表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
CHAPTER.1「死にたがりの悪役人生」
9/51

01-08:私だけが唯一無二


「はい、つーかまーえた」


───時を遡って、真宵が東京タワーから飛び降り自殺を図った夜。


 安心感を抱かせる声音に耳を擽られて、硬直した真宵は背後から現れた誰かに捕まった。抱き締められたまま上へ持ち上げられ、その相手と顔を合わせる。

 自殺を止められた真宵は、「またか」と内心呟く。

 ブスッとした顔で首を後ろに向け、投身自殺失敗を煽るニコニコ笑顔でかわいらしく微笑む茶髪の少女───琴晴日葵を睨みつける。


 変わらぬ笑顔に、諦めの表情を浮かべて息を吐く。


「……よく此処がわかったね」

「私の真宵ちゃんセンサーを舐めないで欲しいなぁ」

「鳥肌が凄い。これが恐怖か」

「そんな酷いこと言わないでよ。ただキュピーンてなっただけだよ?」


 打ち捨てられた総合電波塔、破片が飛び散った展望台の外縁部に、二人の少女の場違いな声が響く。廃塔の側面を駆け登った日葵は、空中に身を投げ出して落ちようとした真宵に無音で近付き、至近距離で最後まで気付かれぬまま自殺阻止に成功するぐらいの隠密系を有する。

 前世云々もあるが……その全ては真宵の自殺対策の為に鍛えた技でもある。


「ったく、脅威にも程がある……勘弁してくれないかな。日課ぐらい消費させて。ゲームで言うならデイリータスクなんだよねこれ。報酬貰えないじゃんか」

「勘弁は私のセリフなんだよね。あと、現実見よっか」

「あぁ?」

「自殺で報酬はないよ。あるのは天国地獄への片道切符。真宵ちゃんは───どっちにもいけなさそう」

「ひでーヤツだね」

「んふふ」


 その名前の通り明るい笑顔を浮かべて、定期的に人生を完結させる趣味を試みるバカな親友を優しく、それでいて力強く……程よい力加減で抱き締める。

 生きていることを実感するように。させるように。


「……今、血で汚れてるんだけど」

「気にしないよ。前世で慣れてるもん……こんなの洗えば綺麗になるしね」

「ははっ、ナイスジョーク」

「あはは。私がこーなったの、ほとんど真宵ちゃんのせいだと思うけどな〜!!」

「気の所為だよ」


 横抱きに、俗に言うお姫様抱っこで抱え直せば、日葵と真宵は至近距離に見つめ合う形になる。微笑みと苦笑いをお互いに向け合い、視線で牽制する。

 ……ふいっと先に目を逸らしたのは真宵だった。

 それ以降、抱き上げられた真宵はなされるがまま、一切動かなくなった。


「それじゃ、帰ろっか」

「……ん」


 夜明けの近い明け空を見上げて、日葵はもう使い慣れた天使の言葉で歌を紡ぐ。光の粒子が空を舞い始め、空間に不可思議な歪みができあがる。

 歌唱と共に現れた天使の光が日葵の背中に集まる。

 光が形を描く。一つ一つが美しい翼の白羽根となれば、一対二翼の白翼が顕現される。


 正に天使───穢れた俗世に舞い降りた、神の使徒。


「飛ぶよ!」

「あいあい」


 翼を大きく広げてはためかせ、自由な空へと飛び立つ。羽根を散らして大空へ。吹き荒ぶ夜風など気にもとめず、翼を生やした日葵は空を泳ぐ。

 正確には翼がそこに“ある”だけだが。

 人一人分の重さもなんのその。安定した飛行は運ばれる真宵に負担をかけず、日葵にも苦を与えない。


 眼下を流れる都市の跡───海の下の滅ぼされた世界を観賞する。


「今年は海水浴いけるかな」

「さぁ、どーだろ。行けても胸とか隠せる水着にしなよ。傷痕が目立つ」

「勿論」


 琴晴日葵───かつて勇者と呼ばれた異世界の英雄は、数奇な運命を辿って二度目の人生を手に入れた。再びその世界が滅びる終わりの時まで、殺意を交わした魔王と共に新しい生活を謳歌している奇特な少女。

