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まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
CHAPTER.1「死にたがりの悪役人生」

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01-06:黒彼岸の花束を


───世界繁栄の裏には、いつだって光の下に暗闇という悪が蠢いている。それは時代の変遷と共に姿と形を変え、当たり前のように安寧の裏で息をしている。

 ボクが生まれたこの魔都にも、どこまでも大きな深淵が潜んでいる。


「カヒュ、ッ、はぁ、ごほっ……た、頼むッ! 誰かっ……助けてくれェ!!」


 旧首都こと第2都市の裏路地、明かり一つとない暗闇を独り歩く。視界前方で必死に走って距離を取ろうとする、死から藻がき苦しんでいる標的の荒れた息と足音、虚空に反響する悲鳴と命乞いを聴きながら、ボクは息を潜めもず散歩気分で悠々と追いかける。

 鼻唄で余裕を演出。走るのと歩くのじゃ距離を縮めるに雲泥の差があるが……今回ばかりはボクに分がある。

 競歩のスピードになるまでもなく追いつけるから。

 命乞いなんて聞く価値もない。そもそも彼の自業自得でこうなったんだ。


 自分が追い詰められていることにすら気付けない標的を行き止まりまで追い込んで、打開策が何一つ思いつけない男が此方を振り向いたのを視認する。

 恐怖に染まった色。ここ数千年で見慣れた黒い色。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔は汚いし、わななく唇から引き出される上擦った悲鳴も、聞くに絶えない音で酷く汚く潰れている。

 問答など不要。ここまで泳がしたのはこの男に協力者がいるかいないかを暴く為で、そーゆーのもないっぽいからもう殺す。

 見捨てられたって可能性も無きにしも非ずだが……まぁ気にする必要もない。


 立ちすくむ足に目掛けて、引き伸ばした影を突き刺す。


「───<暗寧の一刺し>」


 幅の広い刃のような形状の影が、標的の右足を太腿から切り落とした。


「あがっ───ぁ、 ああああああああ!? 足ッ、足が、俺の足がぁ!?」


 激痛に泣き喚き、今まで自分を支えてきた片足の喪失で認めがたい現実と直面した標的が、混乱から復帰できずに叫んでいる。

 弱いなぁ……手足の一本二本捨てたことないの?

 あるわけないか。だってこいつ、裏社会で生きておいて直接手を染めたこともない、ただの軟弱者だもんねぇ……それなのに組織の地雷を踏むとか、バカなのかな。

 バカなんだろうなぁ。


 異能結社“メーヴィスの方舟”───ボクが入った組織の影響力は世界中に伸びており、そのぶん殺せと命じられる対象も増えている。

 構成員が増えれば増えるほど、取引する組織が増えれば増えるほど、始末する何某の数も増えていく。


 目の前で蹲って、直近する死に絶望する男も……方舟に死ねと望まれた処理対象。

 方舟の下部組織にいながら金の横流しをした阿呆。

 証拠隠滅も下手すぎて話にならない、横流しの相手ごと葬られることが確定した、生かすに値しないどうしようもない愚か者。


 はぁー、怠。組織自体の解体は別働隊がやったけど……こいつだけ取り逃がすとか、アイツら無能の極みにも程がないかなぁ。第一団の異能持ち共にやらせたんだっけ。

 処すか? 職務怠慢で鏖殺Timeに入るか?

