表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
CHAPTER.1「死にたがりの悪役人生」
8/51

01-07:血濡れた両手は誰が為に


───月明かりを失った暗闇の中を疾走する虚影の兵隊。音もなく、気配もなく、殺意もなく。消すべき始末対象を無形がつけ狙う。

 異常値を維持する調整によって心を壊された掃除屋が、標的目掛けて牙を剥く。


「ッ、はぁ、はぁ……ッ、くそ、クソクソクソ! 何故ッ、何故この私がッ! こんな、薄汚い場所でッ……こんな目に遭わねばならんのだ!?

 おい! 誰かッ! 誰かいないのか! 私を助けろ!!」


 闇に微睡む殺意から逃げるのは、高慢ちきな肥満体型の一人の男。ぶくぶくと太った腹を揺らして走るその様は、何処か見苦しいものが感じられる。

 ……彼は新日本を取り仕切る政府上層部、国会に代わる最高意思決定機関である『円卓会』の重鎮の末席。

 で、あると言うのにも関わらず。

 裏では犯罪組織を手駒として、政敵を密かに消し去り、円卓会に成り上がった極悪人でもある。そんな政府役人は誰かの依頼でナニカに命を狙われていた。

 男は汚い手法で上に登り詰めた汚職政治家である。

 故に敵対者を作りやすかった。それこそこの死線が誰の手引きなのかわからない程に。


───しかし、今回だけはわかる。


 男は“方舟”に手を出した。遥か昔、アルカナが完成したその時代から世界の影で暗躍する、“楽園の求道者”を甘く見過ぎた。

 己の慢心と虚栄心が禁忌に手を染めてしまった。

 裏の手駒を使って情報を集めた。海に沈んだ地下都市に秘匿された施設があることを知った。そこに隠されているデータを欲して、知ってしまったが故に手を出した。

 その結果、彼は───否、彼らは始末すべきゴミとして追いかけられている。

 差し向けた手駒は壊滅し、己の邸宅は焼け野原。

 命からがら逃げ延びて、稀に聞こえてくる甲高い不穏な金属音に怯えながら駆けている。


 必死に助けを呼べども救援は来ず。

 助太刀を望んだ配下は揃いも揃って彼らに遠ざけられ、或いはその総数を減らされて───故に、手を差し伸べる人間はもういない。

 100を超える殺人奇術が舞台を彩る。

 手駒の生き残りも僅か少数。影の強襲によって方方へと散り散りになった彼らは、電波妨害で連絡を取り合うこともできずに一人一人消されていく。


 絶体絶命、死地一直線を男は走る。


「はぁッ……はぁッ………あぐッ!!?」


 追い込まれた先は第2都市のとある一角。

 経年劣化によって生じた段差に右足を躓かせ、無様にもアスファルトの上を転がって、地に伏せる。

 品のいい茶のスーツは擦れて血が滲む……転けた拍子に運悪く頭も打ったのか、瞼の上にも血が垂れ落ちた。

 頭痛で軋む脳。幾度も途絶えそうになる意識。

 それらを気力で耐えて、なんとか顔を上げた男は───絶望を知る。


 惣闇色の襤褸を纏う死神に取り囲まれていたのだから。


 黒光りの甲冑を腕に装備した黒いローブの何某は、顔に無地の絵柄一つない白い仮面を嵌めている。それ以外には特徴のない、怪しげな風貌の無影に囲まれていた。

 処刑人の剣を携えたそれらは、凶刃を男の首に添える。


 生気のない、光の入っていない無数の瞳が男に刺さる。


「あっ、あぁ……おっ、お前たちは……まさか……」


 彼らを知っている。何故なら過去に数度、かの掃除屋に依頼を出したことがあったから。扱き使っている手駒よりも有用な掃除屋として、何度も何度も。

 全ての依頼を完璧にこなす、アルカナの闇の象徴。

 漆黒に染まった彼岸花を掲げて、死を届ける魔人たち。それを使っていたが故に……わかってしまう。


 何十人と始末された人間をその目で見てきたのだ。


───ここで己も始末されてしまうのだと、最悪な未来に確信をもってしまった。


「あっ、ぅあっ……! ぅ、ぃひっ……!!」


 必死に言葉を、命乞いを紡ごうにも。男は恐怖のあまり譫言を、嗚咽をあげることしかできなくなった。先程まであった威勢はどこへやら、もう男には生き延びる術を探す余裕さえない。

