07 『M』は『マスク』の略称であって『マゾ』ではないです
翌朝。朝食をともにしたアクアちゃんは朝一で更新試験を予約していると言うので別行動となり。ボクは一人、アイテムショップに向かった。
――まずは、その日、必要とするアイテムを購入する。
これが最近のボクのルーティーンなんだけど、今日はいつもの『虫よけのお香』と『オニ除けの護符』のセットに加えて、消費した回復アイテムも購入。さらに、これまで買わなかった『封印札』――オニを封印する専用アイテムも何枚か買って。……すっかり目減りしてしまった残金を目にして、テンションがだだ下がる。
……はぁ。今日も薬草採取、頑張ろう。
だけど、そのまえに。アイテムショップの次は、この町の使役主の寄り合い所――『マスター・ステーション』こと、通称『マステ』に向かい。昨日まではバトルを挑まれるのが嫌で避けていたし、覗くこともなかった、施設内に貼られたマスター向けの依頼表を確認する。
で。そこに、案の定、ゲーム版のときにもあった交換希望の依頼を見つけ。さっそく森に――ではなく。いつもとは逆側の、おそらくはアクアちゃんがこの町に来るときに通ったのだろう街道を行き。途中の草むらへ。
――使役主の階級『九級』の試験では、属性を持たないシキを用いての試験管とのバトルで勝利しなければならない。
後にも先にも『試験バトルで使用するシキを指定』ってのは『九級』の試験だけなんだけど、この試験のためにプレイヤーは誰しもが自然と深緑の町『ジャング・ローグ』までの間に属性を持たないオニをゲットしていた。
だから、というわけではないけど。とりま、先日まで破棄していた『オレ氏が考えていた旅のお供リスト』を脳内で引っ張り出し。昨晩、検討に検討を重ねた結果として。
ボクが『九級』の試験バトルのため。そして、旅を供にするシキとして選んだのは――
「お。さっそく、『ノネチュー』がポップした」
おそらく、この『ヒノイズルクニ』でもっとも多く出没するオニだろう、野ネズミ型のオニ『ノネチュー』。コイツも属性を持たないオニだし、この国だと『九級』の試験バトルのために多くのマスターがシキとしたのだろうと思われる――が。残念。君じゃあ、ないんだ。
だから、即座に。あらかじめ右手に持っていた鬼札を起動。『イシンナカ』を召喚し、『いしまとい』を指示。
対して、おそらくは『ノネチュー』の使える唯一の攻撃技――『アタック』だろう、眼前の『イシンナカ』に噛みつこうと飛び掛かってくる『ノネチュー』に苦い顔をして。『いしまとい』の発動し終わるまでのわずかの間を挟んで、『すなかけ』を指示。
――ボクの『イシンナカ』のレベルは『5』で。対する『ノネチュー』のレベルは『3』。
攻撃力の低い耐久型である『イシンナカ』だけど、このレベル差によるステータスの差に加え、『いしまとい』後の『すなかけ』が属性一致の威力五割増しというゲーム版での判定がリアルでもある程度反映しているのだろう。原作で、もともとが攻撃技のなかでは最低値だった『すなかけ』でも十分、対峙する『ノネチュー』のHPを削れるようで、安心。
さらに命中率低下の効果まである『すなかけ』を受けたことで避けやすくなった『ノネチュー』の『アタック』を、今度はしっかり避けるよう指示したおかげか。最初の一撃以後はダメージを受けることなく『ノネチュー』のHPを全損させることに成功。
ゲーム版で言えば、この時点で『オニ退治成功』判定で終了、なんだけど。リアルだと、退治した『ノネチュー』なんかの血抜きをして、解体してお肉屋さんに持っていけばお金をもらえたり。これがボクの親たち猟師さんの主な収入源だったりするんだけど……まぁ、血抜きや解体とかムリだよね。
ってなわけで。戦闘終了とともに『イシンナカ』を鬼札に戻し。そっと瞳を閉じて、合掌。なむなむ。
次いで、採取用に持ち歩いてるスコップを取り出し。穴を掘って、そこに『ノネチュー』を埋葬。ボクの気持ちの整理のためだけど……ごめん。どうかこれで許してください。
「…………。これ、アクアちゃんとの旅のなかでも一々埋めてなんてしてられるかな?」
一応、オニの死骸をそのまま放置するよりは埋めたり、火葬よろしく『燃やして灰にしたりした方が良い』とは学校で教わってはいたけど……その授業でさえ、ボク以外にやってた子、居なかったし。付き添いでいた先生ですら、「できればで良いよ」と。ぶっちゃけ、推奨してはいても、やってる子はいないし、やらなくても別にいいってスタンスっぽいんだよねぇ。
