08 原作だと『バグス』ってだけでステータスが一緒だったけど、リアルじゃ違いがあるでしょ絶対
アクアちゃんのシキである『ミャーコ』と、野生の『バグス』とのバトルは、突然の制止の呼びかけにより「っ! 下がって、『ミャーコ』!」と。少女の方が『バグス』から距離を取らせる形で停止。
いきなり、何? ってか、誰? というボクらの視線に、果たして駆け寄ってきた男は「と。間に合った!」なんて言って、アクアちゃんがそれまで相手していた『バグス』に向かってズンズン近づいて行き「『ワーム』、召喚!」と。手の中の鬼札を起動。どういうつもりか、自分のシキを呼び出した。
「『ワーム』、『バグス』に向かって『いかく』! で、パーカー着た嬢ちゃんに相談だ! コイツ、譲ってくれ!」
……なるほど。彼の行動と言葉で、ボクはおおよそ察することはできたが、アクアちゃんは「はぁあ!? いきなり、なに!?」と困惑の方が強いようで。横取りとか犯罪よ! なんて男を睨んで怒鳴りつけるのを「まー、まー」と羽交い絞めにするようにして抑えつつ。
「アクアちゃん。たぶん、あのひと、『バグス』の厳選をしてるんだよ」
――『バグス』は、言ってしまえば虫っぽいオニの総称で。同じ生息地に出現する『バグス』であっても、その姿はバラバラ。オレ氏の観点から言えば、完全に別種の昆虫なんだけど……この『ヤオヨロズ』では、同じオニとして扱われている。
だから、とある国では『虫捕り大会』なんてイベントが行われ。そこで捕まえた『バグス』の見た目や大きさなんかで優劣を競ったり、なんてこともやってたし。オレも『バグス』を使うときは、『元となった虫』に拘っていた。
しかるに、今回の『バグス』はどうだ。なんとなく、オレ氏の世界でいう『ヘラクレスオオカブト』に似ていて、男子的には『カッコイイ』と感じる姿かたちをしているじゃないか。そういう意味で、彼が欲しても納得できると言うもの。
もっとも。アクアちゃんはボクの言葉に「はぁ? 『厳選』て、『バグス』で?」と、意味がわからないとばかりの声音でもって返すが、さもあらん。
彼女からしたら、『バグス』は見た目がどうであれ、『バグス』。厳選も何もない。というより、虫なんて欲しがるのが理解できないのだろう。その気持ちも、今生では女の子なボクにはわからないでもないけど、ここは『損して得取れ』の場面だろう、と。「提案なんだけど」と彼女に、そして男に聞こえるよう、気持ち大きな声で告げる。
「アクアちゃんは、レベル上げのために『バグス』を狩りたいんだから――あのひとに『バグス』を譲る代わりに、あとでバトルの相手をしてもらえば良いんじゃない?」
果たして、このボクの提案は双方に合意でもって受け入れられ。形的には、男の強引な横取りのような形ではあったが、ギリギリ少女の許しを得られたことで今回は不問。それでも、しっかりと苦言を呈して、ボクらが通報すれば「最悪、『ライセンス』の剥奪や罰金もあり得る」と。
いくら『バグス』が欲しかったにしても、他人のバトル中に乱入した挙句。その獲物を了解無く奪う『横取り』は、普通に犯罪です。もっとやり方に注意した方がいい、と。そう告げれば、男の方も苦笑して「悪かった」と言ってくれたので良しとしよう。