 生き残り一人でなにかできるわけもないって、夜中まで放置されてたあたり、やっぱり重要度0のゴミなんだろうけどさぁ……


 でもまぁ……そう考えるとこの男、生き延びることには定評のあった悪運の持ち主なのかもね。突然巻き込まれて死んだヤツはたまったもんじゃないだろうけど。

 詰めが甘いというか、相当な自信でもあったのか。

 どちらにせよここで死ぬ運命なのは変わらないから……記憶する価値もない。


「こんばんは。そしてさようなら」

「ッ、ヒッ……ぁ、まっ、待ってくれ! 金ッ、金なら……金ならあるんだ! 俺はまだ死ぬわけには───ぁ?」


 ザシュッと重い音を契機に、自分の影で首を切断された無様な命乞いの声は途切れて……呆気なく男は絶命する。首から頭が滑り落ちて、アスファルトの上で二回転。

 本当に呆気ない。

 やる気を損ないながら沼のように変質させた己の影へと死体を沈めていく。ズブズブと、底無しの黒に痕跡全てが消えていく。


 死に恐怖したまま目を上に向けた首が呑み込まれたのを一瞥してから、天を仰ぐ。


───今日もまた、人を殺した。


 雲一つない満天の星空の下、月明かりが一切届かぬ陰で殺人を犯すボク。罪を重ねるのは最早慣れたモノ……この赤黒く濡れた手を隠して過ごす息苦しさ、虚脱感にはもうなんとも思わない。

 死を願われた人を殺して、自分の安寧を獲得する。

 それが今のボク。かつて名を轟かせた巨悪の王は、今や掃除屋に身を落として俗世を脅かしている───なんともまぁ惨めで滑稽な末路だろうか。

 己で選んだ道とはいえ、こう、心にくるものがないわけではない。


 裏社会の根城にもなっているこの超廃墟地帯。この前は異能部にとってはホームグラウンドだなんて言ったけど、ボク的にはこっちの方が勤務年数が上だからね。異能部の仕事で来るよりも、掃除屋として働いてる時の方が長時間ここに来ている。空想狩りよりも同業者狩り。裏社会でのあれこれで舞台にするときの方がよっぽど使ってる。

 この裏路地も使い慣れた場所。

 魔法震災以降の復興、そしてとある“空想災害”によって人の住めない廃墟となったこの街には、都合のいいことに絶好の狩場となるデッドスペースが幾つもある。

 ここはその一つ。


「……本当に、6区と14区で鉢合わせなくてよかったよ。訳ありで保護される可能性が欠片はあるからさ……面倒な仕事にならなくて、本ッッッ当に、よかった」


 ここが17区っていう、割と近場だったこともあって内心ヒヤヒヤしていたのは秘密だ。標的が潜伏場所を変えずに潜んでたのも功を奏した。商店街の跡地がある場所だから隠れられる場所も多い……というか当時の建物がそのまま残ってるから隠れ場所は無駄にある。

 うん、逃げる場所を選べる能力はあったのか。

 そこは評価してやってもいいか。無駄に手を煩わせない小物臭ささは。


「んんぅー……っはぁ」


 思いっきり背伸びをして鬱な気分を一新。獲物を死地に追い込むだけの任務だったが、それなりに神経を使う内容ではあった。

 さて、まだ仕事は終わっていない。

 組織用に調整してある携帯端末を影から取り出して通話ボタンをワンクリック。ボクに暗殺任務を命じた依頼主と繋がった画面に向けて、相手側からの反応を待つことなく言葉を紡ぐ。


「こちら“黒彼岸(くろひがん)”───任務完了」


 二つの意味を持つコードネームを名乗りながら、報告を聴いているであろう依頼主にツマラナイ任務が呆気なくも終わったことを告げる。

 返事はない。

 だからこっちも要件を一方的に伝えて、反応も待たずに通信を切る。会話なんて時間の無駄。無反応がイヤだからすぐにブッチすんのが精神的にも楽だ。

 こんぐらい簡潔でいい。一方通行とか気楽で最高。

 で、次。スマホのメモ機能を開いてボクが率いる部隊の集合場所を確認する。

 ……ここから10キロはあるな。遠い。

 面倒だし、影伝いに移動するか。迷うのも嫌だし。いや迷わないけどね?


