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12 フラグを立てちゃったんだからね、仕方ないよね

※ 今話にて、ユリーカ視点の1章は終了。次話は『幕間』、別のキャラクター視点のお話です。そして、以後は2章となりますが、次の更新再開までお待ちください。

 ――あとから思い返せば、なまじ対戦相手が弱すぎたせいで油断・・していたのだろう。


「『イシンナカ』、距離を保って『すなかけ』」


 あの日。


 例の『成人の儀式』として故郷を旅立つことになった日に、圧勝した男子くん。


 彼の、戦術とも呼べない稚拙な運用と、感情に流されるがまま、指示出しのタイミングが遅かったりといった幼稚なミスを連発しているのを見て――ボクは勝ちを確信していた。


「クソ! おい、『イシンナカ』! 『ロードローラー』だ! って、避けんじゃねー!!」


 冷静に。慎重に。


 そして、計算どおりに。


「『イシンナカ』、『ころがる』で距離をとって」


 最大まで防御力を上げた。


 最低まで命中率を下げてやった。


「ちぃッ! 逃げんな! 『イシンナカ』、『ロードローラー』!」


 こちらの『イシンナカ』のHPが残り少ないせいだろう。威力重視の、『イシンナカ』がレベル『10』になったときに使えるようになる技――『ロードローラー』を多用し始めた男子くん。


 この『ロードローラー』というのが、モーションこそ『ころがる』と同じく、その丸い体を転がして体当たりを狙う、みたいな感じだが、こちらは正確には『下敷きにして圧し潰す』という攻撃技で。『属性を持たない接触技』ということで『すなかけ』と違って属性一致のダメージ増加、というのはないが、『使用するシキの重量に応じてダメージ増加』という効果もあることから、『いしまとい』との相乗効果はバツグンで。


 ほかの覚える技も鑑みるに、これらを原作にて設計したひとは、きっと『イシンナカ』は『いしまとい』を使ってナンボ、みたいなところがあるようなんだけど……それはさておき。


 彼が指示した『ロードローラー』が、そんな攻撃技だからこそ。『いしまとい』を使ったあとの『ロードローラー』は、決着を急ぐのであれば有効なんだろう――けど。それは『当てることができたら』っていうのが前提。


 ただでさえゲーム版での判定的に、計五段階――ゲーム版では命中率の低下は、一回で一律『二割減少』というもので。『いしまとい』後、『』の属性持ちとなった『イシンナカ』が使った『すなかけ』の場合、属性一致で効果が五割増しとなり。一回で『命中率を三割低下させる』という効果になったそれを、五回。


 つまりは基本『100%』の命中率を『三割低下』で『70%』に。そこから『三割低下』で、『49%』に。『34,3%』に。『24,01%』に。『16,807%』に下げていったわけで。


 もちろん、現実となったここで、そんなゲーム版の判定が完全に適応されるとは思っていないし。ボク自身、『イシンナカ』というオニが『何をもって周囲や敵を把握しているのか』がわからないから、見た目による『目つぶし』としての効果なんてアテにしていなかったんだけど……それでもまぁ、一応、見るからに命中率の低下が著しいのだろう彼の『イシンナカ』が、わざわざ逃げ技(・・・)として選択したように見せた(・・・)『ころがる』を使うボクの『イシンナカ』に追いつき、ぶち当てることができるわけがない、と。


