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06 原作と現実では、こうも違うとは……

 アクアちゃんと二人、ボクが拠点としている深緑の町『ジャング・ローグ』に着くと、最初にしたのは採取した薬草類の納品だった。


 これは採取時にどれだけ気をつけたところで時間が経過すればするほど鮮度が落ちるのは止められないわけで。その分だけ買取価格が下がってしまうから町に戻ってスグ、何よりさきに済ませておきたかった、と。そう連れ合いに説明したら「ふーん」と気のない返事が。


 ……ボクが採取してるとき、手伝うでもやり方を聞くでもなかったことといい、やっぱり、こういうのに興味ないのかな? と、そう思い、そのうえでこうして付き合ってくれるだけ優しいな、と。


 そんなふうに、ひそかに暖かい視線を送っていると、「ねぇ」とアクアちゃん。それはそれは不思議そうな顔をして、「鮮度がどうの、って言うのなら……なんでアンタ、『ふしぎなリュック』使わないの?」なんて言ってくれやがった。


 あー、うん。そうでした。歴代の主人公は、皆、『外から見た内容量を超えたアイテムを入れられて。そこに入れたものが何であれ、時間の経過がしない』という不思議ファンタジーなご都合万歳アイテムこと、『ふしぎなリュック』が標準装備でしたね。


 これがゲームの世界の主人公であれば、わかる。そりゃ、『時間の経過で劣化させる』なんてプレイヤーにとってストレスでしかない機能を、そもそも製作者側がプログラミングするわけがない。


 ……そも。初代のゲーム版は白黒ドット絵で彩られた携帯ゲーム専用のソフトである。リメイク版でこそ『時間』や『曜日』の概念が実装されはしたが、最初期のものに『時間』はもとより『朝』、『昼』、『晩』という区分すら無かった。


 で。そんな主人公たちの『アイテムを保存し、難なく持ち歩ける入れ物』を、原作ではいつしか『ふしぎなリュック』と名付けられ。ここ『ヤオヨロズ』でも同様、『時間経過ナシ、容量増量』な『ふしぎなリュック』というアイテムが存在している。の、だけど……当然と言おうか、この『ふしぎなリュック』ってば超・高価たかい


 だから、「いいことを教えてあげよう」と。内心、ピキピキきていつつもそれをひた隠し、「じつはね」と。その手のアイテムは、それはそれは高価なもので。ぶっちゃけ、中古車一台の方が安かったりするんだよね、と。だから、それを手向けにくれる親に感謝しよう、と。告げるにとどめるボク。


「え? ……は? 中古車クルマより高価たかいって、本当!?」


 驚く少女に、嘆息一つ。……これね、やっぱり『あるのが当然』な世界だからなんだろうけど、この手の『四次元ポケットもどき』があるだけスゴイし。それが安いはずがないんだけど……そう言えば、お嬢さまも持ってたな。これだからブルジョワ組は。


「覚えておこう。アクアちゃん。君、じつはけっこう恵まれているんだよ?」


 たとえば、ボクたち『ヒノイズルクニ』出身のルーキーが、旅立ちの日、その手向けに貰える『最初のシキ』。これは伝統的に、その故郷の近くでゲットできるオニをもらえるんだけど――アクアちゃん。君は違うでしょ?


 この国のリゾート地として名を馳せる『ユートピアン』――そこを故郷とする子は、本来、海が近いということで『海辺で出現するオニ』を手向けにもらえる。らしい。


 で。自称・・『ユートピアン』出身のアクアちゃんが持っていた『ミズガメ』は、この国では出現・・しない(・・・)オニである。


 と言うか、彼女含めて『主人公とライバルキャラに最初のシキをくれる存在』が、手向けとして選ばせてくれる四種類のオニは、伝統テンプレ的に、そのすべてが『基本、舞台となる国では出現しないオニ』だったり。


 ……それでも、まぁ現実となったこの『ヤオヨロズ』の使役主マスターの場合、普通に交換とかでゲットすることは出来るし。ゲーム版でも対戦相手が『主人公たちしかもらえないはずのシキ』を使っていることはままあった。