――問題なのは、なんで彼とバトルするのがボクなのか、って点なんだけど。
あるぇ? おっかしぃなぁ。今回の一件て、アクアちゃんと彼との諍いだったと思うんだけど、「アンタのレベル上げの方が急務でしょう?」と言われてしまえば、ぐうの音も出ない。
だけどね、アクアちゃん。さきにも言ったけど、今のボクにはバトルするだけのSPが……と渋るボクに、「はい。飲みなさい」なんて言ってアクアちゃんがランドセル型のリュックから取り出したのは『SPチャージャー』という名の栄養ドリンクで。その名のとおり、この薬もどき、飲むだけでヒトのSPを回復させられる優れもの。オレ氏時代じゃあ、しっかりと旅のお供として常に持ち歩いていたアイテムなんだけど……これってばボク視点だと『高価』し、『不味い』しで、今生だと用意してなかったんだよね。
「アンタのレベル的に、それ一本飲めば十分、やれるでしょ?」
それは、そう。……仕方ない。アクアちゃんがもろもろ譲ってくれたバトルだ。気張っていこう。
「ごく、ごく……。ぷはぁ! 不味い!!」
「あー……。やっぱり、それ、不味いわよね」
アタシとしても、手向けにいっぱい貰ったけど、飲む気しなかったのよねぇ、と。そんなこと言ってくれてる少女は、さておき。一連の話し合いを待ってくれていた男のひとに、「お待たせしました」と言って、ぺこり。
さぁ、始めましょう――みたいな空気を出し、手の中の『鬼札』を輝かせて一歩進めば、彼は「『バグス』、召喚!」と。たぶん、深く考えたわけでもなく、ボクが召喚するまえに手札を晒してくれた。
「悪いね、ローブの嬢ちゃん。俺としてもルーキー相手にゃ、『良いバトル』ってのをしてやりたかったんだが……場所的に、何より時間的に、このバトルは早く済まさせてもらうぜ」
なんて上から目線で告げたとおり、彼が召喚した『バグス』は、まさかのレベル『11』。ボクの唯一のシキである『イシンナカ』のレベルが昨日、ようやく『5』になったって言うのに、ひどい格差である。
「いえいえ。それで、ルールは『降参あり』、『アイテムの使用ナシ』に『シングルバトル』、で良かったですか?」
問いつつ、ボクはボクで『イシンナカ』を召喚。もはや見慣れた黒い鉄球に、倍以上のレベル差がある『巨大なカマキリ』のような外見の『バグス』と対峙させる。
「おうよ。ってか、嬢ちゃんのもやっぱ『レベル5』か。……悪いことしたな」
――使役主の常として。視界に入ったオニのレベルは、だいたい『審秘眼』で確認する。
だから、当然。彼だってバトルのまえにアクアちゃんが今だ召喚したままの『ミャーコ』のレベルを確認してるだろうし。この時期に、見るからに幼い女の子たち二人である。さらにボクら自身のレベルを視ていれば、そのシキの強さだって、ある程度察せるだろう。
さらに、少しでも近辺のオニの情報があれば、ボクとアクアちゃんのシキを見るだけで故郷まで察せるだろうけど……はてさて。
彼はしっかりと誤解してくれたかな?