だから、埋葬はボクの自己満足。少しでも罪悪感を薄れさせるための、現実逃避のための行為でしかないから、アクアちゃんが嫌がるようならやめよう、と。わずかに眉根をよせ、ため息を一つ。スコップをしまい、気を取り直して歩き出す。
……それにしても。ボクってば、運が悪いなぁ。
原作同様、この『ヤオヨロズ』も時間帯によって出現するオニの種類や出現率は変化する。
いわゆる、夜行性とか昼行性と呼ばれるやつだね。
原作で『時間』の概念が実装されてから『夜』しか会えない、『朝』しかゲットできない、ってオニが設定されるようになって。『曜日』の実装のときもだけど、社会人プレイヤーには大顰蹙でしたよ。平日の『朝』とか、学生たちだって厳しいよ。製作者、なに考えてんの?! って、突っ込んだのも今やいい思い出。
で。それはさておき。時間帯における出現率の変化について。
原作と同じであれば、この草むらでポップするオニは『ノネチュー』と『ヤコッケイ』の二種のみで。『朝』と『夜』で、それぞれのオニの出現率が7:3ぐらい偏ってるはず、なんだよね。
これが『昼』だと1:1で、どちらが出現するかわからないけど。『朝』であれば『ヤコッケイ』が、『夜』なら『ノネチュー』が、それぞれ出現しやすくなってる――はず、なんだけど……。
「あ。出た、『ヤコッケイ』」
うん。ついに目標だったオニが出たよ。
ってなわけで。流れとしては、また、即座に『イシンナカ』を召喚。さっきと同じように『いしまとい』を指示――は、せず。今回は、初手から『すなかけ』を指示。
これだと属性が不一致で与えるダメージが少なくなってしまうんだけど、今回の目的は『退治』ではなく『封印』。そのために相手のHPをできる限り削っておく必要があるため、もろもろ調節のしやすい威力の低い攻撃の方が良いっていうね。
あと、『金』の属性持ちに対して『属性を持たないシキによる無属性攻撃技』は、じつは『弱化攻撃』判定で威力が半減するんだよね。
これに関しては、元ネタだろう『五行思想』とは関係ない、『ヒャッキ・ヤオヨロズ』独自の解釈と言うか、設定なんだけど……途中で実装が決まった『風』の属性の追加と同時に改定された属性相性だから、巷ではいろいろ考察されてたなぁ。
で。そんな設定やなんかの考察はさておき。とにかく、この世界でも『金』の属性持ちである『イシンナカ』の場合、『いしまとい』を使って防御力を上げなくても、『アタック』しか攻撃技の無い『ノネチュー』や『ヤコッケイ』程度であれば十分、耐久できるわけで。
だから、原作と同じく、『残りHPが少ないほど封印しやすい』ってルールが存在する『ヤオヨロズ』で。しっかり、『審秘眼』でHPを確認しつづけ、ダメージを調整したあとで、『封印札』を使用することに。
……やり方こそ授業で習って知っていたけど、地味に初封印ってことで、かざした手元の『封印札』が起動して発光、からの、対象のオニの足下に五芒星の魔方陣が出現。だんだんと光の粒子となって『封印札』に吸い込まれていく光景を、ちょっと感動の面持ちで眺めることに。
「『イシンナカ』、送還。っと、これであとは――」
目的である『九級』の試験のため、さっそく『封印札』に封じた『ヤコッケイ』と契約してシキに――は、せず。町までトンボ帰りして。
さっそく『マステ』に向かい。あらかじめ確認していた交換依頼の中から、『ヤコッケイ』との交換希望、ってやつを選んで受付へ。
スタッフのお姉さんの指示のもと、そこにある専用の機械に『ヤコッケイ』を封じた『鬼札』を突っ込み。入れ替わるように排出されてきた『鬼札』を確認。依頼通りのオニが封じられたものであるのを確かめ、あらかじめ身分証として渡していた『ライセンス』を返してもらって、お辞儀。ありがとうございます、とお礼を言って『マステ』から出る。
うん。この子が――その種族名を『ウサバット』という、愛くるしくデフォルメされた灰色のウサギに蝙蝠の翼を生やしたようなデザインのオニこそが、ボクが試験用に、そして旅のお供にと狙っていた子で。
これがまた、オレ氏の記憶に曰く。登場当初だけは女子供に大人気だったから、ビジュアル面でもアクアちゃんに嫌われることはないだろうし。蝙蝠要素があるせいか、なんなのか、『ウサバット』は夜行性で。夜目は効くし、耳は良いしで野営時の夜番にピッタリという『旅のお供』としても大変優秀、と。スペックも、属性を持たないオニの中では悪くない、かな?