 ちなみに、この最初に選択可能な四種類のシキなんだけど。これまた伝統的に、それぞれが違う属性持ちで。且つ、『火・風・土・水』という『いわゆる四大元素』と呼ばれるものであったがため、オレ氏時代、巷では『エレメンツ』なんて呼ばれていたり。


 さらに言えば、最初期のゲーム版『ヒャッキ・ヤオヨロズ』では『木・火・土・金・水』の五種類・・・しか(・・)属性が実装されておらず。後に実装され、リメイク版でこそ『風』の属性を与えられた『最初の四枚(エレメンツ)』のうちの一枚は、最初期、属性を持たない『ハズレ枠』扱いだった。


 だから、というわけではないけど。転生してスグの段階で、この『ヤオヨロズ』が最低でも初代のゲーム版とは違う世界だというのは、『風』の属性の有無を調べるだけでも察せられた。……そのうえ、最新作に実装された『レイドボス専用の属性』まで存在するらしいことから、てっきり『初代やリメイク版でのシナリオは済んでいる』と誤認してしまったわけだけど。


 閑話休題。とにかく、彼女たち主人公たちの初期手札は特別なもので。その装備だって、『ふしぎなリュック』を筆頭に、だいたい特別なものだった。


 なかでも、最も主人公たちを特別たらしめる特異なアイテムが――


「あ、ごめん。ユリーカ。ちょっと、さきに通話・・だけしていい?」


 時間的に、そろそろ日も暮れてきた頃。誘ってみれば、わりと容易に頷き、ボクと同じ宿に泊まってくれると言うアクアちゃん。……いや、まぁ。誘っておいてなんだけど、同性の同期とは言え、大してよく知りもしない相手ボクの言うことを聞きすぎ、かな?


 と。それはさておき。部屋に案内し、「さぁ、荷物を置いたら銭湯おふろ行こう」と誘えば、そう断るアクアちゃん。この、彼女の言う『通話』っていうのは、要するにオレ氏時代でいう『電話のようなアイテム』を使った遠距離通話のことで。


 前世とは違い、電気を動力としていないせいか、『電話』とは呼ばれていないが……ぶっちゃけ、この『ヤオヨロズ』にある似たようなアイテムはデザイン的に、まんま電話であり。彼女の持っているのは『携帯電話ガラケー』である。


 だから、さっきのはつまり、「ちょっと電話してから行くから、待ってて」ってことだろう。たぶん。


 で。本来、遠くの誰かと通話できる通信機と言えば、家などの施設に一つ二つ設置している装置のことなんだけど……じつは、初代からこちら、主人公たちは伝統テンプレ的に『オレ氏の世界で言う「携帯電話」、あるいは「スマートフォン」』を持っていたわけで。


 さっき、アクアちゃんが手に持ち、『通話』云々と断って見せたのが『オレ氏の世界で言えば、「ガラケー」と呼ばれる通信端末』によく似たアイテムで。初代『百八ヒャクハチ』が発売した時分では、携帯電話なんて子供が持つものではなかった逸品だったこともあり、当時の子供たちは『百八ヒャクハチ』の関連グッズとして、主人公たちが持っていた通信端末それを模した玩具おもちゃの携帯電話もどきをこぞって手に入れては、電話ごっこなんてしたものだ。


 ……もっとも。彼女の持つ『半ばで二つ折りにできるタイプでありながら、メインの画面が一つしかなく。折れた状態では何も確認できない』型のガラケーとか、『ヤオヨロズ』的には最新機種なんだろうけど。オレの感覚だと『うわ、懐かしい』という、ね。


「うん。その『通話機』も、維持費含めて『スッゴイ高価たかい』ってのも覚えておこうか」


 そんなボクの台詞に「本当!?」と驚くアクアちゃんに軽く手を振って返し。ボクもボクで自分の泊まっている部屋へ。


 そこで採取用の装備に外套、グローブなんかを部屋の隅に置き。備え付けの鍵付き保管庫からタオルや下着などを取り出し。とりあえず、宿のエントランス的な出入口近くの広間へ。