 助かる道は0。異能も特別な技能も持たない無力な男に待っているのは死一つのみ。

 鈍色の刀身が、処刑人の剣が男に突き立てられて。


「───」

「───」

「───」


 そして───剣の雨が、男の全身を串刺しにした。


「───あ゛ッ、ガァァァァァァァァァァァァ!?」


 闇夜に響く断末魔。喉を迫り上がる命の塊を滝のように吐き出しながら、男は命を絞った悲鳴を叫び奏でる。その悲鳴を聴いたとしても、救いの手など現れやしないのに。

 命の喪失感。まだ抗えと、まだ生きたいのだと無謀にも訴えかける心の声は激痛に掻き消される。本来味わえないこの世の終わりを体感して、男の意識は闇に堕ちていく。

 グサグサと突き刺さる死の刃。

 腕は吹き飛び足は千切れ、肥えたその身を余すとこなく切り刻まれる。


 絶望という名の喪失に沈んでいく骸は、黒と赤で染まる霞んだ視界の中───


 黒い空の下、真っ黒な女の笑う影が───見えた。






◆◆◆






 第2都市空想災害───90年前、巨獣空想にアルカナが襲撃された大事件。人が住める環境では無くなった首都は泣く泣く廃棄、新都市計画で建造が進められていた隣地を新たな首都として遷都した、比較的新しい日本の過去。

 まぁ、元々魔法震災復興の急拵えの再建増築埋め立てで酷い有様だったらしいから、前から遷都計画があったのは事実らしい。

 今見てもわかるが、非常に複雑怪奇……裏社会の根城になってから違法建築が継ぎ足しされているとはいえ、もう住みづらいったらありゃしない環境だ。

 前準備がなければ帰還できない迷宮と化している。


 慣れ親しんだホームグラウンドとなった廃都は、今では様々な悪意が渦巻く混沌とした闇のテーマパークとしても有名になってしまった。

 かつての安寧栄華は見る影もない。人々の復興の軌跡は無に帰した。


「ドールs07は裏から回って。j55とa42は左右で挟撃……狙撃チームは撃ち漏らしたゴミを消せ……蓮儀、キミのは11時の方向に450m。貯水タンクを壁にしてる」

『了解───む、すまん。ヘルメットで防がれた』

「スナイパーライフルを防いだだぁ? 随分頑丈だなおい。異能で貫け」

『任せろ』


 番号で管理された部下たちを路地裏を駆けさせ、旧都を散り散りになって逃げ惑う標的を始末していく。その途中蓮儀の銃弾を奇跡的に防いだ運のいいヤツもいたけど……結末はわかりきったこと。

 遠方に見える、かつて都の象徴であった紅白の電波塔が廃ビルの隙間からあるのを眺め、そういや昨晩はあそこで死のうとして日葵に回収されたっけなぁとか、日葵の救助活動範囲広いなぁとかと考えながら、ボクは路地を歩いて命令を下す。

 気分は司令塔。廻先輩もこんな気分なのかしら。

 んまぁボクは現場に出てるからちょーっと違うか。

 真横の血煙舞う斬殺現場を素通りして、入り組みすぎた裏の世界を散歩する。


 散歩の傍ら、思考と片目と共有させた景色に注視する。接続された影の向こう側には、工事途中のまま放置されて基材が諸に露出したビルの屋上で狙撃する蓮儀が見え……ボクはそんな彼をサポートする。

 サポートって言っても、口を挟むだけだけど。

 狙撃銃を足元に置き、右腕を真っ直ぐ前に伸ばした彼は遥か遠くを駆ける標的を睨みつける。

 左手を支えに、右手の照準を合わせる。

 それはまるで指鉄砲のような構えをしており、前情報がなければ理解ができずに首を傾げるだけなのだろうが……知っているボクには関係のない話。


『【魔弾の人撃ち指(デア・ザミエール)】───<彗星(コメット)>……標的沈黙。目標達成だ』

「Congratulation〜そのまま続けて」

『了解』


 人差し指に集まった光が、一直線に駆け抜ける。閃光の弾丸となった魔力の塊は、冷えた夜空を貫いて……標的の後頭部を撃ち抜いた。

 残響する発射音と任務遂行を聴きながら思案する。

 魔力で構成された光の弾を生成し、射出する異能───それが夜鷹蓮儀の異能【魔弾の人撃ち指(デア・ザミエール)】。

 距離による威力減衰などはなく、追尾性の付与によってどれだけ逃げようが追いかける、そんな鬼仕様の弾丸をも撃つことができる。防ぐこと自体できなくもないが、まぁ初見でそれはほぼ不可能だろう。