 好きになってしまった宿敵と共に明日を待ち望む。

 それがどれだけ間違っていようとも構わないと、日葵は本気でそう思って、真宵へ無償の愛を捧げながら刺激的な今の日常を生きている。


 世界を救うよりも、壊された仇友を優先するぐらいには真宵のことを好きになってしまった───己で定めたその在り方を、自分の意志で歪めてしまうぐらいには。

 後悔することなどなく、それどころか行いを誇りに思う魔王の勇者。


「そういえばなんだけど……聖剣の進捗はどうなの? もう10年経ってるけど」

「あっ、あー……うん。今頑張ってるよ」

「さては忘れてたなキミ。大切な旅のお供を……」

「半分は真宵ちゃんのせいだよ!?」

「えぇ?」


 紛失した己の半身を探す旅も、自分たちの生きる意味を定義する旅も、二人がなんの障害もなく歩める旅も、今やすべてが未知数で───それもまだ、始まったばかり。

 終わった後の世界をどう生きるのか、二人はまだ模索し始めたばかり。


 前世から続く歪な関係。

 過去敵対していた少女たちを取り囲む世界が、いつしか二人を引き離すことなどは目に見えずともわかっている。相反する属性が反発するように、いつかはそうなると。

 わかった上で目を逸らす───否、合わせたままでまだ突き進む。


 終わりが来るその時まで。それまでは一緒に……二つの手を繋ぎ合わせていたい。

 無意識なその想いは、揺れ動く心をキツく縛る。


「大好きだよ真宵ちゃん。だから死なないで?」

「……ゃ、ボクはキミのこと嫌いだなぁ。夢の一つぐらい叶えさせてよ」

「死ぬ以外は邪魔してないよ?」

「……やっぱり嫌いだ」

「えー?」


 いつも通りのコミュニケーション。

 それはわ真宵が体力の回復を優先して眠るまで続いた。朝焼けの空。水平線の向こうから橙色の陽光が大空を征く二人を照らす。暖かく眩しい朝陽が視神経を刺激して脳に目覚めの覚醒を促すが、真宵は気にもとめず眠り続ける。