 ……しっかし、アレだ。前世ではスマホ持ちは当たり前で、暇さえあればネットに繋げていたものだけど……こっちで生まれ変わってからは、そこまで通信機スマホとか必要に思わなかったな。


 もろもろ余裕が無かったから、というのも大きいんだろうけど。この国ではアクアちゃんの持ってたガラケー型のアイテムにしたって高価たかすぎて買えないし。ぶっちゃけ、場所によっては無料タダで借りれる『パソコンもどき』だけで調べものなんかは十分だったからね。仕方ないね。


「……なんだかなー」


 ふと、一段落というか『何もしないでぼんやりしていい時間』がくると考えてしまう。……さて、これからどうしよう?


 今朝までは、ここでスローライフよろしく、しばらくは森で採取して日銭を稼いで暮らすつもりだった。それで良いと――……否。それ()良いと、思っていた。


 だけど…………出逢っちゃったからなぁ。原作主人公ことアクアちゃんに。


 オレってば、特に最初期の『ヒャッキ・ヤオヨロズ』が好きで。リメイク版から選択できた女の子主人公であるアクアちゃんのことは、「オレの嫁」と言って憚らない程度には大のお気に入りキャラだったからね。


 それに加えて、今日、実際に話して。まだ知り合って間もないけど、ボクとしても彼女のことを気に入った。


 だから……がでてしまう。


 彼女といっしょに旅をしてみたい、と。原作どおりの物語を、間近で見ていたい、と。体感したい、と。


 それこそ、主人公のような経験をボクも――ってね。本当に、朝の段階では諦めていた、オレの夢。捨てたと思っていた欲望の再臨だ。


 ……悲しいかな。ボクのなかで一度、芽吹き、肥大化してしまったそれを抑えるのは厳しいわけで。自然と、アクアちゃんを言葉巧みにだまくらかして、旅を供にできないかを考えてしまっているのが……救えない。


 さらに言えば、


「このままだと、足手まとい、か」


 つぶやき。思わず、嘆息。


 ……オレ氏に曰く。これからの主人公の旅路は決して平坦なものではなく。当たり前のように命の危険があり。失敗すれば、国の行く末すら左右しかねない大変なものになるという。


 それを傍で見ていたいって言うのなら、相応の覚悟と強さが必要なわけで。ボク一人が自分の欲望のために命を失うのであれば、まぁ自業自得。諦めもつくと言うものだけど……主人公のアクアちゃんほか、この国の多くの者がボクのせいで犠牲になる、って言うのはキツイ。辛い。お腹痛くなりそう。


 って言うか――……もしかして、これ、今さら、か?


 バタフライエフェクト。ボクが存在するだけで、じつは原作のシナリオは崩壊してる?


 アクアちゃんは、言っていた。ボクの元・クラスメイト相手に負けた、と。その敗因は、間違いなくボクにもあるだろうし、今日のバトルや『カミナリス』の一件だけでも確実に原作シナリオを歪めているはずで。……あれ? これ、もしかして、ヤバイ???


 うーん……。もはや、悩む段階でもなく、アクアちゃんに付いて行ってシナリオの行く末を見届けないと安心して夜も寝られない、かも?


 で。そのためには――


「明日からレベル上げ。しないと、かぁ……」


 イヤだなぁ。やりたくないなぁ、と。そんな思いをため息へと変えて。


 そのタイミングで「いいわね!」と。ちょうど合流してきたアクアちゃんが喜色を浮かべ、ボクの背中をぶっ叩いてくれたのに対し、苦笑するしかない。


「やあ、アクアちゃん。もう、銭湯行ける?」


「うん、お待たせ! って、そ・れ・よ・り! アンタ、どういう風の吹き回しよ?」


 バトル、嫌いなんでしょ? と、肩を組んできてテンション高めな様子で問う少女に「そうだね」と頷き。昨日までであれば、ボクもレベル上げを――と言うより、バトルによってオニが傷つくのを見るのを忌避して、できる限り逃げまわってただろうけど、ね。おかげさまで、さっき『イシンナカ』が『すなかけ』っていうイイ感じの攻撃技を使えるようになったから、と肩をすくめて告げれば「なるほど」と頷くアクアちゃん。