 鉄の銃弾が枯渇しても、魔力があれば狙撃を継続できる継戦能力の強み。

 敵対すれば面倒不可避。懐柔して正解だった。


『100動員してもまだ足りないのか……結構な数、連中は逃げたみたいだな』

「逃げ足特化ってところかな〜。めんどくさい」

『包囲網は』

「問題ない」


 はぁ。殺しても殺してもキリがない……いつ終わるんだこの作業。多分、関係ないヤツも混ざってるよね絶対に。巻き込んだか……潜在的邪魔者は消えようが問題ないか。

 再び鳴り響いた銃弾の反響に鼓膜を震わせる。

 蓮儀のあの燃費がいい異能は、たった一つの目的の為に磨き上げたモノだ。とんでもない執念。これこそ異常って言うんだろうね。そういうの好感度高いよ。

 どうか人生全てを消費するその復讐を叶えてほしいモノである。


 ……ありゃ、斬音が遂にソワソワし始めたか。後始末が面倒になるけど……仕方ない。動かすか。動かさんと絶対仲間斬りを決行する。

 通信機片手に指令を出す。血濡れが固まった刀を片手に獲物を追い求める斬音はちゃんと反応を示した。


「斬音、そのまま吶喊───余すことなく全て斬殺して。今日は好きに暴れていーよ。斬殺許可証をあげる。なにせやっすい死のバーゲンセール日なんだから」

『あっは♡まっかせて〜♡♡♡斬音がんばる♡!』

「ドールc81は下がれ。巻き込まれ、あっ」

『……一足遅かったな』

「最悪」


 普通だったら始末書モンだよ。今日こそ被害0で完璧に終わらせるつもりだったのに……

 天を仰いで頭を振る。嘆いても無駄だもんね。

 こいつを動かした時点でこーなんのは薄々わかってた。対処怠ったボクの責任だねこれは。


『あはは♡』


 人には不可能な速度───それこそ目では捉えきれない加速をもって、斬音は敵へと吶喊。

 狂喜に染まった笑みで、刀を鍔から引き抜いた。


『【死閃視(デッドライン)】───みーんな死んじゃえ♡♡♡』


 赤く錆びついた刀身はロクにケアされていない証拠……それだというのに、斬音の欠けた愛刀は有象無象を一瞬で斬殺する。

 黒伏斬音の異能【死閃視(デッドライン)】……狙った獲物を一刀のもと斬り殺せる“線”、というモノを見ることができる魔眼だ。視界に入れなければいけない、という制約はあるものの、これ程までに殺害特化の異能はないと言える。