惜しむらくは、出現するエリアが洞窟内などの暗闇の中か、洞窟近くの草むらで『夜』だけ出現、と。この『夜限定』っていうののせいでプレイヤーの中にはゲットし難い、とクレームでも来たのか、原作でも『朝』にゲットしやすい『ヤコッケイ』との交換依頼があったんだけど……良かった。この『ヤオヨロズ』にもあって。
って言うか。今朝、確認して驚いたんだけど……思ったより交換依頼が有能っぽいんだよね。リアル。
ゲーム版だと、同じように『町ごとに依頼の内容が違う』とは言え、ほぼ一種類しか交換依頼が設定されてなかったのに、ここでは割と種類が豊富で。それでも近場で出現するオニ同士のトレードの依頼ではあったけど、『朝』や『夜』しか出現しないオニや、隣町とかで出現するオニとの交換依頼であれば、場合によっては狙うのもアリ、かな?
「うん。アクアちゃんにも教えて、次の町から毎回確認しようかな」
で。このあとは、森へ。
いつもの薬草採取に加えて、試験のため、今日は手に入れた『ウサバット』のレベル上げを――しようと思ったんだけど、今回トレードした子のレベルが『7』で。いきなりボクの切札だった『イシンナカ』のレベル『5』を上回ってくれちゃったので、予定変更。『イシンナカ』を連れてボクのレベル上げを優先することに。
……うーん。さすが、リアル。ゲーム版だと交換依頼で手に入るオニって、どういうわけか『交換もとのレベルと同じレベルのオニ』をもらえるんだけどなぁ。だから、てっきり、ボクが封印した『ヤコッケイ』のレベル3と同じ『ウサバット』のレベル3が来ると思ったんだけど……なるほど。こういうこともあるのか。
とりま。この深緑の町近くの森は、言ってしまえば原作『百八』時代からの、『九級』試験まえのレベル上げ用エリアのメッカで。『ヒノイズルクニ』でも随一の、低レベル帯、低スペックの敵モブが、ゲームと同じ仕様であれば草むらなんかと比べて二倍以上はポップする、はずで。
だから、いつもの『お香』&『護符』装備をしない場合。けっこうな頻度で『バグス』か『ワーム』とバトルすることになる。はず。
だから、恰好のレベル上げの場として、元・クラスメイトたちにはこの森での虫退治を勧めたし。『すなかけ』を使えるようになった『イシンナカ』であれば、短時間でも十分、ほかのエリア以上にEXPを稼げる。はず。
……ただ。問題もあるんだよね。
出現する頻度の高いエリアということは、それだけ短期間に多くの技をシキに使わせることになるわけで。シキが技を使うために消費するSPが、鬼札に戻している間に回復する量を超えて、どんどん増えていってしまえば――当然、間もなく技を使えなくなり。そのシキを使ってのバトルができなくなるわけで。
これを回避するためにも手札を多く持ち。あるいは、仲間のマスターに代わりにバトルをしてもらったりして。とにかく、一枚一枚のシキの『鬼札でいられる時間』を増やし、SPを回復する間をつくるべきなんだけど……昨日までのボクだと諸々ムリだったからね。そりゃ、アイテムでもってエンカウント率を下げるようにするのも仕方ないってやつだ。
「だから、ほんとに。アクアちゃんに出逢えて、感謝。感激?」
「……いきなり、何言ってんのアンタ」
森にて。合流するや、なんか半目になってるアクアちゃんに、かくかくしかじか。もう『イシンナカ』のSPが限界でバトルが厳しいと話せば、「アホか」と。
「って言うか、アンタでしょ。あの『お嬢さまと愉快な仲間たち』に手札を増やすよう指導したの! ――で、それが回りまわってアタシが連中に手札一枚をバカにされることになったんだけど。ほんと、なんでそんなアンタが『イシンナカ』一枚しか持ってないの?」
……ふっ。それはね。聞くも涙、語るも涙の理由が――特に無いな。
あえて言うなら、手札を増やす理由が無かった? 昨日までなら、バトルするくらいなら逃げてたし。レベル上げを急ぐ気も無かったからね。
もっとも。今のボクには、もう一枚、試験用にゲットした子もいるんだけどね。その子が、ちょっと予想以上にレベルが高くって、『契約』しちゃうとボクの残りSPがヤバそうっていうね。
「あー……。そう言えば、アンタ。ルーキーの中では信じられないぐらい、レベル、低かったわね」
シキの『召喚』や『送還』、アイテムの使用に『契約』といった行為には須らくSPの消費が必要で。だから、この数値を増やすためにもマスター自身のレベル上げは必須という。
だから、低レベルのうちは『属性持ちのシキ』に比べてコストが安い『属性を持たないシキ』を手札に持つのが推奨されていて。それがゆえに、『九級』の試験では、そんな属性を持たないシキを使った戦闘を試験で確認する、みたいな?