 まるで眠り姫だな───なんて思いながら、日葵もまた気持ちのいい日差しを裂くように突き進む。

 目指すは我が家───勇者と魔王を拾った、人のできた教育者の家へ。


「───綺麗だね」


 それは腕の中の最愛に向けてか、それとも陽光への感動なのか。口から零れ出た同意を求めぬ声は、きっと二つのどちらにも向けられたモノなのだろう。

 現に日葵は、朝陽に照らされた真宵も見ている。

 慈しむ目でそう見つめる日葵は、確固たる意志をもって想いを告げる。


「死なせないよ───私以外の手では、ね」


 前世で交わした一つだけの約束───“あなたを殺す”。生まれ変わった今でも、それは有効だ。

 魔王を殺せるのは、“真の勇者”であるリエラのみ。

 誓いを胸に、いつか結ばれる筈の約束を掲げて、少女はイバラの道を歩んでいく。


 その苦難の先に、一体なにがあろうとも───…






◆◆◆






 ちゅんちゅんちゅん。可愛らしい小鳥の囀りと、窓から差し込む陽光を目覚ましに、微睡みにあった意識は夢から現実に帰ってくる。

 そして、何の気なしに視線を下に向けて───

 この世で最も大好きな人の寝顔を堪能する。

 正面から私に抱き着いて、胸に顔を埋めて寝息を立てる真宵ちゃん。彼女を起こさないよう、静かに髪を撫でて、もっともっとと堪能する。


 ……あっ、どうも。リエラこと琴晴日葵です。


 世界を救おうと必死になった10年、その全てを最終的に投げ捨てた結果、世界の滅びを止めれなかった勇者です。マジでごめんエーテル世界。

 でも世界よりも優先すべき人に出会ったから……

 許してください。ちなみに女神様は許してくれました。多分諦め半分で。


───あの日、私たちの旅は幕を下ろした。

 お互いの死を願いあった最初の関係とは違う、変化した想いを胸に抱えて、永遠にも思えたお互いの未来に終止符を打った。

 二つの世界が滅びに向かう災禍の中で。

 そうして全てが終わった後に……私は勇者時代の記憶を引き継いで、私は新しい私に生まれ変わった。


 リエラ・スカイハートは琴晴日葵へ。


 巨悪を滅ぼすという使命のみが叶えられた、恋に落ちた勇者の生まれ変わり。


 中身はすんごいお年のおばあちゃん! それが私!


 ……まぁ、生きてた年数の100年は虚無ってたけどね。公式文書とか歴史書とかの記録にもどこにも乗ってない、私と真宵ちゃん……カーラちゃんだけの、ふたりぼっちな孤独の旅路。

 人の寿命を超えた年月を彼女と生きた。

 地球とかエーテル世界とか、そういう星の移り変わりが見れる環境ではなかったけど……私たちは、二人っきりで虚無の旅程を歩んだ。

 100年もそーすれば、お互いの蟠りなんて薄れる。

 生まれ変わってから知ったんだけど……多分、あの時は共依存の関係になってたと思う。うん、共依存……なんて素敵な響きな詞なんだろう。今の私たちにピッタリだ。

 ……あーでも、あの旅を虚無って称するのはダメだね。それはカーラちゃんに対して侮辱だ。私よりも倍の時間を彼処で生きることになったカーラちゃんを、失言なんかでこれ以上痛めつけたくない。

 この子の味方は今、私しかいないのだから。


 ……やー、でもいるか。ちゃっかり王来山に居座ってる魔王の右腕がいた。でも負けるつもりはないよ。私こそが理解者で味方なんだい!

 あと自殺幇助だけはしないよ。その一点だけは徹底して邪魔させてもらう。そこだけは敵対だね。

 どちらにせよ私だけが彼女を止められるのだから。

 この子の前世の親友や部下は、話を聞く限り……絶対に自分を殺しに行くのを止めたりはしない……と、私はそう推測する。というか宴会芸みたいなノリで、不死を理由に誰かの首を飛ばして笑う集団とか、ヤバすぎて引いた。

 流石は魔王軍。悪の帝国の名は伊達じゃないね。

 ……生まれ変わったトップが今や自殺万歳とか、普通に怖くない?


 だから私は積極的に止めようと動くんだけども。


「ん……んぅ……」


 私という温もりに包まれたまま、小さく身動ぎする愛しの魔王様。私の生存欲求を知る唯一の親友。元はお互いの命を狙い続けて、やがて心を預けた宿敵。

 死を願うあまり壊れてしまった可哀想な女の子……

 それがカーラちゃんだ。それが真宵ちゃんだ。

 バレていないと思っているのか、幻覚を見る度に布団に潜り込んで来てるけど。本人は頑なに否定してるくるの、私は好きだよ。というか、人殺しもろくにできなくなった魔王とか、なんかかわいいね。

 ……仕事柄、生かすって真っ当な手段が選べないのは、本当に不味いよね。そろそろ離脱を、いや無理矢理にでも退職させないと心が壊れちゃう。

 でも、壊れないように支えるのも私の仕事だ。

 今世ものらりくらり、それでいてなにかを背負いたがる真宵ちゃんの傍にいて守るのが、私自身が己に課した今の使命。


 神様にはもう祈らない。真宵ちゃんが神を大っ嫌いだと公言してるのもあるけど……もう、私が祈るべき女神様はいないから。

 運命に全てを委ねるだけでなく、私自らが動く。


「……本当、会えて良かった」


 私たちが再会したのは、アルカナの片隅にかつてあった地下孤児院。もう影も形もないけれど、出会ったときには掃除屋として暗躍していた真宵ちゃんに、私は今もずっと守られている。