 絶命を強制させる異能ってところかな。

 小指を斬っただけで心臓と脳が機能停止するの、マジでおかしい。

 更に難なのは異能を持つ斬音だけに作用する死の力で、ボクや蓮儀が言われた箇所を攻撃してみても即死には至らなかった。


───この死の異能の副作用は、どうしても殺したくなる殺害衝動に駆られてしまうということ。一日一殺でも人をやらなければ、廃人になってしまう程の強制力がある。

 異能に振り回される人生なんてイヤだね。

 彼女は立派な殺人鬼だ。なんかの実験で色々あったとは聴いてたけど……ここまで精神までもが異能にあった形に適応してるのは本当に闇が深い。


 使い勝手のいい殺人の道具として重宝するボクなんかが言えたことじゃないけどね。


『あはっ♡あはははは♡♡♡ほらほらほらぁ〜……ま〜だ踊れるよねぇ? 私、まだ満足してないよぉ? だからぁ、もっと、もっと……殺させてよぉぉ!!!』

『………』

「………」

『……鎮静剤でもぶち込むか? 今、手元に4発あるが……やっちまうか?』

「検討する」


 快楽殺人鬼の狂笑に二人で頭を抱え、なんも言えなくて思わず天を仰ぐ。今日、何回空見たんかな。曇天の隙間に見える瞬く星空を眺める。

 あぁ、今夜も星が綺麗だなぁ……血も凄いなぁ……


 益体もないお悩みはそこで打ち止めて霧散させる。

 異能の支配下にある影を使って、エリア内を無心で動く生き人形と、必死の遁走を見せる標的たちを呑気に眺めることに専念する。

 もうおわかりだとは思うが、ボクの【黒哭蝕絵(ドールアート)】はただ影に形を与えて操るだけでは留まらない。

 ボクの影と繋がった影から視覚情報を獲得できる。

 ……プライバシーの侵害? 効果範囲内にいるのが悪いと思うんだよね。

 ただ、勘の鋭いヤツとかは視線に敏感だから、たまーにバレちゃうんだけど。

 影自体もボクの瞬きで蠢くから、注視されたらバレる。

 ほら、見られ続けると緊張しちゃうじゃん? そんなのの要領で看破されることもあるんだよ。

 ぇ、あっ。な、なんか目の前に生き残り飛び出てきた。サクッとやろう。

 やった。


『おいリーダー。そっちは違う。行くな』

「? ……あっ、ふーん。成程ね?」

『迷子かわいいねぇ♡♡♡いっそのことリードつけて皆で飼うぅ♡?』

「うるさい」


 いくら夜目が効くからってこの暗闇じゃ迷うだろうが。んんっ、まぁそんなことより。どうやら最後の生き残りが仕留められたっぽい。スポンサー気取りの重鎮も、うちの廃人たちに串刺しにされて絶命したのも確認済みだ。

 あの豚、結構ボクらのことも下に見てたよなぁ。

 今となってはいい思い出だ。格下相手に格下認定される不快感を学ぶことができた。まぁ死んで当然、殺されても当然のような人間だった。ご愁傷さまとも言ってやらん。これぞ因果応報、自業自得ってヤツだ。

 ボクには適応されない四字熟語だな。うんうん。


───さて、ようやく任務は終わりだ。さっさと上に……今回の依頼主さんにご報告でもしましょうか。

 携帯タップポチポチポチ、と。早く出ろー、出た。


「あー、こちら“黒彼岸”。終わったよ」

『───くくっ、あぁ…確認した。 悪かったねぇ……また助けられたよ』

「そう……謝罪の品は安いクッキーでいいよ。薬入りでも仕方ないから妥協してあげるよ───それでいいよねぇ、蠍の“魔術師”さん?」

『ッ、ハハハ! あぁ、用意しておくよ』


 研究部門の最高責任者である、地位だけは格上の男との通信を繋げて報告すれば、通話相手は笑いながら雑な報告を受け取った。そこまで笑う必要あるかなぁ……

 ん? 敬語皆無のなってない言葉遣いで上司様と喋っても大丈夫なのかって?

 大丈夫大丈夫。こいつとは取引し合う仲でさ。

 そもそも裏部隊“黒彼岸”結成秘話に、この“魔術師”は大変貴重なキーパーソンなんだよ。いなくてもいいけど、いて良かったって感じかな? うん、その程度の仲だ。


 なんだか空元気な雰囲気だけど……ま、ボクがわざわざ気にすることでもないね。

 どうせ、破壊された後始末で大変だったんだろう。


 もう用はないと魔術師との通信は切って、部隊全体との通信を繋ぎ直す。


 ……突然だけど、折角だし紹介しておこう。

 ボクたちが所属する異能結社“メーヴィスの方舟”は主に三つの位階に組み分けされる。下から第一団(エクリス)第二団(アデプト)第三団(グレイル)って感じに上へ行くほど偉い立場になる。

 第一団(エクリス・オーダー)は一般構成員。ここが無駄に数が多い。

 第二団(アデプト・オーダー)はたった11人のみで構成された───方舟の中核といえばいいかな。命令権持ってる幹部格だ。

 で、第三団(グレイル・オーダー)は基本表に出ない。存在と噂話が交錯した眉唾な都市伝説扱いを受けている謎めいた最高位。

 ちなみにさっき話してた“魔術師”は第三団の一人。

 他のメンバーと比べて露出の多い男だ。研究部門の最高責任者の名は伊達じゃない。


 ……ボク? ボクは第二団(アデプト・オーダー)内陣(インナー)の偉い幹部なのだ。こんなんでも転生者だからねぇ……幹部に選ばれる資格はある。というか資格がないと第二団以上の格を得ることはできない。