「ドゥーディ…ドゥーディ…マジョガリティ……ん、音調間違えたな?」


 ボクを讃えるとかいう賛美歌? を口遊みながら影の中に自分の身体を沈み込ませていく。ぐちゅりと嫌悪感を誘う水音を鳴らしながら、広がる闇はボクを包み込む。

 やがて花が閉じるような形で闇は塞がり、その形を星の側面へと溶かしていく。

 さて、これであとは身を任せるだけ。

 暗闇に支配された世界の中、身体が常に同じ位置を漂う不可解な感覚に身を委ねる。息苦しさなどは感じないが、地平の果てまでなにもない暗闇は精神によくない。あまり絶賛したくはないが……どこか安心感を抱いてしまうのもまた事実。

 形容したくはない感情に不快感を抱きながらも、ボクは影を座標に向けて飛び立たせる。


 ……前世からの付き合いだから、もう慣れたけど。

 この両立する気持ち悪さと心地良さには言語化できない違和感しかない。やはり微かに残る人間としての情緒が、精神が色々と邪魔してるのだろう。

 目を閉じてしまえば、意識ごと呑み込まれそうな闇。

 母なる闇とか言われた過去があったが……そんなふうに思いたくはないかなぁ。自分の影を母って言われたら普通困るでしょ? ボクは困る。困った。

 できるのならばこの黒を他の色に染めてやりたい。

 黒一色の世界も白一色の世界もどっちもキライだ。

 魔王時代に地上の空を黒く染めたヤツがなに言ってんだこんちくしょうって話になるけど。


「…………………………………………………………………………………………ヤバい、寝そう」


 影伝いの移動は非常に楽。なにせ目的地まで直通の自動運行で連れてってくれるんだもの。歩かないから疲れない迷わない便利ってんでずっと重宝してる。

 でも眠くなるっていう欠点が……成程、これが母性……母なる闇っていうのも、あながち間違いじゃない抱擁力というべきか……

 今世も前世もママいないけど。親無しですけども。

 どちらにせよ精神にくるものがある、という欠点は依然覆せない。影の中でいることに安心感を抱くのは……もう末期だよ末期。治療できないまであるよこれ。

 まったく、もっと身体と心に優しい能力が欲しかった。


 日葵の異能はいーよねぇ。天使語とか直感とか真の勇者スキルとか。


「……んぅ?」


 そう愚痴っていると、懐にしまったばかりの携帯が突然アラートを鳴らし始めた。喧ましい雑音に鼓膜を劈かれた気がするけど、気の所為だ。

 音がうるせぇから耳はまだ生きてる。聴くにこれは……方舟の緊急アラート、かな。

 鳴る理由は組織になんらかの問題があったとき。

 もしくは、ボクが率いる裏部隊に招集がかかったときの呼出音。


 あーなんかあったんだな……すっげぇ無視したい。でも立場的に無視できない。


「……タイミング的に、裏部隊出動案件だとは思うけど。なになに……ぇ…あ゛ぁ?」

「………」

「殺すか」


 今、尋常じゃない殺意が芽生えた。あのさぁ……なんでこんなド深夜にストレス溜まる仕事増やすの? 何故バカは思考力が低いの? こんな時間に動くんじゃねぇーよ。

 敵も敵だが味方も味方だ。

 防衛能力が低すぎる……こんな苦い気持ちになるぐらいならさっさと死のう。それがいい。

 眠気も完全に吹き飛んだし……はぁ……ヤダなぁ。ヤダヤダヤダなぁ。


 ……人生、何事も上手くいかないというけれど、本当にその通りすぎて困る。






◆◆◆






「───やっと着いた」


 アルカナ近海の廃墟地帯……旧東京二十三区の名残が、海面から顔を覗かしているという現実離れした海が広がる領域。ずーっと昔に見た記憶のある古びたビルが建ち並ぶその一角に、目的地である巨大廃墟がある。

 海面に広がる暗闇から身を乗り出して、海に浮かぶその廃墟ビルを見上げる。魔法震災の崩落と空想災害の余波が色濃く残ったままのその建物は、八芒星を象る双塔が目印だった、かつての日本の中枢の一つ。