 ずっと、守ってもらってばかり。

 私が勇者リエラその人だとバレないように、禁じ手含めあの手この手で対処している。

 それこそ、私でもわからない数の偽証によって。


 不甲斐なさを感じると同時に、真宵ちゃんに私の全てを守ってもらっているという新感覚と構図に、密かな喜びを感じているのもまた事実。

 でも、それじゃあダメなんだ。

 私たちは対等だ。故郷を手にかけて、故郷を救い損ねた両陣営の二大巨頭。同じ罪を背負う者同士を助け合うのが理想の形。

───私は真宵ちゃんを、魔王カーラを、命を懸けてでも守らなければならない。


 まだその時は来てないけど……その時は、必ず。


「私が、貴女を……」

「んにゅ……んむ………ひまちゃ………」

「かわよ」


 真面目な思考が一気に吹き飛んだ。勇者負けちゃった。やっぱり魔王はすげぇや。

 勇者完敗。私の真宵ちゃんは超がつくほど可愛い。もう食べちゃいたいぐらい可愛い。

 私の今世の名前を呼んでくれるとか、百億点満点。

 確かに前世も大事だけど、今はこっちが素なんだから。それを意識してもらえてるのが嬉しい。

 あー、猫耳つけてにゃんにゃん言わせたい。

 身も心も蕩かしてもっともっと依存させたい。

 従わせて、甘やかして、ずっとずっと───

 あぁ〜、ふしだらな欲求が。真宵ちゃんに対する正直な気持ちが止まらないなぁ〜〜!!!

 ……寝てる時は無防備だから、バレずにイけるか?

 耳ハムハムぐらい……いや、うーん。これ、ワンチャンあるかな?

 いけ…いけ……いける?


───いくか。いこう。いただきまーす。


「あむ」

「んぅ? ……ぅ………すぅ……」

「……よし」


 起きない。勝った───いいってことですね???

 んふ、んふふ……


 真宵ちゃんが悪いんだからね! 普段は絶対嫌がるのに、自分が困ったときばっか私のベッドに潜り込んで……私に甘えてくるのが悪いよね! 仕事だからって人殺す方が悪いもんね! そう、素直になれない真宵ちゃんが悪い!

 無自覚に甘えてくる時の方が多いけど、どっちにしてもかわいいなぁホント! もう!

 寝坊助さんのこともっと味わってやるぜ!


 今日も学校だけど、そんなの関係ねぇ!!!

 昔、自分の生き方にはいつだって正直であるべきだって王立顧問の先生が言ってたもん! 浮気ばっかの放蕩生活を送って去勢された先生の教えは正しいって信じてるもん! 魔王軍の将軍をぶん殴って勝ったって聞いた時は、この人マジかってびっくりしたけど。

 そんな偉業を成し遂げた奇人だっているんだ。

 それなら、私が魔王をそういう意味で攻略したって……いいじゃないか。


 私は勇者リエラ! 魔王を何らかの手段で懐柔することに一体なんの問題があるのか! 例えそれが快楽だとしても! そう、ありゃしません! ってことで、真宵ちゃんを完全に私の虜にしよう!

 取り敢えず甘えたがりに! もっと素直な子に!!!

 やろやろやろ。起きたら絶対怒るんだから、起きる前に堪能しないと……

 早速パジャマの胸元のボタンを外し、て……あっ。


「………」

「………」

「………」

「……お、おはよう…」

「……ぅん、おあよ………うん」


 寝惚け眼の真宵ちゃんと、目と目が合う───♪


 まるで時が停まったかのような静寂が、私の部屋を支配する。なんだろ、なにか言った方がいーのかな。ボーッとしたままこっちを眺める真宵ちゃんと、暫し見つめ合う。

 うん、綺麗な紫色。吸い込まれそうな深さがある。

 ずーっと見ていたかったけど、その前に夢から覚醒した真宵ちゃんが微笑んだ。


「しんで?」

「許して♡」


 ですよねー! 知ってた。舌っ足らずかわいいかよ。

 あっ、や、ちょちょっと待って。待って待って待って? これが遺言になるのはちょっと遠慮したいって言うかヤダって言うか───!?


