対する謝罪とお礼の気持ちよ」
私は指輪を受け取り、強く握りしめた。
「……大事にします」
「ありがとう」
それから私とマユはロングロン夫人を安全な場所まで送り届け、元の旅路に戻った。
「マユ。ありがとう」
マユは何も言わなかった。
その指輪は、マユの人生を大きく変えることになった。