ゴブリン 2
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血に塗れて立っていたマユには沢山の切り傷があった。切り傷のほかにも打撲に裂傷、ゴブリンに噛みつかれた跡もあり、まさに満身創痍だった。
「マユ!」
マユに駆け寄り、マユの手を握る。
「大丈夫……?」
マユの目を見ると、マユは血だらけの顔で私を見て、小さく頷いた。
「洗わなきゃね」
私がそう言うと、マユは何も言わずに川がある方へ歩き出した。私も体を洗うためにマユに続いた。
マユが服を脱いだ。そして、血だらけの上着を腰に巻くと川へと入っていった。私は服を脱がずに川へ入った。
血が洗い流されていく。
「つッ……」
マユの傷に川の水が染みるみたいだ。マユの表情が歪んだ。
私は自分の腕の傷を見つめた。先程ゴブリンの足の爪によってできた切り傷だった。
傷は治せる。簡単に。
治癒の聖剣。その欠片。それなりに高価だが、買ってしまえば一生傷に困ることがないその聖剣を傷口に当てれば、たちまち傷は治せる。
しかし、マユには使えない。
マユには聖剣を使えない。マユは聖剣を使えないから。
マユの傷は自然治癒を待つしかない。毎日死の危機に遭遇するかもしれない冒険者にとって、そんなの圧倒的なディスアドバンテージ。
私は治癒の聖剣から手を離した。自分の切り傷を治すことなくそのままにした。少しでもマユの気持ちを理解したいから。
体と服の血を流し終えると、マユは服を着替え、濡れた服を絞り、リュックに突っ込むと、リュックを背負った。私もそれに習った。
「移動しよう」
マユはそう言った。私もそれに賛成だった。あまりにも、血腥い。
「あ……」
その時、ゴブリンの死体の中から、私は違和感を見つけ出してしまった。
それは、ゴブリンがつけるにはあまりにも不釣り合いな、女性的なネックレス……。
「マユ」
私が声を掛けると、マユは立ち止まって振り向いた。私はネックレスを指さした。
「これ、女の人の……」
私がそう言うと、マユは少し黙り込んだ。そして私に背を向けた。
女の人が生きている見込みは薄いだろう。既にゴブリンの食料として散り散りになってしまっているだろう。
しかし、見つけてしまったからには無視することはできない。そんなことをしたら、あまりに寝覚めが悪いから。
ここで、私に力があればよかったのだけれど。
私はまだ、マユに頼るしかない。
──
歩き続けると、そこにはゴブリンの巣があった。
マユはすごい。ここにゴブリンの巣があると分かっていたかのように迷わず進んでいた。今度、ゴブリンの痕跡の見つけ方などを教わりたい。
ゴブリンの巣の前には三体のゴブリンが彷徨いていた。その中にはもっと大量のゴブリンがいるのだろう。
「あ」
そこには、女の人のものと思われる真珠が転がっていた。
「マユ……」
マユは私に向けて人差し指を立てた。私は頷いて、先程と同じように草藪の中にしゃがみ込んだ。
──
マユは三体のゴブリンの背後に周り、静かに歩み寄ると素早く三体の頭を潰した。素早い手際、ゴブリンから悲鳴が上がることはなかった。
マユは一息もつかずゴブリンの巣、その洞穴に入っていった。
私はその後ろ姿に無事を願った。
──
夜が明け始め、だんだんと空が白み始めた。草藪には小さな水滴がつき始め、私の服を濡らしていた。
その時、一匹のゴブリンが洞穴から出てきた。何かから逃げるように「ギィギィ!」と悲鳴を上げながら走っていた。
「ギ」
目が合った。
「ッ!」
私は草藪の中に潜り直した。ゴブリンは私のいる草藪を見つめて固まっている。
……こっちに来るなこっちに来るなこっちに来るなこっちに来るな!
…何かから逃げていたんでしょう。じゃあ早く逃げなきゃ。私という獲物がいたからって、逃げることを忘れないで……!
「ギャア!」
ゴブリンはこちらに向けて走ってきた。手の爪を鋭く光らせながら涎を垂らして走ってくる。
「ハッ……! ハッ……!」
大丈夫……! 私には自分に降り掛かった危機を自分でどうにかする手段がある……!
マユが私にくれた聖剣の欠片がある……!
だから、落ち着いて……! 震えないで……!
自分でどうにかするんだ……!
しかし、私がその聖剣をゴブリンに向けた時にはすでに、ゴブリンとの距離は1メートルあるかないかだった。
「あ」
この聖剣の欠片の能力は爆破。投げて使うものだ。
しかし、この距離。この距離で爆破させてしまえば、私も無事ではすまないだろう。
迫るゴブリンの鋭い爪が視界に入った。
……マユ──
──
「ああああああああ!!!!!」
ゴブリンと、私の右腕が吹き飛んだ。
「ひっ……ひっ……」
呼吸が落ち着かない。右腕が吹き飛んだ。ゴブリンは? 下半身。上半身がない。殺せた。よかった。右腕。痛い。右腕が。
「落ち着け」
あ……マユの声だ。
マユは私の顔を鷲掴むように片手でむぎゅっと掴んでいた。
「うう……」
私は間抜けな声を漏らした。
「エリシャ。こういう時にまずすることは?」
「ひっ……ひっ……」
「エリシャ」
マユが私の目の前で指をぱちんと鳴らした。
すると、マユの顔が突然鮮明に見えた。
「治癒の聖剣……」
「そうだ」
私は首にネックレスのようにしてかけている治癒の聖剣の欠片に左手で触れた。すると、治癒の聖剣の欠片は白く光り輝き、そして、私の右腕は徐々に治る──いや、生えていった。
そして、痛みが引いた。
「マ、マユ……」
マユは私の頭を少しだけ撫でた。
「よくやった」
私はその言葉があまりにも嬉しかった。そして、安心したのか意識を失った。