「ちなみに。今だから言えるんだけど……じつは昨日とかの『回復アイテム』を連打して判定勝ち? に持ち込んでたバトルね。ボクのSP的に、実際は『そのまま続けられるとボクのSP切れでアイテムが使えなくなる』=『ボクの負け』だったり?」
つまり、話術も戦術だよ、アクアちゃん! と、ニマニマ、ニヤニヤしてアクアちゃんに言ったら、青筋浮かべた彼女に頬っぺたを引っ張られた。
「あー……。そう言えば、アクアちゃん。旅装、変えたの?」
朝の時点では、昨日までのと傾向としては似たような『肌色多めのヒラヒラ』って感じの格好だったのに、森でこうして再会した今、着ているのは『フード付きのパーカー』に、『スカート下にはジャージのようなズボン』という、これはこれで『メスガキちっく』と言うか、背中の赤いランドセル型のバッグにローファーと併せて『ちゃらい女学生の格好』みたいなコーデである。
「うん。すごく、似合ってる。かわいい」
「ふっふーん! でっしょー!?」
ほら、アンタが森のなかでは肌を出すな、って言ってたし? アタシとしても、たしかに枝とかに髪とか手なんかが引っかかるの嫌だったし。これからは日差しとかも気にしなきゃだし? さすがに、アンタの外套みたいな機能性重視で可愛くないのはナシだから、ほかの持ってるのと合わせやすいってのもあって、このパーカーとズボンにしたんだよねぇ。
ただ、それはそれとして、あとで買い物行くわよ。アタシの外套もだけど、アンタの普段着も買うわよ――と。ここまで機嫌良く、早口で告げるアクアちゃんに両手の平をむけて、「どーどー」と。制止を促したボクは悪くないと思う。
「えーと……。ち、ちなみに、アクアちゃん? 『ライセンス』の更新は?」
「……アンタねぇ。その下手くそな話題転化はどうなの、ってのはともかく。……ふっふっふ。そりゃあ、当然! この子で一発合格よ!」
おいで、と。そう言って彼女が召喚したのは、一匹の白い子猫。
原作でも主人公たちがスタートする町――リゾート地『ユートピアン』から一番近くの草むらでしかこの近辺では出現しない、種族名『ミャーコ』という猫型のオニで。グラフィックが一種類しか用意されてなかった初代ゲーム版とは違って、幾度かのアップグレードを経ての最新作では『現実世界の猫の毛色を模した、多種多様な模様のグラフィック』が用意され。猫好きのプレイヤーがコンプリート目指して最初の草むらで数日過ごしたとか何とか。
さらに言えば、『バグス』と『ワーム』も、初代以後は多種多様なグラフィックが用意されるようにアップグレードされていて。とあるタイトルでは『虫捕り大会』なんてイベントがゲーム中に用意されていたりもしたんだけど……これが現実となった今、地味に種類が増えた虫たちのスペックの差が顕著で。動きの遅いやつはともかく、カサカサ素早く動き回る小さなやつとか、ブンブン飛んでるやつなんかの相手が面倒くさいっていうか、生理的嫌悪感が、ね。ゴキはヤメロください、マジで。
「へぇ。やっぱり、『ミャーコ』、持ってたかぁ」
――深緑の町で『九級』の試験を受ける場合。原作ゲーム版で、道中でゲットできた『属性を持たないシキ』は、おおよそ六種類。
そのなかで、『ユートピアン』をスタート地点とする、可愛いもの好きの女の子が好んで手札に加えるとするなら、ほぼ間違いなく『ミャーコ』だろうとは思っていた。