 加えて第三団になることは今のボクじゃ不可能だ。

 いくら暗躍と策謀を積み重ねようと、第二団よりも上になることはできない。

 仕方ないね。そういう組織構成なんだから。

 完ッ全に古の秘密結社をモチーフにしてるのが丸わかりだけど、ボクこういうの大好き。そういう感性があの子と似てんのかもしれない。

 

 コードネームってのも安直だけど好きだ。名乗れば最後組織の一員であることが自覚できて、裏社会の一員なんだっていう確信ができる。方舟では認められれば個人個人にコードネーム、というより異名が与えられて、これからの貢献を期待される。

 ボクのコードネームは“黒彼岸”。似合ってない?


 あ、蓮儀と斬音は位階的には第一団だ。第二団の面子が定員満杯だから、誰かしらが死なないかぎりこのままで、二人がボクと同格になることはない、と思う。

 あれ定員10だからなぁ……え、今11人だろって?

 気の所為じゃないの? ほら、こっちを見て───はい、なにも違和感なんてない。いいね?


 ふぅー……いやぁ、それにしても。

 危うく前世の異名を使うところだった。“魔術師”よりも馴染みがあるし愛着もあるからさ……思わず“蠍”って頭につけちゃった。

 変に勘繰られてなきゃいーけど。

 他の第三団のよりは言いやすい名称からいいけども……長ったらしい名にすんのやめてほしい。ボクに倣って全員二文字に統一しようぜ。今からでも改名しよ?

 せっかく名付けたんだから今世でも名乗ってよね。

 すごい悲しいじゃないか。もう死んだ魔王なんかの下僕じゃありませんってか?


 ……言ってて哀しくなってきたな。やめよこの話。


「さてさて……聞こえるね。お開きと行こうか。一箇所に死体集めといて。纏めて処分する……や、そういや最近、いい取引先GETしたんだ。そこに卸すからね」

『……噂の蒐集家か?』

「そ。んまぁ葬儀屋って呼ばないと本人怒るんだけど……死体が好きで好きでたまんない〜だってさ。ホント世にはモノ好きなニンゲンっているもんだよねぇ……」

『変わってるな……生憎理解できそうにない』

『へへぇ〜。斬音、会ってみたーい♡リーダーリーダー♡今度紹介して♡?』

「……抜刀しないって約束できる?」

『する!!』


 路地裏に散らばるバラバラ死体や、頭部を撃ち抜かれた死体を意志のない掃除屋たちに集めさせて、決めた場所に広がる影に投下させる。

 うんうん、順調に集まってんね……同調させた影で全部直接集めてもいいんだけど、楽したくって。

 廃人たちはどんだけこき使っても許されるしね。

 あー、え、もう終わった? やっぱ身体能力高めだと仕事早いんね。


 影の中には時間の概念がないから、どんだけ腐りやすい死体を放置しようと腐敗する心配はない。時の流れが常に否定されてるから。

 予め用意していた空間を死体遺棄庫にして格納。

 うんうん、ざっと数えて───104ね。指定されていた数の分あるから、討伐漏れもない、と。


「うん、収集完了と───今日はこれで解散にしよっか。二人ともお疲れ様」

『了解。またな』

『はぁーい♡♡♡まったねぇ〜♡♡♡』

「───」

「───」

「──…」


 で、通信を即切断。廃人含め全員が帰路についたことを影越しに確認してから、ボクも帰宅する。一応廃人たちにも拠点というか住処というか、保管場所が用意されてる。

 詳しい場所は聞いてない。そういった隊員の管理は全部あの“魔術師”に任せっきりにしている。

 ……結構ズブズブな関係だね、ボクら。でも便利なのが悪い。


 あぁー、疲れた。指令ばっかしてたけど疲れた。

 ……こういう残党処理なら、別にボクいなくてもいいと思うんだよね。いらなくない? 蓮儀が狙撃と指令同時並行やりゃいいじゃん。代わりいるぞ?

