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天国から、地獄のあなたへ

作者: ヒ矢マ疋
掲載日:2024/10/24

初執筆の拙作ですがお楽しみください

 小さいころから病院を転々としていた。あの病院ではダメ。この病院でもダメ。数えるのがおっくうになるほどには転院を繰り返した。

 学校へはほとんどいったことがない。いったことがあるのは小学校中学年の一時期だけ。確か2,3か月ほど。一時だけ容態がよくなったから特別に通学を許された。周りの人が妙にやさしくて誰も僕のことを馬鹿にしたりはしてこなかった。でも、遠くから感じた奇妙なものを見る視線は嫌というほど絡みついた。

 

 20△△年○○県にある大学病院へ移された。両親はいつものことだと言っていた。彼らはうまく僕のことをだましてくれていたが、看護師は違った。彼女らはひっきりなしに患者の噂話をしていて、その噂は僕の耳にもよく届いた。聞かなかったことにした。それは僕の命どうこうというより、いかに両親が心を砕いていてくれていたかを知っていたからだった。

 

 僕が入院してから1,2週間がたったころ、空いていた隣のベッドに新しく患者がやってきた。年齢は還暦過ぎてから10年たったか経たないかぐらいのように見えた。彼は見るからに好好爺という感じで、たまに見舞いに来る孫であろう子供にはよくなつかれているようだった。ベッドで死んだようにテレビと新聞しか見ていないいつもの姿とはまるで違っていた。

 

 ある日、見舞いに来た親族が帰った後に彼は僕に話しかけてきた。彼がやってきてから1週間ほどで、その間彼とは挨拶をするかしないか程の関係しかなかった。彼はいつも新聞かテレビかばかりを見ていて、こちらに特段興味がないものだと思っていたものだから、不意を突かれた気分になった。彼がいうことには、彼は僕が思うほどいい人ではないということだった。彼は今までに何人も人を殺してきたといった。僕は別に何かを思ったわけでもなかった。その旨をいうと、彼はそういった僕を叱責した。人殺しはどんな理由があっても許されないということだった。それはされた側の台詞だろうと思った。彼は誰かにその人殺しを批判されたことがあったのだろうか。

 

 それから一週間の間、隣の老人とはまたいつもの関係に落ち着いた。互いに干渉するでもなく、おのおの残り少ない余生を過ごしていた。彼はあの日から一度だけ先生に呼ばれていた。彼から感じる哀愁を考えると彼と先生の間にあった話は察せることだった。その日は彼の孫は来ていなかった。

 

 またあくる日、今度は僕が先生に呼び出された。もともと細かった体をさらに細くした糸ようじのような足では診察室にも行くことはできなかった。僕を乗せた車いすを押した母は一瞬動揺を見せ、またすぐに何事もなかったかのように彼女の仕事の話をしてくれた。体重は何キロあるのだろうか。こんなにも軽いのに、こんなにも重い。

 

 久しぶりに隣の老人の姿を見た。僕が最初のに見た時よりもかなりやせ細っていた。僕もはたから見たらそうなっているのだろうか。顔の皮膚は頬骨に張り付いて、髪の毛もやっていた時よりも元気がなくなっている。あれから一か月ほどしかたっていないのに、人の命はかくも弱いかと嫌でも意識させられた。かくいう僕も最近は体が冷えて仕方がなかった。きっと今の僕の命はあの老人よりも弱い。

 

 意識を失った。一命はとりとめたが、いよいよ覚悟するべき時が来た。母は泣き崩れ、父は泣きこそしなかったがどこか呆然としていた。きっと彼らは僕よりも僕の死を悲しんでいるし、きっと彼らは僕よりも僕の人生を大切にしてきた。何か悪いことをしたわけでもないのに、僕は何か償わなければいけないような気がした。


 両親が帰ってから、隣の老人に声を掛けられた。約一か月ぶりだろうか。久しぶりに話した彼の声はその当時よりも弱々しく、20年ほど年をとったかのようにおぼつかなくなっていた。

 彼は、人殺しを責められなかったといった。何を、当たり前のことを。きっとその時代は誰もが人殺しだった。為政者も、軍人も、市民も、子供も、赤子も、きっとみんなが等しく人殺しだった。死んだ人の上で生きてきた。

 彼は、それがたまらなく苦しかったといった。何とか忘れようとした。自分のできるいいことはすべてした。恵まれない人には進むべきを示してきた。家族には必ず寂しい思いはさせず、苦しい時も気丈にふるまった。それでも、彼の脳裏に染みついた人殺しの瞬間を忘れることができなかった。自分が何回人殺しをしたのか、だれを殺したのかも、知らないと、彼はそういった。

 その時、僕は初めて気づいた。彼はきっと誰かに裁いてほしかったのだ。何人も人を殺した自分を誰かに責めてほしかったのだ。彼はそういう人なのだ。責任から逃れることのできない人なのだ。

 僕は、彼に自分を重ねてしまった。きっと僕は罪人ではない。許されざる人間ではない。償うべき人間ではない。でも、僕は裁かれたい。法でもなく、人間にでもなく、ただ不条理に裁かれたい。僕は理不尽な目にあいたくてたまらないのだ。今までの僕の人生で、理不尽な目にあったことなどただの一度しかない。病がこの体に巣食ったことだけだ。悪いのは病だ。でも病の住処は紛れもなくこの僕の体なのだ。きっと病に伏せたこの体は両親に多くの理不尽を強いた。金は湯水のように消えたろうし、彼らの時間はすべて僕に捧げられた。母が僕を生むために感じた痛みは病に殺される。父が僕のために懸命に働いた時間は病に殺される。

 僕は罪人ではない。償うべき咎もない。

 彼も同じなのだ。彼は罪人ではない。法にも、人間にも裁かれない。でも彼は不条理に裁かれたいのだ。いつかの日に僕に話したあの話は、最後にかけた一途の頼りだったのか。

 僕は天国に行くのだろう。両親に看取られて、幸せな死に方をできるのだろう。

 彼は地獄に行くのだろう。家族に看取られて、幸せな死に方をできるのだろう。

 一通り話し終わると、彼はあの日のことを謝った。急に怒ってすまなかったと。だから僕は言ってやった。あなたは許されないと、裁かれるべきだったと。それだけを。ひどく冷たい言い方をした。返事はかえって来なかった。

 

 明後日、隣のベッドは僕のベッドから見えるようになった。そのベッドは真っ白で清潔に保たれていた。


 彼は無事に地獄に堕ちただろうか。それだけが気がかりだ。

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