なにせ、あのお嬢さまズの四人も『ミャーコ』をシキにして試験に挑む、って言ってたし。他のは、ハトかニワトリかネズミか虫だし。このなかで『カワイイのは?』って訊かれれば、ボクでも子猫を推すし。スペック的にも申し分ないしね。悪くない選択だと思う。
「レベルも……うん。しっかりと『5』以上にしてるのは良いね」
さすが。わかってるね、と。そう褒めるように告げれば、「ふふん! 当然よ!」と腰に手をあて、胸をはるアクアちゃん。それからスグに「って言うか。しっかり、レベル確認してくるとか、アンタもわかってるわね」と。少女もまた『さすがね』とでも言いたげな様子でこぼすのは――試験に際し、使用するシキのレベルについて。
じつは、試験バトルでは、専用の機械でもって『指定のレベル』の状態のシキを召喚し、使わされるようで。このときのポイントとして、『ステータス的には、そのレベル相応』の状態に変化させられるんだとしても、『使える技は据え置き』という。
だから、今回の『九級』の試験の場合。本来、レベルが『5』になれば使えるようになる技が、機械で疑似的にレベルを上げられて『5』になった場合は『使えない』わけで。地味に、この『使える技の数』のことを考えてレベルをしっかりと試験バトルの規定に合わせて上げておくのは、受験テクニックの一つとして学校でも教わっていたり。
……特に、低レベル帯だと選べる技が一つだけなのと二つ以上あるのとでは全然違うからね。余裕があれば、だいたい五レベルごとに技が増える仕様を鑑みて、レベル『10』以上とかで『九級』の試験バトルは受けるべきなんだけど……ぶっちゃけ、そこまでしなくてもどうとでもなると言うか、レベル5未満で挑戦しても普通に勝てる。
なにせ、試験バトルのルールだと――アイテム使い放題だし。
回復アイテムは当然として。一時的にステータスを上げるアイテムなどを使えば、よっぽど下手な運用をしない限り、勝てる。
それが最初の試験バトルの難易度であり。実際問題、そうした創意工夫をこそ確かめたいんじゃないかな、と。そんなふうに思うのは考えすぎかな?
「で? そういうアンタが用意したオニって、けっきょく何なわけ?」
見せて、と。手を差し出されたので、「ほい」と『ウサバット』の鬼札を渡すボク。契約してシキにするまえでも、一応、封印中のオニの絵が見れるから外見をおおよそ確認することができる。
「へぇ……。けっこう、可愛いじゃん。ねぇ。この子、アタシも――」
「アクアちゃん。アクアちゃん。悪いことは言わない。ちょっと、『ウサバット』の進化後のことも調べてからにしよう」
――ここ『ヤオヨロズ』に出現する生物の中には、一部、特定の条件を満たすことで姿を、能力を変異させるものがいる。
例えば、『ヒト』が『ヒトデナシ』という化け物になるように――と言うと、とても残念で、イヤなもののように映るだろうが。ほとんどの場合が、『進化』と称される『正当な強化』で。アクアちゃんが連れている『ミズガメ』なんかもレベルが『15』以上となった段階で『ガメッシー』という、『水でできたプレシオサウルス? ネッシー? のような体に、瓶の甲羅が乗っているような姿のオニ』に変化する。
で。件の『ウサバット』も進化するんだけど……これがまた、『どうしてこうなった!?』って言われる類のキワモノ進化で。オレ氏時代、コイツが実装されたことで『ウサバット』を使う子が確実に激減したと言われていたとか?