 時は流れ、今ではボクら裏社会の住人に潜伏される海上基地になってしまったが。


 かつて引き起こされた魔法震災の影響で海に沈んだ東京特別区は、不思議なことに崩壊した当時のままを維持した状態で今も残っている。

 原因は魔力粒子による特異現象……いや、汚染か。

 これは物理的・魔法的な破壊を無効化するとかいう謎を秘めた異世界由来のエンチャント? が、建造物を構成する全原子に染み渡っているのだという。

 つまり経年劣化や自然災害如きでは壊れない……

 なんて言っても加減はある。不壊不朽と豪語する割には壊れるときは壊れるんだよね……限度ってのがある、って言えばいいのかな? そこらの建設会社とか国の軍隊の解体工事じゃ壊せない程度には硬いのに、異能部とか特務局の戦力上位層が頑張ると破壊できるという摩訶不思議強度を持っているのがこの旧東京特別区の特徴だ。

 ボクと日葵が殴り合いを始めたら簡単に崩壊するけど、そういうもんだよね。


 えーっと、アレだ。許容量を超えると流石に壊れちゃう中途半端な建物だと思ってほしい。

 それでも十分すごいけどね。

 最近は破壊できるつよつよ異能者を集めてなんとかする都市開発の前段階計画が、構想に挙がってるって話だよ? だんだん現実的になってきてるみたいだね。

 ぶっちゃけどうでもいいけど。個人的には……大好きなアポカリプスめいたこの風景が壊されるのは、あまり本意ではない。海に廃ビルがニョキって顔出してるの、すごい非現実感を味わえて好きなんだよね……

 廃墟巡りというか、遺跡巡りというか……あ、そうか。そういうのを趣味にするのもいいかもしれない。


 海一面に広がる濃い闇から身を乗り出して、音を立てず静かに浮き上がったボクは、有名だった都市中枢の最奥を目指して進行する。

 入り口が浸水してる影響で途中階の窓からだが……別に支障はない。


「……何階だっけ?」


 ヤバい、詳しく聞いてなかった。左から右してたら記憶できるもんも記録できない。

 困った……んまぁ、上階なのは確実だろう。

 取り敢えず階段見っけて登ればいい。道なんざわざわざ記録してないけど……間違えたっていいんだ。


 明滅する灯りの下を歩いて、拠点を無言で練り歩く……否、荒立ちを込めて、激しく靴音を立てながら瓦礫の多い廊下を歩いていく。

 はぁ〜……本当なら、数日ぶりの顔合わせと生存報告で終わる予定だったのに……

 ヤになっちゃうよ。表も裏も緊急出勤が多すぎて困る。両立すんのが難しいったらありゃしない……これを二年もめげずに続けてるボクすごくね?

 ……三年まで耐えられる自信ないけど。


 廊下歩いて階段登って、途中にある部屋の扉を開いては室内確認という行動を繰り返すが……今日会議する場所はまだ見つからない。

 うーんどこ? ホントにどこ? どこなの。部屋は?

 迎え、呼んだ方がいいかな……イヤだな。ボクにだってプライドがある。


 そう思ってまた一歩踏み出した瞬間、ボクの足が振動を検知した。


───ゴゴゴッ……


 や、待ってなんだこの音───これ、足元? やっぱこれ今踏んでる廊下がちょうど震源なんじゃ───!!


「───!?」


 案の定廊下が崩れる。階下の廊下へと瓦礫を伴って落下するボクは、諦観の念を抱きながら下方向に落ちる重力に大人しく引かれる。

 ワンブロック分とはいえ倒壊は倒壊。

 凄まじい轟音と土煙を発して……なんとか1階分だけ下に落ちる程度で崩落は止まった。

 危ない。もう少しで生き埋めになるとこだった。

 多分この程度の量じゃ圧死もできないから、好き好んで埋まるわけにもいかなかった。あとせめて、できるのなら日葵の前で死にたい。


 ………魔力コーティングはどうした? 経年劣化如きじゃ倒壊しないって話じゃないの?