 だから――


「『イシンナカ』、そのまま『ころがる』で逃げて」


「こ、の! 逃がすな、『イシンナカ』! スピードが足んないってんなら、こっちも『ころがる』だ! 追え!」


 ――はい。王手チェック


「『イシンナカ』、『ころがる』で逃げて。決して、当たらないように」


「逃がすな! 追え、『イシンナカ』! 『ころがる』を使い続けろ!」


 かくして、『石を纏った鉄球』が広場を高速で転がりまわることになり。


 傍目には、どちらも大して考えてないように見えるかもしれない『ころがる』による鬼ごっこだけど――残念。ここまではボクの計画通り。


 できれば、もう少し相手の『イシンナカ』のHPを削っておきたかったけど……流れ的に、ここ(・・)しかない。


 ボクの『イシンナカ』の方は計五回の『ころがる』の使用によって最高速度まで持って行けて。相手の方はまだ(・・)っていう今。このタイミングで――


「『イシンナカ』、『ころがる』で――ぶっ飛ばせ!」


 途端。すごい音させて、『イシンナカ』二枚が衝突。互いに互いを弾き飛ばして。


 結果。ボクの『イシンナカ』だけ、砕け散って光になっていく、と。…………はぁ。


「ッ!? は、ハン! なんだぁ、焦ったのかぁ?」


 たまらず肩を落とすボクに「残念だったなぁ、倒しきれてないぜ~?」とか、なんか挑発するようなセリフを投げてくる男子くんは無視するとして。


 とりま、「召喚、『ウサバット』」と。ボクは慌てず、騒がず。予定通りに。ボクが今回、彼を完封する切札と決めていた子を呼び出した。


「高度をとって、『ウサバット』。それから、隙をみて『アタック』だ」


 ――リアルとなったこの世界のバトルでは『飛行できるシキ』が強い。


 ゲーム版では、そこまで『飛べるかどうか』の違いが顕著になることが無かったのに、現実となったことで『手が届かない場所に居る』ってことのアドバンテージの高さは、経験豊富なオレをして、根底から戦術を見直すレベルで。


 だからこそ、同じ『イシンナカ』使いだろう彼を相手に、ボクの『ウサバット』は切札たりえる。


「ちっ。『イシンナカ』、『ロードローラー』だ! ……って、やっぱ当てにくいか」


「『ウサバット』、回避中心。無理しなくていいから、しっかりと見極めて、『アタック』をお願い」


 幸いにして、彼の『イシンナカ』は命中率の低下はそのままで。回復させたくても、専用の回復アイテムは、持っているかどうかは関係なく、ルール的に使用禁止で。交換によるリセットも、彼の手札がもう無いことは最初に確認済みだから無理、と。


 そして。だからこそ、空を行く『ウサバット』に対して命中率を限界まで下げられ。『いしまとい』を使ってしまった(・・・・・・・)せいで敏捷値を下げ、重量を増やしてしまった彼の『イシンナカ』では接触技である攻撃を当てるのは至難だろう、と。


 あとは『事故』にさえ気をつけて。持久戦になるのも視野に入れて戦わせれば、勝ちは確定――


「! そうだ、『イシンナカ』! 『すなかけ』だ!」


 ――……うん。そう来るだろうね。


 なにせ、ボクの『イシンナカ』が彼の飛行ユニットを撃破したのだって『すなかけ』による疑似範囲攻撃で、だったし。


 そも。回避型の紙装甲相手には『面』で攻撃、ってのは基本で。威力こそ低くても、当てれば当てただけ命中率を低下させられることも併せて、使うのなら『すなかけ』がベターだろう。


 ――もっとも。その相手が、『ウサバット』でなければ、ね。


「高度をとって『ウサバット』。『ソナー』」


 残念。『ウサバット』がレベル『5』になった時点で使えるようになる技――『ソナー』は、傍目には『ウサバット』が声なき絶叫(・・・・・)を発しているだけ(・・)に見えるかもだが、その実は『そのときのヒトには聞こえない波長での音の反響を聞き分けて、近場の状況を把握する』というもので。


 ゲーム版での判定で言えば、『発動と同時に使用したシキの「下がっている命中率」をもとに戻し。3ターンの間、命中率が下がらなくなる』という強化バフ技の一種であり。今回は違うが、相手の回避率が上がっている場合も『発動から3ターンの間、それを無効にする』という『命中率を一定時間、初期値(100%)に戻して、保つ』なんて珍しいタイプの技なんだけど……正直に言おう。


 オレ氏時代、この技、マジで使い勝手が悪かったです。素直に『命中率を上げる』強化バフ技の方が、まだマシだと思ってました。


 だから。それがまさか、こうして日の目を見ることになるとは、ね。……試験バトルのときとか、正直、アクアちゃんの『ミャーコ』や、彼の使ってた『ヤコッケイ』がやってた『いかく』の方が良かった、なんて思ってたけど。まぁ、野営地で夜番してもらうときなんかでは大活躍だったし。今回、こうしてアンチ『すなかけ』になって勝利に貢献してくれてるわけだから、良し、としておこう。