 普段の単独任務みたいにボク一人で全滅させなきゃなのよりは数億倍楽でマシだけどさぁ……こんな司令塔業務、廻先輩みたいな仕事やりたくねーや。

 斬音含めて手駒全員思考回路ぶっ壊れてるし。

 蓮儀の負担、今の時点でもヤバいよね……斬音の制御、めっちゃ任せてるもん。


 ダメだ、ボクがリーダーやんないと回んないぞここ。


「ッ、はぁ……だぁーるい」


 こりゃ、日葵に「やめよ」って言われる度にヤな魅力を感じちゃうのも、仕方ないよね。

 目的と意味があるとは言え、無理なモノはある。

 職場改善とかしっかりして欲しい。真っ黒黒すけな悪の組織になに言ってんだって話になるけど。


 あーあ。いつになったらあの子は動くのかなぁ?






◆◆◆






「たでーま」


 着の身着のまま、裏部隊の制服と言ってもいいローブは着替えずに、ちょーっと彷徨ったけど迷子にはならず無事に帰宅できた。

 家にぐらいなら普通に帰れる。帰巣本能ってやつ?

 ……今更だけど帰る場所認定してんのか、ボク。やっぱ10年は過ごしてるからかな。


 あと、今日はもう自殺しません。だって眠いから。


 鍵のかかった扉を開けて、灯り全てが切られた暗闇へと身を滑り込ませる。ふむふむ、日葵はちゃんと夢の世界に旅立ってるみたいだ。

 んまぁ時間も時間だ。寝てない方がおかしい。

 健康的だねぇ。深夜2時に帰ってくるボクとは大違いな生活である。


「……あらま。今日も大変だね、おじさんは」


 通知を切っていた私用の携帯端末を見れば、この屋敷の家主であり養父である男から、今日も忙しくて帰らないという連絡が来ていた。管理職っての意外と楽できないもんなんだね。教育界ってブラック?

 ボクより先に死なれても困るんだけど。

 今更おやすみなさいとメールを打って、次は次はと順次行動していく。


 まずはお風呂。身も心もさっぱりしたい。

 電気代が勿体ない気もするけど、使ったぶんはちゃんと自分で稼いだ金で全額払うから許してほしいな、なんて。赤く汚れた黒衣をカゴに入れて、漂白剤と血液落とし液も投入して影でグルグル掻き混ぜる。このまま放置して明日早朝に洗濯する予定だ。

 その傍ら、下着姿のまま洗面台に立って手を洗う。

 同時並行同時並行。泡を猛プッシュして、爪の先端まで綺麗にして───気付く。


 幻の赤に染まった、己の手に。


「ッ………ふぅー、最悪だ」


 まただ。

 最近、人を殺すと幻覚を見るようになった。直接殺ったので限定されるからいーけど、殺めてしまえば最後、長い時間幻覚に苦しめられる。

 例えば今は───両手が赤く血塗られてる幻覚。

 かなひ見慣れてるハズなのに、どうしても身体の震えが止まらない。情けない話だ。元魔王が恐怖しているのだ。何故恐怖を感じるのか……原因は、推測する限り前々世の記憶を最初から覚えてるせいだと思っている。

 ……今世、日葵と再会するまでは平気だったのに。

 この症状は日葵にも、友人たちにも言っていない。

 あの頭のおかしな直感持ちなら、既に見抜いているかもしれないけど……今の今までなんの忠言もないんだから、気にする必要はない。気付かないふりをしてくれているというのなら、それはそれで構わない。