「たしかに。あの『すなかけ』って攻撃技ならケガを見ずに済みそうよね」


「昨日までは『ころがる』一択だったからね。下手すると『ぐしゃっ』だよ、『ぐしゃっ』!」


 そうでなくても、『イシンナカ』の攻撃――と言うか、『ころがる』はモブ狩りに向かないからね。小さい虫にボーリングの球をぶち当てるように、森でよく出現するオニの『バグス』と『ワーム』だと死にざまがヒドイことになるんだ。


 ぐしゃっ。もしくは、『ぐちゃあ!』。あるいは『ぼきぃッ!』である。……想像した? うん。ごめん。


「ともかく。アクアちゃんが今日、バトルしてくれたおかげで、明日からレベル上げできるかも? ってね」


 正直、自分のために傷つけ合わせるのとかイヤだけど。でも、今ならギリギリ、我慢できそう、かな?


「えー……。それでも、やっぱり嫌なんだ。バトル」


 もったいない、と。そうこぼすアクアちゃんを連れ、目的地の銭湯に到着。


 ここも未成人ということで割安にはなってるけど……今日の稼ぎ的に、回復アイテムを使ったぶん完全にマイナスだから痛いなぁ、と。ひそかに嘆息。


 あと、隣で服を脱いでるアクアちゃんをちらり。そして目を剥き、「生えはじめてる、だと……!?」と声をあげれば、「って、どこ見てんのよバカ!」と声をあげ、タオルで隠しながら頭をグーで殴られた。


「アンタねぇ! なんか視線が嫌らしいわよ!?」


 いや、だって。アクアちゃんてば、オレ時代の最推しですし。ボクも好きですし。おすし。


「ぐぬぬぬ! だ、だって、アクアちゃん。なんか、お肌の艶って言うか、全体的にキレイじゃない!?」


 ボクと違って! こ、これがレベル差!? と、愕然として言えば、たちまち「ふふーん」と腰に手をやってニヤリと笑うアクアちゃん。


 果たして、それまで恥ずかしそうに隠してた肢体を見せつけるように晒し。彼女は、それはそれは機嫌良さそうに上から見下すようにボクを見て。


「そりゃあ、ね。アタシ、ボディソープとか妥協しない主義だし! シャンプーとかだって厳選してんだから、レベル差だけが理由じゃないわ!」


 そう。カワイイは一日にしてならず、ってやつよ! と自慢げに告げる少女に「ぐぬぬぬ!」って唸って見せつつ、しっかり、ちゃっかり、合法的に裸体を見回すボク。


「お、おかしいな……? ボクと同じ、『ブラいらーズ』の一員だと思ってたのに……ちょっとおっぱい、ある?」


 自分の、あばら骨が浮き出た胸部を見下ろし、ペタペタ。自然とプルプルと震えて告げれば、「勝手にヘンテコなのの一員にしてんじゃない!」なんて怒ったふりしたアクアちゃんから手刀チョップをもらい。それから、少女は一人、さっさと浴室へと歩きだしてしまった。


 うーん……。オレ氏の『女の子主人公は幼児体型』って先入観があったぶん、勘違いしちゃってたようだけど……前世でいう『九歳以下の女児』としてみると、アクアちゃん、意外と発育良い?


 そりゃ、この『ヤオヨロズ』だとレベルがあるせいか、前世の日本人女児より全体的に大人っぽい感じだったけど。お嬢さまズとか、何気に中学生レベルだったし。そういう意味では、たしかに彼女は『幼い方』だけど……ボク、そんなアクアちゃんと比べてもいっそう発育不良だからね。彼女をロリっ子扱いして弄るっていう鉄板ネタが使えないっていうのが残念。無念。


 なお、ボクの持ってきたバス用品は石鹸のみである。……シャンプー? ボディソープ? なにそれおいしいの???