「クソが、クソが、クソが! 『イシンナカ』、『ロードローラー』だ! って、外すな!」


「高度、気をつけて『ウサバット』。とにかく回避優先で。隙をみて、ちくちく『アタック』で削っていこう」


 もはや、勝敗は決しただろう。


 レベル的には格下だったボクの『イシンナカ』に『すなかけ』を数回。さらに最大威力までもっていった『ころがる』と、彼の『イシンナカ』は反動ダメージのある『ころがる』でぶつかり合ったんだ。


 当然。事前に『いしまとい』で最大まで防御力を強化していたわけでもない彼の『イシンナカ』じゃあ、もう起死回生はムリ。このまま行けば、ボクの勝ちで決まり――


「! 『イシンナカ』、『ころがる』だ!」


「? 高度をとって『ウサバット』」


 ……なんだ? まさか、ボクがやった『ころがる』の加速を使った回避、からの『最期の一撃狙い』か?


 それでボクの『ウサバット』を倒せれば、たしかに負けは無くなるし。両者、手札を失っての引き分け――だけど、それを狙うにはボクの手札の枚数を確認できないと博打が過ぎるし。そもそも、その最大加速までもっていった『ころがる』を当てられないと、意味が無いんだけど……。


 うん。どこまで行っても、『当てられなければ勝てない』っていうね。やっぱり、『すなかけ』好きですわ。リアルの飛行ユニット強すぎですわー。


「『イシンナカ』、『ころがる』! でもって、こんだけ加速できりゃ――」


 果たして、男子くんの目に不穏な色が宿り。この状況にあって、いやらしさの滲む笑みを浮かべる彼に嫌な予感を覚えて「気をつけて、『ウサバット』!」と。ボクは注意を呼びかけ、


「――行け! ちゃんと狙って(・・・・・・・)『ころがる』だ!」


 そんな幼稚にすぎる指示に内心で肩透かしを覚えながら、「避けて、『ウサバット』」と。それでも一応、警戒を呼び掛けたボクは――




 けっきょく、致命的なまでに気づくのが遅れた。




「……ぇ?」


 そも。空をいく『ウサバット』を『ころがる』で狙うのであれば、自然、『ウサバット』自身が攻撃のさいに近づいたときか、それとも回転しつつも飛び跳ねて狙うかの二通りで。


 ……構造的に後者を狙えるはずがない、っていうオレ視点の話はさておき。予想通り、男子くんの『イシンナカ』は跳んで『ウサバット』を狙い。


 鈍重な石塊にしては早い速度での攻撃ではあるが、そこは生粋の飛行ユニット。回避は余裕だろうし、着地によって身動きを止めたタイミングで、再び攻撃させようと考えていたボクは――