 まさか……まさかだけど。

 ボクの不運がそれを上回ったとでも……いいそう。

 なんだそれ。どうなってんだよ転生後のボクの権能は。どうして不運発動が非任意のランダムで起きる謎の代物に変質しちまってんだ。まさか摩訶不思議強度すら突破する不運を振りかけるとか……流石は魔王の力。

 我ながら恐ろしい。矛先が自分に向いてる点を除けば。


「…………ん? …あれ?」


 密かに戦々恐々している間、ふと視線を前方へとやったところ……なんと、今回の会合場所だと名前だけ記憶していた目的の部屋、“特別会議室N3”と書かれた錆びつきの名付きプレートを発見した。

 成程、下の階だったのね。登りすぎてた……いやなんで飛ばしたんだボク?

 我ながら理解できない。何故。

 ……取り敢えず、中に入るか。どうしてさっきの轟音を聞いて誰一人も出てこないのかとか安全確保の為にもまず確認しに来いよとか、思うところはあるが……うちの隊は協調性が言うてないから仕方ないところがある。

 あると思う。


 ……知ってる人の気配はするから、いないわけじゃないみたいなんだけど。


 ギィ…と重苦しい音を立て、ノックもせずに部屋の扉を押し開ける。瞬間、100人近い人間の視線がこちらに突き刺さる。

 ……そのほとんどが感情一つ抱けない、壊された廃人のモノであることをボクは知っている。


「や、こんばんは───遅れてごめんね、優秀な掃除屋のお人形さんたち」

「……おう」

「あはっ♡」


 軽く手を挙げて挨拶すれば、二人の正気なヤツらが唯一反応を示した。うちの部隊で確かな自我を持つこの男女を除いた他の面々は、人形のように静かで───模様のない目穴のみある無地の白仮面に、夜闇に紛れる襤褸を頭から纏っている形で統一している廃人たちだ。