「って、マジで!? せめて頭髪かみはシャンプーで洗いなさいよ!」


 いや、ほら。ボクの髪型って、言ってしまえば坊主みたいなものですし? この短さでシャンプーとか、勿体ないし? ……シャンプー、高価たかいですし。おすし。


 なんかもう『こいつマジか』って顔でボクのことを見る少女は、さておき。じつは、この石鹼も貰い物で。なんだかんだで銭湯でいっしょに浸かることになる常連さんたちに、たぶん憐れまれてだろう、何度かシャンプーとかも恵んでもらったりもしていたんだけど……それも、さておき、だ。


 あらためて、明日のことを彼女に確認することに。


「明日? ……アタシは『ライセンス』の更新のために試験を受ける予定だけど」


 ――使役主マスター公認書・ライセンス


 それは学校の卒業と同時にもらえる、言ってしまえば使役主マスターの免許証のようなもので。鬼札や、ほかのアイテム同様、カード状のこれ一つで身分証に、そして『お財布』――どういう理屈か、この世界の貨幣は『マスター・ライセンス』のカードに入れて、電子マネーのように『チャージ』したり、支払いしたりできる――になる便利アイテムだ。


 また、これを町や村などにある『使役主マスターの駅(・ステーション)』こと、通称『マステ』で、専用の機械で読み込ませれば、これまた専用のサイトで所在地ほか個人情報が確認できて。だから、保護者などは特に、旅先での『マステ』で位置情報を更新することを望むものらしいが――今回のアクアちゃんの言う『ライセンスの更新』は、そっちの意味じゃない。


「へぇ。それって、『九級』の?」


「そ」


 ――公認書ライセンスには、実力に応じて持ち主の階級ランクを示す欄があり。卒業と同時に、『最低限の知識と、バトルの腕がある』として『十級』が与えられ。以後、町などで専用の試験を受けることで、この階級を更新していける。


 言ってしまえば、オレ氏時代の『英検』とか『漢検』のようなものか。この階級が高いほど、使役主マスターとしての力量が保証され。幾つかの特権が得られるようになるため、ほとんどのマスターは自然と階級の更新を目指して切磋琢磨しているし、原作でも主人公たちが頑張って更新していくさまを描いていた。


 で。これの面白いところは、『同じ町では一つしか階位を更新できない』ことと、『町ごとに、ある程度、試験内容に特色がある』っていう二点で。彼女が受けるという『九級』の試験にしても、どの町で受けるかで『対戦相手となるシキ』が変わる。


 だから、というわけではないけど。原作シナリオ的に、彼女と旅を供にしたいと言うのであれば、ここはボクも更新しておくべき、か?


「いや。今のアンタじゃ、受けられないでしょ?」


 ――どの町であれ、『九級』の試験は『属性を持たないシキ』を使って試験管とバトルし、勝利しなければならない。


 だから、『イシンナカ』しか手札のないボクでは『九級』の試験を受けることはできない。……このまま(・・・・)では。


「それね。せっかくだから、ボクも明日の朝にでも手札を増やそうかな、と」


 バトルするのも嫌なら、手札を増やすのもじつは嫌なんだけどね。


「餌やりが手間だし。ケガさせちゃうの怖いし。できれば『イシンナカ』みたいな鉱物や無機物系の非生物型のが好みなんだけど……『バグス』や『ワーム』は論外として、この近くでゲットできるのって『ノネチュー』か『ヤコッケイ』ぐらいだからなぁ」


 それでも、『九級』の試験ごとき(・・・)であれば、余裕。ルール的に、ボクが不合格になる理由はない。


 だから、朝一で何かしらゲットして、試験を受けれるようにするだけで良い――んだけど、ね。言っちゃあ、なんだけど……その二種のオニだと、確実に、試験が終わったら山札行きで。二度と使わない気がする。