 ボクの指示を無視して、むしろ当たりに行くように『アタック』を繰り出した『ウサバット』を見て、固まった。




 ……え? な、なんで? ボクは避けるよう指示――


「アンタ! 今、ユリーカを狙わせた(・・・・・・・・・)わね!?」


 そんなアクアちゃんの絶叫を耳にして、ようやく。彼の『イシンナカ』が真に狙ったさきがボクだったのだと気づかされた。


「――ッ! 『ウサバット』、ごめん、大丈だいじょう――」


 ハッと。自分が一瞬とは言え、バトル中に自失していたことに気付き。慌てて『ウサバット』を確認すれば、あの子は翼を折ってしまったのか、力なく地面に伏していて。


 その傷ついた、痛々しい姿に血の気が失う間もあらばこそ。遠くで「『ロードローラー』だ!」という声が聞こえたときには、頭が「やめて!」という絶叫一色に染まり。


 ただ。


 ただただ。


 そのとき。ボクは無様に、手を伸ばしただけで。


 その瞬間。そんな無能な使役主マスターのまえで、


 マスターのため、あえてその命令に背いてまで盾となった忠臣シキは、




 ――ぐちゃ、っと。石の塊に押し潰され、赤い水溜まりを広げることになった。




 途端。口元を抑え、背後の草むらの奥へダッシュ。


 そして。……それでどうにか、余人に見えない位置まで行けたと思えた瞬間。胃が痙攣して、情けなくも地べたに這いつくばって嘔吐した。


「ははッ! ぁハハハハハ! ざまぁ! ざまーみろだ、ゲロ女!」


 ほらほらほら! どーした、次のシキを出せよー、と。心底愉快そうな様子で言葉を投げてくる男子くんに応えてやれるいとまも無い。


 ……だって、ボクの手元にはHPを全損させてしまった『ウサバット』の『鬼札カード』が戻ってきていたから。それを抱きしめて、「ごめんね」と泣きながら謝ることしかできないでいたから。


「ハハ! それとも、このまま負けを――」


 だから、




「――そうよ。ユリーカの負けよ」




 そう言ってくれたアクアちゃんには、感謝しかない。


「……ハッ。情けねー。ってか、きたねーんだよ、ユリーカ! 昔っから、授業とかでも毎回毎回、バトルする度に――」


「黙りなさい」


 嗚呼。本当に、


「――ごめんなさい」


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。


 どうか、どうか、どうか。あのとき、『ウサバット』のことを疑ったボクを。……油断して、けっきょく勝ちを逃したボクを。何度も痛い思いをさせてしまう、ダメなボクを――…………どうか、ゆるさないで(・・・・・・)ほしい。


「……けっ! なんだよ、おまえ。あんなゲロ女なんかのために、なにキレてんだよ」


 てか、見たろ? あの女、やっぱり駄目だわ。変わってない。あーして、バトルの度にゲーゲー吐いてるんだぜ? だから、言った通り、足手まとい確定。あんなのと一緒に旅するより、俺みたいな――




「黙ってなさい、って。そう言ってんのよ、卑怯者!」




 ――少女の声に、顔をあげる。


 そして、アクアちゃんが思いのほか近くにいたのに気づいて、ぼんやりと見上げてしまう。


「……ほら、お水。口、ゆすぎなさい、ユリーカ」


 彼女の声が。……いつかのような、やさしい微笑が。


 今は…………ツライ。


「あ、アクアちゃん。ボク――」


「それ以上、近づいてこないで」


 一転。鋭い目つきと声音でもって言い、振り向く少女。


 そのさきを目で追って、そこに男子くんを見つけて思ったのは『ああ、まだ居たんだ』ってだけ。


「な、なんだよ。なんだって、そんなゲロ女なんかを――」


「召喚。『ミズガメ』」


 ため息を一つ。持っていた水の入った水筒をボクに後ろ手で渡し。まるで彼の視線からボクを隠すように仁王立つアクアちゃん。


 ……その、背中を見るだけでわかる。うん。ブチギレてる。


 完全、完璧に。未だかつて見たことのないレベルで、ブチギレてるよアクアちゃん。


「言葉が通じないみたいだけど、一応、最後通牒だけはしてあげるわ。……消えなさい、下郎。次は実力行使も辞さないから、覚悟することね」


 がらがらー、ぺっ。がらがらがらー、ぺっ。……うん。アレだ。近くで激情に飲まれかけてる子を見ることで逆に落ち着きました。重ね重ね、ありがとう、アクアちゃん。


「……ちっ!」


 最後に舌打ち一つを残し、男子くんは去って行ったようで。


 ……もしかしたら、さらにボクのことを睨んだりしてたのかもだけど、そのときには言うだけ言って反転し、ボクの近くに膝をついて見つめてきた美少女の顔で視界がいっぱいで気づけなかった。


「……アンタ。さっきの。途中で、油断したでしょ?」


 眉根を寄せ。一見、睨みつけているふうに告げるアクアちゃんに、「あははー」と笑って頭をかきかき。少女の伸ばされた指に目尻を拭われるがまま、されるがまま。


「んー……やっぱり、わかっちゃった?」


「わかるわよ。バカ」


 ほら、立てる? と、差し出された少女の手を掴み。どうにか、「ありがとう」と笑顔をつくって立ち上がるボク。


 そのまま彼女がボクの服の汚れを『洗浄』の神術まほうでもって綺麗にして。『ミャーコ』を召喚して、ボクが吐いてしまったところに砂をかけさせて始末してくれているのまで、ただただボーっと眺めていることしかできなかった。