 ここにいる面々がボクの直属の配下。

 異能結社“メーヴィスの方舟”の裏部隊『黒彼岸』。

 ボクのコードネームと同じ名称の掃除屋は、方舟が誇る最強の掃除屋である。


 黒彼岸の主な任務は、各国要人や邪魔者の監視、暗殺、敵対組織への諜報活動、空想生物の乱獲に他の団員が色々やらかした犯罪の後始末などを行う……そんな特殊部隊。

 時には、強大な「正義」すらも喰い殺す狂犬たち。

 異能結社に限らず、政府上層部にいる腹に一物を抱えた悪徳議員すらも依頼を出す……かなり多規模に活動範囲を広げる掃除屋集団なのだ。

 黒彼岸って名称は───まぁ、前任者が黒い花弁の名をモチーフにしてたのを、勝手に引き継いだってだけだ。

 赤じゃなくて黒。実にボクらしいじゃないか。


 知っての通りこのボクが隊長を務めている。えっへん。全然誇れることじゃないけど。履歴書なんかに書けるもんじゃないし。

 ホント、なんでこんなのやってんだろーねボク。

 幼少期に受けた実験を唯一無事にクリアしたのが一番の理由なんだろうけど。それ以外の成績も評価されて隊長に抜擢された……って嘘交じりの理由もある。

 あの程度の実験で壊れてたまるか。ボクは勝つぞ。

 契約でこの道を選んだとはいえ、人遣いがあらいんじゃないかな。


「……ふむ?」


 そんでもって虚無そのものな部下たちは、かつて方舟で実施された極悪非道な人体実験によって、異常なレベルの身体能力を手に入れることに成功した被検体たち。

 その代償に言葉と感情、考える知能を失って……方舟の命令に従順な意思のない廃人と化してしまった、我が組織有数のクソやば実験の成果物なのだ。

 うん、それ従えてるボクもヤバいね。

 この世界の常識で、異能持ちは体内魔力の影響で身体が頑丈になるんだけど……こいつらは、その作用を人為的に引き起こして無理矢理強くしてるんだ。

 そのせいで人格諸々が吹っ飛んだ。強くなるには犠牲が必要だということだ。


 さて、この意思のない有象無象集団がボクの特殊部隊で先陣切ったり肉壁になったり捨て手駒に消費されたりと、多岐にわたる運用方法ができる隊員である。

 僕私の強みは従順に任務遂行できます、ってか。

 ……おめーも極悪非道だって? うん、自覚はある。ないよりマシでしょ?


 ……ところで部下の人数減ってない? 心做しか人形さんいなくなってない?


 元凶候補ほぼ確定を睨み見る。めっちゃ笑顔を返されてこっちも笑顔になる。いやなってたまるか。少しは誤魔化せよ確信犯にも程がない?

 ……まーた補充しなきゃだねこれ。

 取り敢えず詰問。場合によっては殴って叩いて素っ首をへし折る。


「んー、斬音(きりね)? なんだかいつになく上機嫌だね……今日は何人斬ったのかな? なんか……大事な肉盾が随分減ってる気がするんだけどなにか弁明はあるかい?」

「えへへ♡我慢できなかった♡ゆるして♡?」

「極刑かな」

「うへぇ…」


 当たり前なんだよなぁ。


 短絡的な思考で身内斬りを軽くやってのけるこの女は、裏部隊のナンバー3。返り血がこびりついたみたいな赤い色合いの黒髪を外ハネのボブにした、紅眼の快楽殺人鬼。

 名を黒伏斬音(くろふしきりね)。頭のおかしい精神異常者だ。

 方舟の英才教育───これまた頭のおかしい実験による洗脳教育でこーなった、哀れな女の子。おつむの弱そうな媚び媚びの声色も実験の副産物。殺意を最大の行動原理に全てを斬り殺す衝動に駆られているのがこの子だ。

 本音を言うと関わりたくない……うん、はよ死ね。

 行動の一つ一つに殺意を色濃く滲ませて、“一日一殺”を義務に生きてるの本当にどうかしてると思う。ぶっちゃけどうしようもできないけどさ。


 刀をボクの首に宛がいながら会話する癖もそろそろ改善すべきだと思う。狂気的なコミュニケーションの取り方は普通に危ないからやめてくんないかな。

 言っても止まんないから言わないんだけど。

 そもそも悪いのは異能結社の研究セクションだしな……下手に責めれないのがタチ悪い。


 そう内心嘆きながら、厚い要望で隊の正装にしてあげたミリタリーロリィタについた埃を叩いてあげて、斬音との会話を切り上げる。


「……悪いな。止めようと頑張ってはみたんだが……全く付け入る隙がなかった」

「ふーん」

「すまん」


 ここ数年で最もボクの好感度を稼いだ、一番使える男が苦笑いを隠さずに謝ってきた。んまぁー、そうだろうとは思ってたから。怒るつもりはないからいいよ。

 紅い右目を灰色の髪で隠した青年を、言葉には出さずに労いながら話を進める。彼はボクよりも一つ歳上だけど、かつて中東で勃発した内戦に参加し、より大規模な戦禍を広げた若い青年傭兵なんだ。