 マジで顔面に影刺してくるじゃん……ごめんって。






◆◆◆






 朝から酷い目にあった。これが勇者か。成程。

 ……それはそれとして。


「昨日のボク何やってんだ……」

「私が知るわけないじゃん」

「それはそう。肯定以外の選択肢がない……はぁ〜。記憶消さな」

「ヤダ!」

「チッ!」


 幻覚に苛まれていたとはいえ、そのまま宿敵が寝ているベッドにインして同衾する阿呆がいるか……居たわここにふざけんな。

 まったく……もう少し考えて行動すれば良かった。

 日葵の寝起きの早さと自分の遅さを甘く見てたなぁ……以後気をつけよう。


 ……これ、毎回言ってる気がする。学習しろボク。


「んー、昨日だいぶ遅かったけど……アレだね。すっごい大変だったみたいだね? なにか方舟でヤバいトラブルでもあったの?」

「オルゲンの研究所一つを襲った敵組織の残党処理」

「……あぁ、あの蠍」

「嫌い?」

「まぁ、そりゃねぇ……だってほら、あんまいい思い出がないじゃん?」


 そりゃそうか。

 幹部全員、一人最低でも三つは国を落とさせてたから、嫌われるのも無理はない。特にリエラと戦ったことのあるヤツらは友好的態度は無理だろう。

 ……なんでボク日葵にこんな好かれてんの???


「ん? どったの?」

「……ううん。なんでもない」

「そうなの?」


 なんだこの女。相変わらず勘が鋭い……心底面倒いな。油断ならないよなぁこいつ。色々と疑問があるとはいえ、取り敢えず今は準備だ。

 洗剤に漬けていた黒衣を洗濯機に放り込む。

 今日も学院に登校しなきゃいけないんだ。クソ面倒い。明日の土曜日が待ち遠しい。でもたった24時間の辛抱……ダルいぃ……


 今日こそ早く寝るぞ〜。生活習慣が乱れてる。


 珍しくも元気よく意気込んでいると、朝飯作りに朝から精を出そうとしていた日葵がなにか尋ねてきた。

 なに、早く作ってよ。余裕は……2時間もあるな。


「今更だけど朝ご飯何がいい?」

「健康的で文化的な日本人の朝食」

「抽象的ぃ」


 日本食とか、前世エーテル人には難しい話だよね。

 ……あぁ、“エーテル”って言うのは、前世のボクたちが生きてた異世界の名前ね。今更だけど。なんでこんな安直すぎる名前してんのかは知らん。名付けた神に言え。

 名付けの理由は天界が近くにあるからだっけ……

 わっかんねぇや。


「こうかな? いや、こう……? んん???」


 四苦八苦と唸りながらも、真剣な顔で卵焼きと格闘する日葵を横目に、ボクはテレビをつける。

 ……今日の天気も晴れか。最近昼ずっと快晴だな。

 うーん……雨雲とかは全部アメリカ新大陸の浮雲にでも吸われたんのかね?


 欠片も興味のない内容に疑問を浮かべていると、画面に緊急速報が入電が。ニュースキャスターの一切感情のない声色で読み上げられる原稿に耳を傾ける。

 なになに……?


『───速報です。本日未明、アルカナ政府最高意思決定機関“ 円卓会 ”に名を連ねる政治家である、安正党議員、櫛原禎蔵氏の邸宅が焼失しました。消防により既に消火は完了しましたが、出火の原因は不明で……

 また、櫛原氏の行方も未だわかっておらず、現在警察が捜査中とのこと───…』


 櫛原って……あぁ、昨日死んだ汚職政治家か。

 安正党の議員だったんだね、あいつ。平和思考で有名な政党の人間が、あんなことしてたなんてねぇ……んまぁ、もう気にすることでもないかな。“方舟”に手を出したのが運の尽きだった。

 ボクたち“黒彼岸”が動いた証拠はない。くふふ。

 汚職の証拠が出てくるのと時間の問題かな。もう事前に内容警察に送って円卓会困らせれば良かったかな?


