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睡中都市  作者: 時津橋士
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私からキミ

 九 私からキミ


 キミへ。睡中都市(すいちゅうとし)の物語はこれでお(しま)いだ。思えば、長い旅を共にしたね。一緒に居てくれて、ありがとう。随分(ずいぶん)といい旅だったように思うけれど、キミはどうだったかな? かつての私が書いた基盤(きばん)の上の世界を、私が夢みて、その中に、読者であるキミが居て、私がそこで体験したことを物語にした。一見するとまるで辻褄(つじつま)の合わないことのように思えるよ。でも、それらは一切の矛盾(むじゅん)なく、整列していたんだ。だからこうして私の物語が完成した。不思議だね。

 浮雲山房(うきぐもさんぼう)のある夏見町(なつみちょう)に、キミはいなかった(はず)だ。実際、私は幾度もキミが居てくれたらと思ったし、あの場所での出来事を事細かくキミに伝えたかったから、手を抜かず、克明(こくめい)に世界を記述したつもりだ。でもね、今になって思うんだ。キミはずっと一緒だったんじゃないかってね。姿こそ無かったけれど、キミはいつでも、少し高い、俯瞰(ふかん)したような位置に居て、私とトキハシの話を聞いていたし、ヨウゾウとすれ違ったし、ジョバンニやチヨ(ばあ)のことも見ていたし、待ち杉とも会って、カクのことも知っていて、祭りも一緒に行ったんだ。そんな筈はないのに、どうしようもなく、そんな気がするんだ。

 汝待(なまち)神社の灯籠(とうろう)流しで、私は夢から()めた。それ以来、私は睡中都市を訪れていない。以前の私であれば、あれを単なる長大な夢だと片付けることができたのかもしれない。しかし、今の私にとって、睡中都市は決して幻想などではない。実在している。根拠はあの夢しかないけれど、睡中都市は私たちが思っているよりもずっと身近にあるような気がするんだ。例えば、空気分子の間や水面の裏側、私たちの塩基配列の中なんかにね。そして必要な時には、いつでもそこへ繋がることができるんだ。夢みるという行為、つまりは広義の創作によってね。そして、私たちの宣言で世界は書き()えられる。良くも悪くもね。私たち広義の作家には等しくその能力があるんだ。

 まさかキミは今になってこれを他人事とも思わないだろうね。誰がなんと言ったって、私もキミも、当事者、作家なんだ。それもとびきり偉大な、ね。私たちは夢に接続することで在りもしないゲンジツを書き換えることだってできるし、描いた夢を実現させることもできる。これは決して特別なことではないんだ。たったひと言の宣言で、世界は一変する。それは与えられた牢獄(ろうごく)を破ることだからだ。どんな世界にどんな価値観で生きるかを決めるのは私たちだ。もっとも、あれだけの旅を共にしてきたキミのことだから、こんなことはわざわざ私が言うまでもなく、知っているね。

 そういえば、キミと私の間では時間の流れが違うようだね。私は今、睡中都市のあとがきを書いている最中だけれど、キミは完成した睡中都市を読んでいるのだろう? それでいながら私たちは睡中都市に同時に存在していた。これは創作の常なのだろうけど、やっぱり少し、不思議だね。一体、キミは私にとってのなん年後の未来に居るのだろう。五年? 十年? 二十年? それ以上? すぐ近くかもね。もしかしたら私とキミが物質世界で会うことは叶わないのかもしれないね。でも、それは問題じゃない。私たちには広義の創作があるじゃないか。会おうと思えば、いつでも会えるんだ。全ての創作が集う、時空すら超越した睡中都市で。だからキミ、創作を止めないでくれ。

 そうだ。カノンやカンパネラと一緒にキミの創作について聞いたことがあったね。睡中都市にはキミの創作も息づいていることだろう。次の旅では、その存在に会いに行こうじゃないか。トアノやアリスエも連れてさ。ウツギやトキハシは来るかどうか分からないけどね。今から、私はその日が来るのを楽しみにしているよ。

 睡中都市が消滅したと、分かってはいるんだけれど、実のところ、私は半分以上、それを信じていないんだ。明日にでもうっかり、そこへ迷い込みはしないかと、毎晩期待と共に眠りについているんだ。

思い描いたものは実現すると、私は今回の旅をとおして、知った。きっとこれから、それは実感を(ともな)った感覚になってゆくのだろう。

創作とは、思っていたよりもずっと広い意味を持っていたんだね。人が自分自身の意志で生きることとそれとの間には等号(とうごう)が置かれていたんだよ。そんな創作を、人々が止められる筈はないと、私は信じているよ。ひとつ懸念(けねん)があるとすれば、間違った創作によって在りもしないゲンジツが実現してしまわないかということかな。

 近い将来、睡中都市は再興(さいこう)されるだろうと、私は確信しているよ。もっとも、私にとっての未来はキミにとっての過去かもしれないね。

 あまり長いあとがきというのも、良くない。物語の質を下げるだけのことだからね。むしろ必要ないんだ。必要なことは既に過不足なく書いたつもりだ。最後にキミと少し、話してみたくなっただけなのだ。これ以上は蛇足(だそく)だね。じゃあ、キミ。元気でね。睡中都市でまた会おう。

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