 新参で人体実験に無関係ながらも、部隊に仲間入りしたうちのナンバー2。


「……そういや、さっきの音はリーダーのか? 動けば絶対斬音が暴れると思って、確認に行かなかったんだが……」

「肯定するよ。いやはや、老朽化は恐ろしいね」

「…………迷子になった上に魔素浸透構造物まで破壊か。流石だな」


 看破すんな馬鹿野郎。名推理だ褒めてやる。


「それを言うのは、野暮ってもんだよ───蓮儀(れんぎ)、キミも癇癪でぶっ殺されたいのかい?」

「……それもそうだな。悪かった」

「うん、キミのそういうとこ、嫌いじゃないよ……ここで執拗かったら脳みそパーンしてたよ」

「ハハッ、怖いな」


 夜鷹蓮儀(よだかれんぎ)。ボクが知る中で最高の狙撃手だ。スナイパーライフルといった銃火器を用いて狙撃するだけではなく、魔力を銃代わりにした異能をもって超遠距離の標的を貫く凄腕の元傭兵現掃除屋だ。

 任務遂行率は脅威の100%。方舟では新参の枠だけど、入団した時点で幹部団クラスの実力と功績を持つのがこの男なのだ。

 聞き分けも良く、命令をしっかり聞く。

 当たり障りないプライベートな話をしても怒んないし、耳をちゃんと傾けてもくれる度量がある。他のゴミ共とは大違いの善人だ。悪人なのに……あと、ヤバいと思ったら素直に謝罪するのも好感度が高い。世渡り上手そう。

 なんでこいつ異能犯罪者やってんの?


「あっは♡♡♡ねぇねぇ〜早く始めよーよぉ♡斬音、もう我慢できないよぉ……早く♡いらない人で、たっくさーん楽しませてよぉ、リーダーぁ♡♡♡」

「はいはい。わかったからもう大人しくしてて……今日も好きなだけ斬らせてあげるからさ」

「やった♡約束だよぉ、リーダーぁ♡♡♡」

「はいはい」


 急かす斬音が再び人様の首元に真剣を沿わすのを敢えて黙認しながら話題を変える。あんまりにもうるさければ即殺すけど、この程度はまだ許容範囲。

 命を狙われる感覚で肌が粟立つけど、それだけだ。

 ……慣れたともいう。あともし直接手をかけられるなら日葵がいい。


「首尾は?」

「極論変わりない。データもさっき通達が来た……全く、なめられたもんだな」

「所詮は掃除屋だからねぇ」

「ね〜♡」


 ……と、言った具合に裏部隊の上位陣は総じて未成年。なのでよく舐められる。

 舐めた相手はいなくなるが。

 部隊の構成員は、ボクと蓮儀と斬音を除き全員が未来を奪われた廃人だしねぇ。ただ方舟優先ではなくボク個人に優先して付き従うよう書き換えてあるから、まだ裏切りの心配はしなくていい。

 最悪自害させて体内から発火させるから問題ない。

 刃向かってくる心配があるのは平常な部下×2ってか……どうかしてんね。


 っ、はぁ……ん、ちゃっちゃと終わらせて家に帰ろう。蓮儀はともかく他のゴミと空気を共有したくない。死臭でボクの綺麗な肺が腐る。

 特に斬音。有用性が無ければ早急に抹消するのに。

 それぐらい苦手な部類の女だ。風呂にも入らねぇのマジどうにかしろよ。


 ……ちなみに、黒彼岸の服装は黒衣で統一されている。フード付きのだね。その下には洋装の黒軍服を模したのを着ていて……並べたら似たような格好の集団がたっくさんいる異常な光景になる。できれば見られたくない。

 機械的なマスクの位置を正しながら室内を見回す。

 うんうん、オールブラック。

 闇夜に紛れて暗殺とかがやり放題な格好だ。今つけてるマスクは変声機付きのスグレモノだから、詐欺電話だって簡単だ。今はまだ起動してないから素の声だけど。


───さて、無駄話はここで打ち止め。ここからは血腥い任務のお時間だ。


 主に聞かせるのは蓮儀と斬音のみ。他の廃人は任務時に命令すれば忠実に、その通りに動くからそれでいい。

 自我はなくても聞いて動くことはできるからね。

 ……廃人を部下にするって案は当初マジで引いたけど、悪くない案だったね。


「今から10分前、我が“魔術師”管轄の空想研究所がとある敵対組織の一団に襲撃された。大半は守衛の機械魔導兵が殲滅したらしいけど……結果は、ボクたちが集まっているのが物語っているねぇ」