 余裕綽々の笑みのまま砂糖マシマシのコーヒーを飲む。勿論これは日葵が淹れたコーヒーだ。豆から挽いたってのすごくない? 手っ取り早く眠気を覚ますには一番だのね。

 うん、うま……美味い。魔王に嫌いはないんだよ。

 でもミルクあと10杯ぐらい欲しいな。苦すぎてもボクが困るだけだ。


 次のニュースは……へぇ、皇室の……ふーん。


「できた! どうよ真宵ちゃん!!」

「どれどれ………あむっ…うん。甘い…ね」

「……うん、甘すぎるね」

「「ま、いっか」」


 ぶっちゃけ焦げてなきゃいいと思うけど。卵焼きなんて甘くても塩っぱくても構わないとも……ちゃんと味あって美味しければそれでいい。

 食べて美味しければオッケーだ。これは甘すぎだけど。


 一番の難所だよ〜と愚痴っていた卵焼きができてから、日葵はパパっと調理を進めていく。

 焼き鮭、漬け物、ほうれん草のおひたし、後は味噌汁。うん、適当に無茶振りしてみたけどさ……美味しそうなの作ったなぁ、こいつ。ちゃんと美味そうなんだけど……

 料理サイトを見ながらとは言え、スペック高ぇな。

 毎朝手こずってるけど、日に日に料理スキルが上がっているのは、偏に努力の成果なのだろう。ご飯作るのは日葵だもんね。ボクなんもせんし。


「よしできた……真宵ちゃん、机拭いて〜」

「ほいほーい」

「ちゃんと洗ってからやってね」

「たりめーだろ」

「どうだか」


 それぐらいわかってるわバカめ。前科あるけど。






◆◆◆






 日葵が作った朝食は美味しかったです。

 なんか負けた気がしたので、今度はボクがもっと美味い朝食を作ってやろうと思う。

 前々世が日本人だったのだ。負けるわけがない。

 ……いやまぁ、人生の三分の一が入院生活だったから、キッチンに立った回数なんて数える程度しかない、なんて事実がネックになるけど……ん?

 ……あれ、前々世料理したことあるっけ。あれ?


 コンビニ、カップラーメン、缶詰、レトルト……


 ヤバい、今世ぶんの調理スキルしかないかもしれない。そんでもってあんまやってない。終わったわ。


「おぉ〜、桜も満開だね。今度花見しよっか」

「何麦もってく?」

「堂々と未成年飲酒宣言しないで?」


 そして現在、桜並木を見ながら学院に登校中。

 ワインとか焼酎とかも美味しいけど、市販の缶ビールも美味しいんだよね。というかこっちの方を飲みたい。何せ異世界の酒はファンタジー味が強い気がするんだよ。多分魔界産だったからだとは思うけど……