 日が、年月が経つにつれて、ボクの心はどんどんと弱くなっている。精神の弱体化とでも言ったところか。いくら肉体が強靭でも、こんなデバフ抱えちゃいられない。

 学院に入学してからは加速的に悪化したと思う。

 早くどうにかしなきゃいけない……だけど、生憎治療の見込みはない。


「……はぁ。本当にめんどくさい………」


 別に、今更殺人に対して忌避も後悔もない。

 ただ弱かった頃のニンゲンの名残が、消え損なった魂な残滓が痛い苦しいと無意味に叫んでるだけ。

 改めて、人生三度目なんてロクなもんじゃない。

 これもあるから死にたくなるんだ。だって暫くは近くにいるから。


───いい子にするつもりなんてないけど。こんな幻も、身体の震えも、さっさと消えてしまえばいいのに。

 魔王になってもボクの心は弱いまま。

 魔王をやめてもボクの心は脆いまま。

 本当ならさっさと裏社会から足を洗って、人殺しからは全力で遠ざかるべきなのはわかっている。

 だが、それでも。魔王としての矜持が邪魔をする。

 かつての部下の計画が完遂されるその瞬間までは、傍の観客席で見ていたい。その為には黒彼岸という役を終わるその時まで続けないといけない。


 結局はボクの我儘で続けているだけなのだ。

 そう選択したから、幻覚なんてふざけたのを見る羽目になっているだけで。自分自身に嫌悪を抱いて、視界を彩る幻紅に目を瞑りながら、ボクはお風呂へと直行。

 手を削ぎ落とす気持ちで両手をお湯で洗う。冷たい水に漬けこんで、幻覚を消そうと画策する……そんな小手先の誤魔化しなんかで騙されてくれるほど、魔王を苛む幻覚はヤワじゃないけど。

 まるで、手そのものが紅く変色したかのようで、本当に気持ち悪い。


 ……さっさと洗って寝よう。寝れば収まる。寝なけりゃずっとこのままだ。


 雑に身体を洗って、湯には浸からず、浴室から脱出して身体の水滴を拭う。入念に殺菌消毒も。汚れ仕事で頑張る手足や顔には入念にケアをする。

 ドライヤーを影で、パジャマを着るのも影を使って。

 異能総動員で寝る身支度を整える。歯も磨いて髪の毛も梳かして整えて……ヨシ、あとは寝るだけだ。

 すべての作業が終わった後、間髪入れずに二階の階段を静かに駆け上がり……


───「ひまり」


 同居してる元宿敵のネームプレートが掲げられた扉を、力任せに開けた。


「すぅ……すぅ……」

「………」


 穏やかな寝息を立てるかつての宿敵。仰向けで寝ている日葵の寝顔を数秒眺めてから、ベッドの中へ音も立てずに潜り込む。

 布団を捲って日葵の傍に寝転ぶ。

 真横を向いて、その寝顔をまた眺める。

 ……こんなこと普段はやらない。やるわけがない。

 幻覚を見たときだけだ。同衾なんて本当はイヤだけど、妥協する。人の温もりってのは案外バカにできない。そう知ったのは最近だ。だから、仕方なくこいつを利用する。癪に障るけど……普段常に接触を求めるのだ。日葵だってボクに使われて喜ぶだろう。本望だろ。

 深い意味などない。利用し合う関係でいい。

 ただ、それだけ……それだけのことなんだ。そんなんでいいんだ。


 5000年の孤独の中、この子だけがボクに残された……たった一つの拠り所だった。

 死にたくて死にたくて、死にたくて……

 ボクにはキミしかいないんだと、再認識させられたあの最後の日。終わりを終わり損ねたあの日に。

 絶望の中、ボクは───私は、確かに“光”を見た。


───認めたくなんて、ないけれど。


「んぅ……」

「!」


 ぉ、起きたかと思った……寝返りをして、ボクに背中を見せただけか。危ない。というか、あれだけ言っておいてボクから逃げる気かこんちくしょうめ。

 普段抱き着いたいって言ってんならこっち向けよ。

 ……まぁ、いい。わざわざ背中を向けたんだ。好き勝手やられても文句は言えまい。


「………おやすみ、ひま」


 背中を向けた日葵に寄り添って、背中に顔を埋めて目を瞑る。湯上りのせいで暖かい身体と、鼻腔をくすぐる花の匂いに安堵を覚えながら、黒く濁った意識を飛ばす。

 明日は日葵より早く起きて、寝た証拠消して、なんにもなかったように色々と細工…し、て───…































「……そーなるなら、やめればいいのに」


 バカで子供っぽい元宿敵を、少女は優しく包み込む。


 寝返りをし直して、眠った愛する友を抱き締める日葵が呟いた言葉は、安心した寝顔で微睡む真宵には届かない。

 心が弱い、否、弱くなった魔王を勇者は温める。


 優しい温もりに包まれて、少女は朝を迎える───


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