「よし! じゃあ――」
審判役のつもりだろう、アクアちゃんがボクたち二人の間に立ち。片手を上げ。
次いで、下げながら「はじめ!」というタイミング――より、気持ち早めに「『イシンナカ』、『すなかけ』!」とボクは指示を飛ばし。対する彼の「『バグス』、『ウォークライ』!」という指示より、今回もわずかに早く動き出すことに成功。
――シキの敏捷値によって決まるゲーム版でなら、いざ知らず。現実となった『ヒャッキ・ヤオヨロズ』でのバトルでは、指示出しの速さが先行・後攻を決める重要なファクターとなりえる。
だから、たとえオニのステータス的には敏捷値に隔絶した差があり。ゲーム版でなら確実に後手に回ったろう、ボクの『イシンナカ』の攻撃が、ほぼほぼ相手の『ウォークライ』という強化技の発動に重なり。最も厄介な効果の方の発動は阻害することに成功。
「『イシンナカ』、避けてから『いしまとい』」
「『バグス』、『ビートラッシュ』!」
次の指示は、ほぼ同時。だからこそ、シキの動き出しは敏捷値の高い『バグス』の方が早く。カマキリ型のオニが振るう片手の鎌の振り下ろしに対し、その動きに合わせてボクの『イシンナカ』もどうにか動けた。……でも、完全には避けられず、少なくないダメージを負ってしまったが。
うん。さすがに、命中率を一段階下げた程度じゃ、完全回避はムリか。
「『イシンナカ』、避けつつ『すなかけ』」
だとしても、ボクのやることはここから『すなかけ』だけ。
「『バグス』、『ビートラッシュ』!」
対する男の『バグス』にしたってそうだろう。
ボクが命中率を下げる攻撃技を使ってくる時点で、早期の決着を狙って攻撃し続けるのは当然。
そうでなくても、『ビートラッシュ』という攻撃技は、ゲーム版での判定で言えば『一度使い。そのあと続けて使った場合、「先制+1」』というもので。
この『先制+1』というのは、『この効果が付いている場合、敏捷値に関わらず先制できる』なんて判定が行われる効果で。今回の場合では相手の『バグス』の『ビートラッシュ』だけではあるが、これと同時にボクのシキが『先制+1』の効果付きの技を使わせようとすると、同じ『+1』同士ということで敏捷値の差によりあらためて先行・後攻の判定が行われ。仮に『+2』以上の効果であれば、大きい数字のものから先に発動する、という判定だった。ゲーム版では。
「『イシンナカ』、避けて『すなかけ』」
客観的に見れば、ひとの幼児サイズのカマキリが左右の鎌を連続で振り下ろすのに対し、石でできた球体がゴロゴロ、ゴロゴロ。避けては砂をかけ、避けては砂をかけ。……言ってはなんだけど、緊張感のない画である。
が。それはさておき。狙い通り、三度も『すなかけ』を当てれば、十分、攻撃を避けやすくなったようで。それでも、最初に当てられたぶんと、二回目以後に避けそこなったぶんとでダメージが危険域にまで持っていかれてしまったボクの『イシンナカ』だけど……ごめん。今回のバトルで、『バグス』相手に『イシンナカ』のHP全損まえの降参はナシだ。
「『バグス』、『ビートラッシュ』!」
「『イシンナカ』、避けて『すなかけ』」
指示は変わらない。
だけど、戦局の方はギリギリの綱渡り状態。……ボクの『イシンナカ』が避けるのに失敗すると負けで、『すなかけ』の微妙なダメージで格上の『バグス』を倒せれば勝ちって言うね。
それこそ、彼が嫌う持久戦のような様相を呈しているわけだけど。さぁ、どうする?
「ちっ。仕方ない。『バグス』、送還! 『ワーム』、召喚」
ですよねー。
なにせ、今回のバトルでは手札の上限についての言及はしなかった。
だから、当然。限界まで命中率を下げられた一体目のシキは下げるのが正解。そうしないとジャイアント・キリングが起こりえたし、何より早期決着は望めないとあって、彼が対戦カードを交換するのはわかっていた。……むしろ、判断が遅いぐらいだよ。
「『イシンナカ』、『すなかけ』」
でもって、交換する間。召喚してスグのシキに対しては無条件で先制できるとして、『すなかけ』一回分は確実に命中率を下げさせてもらいますよ、っと。
で。今回、交代で出てきたのは、さっき『バグス』を封印するために使っていた『ワーム』か。……外見的には『体長一メートルほどの大ムカデ』と言った感じだけど、『バグス』同様、『ワーム』もオレ氏の観点で言えば完全に別種の生き物だろうと『属性を持たない、なんだかニョロっとしているオニ』だと、だいたい『ワーム』扱いだからね。
それこそ幼虫だろうが、ミミズだろうが。ムカデだって『ワーム』である。
だから、そういう見た目は気にしないとして。問題はコイツのレベルだけど……うん。さっき視て、確認したままの『5』だ。
