幕間 あれ? ロクデナシのようすが……
※ 今話にて連載は一時、終了とさせていただきます。次話となる2章の更新は、1章にていただいた感想などを加味したうえで、間を空けましての更新再開とさせていただきます予定です。あしからず。
その報告書を目にして、最初に思ったのは『上は自分のしていた仕事を何もわかっていなかったんだ』という失望にも似た諦念だった。
――ヒノイズルクニ最高峰の霊山『マウンテン・ホーライ』の麓の村にて。度重なる詐欺行為を働いたとして、今年デビューしたばかりのルーキーの少年、逮捕。更迭。
このニュースを知って、自分の顧客だったものたちは何を思ったのか。
きっと、そのうちの幾人かは思ったことだろう。その詐欺の主犯は彼ではない、と。自分たちは違う男に騙された、と。
取り調べをした衛士だって馬鹿じゃない。あの地で自分は、別段、顔を隠していたわけではないし。自分の行為自体も半ば周知されたものだった。
それでも、地元民や騙されたものたちにすら自分の仕事を『ルーキーへの教訓』と。国一番の高山を登ろうと言うのだから、事前調査ぐらいはしっかりとするべきだ、これは『うまい話には裏がある』ということの勉強代だ、と。そういうふうに思わせるよう努めた。
そのために、事前に店のものに話したこともあるし。騙されたものを肴に酒代を驕ったこともあれば、怒鳴りこんできた者を宥めて、あらためて訴えられないよう言いくるめたことだってあった。
そうして数年。地元民に理解されるように、そして被害者たちにすら自然と私の仕事内容を他所で広めないよう努めて。そのための人物像を生み出し、雰囲気をつくって。そうまでして、幾年月もかけて行っていた自分の『しのぎ』が、まさかこんなふうに終わらせられるとは思わなかった。
……なるほど。自分にとって、今年のルーキーたちは鬼門のようですね。
ケチが付いたのは、あの日。あの村にきた、やはりルーキーだろう少年で。無口で表情の変化に乏しい彼が、私の誘いに頷かなかった――のは良いとして。
まさか、そのあとに登山した彼に、他の仕事で訪れていたらしい組織のものが接触。後に、何がどうなってかは知らされていないが、ぶつかり合いに発展した挙句、衛士に報告されてしまうとはね。
おかげで自分は、お役御免。ほかに潜んでいた組織のものといっしょに移転するよう指示されるとは……。
自分のことを組織が重く見てくれた、そう思えばこそ素直に従いはしましたが……その、自分の後任として、新たに仕込んだのか何なのか。どちらにせよ、こうして早期に逮捕・更迭させられるような無知蒙昧な子供に自分の仕事を真似させるとは、ひどい話である。
これで、かの少年が最初から捕まるために仕込まれた『捨て札』であったのであれば、まだ納得できた。それこそ、今日まで組織のため、身を粉にして潜伏地にて孤軍奮闘してきた自分のため。自分の罪の一切合切を擦り付けての『捨ててこそ役にたつ子供』ということであれば、まだ……。
しかし、結果は――……頭と要領の悪いガキのせいで自分は二度と表舞台に立てなくなるというもので。そんな未熟者のせいで、これまでの自分の働きすら汚され、貶められたようで、気分がよろしくない。
そもそも、自分の仕事に余計なものを混ぜすぎなのである。
百歩ゆずって、自分の仕事を今年デビューの未成人でもできる、と。そう判断されたのだとしても……業腹ではあるが、まぁ許そう。
ついでに、よそのエリアで広めつつある『マルチ商法』という手口を少年に教えて。自分が行っていた『商談』にプラスαの収入の拡大を狙ったのも、まだ、飲み下せる。
しかし、もののついでとばかりに『例の秘薬』を飲ませていたというのは、さすがに看過できない。
まさか、そこまで幼稚な仕事だと思われていたとは思いたくないが……あの秘薬を与えられてしまえば、元がどれだけ冷静沈着なものであっても攻撃的で衝動任せのクソガキになってしまうわけで。自分としては理知的で頭脳戦とも言える『商談』を行うべきものに、なんてものを与えてくれているのか。
――『ヤオヨロズ』では、悪事を悪事と知って行うことにはリスクが伴う。
自分たち、崇高な理念の下で『大事を成すための小事』と割り切れるものであれば、いざ知らず。相応の覚悟も、信念も、揺るぎない正義の心も無い未成人では、遠からず魂の堕落は確実となっていただろうし。『クスリ』による汚染だって加速させてしまう――と言うより、それも狙っていたのか?
ともあれ。その依存性の強いクスリにより、件のクソガキに『クスリ代を稼がせるため』といった発破をかけたかったのか何なのか知らないが、さすがにひどい。
後に処理する予定であっても……このクスリの件が衛士にバレてしまえば、ただでさえ自分のことを探しているだろう連中が本気になってしまうじゃないか。まさか、これまで組織のために務めてきた自分も同時に処分してしまう気か、なんて疑念をもってしまうぞ?
まったく。いつから組織の作戦参謀がここまでお粗末になってしまったのか。……やはり、金払いが良いからと言って、表でも顔の利く貴族連中を幾人か引き込んだせいか? 庶民を平気で切り捨て、食い物にしようと言うのはともかく、そのための手段が杜撰で強引に過ぎると言うもので。まだまだ裏で動くべき組織が、こうまで表のものどもに認知さえるようになったのは、間違いなく新参者の貴族くずれのせいだ。
これだから、上に立つべきものが腐っていると困るんだ。
こんなのだから、自分たちはこの国を革新へと導きたいのだ。
そのために、自分が次に就いた仕事が……まさかの、少年と同じクスリでおかしくなった、昨年まで自分たちの組織に食い物にされていた未成人の成れの果て――その護送とはね。
しかも件の、自分の後釜として霊山の麓の村に配置され。けっきょく、一週間と経たずに捕まったらしい少年と、今回の護送対象の故郷が同じらしい、と言うのがなんとも……。
「これも、『運命』と言うものでしょうか」
君もそう思いませんか? と、問うたところで、彼にはもう届くまい。
なにせ、今。眼前で完璧に拘束、護送中のコレは――
すでに、『ヒトデナシ』に変異してしまっているのだから。
すでに、自分の名前が『イーツェン』だったことすら、わからない――覚えていない。
理性無き、自我無き、ただの化け物……なんですから、ね。
オレ氏のメモ:なんかシリアスに語ってくれているけど、このひと、原作だと『あやしいおっさん』て名付けられてんだよね……。