 どこの地球も世界も酒は美味。これは良いことだ。

 この肉体は確かに16歳。選挙権すら持ってない未成年のガキではあるけど……精神は既に4桁! なんならお酒如きでは成長阻害されない肉体をボクは持っている。

 弱いのは精神だけなんだよ。魔王舐めんな。


 酔いには負けるけど。


「琴晴さんおはよー! 洞月さんもおはよー!」

「おはよー!」

「おは〜……なんであんなに元気になれるんだろ」

「若さだね〜多分」


 足が学院に近付くにつれて、登校する生徒の数が疎らに増えていく。

 わざわざ元気な声で挨拶をしてくる同級生たち。

 学院で、ボクと日葵は思っているより有名……らしい。何故かは知らないけど、有名人らしい。

 勇者とか魔王とか関係なく、本当に何故か。


 噂の出処は不明だし、そもそもなにを噂されてそんなに有名になったのかもわからないが……別に調べるつもりはない。めんどくさいから。

 必要になったとき知ればいい。

 たかが学院生からの評判を調べるだなんて、限りのある労力と時間の無駄にしかならない。

 知りたくないって気持ちも大きいけど。


「あ! ライライ先生おはよーございまーす! 今日も髪の毛昆布みたいですねー!!」

「あぁ、おはよう───反省文200枚だ」

「中指フィーバー」

「いい度胸だな……」

「ケラケラ」


 む、校門の方から聞き覚えのある先生の名と声が。


「あっ、今日はライライ先生の日なんだ」

「……日って何なの……あぁ、挨拶を強要させるヤツね。裏口から行こーぜ」

「その言い方はどうかと思うな、私。あとダメだよ」

「ちぇっ」


 校門の傍に立ち、登校して来た学院生たちに挨拶を返す教師の姿を目に収める。

 黒くねっとりとした長髪を左右に分けた男教師。

 アルカナの外からやってきた、王来山学院の教授である英国人。名前はボートライ・レフライ。空想学を担当するライライ先生だ。かわいい愛称の持ち主である。

 ちなみに言うと愛称の名付け親はボクだ。

 いつの間にか学院中に広まってしまったが、先生本人がなんも言ってこないので問題ない。咎めがないってことはいーってことでしょ?

 うん、ライライ先生心広くね?


「む。おはよう、洞月、琴晴」

「おはよーございます!」

「おはざーす」

「……挨拶はちゃんとやりなさい」

「あい」

「そこはする流れじゃないの……?」


 冷めた目でボクを見てくるライライ先生の視線と日葵の疑問符を無視して、校門を潜り抜ける。

 無心無心。なにか言われる前に通り過ぎて───


「そう言えば洞月」

「……なに」

「昨日の居眠りの件についてだが」


 突然呼び止められて、肩がビクッと浮き上がる。そして告げられた言葉が意味することは……

 うん、終わった。懸念事項を回避できなかった。

 これが宿命か……?


「……それが、なにか」

「生徒指導室と3000文字レポート、どっちが良い」

「どっちも嫌でぇす!!!」


 なんだその地獄の選択肢は! 横暴すぎませんかね!

 ちょーっと、眠気に抗わずに大人しく睡魔を受け入れただけじゃないか! やめてよねそういうの!

 学業で魔王を倒す気が貴様!!!

 んまぁ、空想学はマジで得意だから問題ないけど。元はファンタジーな世界観なんだ。+で入院中二次元にばっか傾倒してたオタクが最強なのは言うまでもない。

 それはそれとしてその二択は嫌だッ!


「……冗談だ。しっかり寝れてるのか?」

「コイツのセクハラが酷くて……」

「えっ」

「ほぉー……ところで。洞月貴様……私の異能がどういう代物か、忘れたのか?」

「え?」


 いの、異能? んんー、ライライ先生の異能。ごめん最近色々ありすぎて脳みその引き出しにしまったから記憶処理能力使わないと……あっ、あっあっ。

 やべっ。そういやこの人、歩く嘘発見器だった。

 いやまぁ、日葵の過激な身体接触が激しいってことは、先生もわかってるんだろうけど……他にも理由あるんだろもう観念して全部吐けって目ですねバレてますねこれは。

 流石、一般人の癖に真実に辿り着いた男だ。

 黙認を選んだので好感が持てるのに、そしてこの態度。すげぇよ先生。

 でも不味い。犯罪者やってるのまでバレたくない。

 くっ……仕方ない。かくなる上は!


「逃げろ!」

「待って真宵ちゃん!!! 置いてかないで!!!」

「……廊下は走るなよ」


 養父に、廊下は走るもんだって教わりましたぁー!!!


 あっ、そういや家の鍵閉め忘れてた。遠隔影使っとこ。危ない危ない。日葵にやらせときゃよかったぜ。

 地上階は漁られても別に困らないから良いけどさ。

 いや良くねぇよ。何が良いんだボク。

 どーしよ。痴呆になりかけなのかボク。どうやって思考能力を養えば良いのか。


「バカなの?」

「すっごい心外なんだが? キミより上なんだが?」

「真宵ちゃんに任せた私がバカだったよ」

「るっせぇ、あと心読むな」

「顔に書いてあるんだよー」


 ボク限定のテレパシー能力の間違いだろ嘘つくな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