「『イシンナカ』、『すなかけ』! っと。おじさんには悪いけど、ボクは初めから、その『ワーム』だけには勝とうって思ってたんだよね」
「『ワーム』、『いかく』だ! って、なんだそりゃ。つーか、なにをいきなり話しかけてきてんだ嬢ちゃん!?」
――さぁ、アクアちゃんにも再びお見せしましょう。
「『イシンナカ』、避けて『すなかけ』! っと。いやいや、だって――ボクってば、この『イシンナカ』しか手札無いんだもん。そりゃ、勝てる相手を引っ張り出して、せめて『アレには勝った』って思いたいじゃん」
――話術は、戦術。情報は武器ですよ、っと。
「ッ! 『ワーム』、『アタック』! ……って、そうか。よくよく考えたら、嬢ちゃんのレベルじゃあ大して手札が無くっても仕方ない、か?」
そう。ボクの幼さや異常なまでに低いレベルも、武器。
彼がボクの『イシンナカ』やアクアちゃんの『ミャーコ』を見て、何を思ったのか。……少なくても、同じルーキーの女の子で、同じ『レベル5』のシキを使う子たち相手に、立派な成人男性である自分が初手に何レベルのシキを出してしまったのか。
「『イシンナカ』、避けて『すなかけ』! っと。アクアちゃんには『ごめん』だけど、ボクはこの『ワーム』に勝っても負けても『降参』するつもりだから、悪しからず」
そう相棒の少女に語っている体でありながら、その実、これは対戦相手の『立派な成人男性』に対するメッセージ。……さぁ、悩め。悩め。罪悪感で苦しんでくださいな、っと。
「……『ワーム』、『アタック』だ」
「『イシンナカ』、避けて『すなかけ』」
で。その結果。
ボクの『イシンナカ』が、本当にギリギリ、男の『ワーム』のHPを全損させられた、そのあとで。本来であれば、初手に出した『レベル11のバグス』を相手に試合続行となる場面で、彼は悩み。……苦笑し。両手を上げて、「俺の負けだ」と。
それに「? おじさん?」と、不思議そうに首を傾げるボクは、当然、彼の考えがおおよそ察せられているが、ここは無垢なる幼女のごとく『わかりません』を全面に出す場面。……アクアちゃんのシラっとした半目にも気づいてません、ってことで。
彼は、語る。さきにも言った通り、時間的にも出来れば早くバトルを終わらせたかったし。何より、レベル『5』のシキ一枚しか持ってないルーキー相手に、ここでレベル『11』のシキを出して続行。降参させるようでは、さすがに大人げなさすぎる、と。
だから、今回は負けで良い、と。そう言って、ニカッと笑い、しっかりとバトルチップをくれたうえで、「じゃあな。気を付けて頑張れよ、ルーキーたち!」なんて爽やかに手を振って去っていく彼に「あ、ありがとうございました!」と、傍目には『恐縮しつつも嬉しさが隠せない、初々しい女児』を全力で演じて見送るボク。と、そんなボクを何か言いたげな半目でもって見つめるアクアちゃん。
「…………。なに、アクアちゃん?」
「…………。アンタ、ほんと、ムダにバトル強いわよね」
まさか、勝てるとは思ってなかった、と。そう呆れまじりに告げる彼女に、ボクもようやく苦笑でもって「それな」と頷いて返す。
「さすがに、初手でレベル『11』じゃね。まぁ、まず勝てないでしょ」
もっとも。そんな相手を後退させられたことで、ボクはレベルが『9』になったし。『イシンナカ』だってレベルが『6』に上がったから、不幸中の幸いではあるんだけど。
「……アタシは、てっきりまた『アイテム無双』でもって抗うと思ってたのに。アンタ、バトルまえに自分から『アイテムの使用ナシ』なんて言い出すもんだから、てっきり勝つ気無いか、最悪『いきなり降参』でもするんじゃないかって思った」
なのに、なによあれ、と。なんでアンタが勝ったみたいになってんのよ? と、ボクの肩をだき、一見して『意味がわからない』とでも言いたげでありながら、その実、ボクが勝ったことが嬉しいのだろう、喜色が雰囲気ににじみ出ている彼女に、「あはは」と軽く笑って返し。
「知らなかった? ボク、『番外戦術』って得意なんだよね」
なお。男の性格如何によっては、彼女の懸念どおり『初手、降参』もアリだと思っていたのは内緒である。
「そも。確実にボクらとマスターとしての年季が違う相手に、『アイテム無し』は、当然。量どころか、持っているアイテムの質すら違ってそうなのに、『財力で勝負』なんてしてられないよ」
たぶん、アクアちゃんは『それ』を見越してボクに『SPチャージャー』をくれたんだろうけど、ね。『回復アイテム』を使っての持久戦で勝つ、っていうのは、同じルーキーを相手した場合にしか有効じゃないと思うよ?