 あー……ダメかも。頭が働かないナウ。


「ほら。行くわよ」


 たしか、『マステ』? だっけ? の、中の機械に、シキを回復させられるのがあるんでしょ? と、ボクの手を引き、歩き出すアクアちゃん。


「それで、謝るにしても、お礼を言うにしても――みんな、早く、回復させてあげましょうよ」


 そう、そっぽ向いて告げる彼女に、すっかり乾いて罅割れていただろう心が癒されていくのがわかる。


「……ねぇ。アクアちゃん。見てた?」


 ボクの『イシンナカ』、どうだった?


 じつは、最初の最初にね。あの男の子が三枚しか手札が無いのはわかったんだ。だから、前に言ってた『見せ札』でね、『ウサバット』を初手に見せてさ。彼の性格的に、先鋒に手札で一番レベルが高い子は出さないだろう、って。そう読んで、だったんだけど、ドンピシャだったよね。


 あと。ほら、この辺だと属性持ちのオニって、『カミナリス』か『ヒトシズク』ぐらいしかゲットできないじゃん? だから、旅立ってスグの時点では、短い間だけど元・クラスメイトたちみんなで行動しててね。ぜったい、『いかく』持ちの何かか、『バグス』が居るかなぁ、って。


 アレだよね。使役主マスターのレベルを視れば、手札のレベルもだいたい計れるんだよね。


 事前に、最大枚数も知れてたし。『イシンナカ』が最大レベルなのはわかってたし。強化バフを最大の五回使える状況に簡単にできたし。うまくすれば『イシンナカ』だけで勝てるかな~、なんて思ったりもしたんだけどねぇ。


 相手の『イシンナカ』が『いしまとい』を最大まで使う以前まえで、『すなかけ』の命中率低下が最大になったタイミングをね。狙ってさ。ボクの『イシンナカ』の『ころがる』に、相手の『イシンナカ』が釣られたから、もうここしかない、って。


「それで。……それで、さ」


 ボクの『ウサバット』、すごかったでしょ?


 ……ボク、気づいたんだけど。飛べる子、ってさ。もう『飛べる』ってだけで有利なんだよ。


 もうね。それ用の技か、こっちも飛行ユニットで相手しないと一方的なバトルになりかねないんだよ。


 だから、アクアちゃんも――って、アクアちゃんの手札だと遠距離攻撃が豊富だから、そこまで飛行ユニット対策とか要らないかな?


「あとあと。ボク、思ったんだけどね。ほら、次の。水の都での試験バトルを思えば、水中戦ができるタイプのオニを――」


「ユリーカ」


 振り向き。そっと抱きしめることでボクの言葉を遮るアクアちゃん。


 そのまま『よしよし』とばかりにやさしく頭を撫でてくれて――空元気とやせ我慢が、また、限界に達してしまう。


 堪らず、少女の胸に額を当てて。せめて、顔を見せないように。せめて、彼女の服を汚さないよう気をつけて。「ご、ごめんね。アクアちゃん」と。声を、体を震わせて、地面だけを濡らすよう努める。


