ゴブリン 1
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マユには目的地がない。
マユには目標がない。
──と、私は思う。何故ならマユはまるでその日を生きることができれば満足というように、毎日毎日ひたすらに歩き続けるだけだから。
一度、マユに聞いてみたことがある。夜の中に輝く焚き火。その揺らめく明かりに照らされるマユの顔を見つめながら。
「マユ。この旅の目的は?」
マユはいつも通り何も言わなかった。
いや、いつも通りではなかった。私はマユの眉間に皺が寄ったのを見逃さなかった。
私はマユからもらえた久しぶりの返答(言葉ではなかったけれど)に嬉しくなり質問を続けた。
「どこかに行きたいの?」
マユは答えない。
「誰かを探しているの?」
マユは答えない。
「何かしたいことがあるの?」
マユは──
「寝ろ」
マユはそう言った。
そして、続けて言った。
「俺には、何もない……」
その言葉を、私は忘れることができない。
……その夜。私は草を踏みしめる音に目を覚ました。
まだ夜だった。焚き火は既に消えかかっていた。
「マユ……?」
マユはすでに目を覚まし、何かを警戒するようにしゃがんでいた。そして、私に向けて人差し指を立てた。
私は口を噤んだ。
これは今までにも何度かあった。危険が迫っているサインだ。
私は音を立てないようにマユの傍に近寄り、マユの服の袖を掴んだ。
マユは私の手に触れると、一瞬だけ私の手を握り、そして離した。マユのその行動が、私を安心させる為半分、服の袖から手を離させる為半分の行動だと知っていた。
それを承知で、私はマユの服の袖を掴んだのだった。
ガサ、ガサ……と、また足音。何者かが近くにいる。
私は手を強く握る。そして、自分が何をするべきか考える。私がするべきことは、とにかくマユの邪魔にならないこと。
……マユが行動を起こした瞬間に、草藪の中に飛び込もう。
マユは腰から小さなナイフを取り出した。金属の擦れる小さな音が響く。
そして──
「ぐ」
マユが走った。そして、木の裏から現れた『それ』の喉にナイフを突き刺した。
「ぐごッ……が……ぐ……」
そして、音が止んだ──。
「マ──」
マユの人差し指が私に向けられていた。私は静かに草藪の中に潜った。
ガサ……ガサ……と、足音が聞こえた。それも、今度は一つではない。いくつかの足音が連なって聞こえる。
マユはナイフをしまい、立てかけてあった赤錆を手に取った。
「……」
──
始まりの音はマユの赤い一撃。
「ゴッ!!!」
断末魔。ゴガッ──と、『それ』の頭蓋骨が潰れる音が聞こえた。
「ギャァァァー!!!」
その時、私は『それ』の正体を見た。
それは、人と同じ進化を遂げた五本の指で武器を握る。
それは、低い知能故に自らの死を恐れず死地に踏み込む生粋の魔物である。
それは、数の暴力で強者すら蹂躙する群れという一つの生き物である。
その名も──ゴブリン。
「ギィィギャァァァ!!!!」
思わず耳を塞いだ。夜の暗闇の中で悪夢のような雄叫びが四方八方から聞こえた。
その中心には聖剣をもたない弱者。マユ。
ゴブリンが突っ込んでくる。それは排水口に流れ込む水のようであった。マユを中心の一点とし、それ目掛けて全力で突撃する。
ゴブリンのもつ武器は多種多様。棍棒に槍、剣に石。
百を超える無限通りの連撃が、マユを襲い──
「マユ……!」
──関係なかった。
マユがしたことは一つだけ。
先頭のゴブリンに向けて思い切り赤錆を振るっただけ。
ぐちゃ……と、先頭のゴブリンの首が分断される。聖剣の美しい斬撃ではない。赤錆の強引な切り口──否、潰れ。
ゴブリンの赤い血が宙に舞う。
惨劇の始まり。
──
それからは分からない。
私はゴブリンに背中を踏まれる痛みを堪えながら頭を抱えるばかりだった。
いつしか、音がなくなり、顔を上げると、そこには血だらけのマユが立っていた。
「ハァ……ハァ……」
耳を澄ますと、マユの荒い息づかいが聞こえた。
夜の闇に包まれて目には見えないが、足元には血液の海ができていた。
「マユ……」
声を掛けると、マユはこちらを見やり、そして何も言わなかった。