「ふん。何よそれ。じゃあ、アタシのあげた『SPチャージャー』はムダだったってこと?」
いやいや。じつは、そうでもなかったんだなぁ、これが。
先述通り、今回のバトルで『アイテムの使用ナシ』は確定で。『アリ』の場合は、勝てないうえに損失が計り知れないとして、最初期の段階から除外してたんだけど……だったら、何のために、わざわざ高価で不味いSP回復のアイテムを使ったのか。
その理由は――
「『ウサバット』、召喚」
――事前に、コイツと契約して手札を増やすため、である。
「は? ……え? ちょっ、ちょっと、アンタ、その子――」
「そう。ちょっとまえまでSP残量の関係で契約できなかった子」
そして、じつは最初に。わざわざ男のまえで光らせた『鬼札』の正体であり。あのとき『召喚』した『イシンナカ』は、いつもの『ローブの内側に隠して』の使用、と。『ウサバット』との契約に伴う光と『イシンナカ』の召喚による光とを合わせることで、もろもろ誤認させたわけである。
「……いや。いやいやいや。なんで? どうして、そんなことしたのよ」
「そりゃ、『敵を騙すには、味方から』的な?」
うん。頬っぺた、引っ張られるのも仕方ないね。
「いや。でも実際、あのとき仮におじさんが『そうなのか?』ってアクアちゃんに『ボクの手札が一枚だけ』なのを確認してきたら、君、とっさに嘘つけた?」
嘘をつけたとして、それが虚言だとバレなかったか。これが今回のバトルで、一番重要な場面になった可能性がある以上、泥をかぶるべきはボクだろう、と。そう思っての今回の仕込みである。
で。結果こそ最良。対戦相手を、そして審判役の相方を騙くらかしての勝利という、望んだなかでも最上のものだった。
が。しかし、である。
「さっきも言ったけど、それでも『レベル11』相手じゃ勝てないのが普通。仮に『イシンナカ』が避けきれずに『バグス』に倒されてたら、この『ウサバット』でもって勝ちを拾いに行ったけど……それでも、途中で交代させたうえで、再度『レベル11のバグス』に来られてたら、ボクは確実に負けてたわけで」
さらに言えば、たとえ『バグス』を退けて『ワーム』を引っ張り出して来れたとしても、これに負けてしまえば、やっぱり勝負の結果も同じ。ボクの説得もどきに彼が頷かなくても、負け。最初のルール設定に失敗してたら、もはや勝ちの目すら無かった。
それぐらいに、レベル差というのは絶大で。ルーキーと、成人のマスターとの差は隔絶しているのが普通だ、とアクアちゃんに語り。もののついでに、感想戦よろしく、今回の一戦についてを初手から順に振り返ってみたり。
「あれよね? アンタにしては珍しく、『いしまとい』じゃなくて『すなかけ』から入ってたやつ」
「……アレね。正直、褒められた手段じゃないんだけど」
あらためて、初手における『フライング先制』についてを教え。この手の『非公式バトル限定の小技』というか、グレーな戦術を、そうと知っていて使った、と話し。またも半目を頂戴しながら、「あの対面だと、『すなかけ』しかムリ」と告げる。
「ほら。おじさんも使ってたでしょ? 『ウォークライ』って自己強化技」