「ごめん。ボク。また、カッコ悪いとこ――」


「ユリーカ」


 再び名前を呼ばれ。


 そっと、下げたボクの顔の頬に少女の両手が当てられ。その手の平に導かれるまま顔を上げたボクは、


「はい。『おまじない』」


 彼女が目の前で、自身の人差し指に『ちゅ』、と。口付けたそれを、ただただぼんやりと眺めていたボクのに当てるのを見て。……見つづけて。


 果たして、ボクが口付けている指を意識して――途端に、ボッと。


 顔に全身の血が集まってきたかのように。一気に顔中を真っ赤にしただろうと自覚できるぐらいに……ボクは顔を、頭を、茹で上がらせた。


「……ほら。元気、だしなさい。ユリーカ」


 一見すると、どこか不機嫌そうな顔で。


 眉根を寄せて、睨みつけているような少女の、そんな不器用なやさしさに触れて――




 たぶん、この瞬間とき。ボクは彼女に恋をした。




 オレが好きだった、女の子の主人公だから――ではなく。


 ボクの性自認が男の子よりで。彼女が稀に見る美少女だから――でもなく。


 もっと単純に。もっと簡単に。


 ただ、「嗚呼。好きだなぁ」って。そう思ってしまったから、しかたない。


 ……チョロすぎると言われれば、そのとおり。


 でも、しかたない。……好きだな、って思っちゃったんだから、しかたない。


 だから――……否。だけど。


 当然。ボクの想いに気付かれるわけには、いかない。


 ……いつか、離れ離れになる、その日まで。そんな日が『とおい未来』になるように。


 ボクは、だからこそ冗談めかして「にひひ」、と。わずかに笑ったあとで。


 顔の熱さをことさら気にしないようにしながら、「口に、『ちゅー』してくれたら、元気百倍になる、かも?」と。そう『冗談だと思ってもらえるだろう本音』を告げれば、「やーよ」と彼女もまた、冗談めかした雰囲気でもって笑って返し。


「今のアンタに、ってのは『ちょっと』ねー?」


 せめて、歯磨きしたあとで――今日、寝る前まで我慢しなさい、と。そう言われてしまえば、途端にドキッとしてしまうが……なんとか『平常心、平常心』と心のなかで唱え、落ち着くよう努めたあとで。


 おーっと。そう言えば、ボク、さっきまでゲーゲー吐いてました。コイツぁ、失礼いたしました、と。おどけて言って見せれば、ようかく。アクアちゃんも安心してくれたのだろう。


 それまで自然を装いつつ力の入っていたらしい肩から硬さを抜いて。ボクから視線を逸らして、彼女は前を向いてくれた。


 だから、その背に『ありがとう。好きだよ、アクアちゃん』と。声無く言葉おもいを投げて。


 せめて、今のボクの顔を彼女以外には見せたくなくて。あらためて、外套のフードを目深に被りなおして。


 それで、『マステ』へと二人、裏口から入――


「見つけたぞ! この詐欺野郎!!」


「オラぁ! 金返せや、クソ野郎!!」


「てめぇ。よくも『マステ』に顔出せたな!? 舐めてんじゃねーぞ、ゴルぁ!!」


 ――……なんか、あの男子くんが何人かにボッコボコにされていた。


「「…………」」


 うん。もうね。さっきまでの空気とか、思いとか、霧散したよね。


 あー……こうなるんだぁ。


 原作『ヒャッキ・ヤオヨロズ』だと、村に入ってスグの段階で『あやしいおっさんNPC』が声をかけてきて。


 件の『ヒトシズク』を詐欺紛いの売り文句で買わせようとしてきて。それを断っても『ヒトシズク』を買っても、二度と姿を見ることのなかった『あやしいおっさん』だったけど……現実ここだと、速攻でリンチにあった挙句、しっかりと衛士を呼ばれて『はい、さようなら』なんだね。


 なるほど。もしかして、『百八ヒャクハチ』でも主人公プレイヤーの目に触れることなく処断されてた? だから、二度と会えなかった、とか?


 …………。


 ……うん。


 まぁ、なんにせよ、だ。


 ボクとアクアちゃんは顔を見合わせて。どちらからともなく顔に笑みを浮かべると、揃って、ドタバタ劇の渦中へと振り向き。




「「ざまぁ!!」」




 そう声を揃えて言って。ボクら二人、周りのギャラリーと同じように、声をあげて笑うのでした。



オレ氏のメモ:マスターが集う『マスター・ステーション』には、無料でオニの回復を行える専用の機械があり。HP全損によって再召喚まで24時間必要な状態になっていても、その機械でもって回復させれば瞬時に召喚可能な状態へと戻せる。だから『マステ』には大抵、バトル好きのマスターが何人か居たりするんだよねぇ……。

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