「予定通り残党処理、だな?」

「Exactly。それでいいよ。いつものルーティンさ……。お上の最高幹部様が討ち漏らした生き残りを、一人残さず否定するよ」


 それが今回の任務の概要───方舟の研究セクションを掌握する最高幹部の、研究所の一つを強襲した襲撃者共の生き残りを皆殺しにすること。

 緊急性が高く、確実性を求めて我々“黒彼岸”が呼ばれた形だ。


 まったく……襲撃するにしても日時を考えて欲しいな。休日にやられたら、もっとブチ切れる自信があるけど……あー、どっちにしろ殺意に支配されるわ。

 それにしても流石だな。襲われた“魔術師”様はかなりの損害を出してしまったとはいえ、相手側に一切のデータを渡すことなく死守に成功したのだから。

 やはり、流石は魔王軍幹部、末席とはいえ誇り高い……

 それに、これでかつての人選に間違いがなかったことが改めて証明されたってわけ。

 マッドサイエンティストだって世界を殺せるのだ。


 ……おっと、賞賛しすぎたな。かつて従えていた配下を自慢するのは悪などではないと思うけど、度が過ぎるのも良くない。

 時間も押しているしね。早急に終わらせよう。このまま完全に逃がしたら、叱られるのはボクたちだ。

 自分より弱いヤツにやられんのウザくない??? 誰だよ取り逃したヤツら。見つけて捕っちめてやるからな。


「あー、それと。襲撃班共の裏で糸を引いてた支援者……あの“円卓会”の愚臣も殺す。そっちについてはハッカーが既に炙り出しを済ませている。ただ殺せ───生かすな」

「やった♡斬音に任せて♡」

「了解した」


 政府上層部のお偉いさんが裏と繋がってるとか、普通は真面目に考えたくない話だよね。ホント、世界ってすごい後ろめたいことばっかだ。

 方舟の情報収集能力も高い。優秀で良き。

 あの“魔術師”直属のハッカー少女が頑張ったんだろう。あとでパチンコに連れてってあげよう。元は金持ち家族の放蕩娘だったのに、今じゃ転落して立派な助手兼ランクの高い被検体ちゃんなハッカーに。

 うん、やっぱりゲーセンにしよう。パチンコ始まったら二人揃って散財爆死する未来しか見えない。


 ……あと、悪徳政治家は見つけたもん勝ちなんだから、斬音が絶対に殺せるわけじゃないんだけど……そこ執拗に啄くのは野暮か。


 閑話休題。

 ここでそろそろお開きに───欠片も興味の無い作戦を始めるようじゃないか。


 纏う空気を切り替える。雑談の時間はここで終わりだ。雰囲気の変化を二人に悟らせて、敵地へと赴く方舟看板の掃除屋としての血掟、真面目さを装わせる。

 ……うんうん。切り替えが早くてよろしい。

 でも少しでも楽しくやろーね。ただでさえ陰鬱な作戦、気分は上げなきゃ損だもの。


 集まる視線に号令を。夜闇に紛れる花を咲かす。


「いざいざ、全ては『方舟』の為に───ひらりはらり、死染めの花を散らそっか」

「───“黒彼岸”の花束を、黄泉路の手土産に…ね」


 100人はゆうに入る空間全体、壁、床、天井全てが黒い影に飲み込まれ、黒に染め上げられる。引きずり込まれる人間たちは誰一人抵抗しない。

 我関せず、忠実に、従順に闇へ沈んでいく。

 目的地までは指定済み。算出された位置情報を頼りに、広げた影を方方へ伸ばしていく。


 そうして、魔王の闇が晴れた後には───


───塵一つない、生気のない空っぽの建物だけが海上に残されるのであった。


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