 なにせ、属性を持たないオニとかオレの感覚で言えば『初心者用』で。一定以上のレベルになったマスターは、基本、属性持ちだけ(・・)を使うからね。


 特に『奥義』や『秘術』という要素が追加されてからは、属性持ち以外を手札に持つ理由が――


「いやいや。それ以前に――アンタ、レベルが足んないでしょ?」


 ――と。そんな呆れ顔して告げたアクアちゃんの言葉に、ボクは驚き、目を丸くした。


「『九級』の試験て、たしか使役主マスターのレベルが『10以上』ってのが受験の条件でしょ?」


 アンタ、今のレベル『8』でしょ? と、そう言われて、思い出す。あー……そうだ。そうでしたね。原作でもそうだった。普通に忘れてた。


 なにせ、『百八ヒャクハチ』の主人公は、皆、最初期からレベルが『10』あり。『九級』の試験で『レベル10』の制限に引っかかったことって無かったし。『九級』の試験の『レベル10未満は受験できない』って条件は、完全に有名無実だったし。……むしろ、よく覚えてたね、アクアちゃん。


「うー……。せっかく、アクアちゃんといっしょに旅しようと思ったのに、なぁ」


「…………。ってか、明日何かしらゲットしたところで、明日中の更新はムリっしょ?」


 湯船に半分顔を沈め、ぶくぶく、不貞腐れているボクに、そっぽを向いてアクアちゃん。その頬に紅が差しているようなのは、果たしてお風呂の熱が所以か。それとも?


「ぶくぶく……?」


「ちゃ・ん・と! 喋んなさいよ!」


 はぁ、と。ため息を一つ。アクアちゃんはボクの頭をぐりぐりと撫でながら、「だって、アンタ。予約してないでしょ?」と。なんかよくわかんないことを言い出した。


「? 『予約』って、なんの?」


「……そりゃ、試験の、よ」


 曰く。ライセンスの階級ランク更新の試験は、基本、予約制で。事前にしっかりと試験日と時間を予約しておかないと試験管や試験用のシキなどの用意ができない、と。聞けば、当たり前の内容を聞かされて、またも目を丸くした。


 マ・ジ・で!?


 ……いや。うん。そりゃあ、試験だもんね。予約は当たり前、だね。うん。わかる。わかるけど――だって、ゲーム版だと『飛び込み』で試験受けれたもん! オレの記憶と、今日までボク自身、欠片も試験に興味が無かったせいで気付かなかったけど……言われてみれば「そりゃそうだ」って納得しかない。恥ずかしい!


「ねぇ、ユリーカ」


「ん?」


 振り向くと、アクアちゃんは決してボクのことを見ないよう顔を背けつつ「アンタは、『九級』の試験……どれだけかかる?」と。


 その、あまりにも言葉足らずで、あまりにも不器用な様子で問う少女に――思わず口元が綻ぶ。


「んー……。明日からレベル上げを頑張る予定、だけど……」


 ゲーム版でなら、いざ知らず。さすがにレベル上げに必要なEXPを正確に、数値で計ることなんてできない現状。ちょっと、何日かかる、ってのを正確に答えることはできない。


 だから――否。だけど(・・・)


「……できれば、アクアちゃんと別れたくない、な」


 そう言ったら、迷惑かな? と、そう真っすぐに、それでいて気持ち上目遣いで問えば、「その聞き方はズルいでしょ」とため息を一つ。アクアちゃんは『しょうがないなぁ』って感じの苦笑を浮かべ、


「ま。アタシとしても? アンタに負けたまんま、勝ち逃げされるのもアレだし? 今日、ゲットした『カミナリス』のレベル上げもしときたかったし?」


 なんか、アンタってアウトドア関係強いみたいだし。バトル苦手ってわりにはアタシの知ってる同期のなかで一番強いし。オニの知識とかもスゴイし。


「チビだし。ガキだし。あと今日のことママに言ったら、『もっといろいろ教えてもらえ』、『できればいっしょに旅して』って言われちゃったし。……だから、これからもよろしく?」


 そうデコピンして告げる少女に、ボクは泣きそうになりながら、頑張って笑顔をつくり。


「おすし?」


「……いきなり、何言ってんの? 食べたいの?」





オレ氏のメモ:現地の言葉と前世のそれでは当然、言い回しとか諺なんかは違うんだけど……まぁ、細かいことは言いっこなしってことでm(_ _)m

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