あれね。じつは『バトルの初手で、ダメージを負うまえに使った場合、攻撃力・防御力・敏捷値が上昇する』っていうスゴイ効果を持ってるんだ、と。ため息交じりに教えれば、『そう言えば、使ってた、かも?』程度の認識だったらしい彼女も目を丸くしてボクを見つめ返してきた。
「仮に、ボクの『イシンナカ』が、あのタイミングで攻撃できてなかったら……必然、レベル差からくる敏捷値の差もあって『バグス』に先手で完全版の『ウォークライ』を使われてた、と」
これが『バグス』の怖さ。この森だとレベル3以下しか出ないから気にする必要は無いんだけど、レベル5以上の『バグス』相手には先制攻撃基本。これは覚えておいた方が良いよ、と。一回でも攻撃を当てちゃえば、以後は単なる『攻撃力上昇』の強化技に成り下がるからね、と。一応、教えておく。
「で。そこからは、まぁタイミング的に、『いしまとい』を使えそうな場面はあそこぐらいだったし。『イシンナカ』が頑張って避けてくれたから良かったけど……ほんと、ひやひやでしたよ」
ついでに、おじさんの運用についても言わせてもらえば。まず、何より『交代の判断が遅い』。これに尽きるね、ほんと。
「三回以上、『すなかけ』くらったら交代しようよ。決着を急いでるんなら、さっさと『仕切り直し』しようよ、ってね。……もっと言えば、交代で『すなかけ』をくらった『ワーム』に『いかく』なんて使わせるのはムダだよ。勿体ない」
なにせ、『いかく』というのは弱化技。それもゲーム版では『先制+1』付きの『攻撃力二割減少』効果を与える技である。
もはや、再び『レベル11のバグス』を繰り出せば勝てる場面で、ムダに弱化技を使う必要は無い。仮に『ワーム』で勝ちに行くにしても、『ワーム』を捨てての『死に交換』を狙うにしても、『いかく』一回ぶんだけ戦闘時間は伸びるわけで。短期決戦を望んでいるはずのときに打つ手じゃない。
……もっとも。この『いかく』を使わせるんだろうな、ってタイミングでボクが話しかけて。もろもろ、この決着にもっていくために頑張ったから、結果的に無駄なターンのようになっているけど。ダメージの嵩んでいた『バグス』との交換を考えつつ、あの時点でボクの手札の数がわからなかったことを思えば……まぁ、悪い手でも無いんだけどね。
「実際。おじさんの手札の総数はわからず仕舞いだし。総評として、どうにか『勝ちを譲っても惜しくない』と思わせられての辛勝、ってところかな?」
そう肩をすくめ、苦笑して告げれば「ほんと。アンタって、ムダに小ズルいわよね」と半目で言われ。次いで、それでも勝ちは勝ちよ、と。コツンと拳でボクの頭を小突くころにはアクアちゃんの口元も綻んでいたようなので、良し。
「なんにせよ、こうして『ウサバット』をシキとできたわけだし――」
「そうね。レベル上げのつづき、しましょうか」
そのあとは二人で――めちゃくちゃレベル上げした。
オレ氏のメモ:マスターは、シキの召喚から指示出し、アイテムの使用、カードに戻す送還までSPを使うわけで。これに封印だの契約だのにまでSPを必要とするわけだから、レベルの低い『駆け出しマスター』の場合、もろもろ消費SPが少ない『属性を持たないオニ』がオススメとなるのも仕方ないよね。