「はあ? 進化後を調べろって言ったって――」
「ほら。通話機で。『うきウィキ☆ヤオヨロズ』覗けば、たぶんわかると思うよ?」
――そう。これこそが主人公が皆、特別な携帯電話じみたアイテムを持たされた理由で。
いつでも、どこでも。即座に、持たされた通信端末でもって『出逢ったオニの詳細を調べられる』ツールとして。原作ゲーム時代、プレイヤーが『オニの詳細が確認できるサイト』として覗けたのが、この『うきウィキ☆ヤオヨロズ』というアレな名前のウィキ〇ディアだった。
だから、今回も詳しい説明は面ど――もとい、この世界だと、まだまだ『調べもの』と言えば図書館とか本屋に行っての書籍なんかを読むのが主流で。『ネットで調べる』と言えばパソコンもどきを使って、というのが一般的な時代だからね。
いくら最先端の情報端末を持たされ、それでもって実際に旅して『ヒノイズルクニ』に出現するオニの情報を集めるよう頼まれた――それが彼女たち、原作主人公の旅の目的の一つだとしても。まだまだとっさに『わからないことを検索しよう』とは思いつかないらしいアクアちゃん。
それが初々しいと言うか、『そう言えば、ガラケー全盛期のときはスマホほど気軽にネットに繋がなかったなぁ』なんて遠い目をしたり。内心、件の『うきウィキ☆ヤオヨロズ』に、果たして本当に『ウサバット』の進化後のことが載っているのか。今さらになって、ちょっと不安に思ったりもして。
……なにせ、『ウサバット』自体は初代のゲーム版から登場するオニだけど、その進化後は『後のタイトルで実装された』もので。進化が後片付けなせいか、数多あるオニの中でも『進化方法が独特なもの』になっている。
さらに言えば、原作ゲーム版だと『一度でも実際に視ていないオニは調べても載っていない』サイトだったわけで。タイトルごと、舞台となる国ごとに百種類のオニが出現する『ヒャッキ・ヤオヨロズ』というシリーズでは、このサイトの『自身の出身国のオニ』を全部見れるようにするのもプレイヤーの攻略目標だった――んだけど。
一応、以前にボクが閲覧した際は、普通に未見のオニも調べられたし。リアルとなったここでなら、本来の『調べもの』としての機能を十全に発揮できそうだけど……先述通り、『ウサバット』の進化は『初代は当然として、リメイク版ですら実装されてなかった』特殊な進化で。だから、下手をすると現状では未発見ということも十分に考えられ――
「あ、あった」
……ほ。良かった。ちゃんと、この世界でも認知されてて。
「えっと。『ウサバット』の進化後は……『ウサバットM』? なんか変な名前――って、はあ!?」
お わ か り い た だ け た だ ろ う か?
この『ウサバット』の進化後である『ウサバットM』はね。ビジュアル担当が、なにをトチ狂ったのか、『アメコミのヒーロー』みたいな筋肉男にしてくれやがったんですよ。
それも、たぶん、蝙蝠のヒーロー『バット〇ン』をパク――もとい、オマージュしたんだろう、黒いぴっちりスーツに蝙蝠の翼を模したマントを纏った、ムキムキ筋肉マッチョマンというね。もう、ほんとに、元ネタにするにしても、もっと他になかったんですかねぇ。マジで進化前の愛くるしいマスコットキャラクターから『どうしてそんな姿に!?』ですよ。
「…………。さて、今日も張り切ってレベル上げしましょうか」
うん。どうやらアクアちゃんもまた、『ウサバット』を欲しがらない勢になってしまったようだ。……残念。『ウサバットM』、強いんだけどなぁ。
「あら。さっそくのお出ましね!」
――野生の『バグス』が現れた!
対するアクアちゃんは、昨日も言っていたが、たぶん『カミナリス』のレベル上げをしようとでも思っていたのだろう。懐から鬼札を取り出し――そこで、足下で『バグス』相手に臨戦態勢になっている『ミャーコ』に気づき、ピタッと停止。
おおよそ三秒ほどの間を空け、鬼札を懐へと戻して「行きなさい、『ミャーコ』!」と。まるで最初からそうするつもりであったかのように自然に、不自然なまでの何食わぬ顔して指示出しをするのでした。
「『ミャーコ』、まずは『いかく』よ!」
アクアちゃんの眼前で、白い子猫が『フシャー!』とばかりに威嚇し。これにて、ゲーム的な判定では『相手の攻撃力が二割減少した』ってなったはずで。
以後、低レベル帯の常である『アタック』合戦が有利に進むようになったわけだけど――
「ちょぉーっと待ったーッ!!」
――そんな、いきなりの、第三者による制止の声によって、ボクらは目を丸くするのだった。
オレ氏のメモ:『ヤオヨロズ』だと空気中と言わず、そこら中にエネルギー源になりえる『カミ』が漂っているためか、前世ほど電気や化石燃料による製品が流行らなかったようで。じつはネット回線なんかもオレ氏のよく知るものとは違う……らしい?