序章 青いカレーは君の味?
本日より連載開始です。よろしくお願いいたしますm(_ _)m
おかしいな。
出逢う以前には、彼女だって野営の一回や二回はしてただろうし。ここだと授業でだって習ってたろうに。なんで他人のテントを張るのに、毎回、この子は一喜一憂してるんだろう?
うん。なんか、目がキラキラしてる。て言うか、自分のは良いのかな? ……いいんだろうな。
だって、彼女のやつは今張ってくれてるのとは違う、言ってしまえば『ワンタッチ』でイキナリ完成された状態で出てくるタイプだからね。高級なやつだからね。今、わざわざペグを打ってくれてるやつは旅立ちの手向けに安く売ってもらった『中古品』で、彼女が買ってもらったらしいテントとは全然違うもんね。
でもさ。それ、生地は『穴あき』、『継ぎ接ぎアリ』で。骨組みふくめて頑丈さだけが取り柄の古臭いデザインの一人用テントだよ? いくら旅装で、遠目には『普通の庶民』に見えたとしても、近くで見れば彼女特有の高貴なオーラみたいなのが感じられるわけで。正直、そういう下々の働きを彼女が嬉々としてやってくれているのに違和感ががが!
「ねぇ、ちょっと! さっきからチラチラ見てくれてるけど、そっちは大丈夫なの?」
ちなみに。テント張りを任せている間に、こっちは料理を担当させてもらってます。
……まぁ、この料理にしても。この子は作りたがっていたんだけど、ね。今回は下拵えと言うか、食材を切る作業が主だったから遠慮してもらったんだ。
なにせ、彼女……予想通りと言うか、見たまんま、わりと不器用だからね。包丁代わりの短刀を持たせるのが怖すぎて、それだけはさせてあげられない、っていうね。
もっとも。軽いケガ程度なら『アイテム』一つで簡単に治せる世界だけど、ね。さすがに切り落とされたら治せない――以前に、食事どころじゃないからね。仕方ないね。
「大丈夫だよー。って言うか、もう『煮込み』の段階だから、そこまで集中してみておく必要がないんだよー」
料理に詳しくない彼女にそう説明し。いつだったかに少女と選んで、お金を出し合って買った鍋を示して見せれば、「そうなの?」と。興味を引いたのか、ちょうどテントを張り終えたのか、こちらに寄ってきたので「味見してみる?」と問い、鍋に向いてお玉で一すくい。
小皿でもあれば、そこに入れて確かめたんだろうけど。無いからいつも通り、お玉から直接口に入れて。せっかくなら『おいしい』って言ってほしくて、彼女が傍に立つ頃には味の調節をおおよそ終えておくことに。
「……ふふ。ちょっと、アンタ。舌が真っ青よ?」
それね。こっち固有の食材のせいか、思い出にある『カレー』に似た味の煮込みスープをつくると『青く』なるんだよね。
この色味のせいで、個人的には食欲が減退しちゃうんだけど……彼女含めて、二人とも好きだからね『カレーもどき』。ちょっと『ルー』が割高だけど、出先で作るのが簡単だし。どっかのタイミングで大量に作っておいたライスと合わせるだけで一食ぶんになるから、献立に悩んだらチョイスしてたり。
問題は、特有のスパイシーな香りが野生のオニを呼び寄せちゃうことがある点だけど……大丈夫。毎回、二人してしっかりとボディーガードは出しているからね。来るなら来いってね。
「ねぇ。ちょっと。もう一回、アンタが味見してみてよ」
「? いいけど……?」
陽が陰り。彼女に借りたコンロもどきが発する火に照らされながら。
お互いの体温すら感じられそうな距離で、なんだか悪戯を思いついたらしい楽し気な笑みでもって告げる少女に、不思議そうな顔して首を傾げて。
それでも言われるがまま、もう一回。お玉ですくって一口。味を確かめてみるが……うん。良い感じ、かな?
「はい、『べー』」
「? 『べー』……?」
なにがしたいんだろう、と。頭に『?』を幾つか浮かべつつ、彼女に向けて『んべー』と舌を伸ばして見せた――次の瞬間。
ふわり。少女に両頬を押さえられ、顔を近づけられたことに目を丸くする間も、あらばこそ。
――気付けば、ボクの舌を彼女の舌がペロリ、と舐めていた。
「ふふ。カレー風味のアンタの味がしたわ」
…………嗚呼。
きっと、今のボクは顔を真っ赤にしているだろう。
まったく、この子は……ボクの気持ちも知らないで、と。早鐘をうつ胸を抑え、舌を伸ばしたままの格好で固まり、立ちつくすボク。
対して、悪戯の成功に鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌な様子で去っていく少女は、本当に、前世で言われていた『メスガキ』のようで。小憎らしいなぁ、と。
その背を見おくり、ふと見上げた先には原作にて『富士山』をモデルとしてデザインされたらしい、この国一番の霊山があって。
ほんと、遠いところに来ちゃったなぁ、と。そう思い、自然とボクの視線は今日へといたる過程へと向けられていった。
オレ氏のメモ:本文にて、『ボク』や『オレ』といった表記が多々でてきますが、この世界の言語的に一人称は一種類だけなので、現地での会話では、みんな『I』だったり? また、『君』も『アンタ』も『おまえ』だって『YOU』だけ――という設定。